第05話 裏切り

 それからしばらくたったある日。

 

 ガルバーは城の執務室にいるグラハムの前に立ち、その横に控えるようにしてニーナが立つ。

 グラハムは目の前に立つ二人を怪訝そうな顔で視ながら聞く。

 

「…叔父上、いったいなんのようですか?」


「グラハム、ワシは前々からお前が伯爵領主の器でないとおもっておった。それが今日やっと証明できるぞ」

 ガルバーは楽しくて楽しくてたまらないといったばかりに笑いながらいう。


「叔父上、…気でも触れましたか?」

 グラハムは顔をしかめてガルバーを見る。

 ガルバーは前から突飛な言動がしばしば出る人であったが、ここまで愚かなことをいうとグラハムは思いもしなかった。

 ここまでくると、あまりのばかばかしさにため息をつきたくなる。


「ニーナ、叔父上はご病気のようだ。病気療養のため引き取っていただくのがよいだろう。とりあえず自宅へお連れしてくれ。細かいことは後日考えよう…」



 ニーナはグラハムの前に進み出ると、両の口の端を上げいやらしい笑みを浮かべる。


「…ニーナ?」


 ニーナは腰に差してある剣を抜くとそのまま、切り上げてグラハムの右腕を肘から落とした。ドサッという軽い音の後に血が飛び出してくる。あらかじめ丹念に研いであったから切れ味は抜群だ。

 

「がぁぁぁぁああああああああああ」

 グラハムは無くなった右腕を抑えうずくまる。血が噴き出るのが止まらずすぐさま床は血の海となる。


「痛いですか? グラハム様? 痛いですよね?」

 ニーナはクスクスと笑いながら聞く。

 

 ああ、うれしくてたまらない、グラハムの痛みに耐える姿をみると私の心が満たされていく。一秒ごとに死にむかっていく姿をみると心が踊る。

 ついついやり過ぎてしまうが殺すのはまだはやい、もっともっと苦しめなければ。

 ああ、うれしくてたまらない、つい鼻歌を歌いたくなる。

 

 

「…ニーナ こ、これはどういうことだ!」

 グラハムは右腕を抑え気休め程度の止血をしながら顔を上げてニーナを見る。その顔は血の気が引いた真っ青な顔だ。


「どうもありませんよ? お可哀そうなグラハム様には急な出来事かもしれませんが、私は前々からグラハム様へこうしたくてしたくて仕方ありませんでした。今日はそれがかなえられてすごく幸せです!」

 ニーナは明らかな狂気の視線をグラハムに向けている。

 

「…さて次はどこが良いですか? 残った左腕? それとも逃げられないように足首から落としましょうか!」


「…狂ったのか!ニーナ!!」


「失礼な言い方は止めてくださいな。変なことをいうと手が滑って首を落としてしまうかもしれませんよ?」


 グラハムはいまだに自分の起きた出来事が処理できない。

 ニーナが裏切る? そんなばかなことが絶対にあるわけがない。ニーナが自分を裏切るくらいなら太陽が逆さまに昇ったというほうがまだ信じられる。


 だが自分は、自分の血の海に沈んでいる。腕を失ったことの激痛が身体を焼く。

 ニーナが剣を振るい俺の腕は肘からとばされた。その証拠に二の腕から先があそこに転がっている。

 

 見慣れた自分の腕がありえないところに転がっている。

 腕から絶え間なくあふれる血を止めようと抑えている、これは夢でなくすべて現実だ。ありえないが現実だ。

 

「…俺を裏切ったのかぁ! ニーナァー!!」



「…裏切る? なにをばかなことを。最初からお前になど仕えてなどいない! ははっ今までチャンスをうかがっていただけ、私がお前に心から忠誠をつくしているとでも思っていたのですか? 馬鹿らしいですね!」


「私がどれだけ憎んでいるか、お前にはわからないでしょうね?」

 ニーナは冷酷な表情でグラハムを見下ろし口汚くののしる。


「恩を忘れた恩知らずが!!」


 グラハムの言葉にニーナはわずかに顔をゆがませると、黙って剣を振り上げグラハムに切り下ろす。

 グラハムは剣の軌道から慌てて身をそらしてたが間に合わず、右顔面を浅く切られた。

 流れ出した血が右目を覆い目が塞がれる。

 

「ふふっ、少しは男前になったのではないですか? グラハム様?」

 ニーナは楽しくてたまらないといったように声をかける。


「こ、ここで殺すのは止めよ。まだ王都から裁判官がきていないのだ、こいつに死なれては困る」

 血みどろのやり取りに、ガルバーはおびえて声をかける。


「ガルバー様、わかりました。グラハム様、命拾いをしましたね、でも安心してください。このあとは死なないようにいたぶってあげますから」

 ニーナはグラハムを見下ろしながらおぞましいセリフをいう。


「とりあえず医者に見せて手当させろ、そのあとは地下牢へ幽閉だ」


「わかりました、さぁグラハム様、死なないでくださいね。お楽しみはこれからですよ」


 ガルバーは、そんなセリフをにこやかにグラハムに語り掛けるニーナの姿を、恐ろしいものを見るように見ていた。

 

 ニーナの狂気が深すぎる、あのペンダントの呪術効果が切れた場合どうなるのか?

 

 効果時間についてはなにも説明がなかった。ペンダントをつかってからすでに数日たっているが、効果が切れた様子はない。

 効果が一生続くのであれば問題ないが、中途半端だった場合は?

 正気に戻った場合、この狂気がどこへ向かうのか考えたくもない。

 

 いくら優秀といってもここまで狂気に支配されているとは、こいつを引き入れたのは失敗だったか。万が一のことを考え早めにニーナを処分したほうが良いかもしれない。

 

 ガルバーはそんなことを考えながら、王都から裁判官を迎え入れるための仕込みを行うべく部屋から出ていった。

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