スパイを命じられた「役立たずの聖女」は、敵国のヤンデレ皇子に寵愛されました。
深見アキ
0 夜明け前に囚われるプロローグ
「どこへ行くの? ユーフェ」
まだ日も昇らない早朝。
フェリスが部屋の窓をそうっと開けただけで、壁一枚隔てた主寝室にいるヴィクトールから声がかかった。フェリスの寝室とヴィクトールの寝室は続き間になっており、中扉で自由に行き来ができる作りになっているのだ。
衣擦れの音一つにも最新の注意を払ったし、ベッドも軋ませなかった。
足音はふかふかの絨毯ですべて吸収されている。隣の部屋までは聞こえていないはずだ。
(なのに、どうしてわたしがこっそり部屋を抜け出そうとしていることに気づくの……⁉)
寝ているふりをしてしらばっくれようと思ったが、押さえていた窓枠が小さくカタッと音を立ててしまった。言い逃れはもうできない。
フェリスは何でもない口調を装って返事をした。
「どこにも行きませんよ、ヴィクトール様。少し暑かったので窓を開けようとしただけです」
「そっか……。ごめんね、この間きみが二階の窓から出て行こうとするのを見たばかりだったから、なんだか不安になっちゃって」
「はは……、あ、あんなこと、もうしませんよ~」
「本当に? 約束だよ」
しまった、余計なことを言ってしまった。
そう思ったがもう遅い。コツン、と中扉がノックされた。これは、開けて欲しいというヴィクトールからの合図だ。そもそも夫婦でも婚約者でもないのに、こんな部屋をフェリスに使わせること自体がおかしいのだが……。
「あの……、夜は開けないという約束ですよね?」
これでも一応未婚の乙女だ。
この部屋を寝室として宛がわれた時、ヴィクトールには堅く誓ってもらった。
「もう夜も明ける。きみの顔を見て、そこにいるのを確認したいだけなんだ」
「…………」
部屋の主の懇願のような声に、フェリスは渋々扉を開けた。
肩下まであるダークブロンドの髪はしどけなく下ろされ、滑らかな夜着からは太い首筋と鎖骨が覗いている。紫の瞳を細め、彼は甘い声でフェリスの偽名を囁いた。
「良かった、ユーフェ。ここにいた」
伸ばされた手で頬に触れられる。
恋人のようにフェリスを甘やかしてくるこの男は――本当はフェリスの正体に気が付いていて、逐一監視をしているのかもしれない。ボロを出した瞬間に殺すつもりなのだろうか。あるいは、フェリスを誑し込み、逆スパイとして働かせようともくろんでいるのかもしれない。
「愛しいユーフェ。どうかずっと俺の側にいてね」
「……はい、ヴィクトール様。わたしはずっとお側にいますよ」
フェリスは今日も、心を込めて嘘をつく。
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