第21話

 ゲルディークはトレンスキーよりも頭一つ分は背が高かった。おそらく身長はラウエルとほぼ変わらないだろう。

 無造作に伸ばしたままの髪色は少しくすんだ赤色をしている。四精術師しせいじゅつしだとラウエルは言ったが、着ている服は術師装束ではなく飾り気のない洗いざらしの旅装束だった。


「こぉの、離せっ、離さんかっ!」

「つれないな、せっかくお前に会いに来たのにさ」

 逃げようともがくトレンスキーをがっちりと抱え込んだまま、ゲルディークは喉の奥で笑った。

「本当は峠の方で待ってたんだぜ。それなのにお前、何故か時間のかかる迂回道なんて使ったりするからさ。仕方なくこっちに来たら、この辺りで招来獣しょうらいじゅうが出たって話を聞いたんだよ」

「それでわざわざ待ち伏せか、本っ当に趣味が悪いの!」

「そんなことよりさぁ……」

 ふと声を低めたゲルディークは、トレンスキーの肩越しにアンティを指差して言った。

「あの子どもはなんだよ、トレンティ?」


 その言葉を聞いたトレンスキーはぴたりと黙り込んだ。しばし迷った後で、大きく息を吸い込むと勢いに任せるように短く答える。

「……ワシの弟子じゃ」

「はあっ!?」

 ゲルディークは頓狂とんきょうな声を上げるとトレンスキーから手を放した。

「お前が弟子!? 冗談だろ、この季節に雪でも降らす気か?」

「その例えは本気で止めい」

 自由になったトレンスキーは苦々しい表情を浮かべると、ゲルディークから視線を逸らしたままぶっきらぼうに言った。

「冗談ではない。アンティはワシの弟子じゃ」

 ぽかんとしてトレンスキーを見つめたゲルディークは、その言葉が偽りでないことを悟ると改めてアンティへ視線を向けた。


 ゲルディークが大股にアンティへ近寄る。その目前で、ラウエルが遮るように一歩進み出た。

「……退けよ、お馬さん」

 ゲルディークがやや険のある声で言った。対するラウエルは普段と同じ無表情のままだ。

「君は少々言動が厳しい、あまり子どもを威圧すべきではないのだ」

 淡々とした言葉に、ゲルディークが舌打ちする。

「偉そうなことは、その不愛想なつらを直してから言えって」

 ラウエルを乱暴に押し退けると、ゲルディークは影が落ちるほどの近さでアンティを見下ろした。


 その顔を仰ぎ見たアンティは軽く息をのんだ。

 近くで見たゲルディークの左目は鳶色とびいろをしていたが、前髪に隠れ気味になっている右目は閉じられたままだ。……右目が潰れているのだ。


 抜き身のまま下げられたナイフに軽く目を落とした後で、ゲルディークは値踏みするような視線をアンティに向けた。

「名前は?」

 アンティは小さく答えた。

「アンティ・アレット、です」

「それ、あいつが付けたのか?」

 アンティが頷く。ゲルディークは軽く鼻を鳴らすとトレンスキーの方を横目で見やった。

「……意外にちゃんとした名前付けるじゃん。あいつのことだからもっと意味分かんねえ滅茶苦茶な名前とか言い出しそうなのにな」

 アンティは隣にいるラウエルを見た。ラウエルが静かに首を振る。


「俺はゲルディーク・イアン・リレッダ」

 向き直ったゲルディークは薄い笑みを浮かべてアンティを見下ろした。

「長いならゲルディでいい。よろしくな、トレンスキーの弟子」

 言葉とは裏腹に、潰れていない左目にちらつく色はどこか冷めていて友好的とは言い難い。アンティはその目に気圧されながらも小さく頷いた。

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