第12話 カーク伯爵領その3
グラハムは遠くにみえるカーク伯爵領都の城壁を感慨深げに見る。
「やっと戻ってきたぞ、長かったのか短かったのか、まったく皇帝陛下には感謝しかない」
グラハムは馬にまたがり小高い丘の上にたちカーク伯爵領都を見下ろしていた。
傍らで同じように馬にまたがっているロイアは眼を凝らし城壁の内側を見ようとしている。
「壁の内側は結構平穏のようですね。なかで暴動の一つでも起きてもらえると楽なんですが」
少なくとも街の中で、火事や争いをしている様子はない。内情はどうだかわからないが平穏そうだ。
「やつらにとってこういう事態は前々から想定済みだ。代々の領主が教育をしたからな。やれやれ、いまとなってそれがあだになるとは…」
帝国軍は街を囲むように陣を広げ、時折伝令の騎馬が行き交っている。
帝国兵は無理攻めせず城壁に守られた領都を遠巻きに囲んでいる。各天幕に立てられた帝国の旗が数多く風になびいて帝国の軍勢の勢いを示している。
先遣隊の指揮に任じられてからグラハムは、忙しく日々を過ごしていた。
士官たちと顔を合わせ連携を確認する。
その他の将軍たちと作戦を練り上げ、図上演習を繰り返す。
一軍を指揮するということは、決めなければならないこと判断せねばならないこと多すぎる。
補給路、万が一の撤退ルート、大軍が展開できる場所の選定など。
カーク伯爵領をよく知る自分だからこそ判断できる場合も多い。
それ以外にも大量の事務処理など、それらの地獄の日々がひと段落つき、グラハムとしてはやっとここまできたかといった感じだ。
カーク伯爵領都は固く門を閉め、城壁の上には弓兵が油断なく並んでいる。
30年前と同じ風景なのだろう。攻める帝国、守る王国。
グラハムは自分が帝国側で王国を攻める立場にあることに皮肉を感じる。
ついこの間まで王国側の陣営に所属していたのだ。ニーナの裏切りさえなければ自分は変わらず、領都を守る側の指揮官だっただろう。
まったく、運命というのはどこに転がるかわかったものではない。
領都周辺の田畑では青々とした収穫前の実が実っている。見た感じ今年は豊作のようだ。
思わぬ幸運に頬をゆるめる、ありがたく帝国がずべてもらうことにしよう。
軍を上げた帝国は、ゆっくりと軍をすすめカーク伯爵領へ侵攻した。
国境近くの村々は早々に領都に逃げ込み、領都内は逃げてきた村人たちであふれかえっているだろう。
あえて畑の刈り入れ前の農繁期に軍を上げたのはむろん兵糧攻めをするためだ。
それに相手に兵士をできるだけ集めさせないためだ。刈り入れ時で忙しいときに重要な働き手を兵士で取られてはたまらないだろう。
帝国も同じ状況ではあるが、そもそも帝国は農地が少ない。鉱山の産出される鉱物で生計を立てている国だ、王国よりは自由が効く。
ここまでは予定通り。後は王国の援軍をどうするかだ。
「帝都からの連絡では、予定通りサラン国が王国の国境で挑発を繰り返しているようです。意外にもやる気満々で街の一つでも落とそうかという勢いみたいです」
グラハムの隣に立ったロイアは帝都から送られてきた手紙を見ながらいう。
「たのもしいな。…それなら王国の援軍が予想より少なく見積もれる」
「ところで、領都の壁の内側に入る隠し通路はどうでした? つかえそうですか?」
「ダメだ。予想通りすべてのルートがつぶされていた。念入りにガレキで埋め立てられてたよ、領主しか知らないはずの秘密の隠し通路まで完全にな…ニーナの仕業だろう。抜かりのないことだ」
「ああ、ニーナというのは、グラハム卿のかっての腹心でしたか? 優秀な人だったとか」
「あきれるくらい優秀だったよ。まったく忌々しい。頭が切れて、腕も立つ。あいつさえ排除できればこの領都の戦いは勝ったも同然だが…そう簡単にはいくまい」
グラハムは領都の城壁を眺めながら顔をゆがめる。
「しばらくは膠着状態だな。皇帝陛下率いる後詰部隊の状況は?」
「予定通りだそうです」
「しかしまさか皇帝陛下自ら親征をするとは…帝国はほかに将軍がいないのか…?」
「いえ、先の継承争いで将軍クラスも、ずいぶん死にまして…まぁ死んでも問題ない無能たちだったのでよかったのですが、やはり人手不足になるのは仕方ないですね。
それに陛下も初めての外征です、張り切ってらっしゃるのでしょう」
グラハムはあの幼き皇帝の姿を思い浮かべる。
唯我独尊の塊みたいなあの少女であるが、軍事的な才能はどれほどあるのだろう。まさか自ら前線にたって剣を振るったりはしないと思うが、念のため気にかけておく必要があるだろう。
そこまで考えて自分の傲慢さに苦笑いする。
自分だってここまで大規模の戦争ははじめてだ。
これまでせいぜい100人程度の盗賊集団との戦いが最大なのだ、人にとやかくいえる立場ではない。
「ロイア、この先の手順の確認がしたい。士官をあつめてくれ、図上演習をしよう」
「わかりました、グラハム卿」
ロイアは頭を下げ恭順の意思を示す。
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