三章 襲撃②
翌朝、再び二台の馬車は走り出した。
ミスリルは嬉しげに、シャルとアンの間に座った。
「アン。俺が恩返ししてやれることがあれば、
「立派な恩返しねぇ。考えるけれど、どうせならばミスリル・リッド・ポッドの能力を使える恩返しを考えた方がいいよね。あなたは、どんな能力があるの?」
「俺の能力か?
「水滴から生まれたの? 妖精って、みんな水滴から生まれるの?」
アンは首を
「アンは、なんにもしらないんだなぁ。妖精はいろんなものから生まれるんだ。草の実や木の実、水滴や
「で、ミスリル・リッド・ポッドは水滴から生まれて、シャルは何から生まれたの?」
問われたシャルは、ちろりとこちらを見ただけで、返事をしなかった。
かわりにミスリルが答えた。
「こいつは、見たところ黒曜石だ。貴石の妖精は、
「水を!? それはすごいじゃない。見せて」
「おう!」
ミスリルは両手を胸の前に広げた。
小さな
その水をミスリルは、まるで
「すごい! 水を操れるなら、
「
「じゃあ、なにができるの」
「今、見せただろう」
「え…………。あれだけ?」
「そうだけど……なんか、……文句あるのかよ」
がっかりして、アンは
するとシャルが、皮肉たっぷりに言った。
「小鳥に水をやる時には、役に立つな」
「ううう、うるさい!! なんだ、その言いぐさは。俺を
「おまえのほうが、失礼だ」
シャルが冷たく言い返す。
「俺のどこが失礼だ」
「全部」
「なんだとぉ!?」
言い合う二人の妖精を横目で見て、アンは断言した。
「
アンは順調に、
今夜。旅の四日目の宿泊地に決めた
太陽は
今夜も、おそらく問題なく宿砦に到着できるだろう。そう思っていた矢先だった。
シャルが空を見あげ、
「おい、シャル・フェン・シャル。こいつは……」
ミスリルが深刻な声を出すので、アンは首を傾げた。
「なに? どうしたの」
それと同時に、後ろをついてきていたジョナスが馬車の速度をあげ、アンの馬車と
「ねぇ、アン。アン! 上。見て」
ジョナスが指さした上空に目をやる。
ぎょっとなった。空が黒い。
先刻から
しかし太陽の光を遮っていたのは、雲ではなかった。
何百羽という、
「これは……
これに襲われれば、まず助からないといわれる。
彼らは鋭いくちばしで、最初に生き物の目玉を
空を
この大群に襲われれば、命がない。アンたちの手にはおえない。
アンはシャルを見やった。今回こそ、命じる必要がある。こちらも命がかかっているのだ。「羽を
「シャル、お願い」
ついつい、言いかけた。が、「お願い」の言葉に、シャルの目がちらりと光る。「また、お友達ごっこをする気か?」そう、無言でなじられたように感じた。
それを受けて、アンは
「シャル。命令するわ。荒野カラスから、わたしたちを守って。わたしはあなたの羽を
そう命じたが、不安をぬぐえなかった。
シャルの羽を握りつぶすようなひどい
案の定。シャルの目がおもしろがるように細まる。
「いやだ」と言われれば、アンはどうすればいいのだろうか。
しかしシャルは
「馬車を止めろ」
ひとこと言い置くと、御者台を飛び降りた。
「荷台の中に
──従ってくれた? どうして。
荒野カラスたちが、急停車した彼らに向かって降下してきた。
「アン!」
ジョナスも馬車を止めて、
「ジョナスも荷台の中に入って! 早く!」
その声に、ジョナスは転げるように荷台の中に逃げ込んだ。
「そうか! これが恩返しってもんだ。俺も鳥どもを追い
ミスリルははたと手を打って立ちあがり、
アンは蒼白になった。
「無理無理無理! 死んでも無理だから、来て!」
「無理とはなんだ! 俺の恩返しに、けちをつけ……わぁ!」
しのごの言うミスリルの首根っこをひっつかみ、御者台から飛び降り、荷台に飛びこむ。
「出ていかないでよ。恩返しするために死んだら、わたしが助けた意味がない」
荷台の
「お、俺は、恩返し……を。……する……」
抱きしめられたミスリルの声は先細りし、その
アンは外の物音に耳を傾けた。
今まで沈黙していた荒野カラスが、ときの声をあげるように、
その声が頭上からどっと降ってくるような感覚に襲われ、アンは思わず両手で耳をふさいだ。
どかどかと、荷台に荒野カラスが体当たりをする音と
悲鳴をかみ殺すだけで
──助けて。……シャル!
馬が怯え
荒野カラスの鳴き声は、荷台を包むように襲ってくる。
体が
するとミスリルの小さな手が、そっとアンの頰に
「
かなりの時間が
完全な
「終わったのかしら」
「さあ……わかんないけど」
アンは顔をあげ、ミスリルを床に置くと、立ちあがった。おそるおそる
「わっ!!」
荷台の屋根から
開いた扉の向こうに見えたのは、真っ黒な
街道は黒い
その真っ黒な
「……シャル」
呼ぶと彼は、アンに視線を向けた。
ぞっとするような、それでいてうっとりするような、
手にある剣をふって
へたり込んでいるアンを見ると、馬鹿にするようにくすりと笑った。
「
「ち、違うわよ」
断固否定して立ちあがろうとしたが、足に力が入らずによろけた。
その
見あげると、黒い
吸いこまれそうな黒。なんて
「どうした、かかし。サービスをご
甘い声で意地悪な質問を
「
あわてて身を
「とにかく、あ、ありがとう。助けてくれて」
頰が赤らんでいるのを、
◆ ◆ ◆
「すごい数。これに
ドレスの
「ほんとうに、助かったね。アン。君がシャルを
言われるとアンは、ちらりとシャルをふり返って、困ったような表情をした。
「え……うん。まあね」
再び歩き出したアンの後ろ姿を見て、シャルは
アンはシャルを使役しようと、精一杯強がって彼に命じた。
しかし。彼女の命令には、使役者の
だがシャルは、アンたちを守った。命じられたから従ったわけではない。アンが荒野カラスにつつき殺されれば、彼女が握っているシャルの羽も危うい。
だからアンを守ったにすぎない。
自分の命令の弱さと、それをシャルに見透かされていることに、アンは気がついている。自分の命令でシャルが動いていないことを、彼女は感づいている。
その辺りの
──俺の羽を
アンは使役者というよりは、お荷物だ。シャルの羽を抱き込んで離さないから、けして
シャルにしてみれば、
こんな
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