第08話 帝国へ
グラハムを領都で一通り引き回した後、馬車に放り込み数日かけて国境の森近くまでやってきた。
どうやら一応、裁判の裁定どおりここで解放するようだ。
もちろんグラハムは、ここで素直に解放されるなどという甘い考えをこれっぽっちっも持っていなかった。
相手はニーナだ、解放したという体裁だけ整えてあとは再び城の地下へ幽閉するつもりだろう。
グラハムは周りを見渡す、連行しているのは兵士2人だ。周りは森でほかに人はいない。
隻腕、隻眼、おまけに丸腰でボロボロの状態だ。
この状態で武器を持った兵士二人相手にどうこうできるものではない。だがなんとかやつらの剣さえ奪うことができれば、逃げ延びれるかもしれない。
兵士は荷馬車の荷台で倒れこんでいる俺には見向きもせず油断している。
どうせこのままでは城に戻されて拷問死する未来しかないのだ。ここでこいつらと戦って死ぬとしても同じことである。
グラハムは覚悟を決めた。
「…このあたりでよいか。あまり国境ギリギリまでいくのは面倒だしな」
兵士の一人が横にいる相棒にいう。
「いいんじゃないか、どうせ振りだけだし。あとはこいつを袋にいれて持ち帰るだけだ、木を適当に切って上からかぶせればいいだろ」
兵士は荷台にいるグラハムを見ながらいう。グラハムはぐったり倒れピクリとも動かないから気楽なものだ。
「こいつ、元領主様だったんだろ。何回か遠くから見たことあるぜ…それがいまでは罪人あつかいか、貴族様の世界は怖いねぇ」
「そういうな、こいつは十分私腹を肥やしていたという話だから自業自得さ、さっさとかたずけて戻るぞ」
「…もう面倒だからここで殺さね? わざわざ隠してまた城に持ち帰るの無駄じゃないか。逃げようとしたので殺しましたって報告しておけばいいだろ」
「まぁ、それでもいいか。いろいろ手間も省けるし」
相棒の投げやりな言葉に、最初に声をかけた兵士は同意する。
「へへ、それじゃあな。領主様?」
兵士はグラハムに近づき剣を抜いてゆっくりと振りかぶる。
それを薄眼を開け見ていたグラハムは、タイミングよく転がり剣をかわした。すぐさま立ち上がると、空振りして勢いよく地面に叩き付けられた剣を持っている、兵士の手首を蹴り飛ばす。
突如のことでポカンとしている兵士の剣をうばうと、そのまま無防備な首に突き刺す。
「ぐがっ…」
兵士は言葉ともつかないうめき声をあげると、血を吹き出しそのまま倒れた。
それを見ていたもう一人の兵士は慌てて剣を抜き、油断なく構える。
グラハムはそれをみて小さく罵る、可能であれば不意打ちで二人を倒したかった。
慣れない左手一本で剣を振るうのは難しい、ましてや隻眼で距離感がつかめない。剣士としては致命的だ。
すばやく左右の森を確認し逃げ延びる方法を探す。このまま背を向けて森に逃げこんでもすぐ追いつかれるだろう。
無理でもここで倒して逃げ延びるほかない。
グラハムは覚悟を決めて目の前の敵をにらみつける。
──ビュゥ
どこからか矢が飛んできて兵士の頭に刺さり、兵士はうめき声一つ上げず倒れた。
固い頭蓋骨を矢が貫通しているのだがらかなりの強弓だ。
グラハムは油断なく周りを見渡す。
「困っているようだったから助けたけど、不要だった?」
しばらくすると弓を担いだ男が森から出てきた。年のころは20台に届かないあたりだろうか。
白銀の髪に青い瞳、シエルラ帝国ではよくある風貌だ。
「いや、助かった。礼をいわせてくれ。…もしよければ帝国の街まで案内を頼みたいのだが?」
「これもなにかの縁だからね案内するよ。ちゃんと帝都までね。──グラハム卿」
それを聞いてグラハムは肩をすくめた。自分の顔と名前を知っている以上、この男はカーク領を調べていたシエルラ帝国の工作員あたりだろう。
たぶん領都から後を付けてきたに違いない。
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