第4話 つむじ風のイエミール

 まったく欲深い連中は限度を知らない。宝石を盗み出す作戦を考えたのも実行したのもアタシなんだよ? 何でヤツらに半分渡さにゃならんのさ。まあ組織を裏切るほど馬鹿じゃないから渡すもんは渡すけど、いくら何でも半分はボリ過ぎだろ。ああ、何とか払いを減らせないもんかねえ。


 そんなことを考えていると、部屋のドアがノックされた。


「イエミール様、お客様が見えています」


 使用人のザザの声。ザザは腰が曲がるほどではないが、もういい歳で、しかし礼儀作法などはまるで知らない百姓女だ。ただし仕事は楽で簡単で給金さえ良ければ、それ以外の余計なことを考えるほど頭は回らず、嘘をつくこともしない。アタシの家で働くにはうってつけだった。


「客ってキシアの協会の人?」


 アタシは普段キシアの棋士として活躍しているが、それは表向きの仕事。裏では盗賊を働き日銭を稼いでいる。もちろんどちらか一方でもかろうじて食って行くことはできなくはない。でも人生は計算通りに行かないのだ、多少の余裕がなくては困る。


 盗賊といっても押し込みはやらない。家中皆殺しにして金品を奪うなんて趣味じゃないからだ。アタシは標的を決めたら完璧な作戦を立て、一切の証拠を残さず標的だけを奪う。街の連中は「つむじ風」なんてあだ名をつけているらしい。悪い気はしないね。


 そんなアタシだからなるべく他人から怪しまれないよう生活をしなきゃならない。当然人付き合いは最小限になる。家を訪ねてくるなんてキシア協会の担当者くらいなのだ。けどザザの声はそれを否定した。


「いいえ、それが何かウォーレンシーさんの知り合いとかで」


 ウォーレンシー? 一昨日宝石を盗んだ金貸しじゃないか。まさか気付かれたか。いや、もし気付かれたとしても証拠はなにもないはず。領主や教会に訴え出たところで誰にも相手などされないだろう。


 それにアタシには「とっておき」がある。恐れることなど何もありはしない。


「そうだザザ、お客さんて男の人?」


「はい、えらい若い男の方です」


「わかった。いま行くから玄関で待っててもらって」


 若い男か。チョロいチョロい。ほんのちょっと気合の入った戦闘服を見せてやろう。幅の狭い赤い下着、網の靴下、丈の短い薄い生地で胸元の大きく割れた真っ白いドレス。さぞ目のやり場に困るだろうね。


 このイエミール様、妖艶さには定評があるんだ。さあ笑わせてもらうよ。




 ザザの言葉通り、玄関に立って待っていたのは若い男。てか、まだ子供じゃないか。ちょっと刺激が強すぎるかな。まあいい、いったい何の目的でここに来たのか探らないと。


「お待たせして申し訳ありませんでした。ウォーレンシーさんのお知り合いとか」


 階段の上から精一杯の可憐な声をかければ、しかし相手は驚いた様子もなく見上げる。


「ええ、ちょっと内密にご相談したいことがありまして」


 黒髪の少年は異性の体に興味津々な年代に見えた。なのに頬を赤らめるでも目を血走らせるでもなく、平然としている。ん? アタシ何か間違えたか?


「内密の相談。いったいどんなことでしょうか」


 吐息がかかるほどの近い距離に立ち、耳元でささやいた。たいていの男はこれで骨抜きになる。このガキだって一瞬でのぼせ上がるさ。


 だがこの小僧はそのままの姿勢で、こうささやき返してきた。


「盗んだ宝石を返してください。今回はそれで手を打ちましょう」


 顔に出すな。動揺を表情に出したら負けだ。笑え、泰然と微笑むんだ。小僧の肩に手を置き、アタシは笑みを浮かべる。


「何のことでしょう、私にはわかりかねますが」


 すると小僧は、さもいい考えが浮かんだとでも言いたげな顔でポンと手を叩いた。


「それじゃ、こういう趣向はどうでしょうか」


 そして自信満々な顔でこう言うのだ。


「僕にキシアを教えてください」




 キシアは十一×十一の百二十一マスの盤上で王、将軍、騎士に雑兵の駒を動かして戦う古典的な遊戯だ。貴族は基礎教養として習うらしいが、駒の動かし方が単調でたいてい弱い。この世界で勝ち残るには常識に縛られない発想の飛躍が欠かせない。もっとも、アタシにはそんなものすら必要ないけどね。


