四つ町ではしっぽをかくし

 やがて面と竹細工が注文どおりの数仕上がりましたので、ヤタロは山をおりることにいたしました。

 キクをどうしようか、つかのま考えましたが、

「ヤタロについていく」

 とつよく申しますので、共につれてゆくことにいたしました。

「耳としっぽを出すのでないよ。見つかったらキツネっこなぞ、とって食われてしまうかもしれないから」

 と言いふくめて、遠出のしたくをいたします。

 尻をはしょって大きな籠をかつぎ、股引きに足袋、わらじは途中の農家で買いたしましょうか。

 そろそろ秋口とはいえまだ日ざしは強いので、蓑笠みのがさをかぶってあごひもに締めております。

 キクのほうといえば、しっぽがこぼれては困るので、長めの矢絣やがすりを着せ尻ははしょらず、手伝いに軽い面などいくつか持たせております。

 草履に使わせた赤いひもが、なんとも粋で町のむすめっぽく、愛らしゅうございました。

「ねえヤタロ。町というのはどこにあるの?」

「この道を五日ほども行ったところさ」

「ねえねえヤタロ。町にはなにがあるの?」

「人がたくさんいて、物もたくさんあるよ。そうだ、キクには白玉なんぞを食べさせてあげようか。砂糖水がひたひたに浸かっていて、甘くておいしいぞ」

「しらたまっておいしいの?」

「おいしいさ」

 しらたましらたま、キクが口のなかで唄うようにつぶやいています。

 その声はまるで土鈴どれいが転がるごときに心地よく、ヤタロの耳に響いてまいりました。

 道々農家で水をもらいにぎりめしを買い、何日か草枕で過ごしますと、やがて大きな街道にゆきあたります。

 ゆきかう旅装束たびしょうぞくの男や女、引きだしをかついだ富山とやまの薬売り、尺八しゃくはちをふいてあるく虚無僧こむそうなど、にぎやかな人々をみるたびに、キクが目をまあるくしてみせます。

 一度など、えっほっえっほととおりすぎた法被はっぴすがたの飛脚ひきゃくを追いかけようとして、ヤタロにあわててえり首をつかまれてしまいました。

 なぜって矢絣のすそから、黄色いしっぽの色ぬけた先っちょが見え隠れしていたのですから、まったく油断なりません。

 そうこうするうちに、町の入り口につきました。

 泳いでも渡れないような大きな川を、木でできた橋がまたいでおり、キクはまた目をまあるくしておりました。



 問屋場について親分に挨拶にゆくと、

「おうヤタロじゃないか、まあまあ奥に入ってくつろいでくれ、今勘定してやるからな」

 せわしなく荷物をひきとります。

 奥の座敷では職人たちが、古鮨なんぞをつまみながら、酒盛りのさいちゅうでありました。

「ようよう! ヤタロじゃないか。まあこちらへ上がりなせえ。一杯やってきなせえ。ところでそのめんこいのはなんなんだい?」

「お前の嫁さんかい? それともなんだ、まさか娘ってんじゃあないだろうね」

 キクをさして口々に言います。

 職人らしく、声が大きいのでキクはとびあがりそうになりました。

 ほんとは耳としっぽが出てたのですけれど、裾をおろして手ぬぐいをほっかむりしていたので、なんとかばれませんでしたけども。

「この子かい? この子はキクといって、俺の」

 そこで思案しあんし、

「妹さ。人里が見たいと言ってきたので、つれてきたのさ」

 たしかヤタロは、天涯孤独てんがいこどくのはず。

 そこは何かわけでもあるのだろうと、だれもくわしくは聞きません。ただ、

「ほうこれは別嬪べっぴんさんだ。将来が楽しみだなあ」

「お嬢ちゃん、鮨たべなせえ。よければ甘酒なぞも出すぜ」

 はじめての町におどおどしているキクに、気やすく目をかけてやります。

「いやあ、このあと砂糖水を飲ませてやると約束しちまったんだ。また今度にするよ」

「そうかい。じゃあそこの豆餅でも持っていきなよ。風呂敷あけたら見つかるよ」

「ほう、うまそうだ。じゃあもらって帰るか。なあキク」

 キクはヤタロのかげで、こくりとうなずきました。

 親方の勘定がおわり、代金をうけとるとき、

「そろそろ正月のものがほしいんだが、凧でも用意してくれないか?」

「いくつ作りましょうか」

「あればあるだけありがたい。独楽こまなんかも作れるかい?」

「できますよ」

「じゃあそいつもあるだけもってきてくれ。師走の早いうちにもってきてくれ。絵なんぞつけてくれると子供が喜んでいい。お前は腕もいいし器用だし、まったく便利なやつだよ」

 ヤタロが照れてはにかむので、キクもくすりと笑いました。



 問屋場を出ると、約束どおりに白玉売りのところにつれていってやりました。

「寒ざらしい。白玉あ」

 黒渋の桶をひっかけた天秤棒をかついで歩いているのを呼びとめ、ヤタロと合わせて二杯分の白玉を買いました。

 砂糖水は気にいったものの、キクはせっかくの白玉が苦手らしく、仕方なしにヤタロがひきとってやりました。

 その代わり、ヤタロのぶんの砂糖水は、みなキクにあげてしまいましたけど。

 キクが熱心に砂糖水をすするのを見て、ヤタロは旅の道連れがいる楽しさを、ふとおぼえます。

 何もできないむすめっこですけれど、こうしていてくれるだけで心強く思うのはどうしてでしょうか。

「仲がいいねえ。親子かい? それとも夫婦めおとかい?」

 白玉売りのお兄さんに、さっきと同じことをきかれまして、ヤタロはひやりといたします。

 その足で木場なぞによって凧と独楽の材料を仕入れた帰り道、街道を戻りながらキクがきいてまいります。

「ヤタロ。めおとってなあに?」

 ぎょっといたします。

「うーん、夫婦というのは、親しい男と女が、いっしょになることさ」

「いっしょになるって?」

「うーん。いっしょになるっていうのはなあ、いっしょに暮らしたり、子供を作ったりすることさ」

「キクとヤタロは、めおとではないの? だって、キクはいつもヤタロといっしょにいるよ?」

「ううーん」

 ヤタロはうなって、考えこんでしまいます。

 いっしょに暮らすにはいいでしょうが、子供を作ろうにもヤタロがまたお尻でもさわろうなら、キクはもういちど逃げてしまうでしょうし、なによりキクはキツネっこです。

「まあ、いつかはなれるかもしれないよ」

「今はなれないの? あとでなるの? いつなるの?」

「うーんそうだなあ」

 質問ぜめにあい、ヤタロは参ってしまいます。

「そうだ。お前の親はどうしたんだ? キツネは子育てをきちんとするのだろう?」

 なんとか話をそらそうと、質問をかえしてみますと、キクは悲しそうにして、

「お母さん、食べられちゃった」

「食べられた?」

 キクは、こくりとうなずきます。

 誰に食べられたのでしょう。

 山犬か、それとも人間か。

 遠くでカラスが鳴いております。

 長い街道を、ふたりはだまりこみ、夕やけを背にして歩いてゆきました。

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