 こちらが白、小僧は赤の駒を盤上に並べたのだが、その並べ方すら知らないのは驚いた。しかし、からかっている様子は見えない。本当に知らないらしい。


「ではまず、好きな駒を動かしてみてください」


 普通のヤツなら最前列に並ぶ雑兵の駒から動かすだろう。奇をてらって騎士の駒や将軍の駒から動かそうとするかも知れないが、それはそれでこちらに好都合だ。ちょっと驚かせてやる。


 アタシは小僧の額を見つめて神経を集中した。すると視界に重なるように、赤い駒の並びが見える。これは小僧の視界、このガキの思考がアタシの頭に流れ込んでいるのだ。


 そう、アタシは他人の思考が読める。これが「とっておき」だ。もちろん何でもかんでも全部とは行かないが、いま意識を集中させていることならハッキリとこの目に見える。相手が考えに考えて手を打つほど、アタシにはその思考の道筋が見えるという訳だ。


 キシアの駒を動かすヤツは、当然「こういう反応をされると嫌だ」と思いながら打っているのだから、こっちはその反応をしてやればいい。定石も知らない超初心者なら、自分が動かそうとする駒を当ててやるだけで警戒するに違いない。さあ、動かせ。どれでも好きな駒を動かしてみろ。


 すると小僧の思考に流れが生じた。雑兵の駒の一番右端に手をかけようとしている。さあ手に力を入れるんだ、アタシが指摘してやるから。


 だが小僧の手には力が入らなかった。それどころか、こんなことを考えたのだ。


――なるほど、雑兵の駒を動かすことはお見通しか


 どういうことだ? 思考を読んでいるのはアタシの方だぞ、何でコイツが先回りできるんだ。


 小僧は視線を移動させ、左側の騎士の駒に注目した。それを打つつもりか、よし、それなら。


――やっぱりそうか


 小僧の頭の中に言葉が沸き上がり、それがアタシに流れ込んできた。


――あんた、ウォーレンシーの屋敷で執事の頭の中をのぞいたんだろう


「な、何を言って」


 思わず口にしかけて気付いた。相手はこの反応を予想していたに違いないと。小僧は口元に笑みを浮かべてアタシを見据えている。


「どうやってあの生真面目な執事の隙をついたのか、どうしても方法がわからなかったんだけどね。でもなるほど思考が読めるというのなら、さほど難しい話じゃない訳だ」


「まさか、おまえもアタシの頭を」


「読んじゃいないさ、僕にはそんな能力はないんでね。嘘だと思うなら僕の思考の深いところまでのぞいてみるかい。ただし、あんたの脳が焼き切れる覚悟は必要だよ」


 それを聞いたアタシの脳裏に浮かんだのは、あのとき、組織の総帥の頭をのぞいたときのこと。あれは本当に脳が焼き切れるかと思った。あんな無謀な冒険は二度としたくない。


「……アタシにどうしろってのさ」


「簡単な話だよ。宝石を返してくれれば済む」


 小僧は本当に簡単そうに言ってくれた。アタシは思わず怒鳴り散らしそうになる。


「そんな簡単な話じゃないんだよ! こっちにだって都合があるんだ」


「もしかして組織に上納しなきゃいけないとか?」


「おまえ、やっぱりアタシの頭を」


「読んでないってば。まあ上納に関しては金で解決すればいいじゃん。別に現金に換えてから上納しちゃいけないって決まりがある訳じゃないんだろ」


「アタシにその金を出せってのかい」


「嫌ならここに自警団の連中でも呼び寄せて、食器棚の裏に隠してある宝石を取り出してみせるけど」


「なっ」


 全部見破られている。こいつ、最初からわかってて乗り込んできやがったんだ。ダメだ、勝ち目がない。


「おまえ……おまえ何者なんだよ、このガキ」


「タクミ・カワヤ。ただの占い師さ」


 そう言うと、黒髪のガキはニッと笑った。



◇ ◇ ◇



 今日も朝からお客様が詰めかけていたのに、先生は突然「昼過ぎまで休憩!」と宣言してどこかに出かけてしまいました。宣言通りお昼過ぎには戻って来られたものの、どうにもこの匂いは。


「どうしたのステラ、鼻なんてクンクンさせて」


「先生」


「……ん」


 何だか先生は動揺しているように見えます。


「先生から女の人の匂いがするのですが」


「いや、それはアレだ。気のせいじゃないか」


「まさか先生、お仕事を放り出して女の人に会ってきたんじゃありませんよね」


「え、あのステラ」


「ありませんよね」


「ちょ、ちょっと待て、話せばわかる、話せばわかるから!」


 何故かホウキが壊れてバケツが割れてしまいました。どうしてでしょうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る