悪夢で逢えたら

 僕はずっと自分の意思で眠れていない。

 怪獣が怖くて眠れないのだ。

 ホラー映画を観てしまったり、お化け屋敷に入った日に眠れなかった子供時代のあの夜がずっと続くような感覚だ。

 ぐっすり眠りたい。

 そんな欲求とは裏腹に僕は眠れない。ベッドに入ると緊張で手足に力が入り、心臓の音が煩いほど響く。

 ゆっくり自分が踏みつぶされて、ベッドから床に押し付けられていくのを想像して息が苦しくなっていく。

 そうなるともう眠るのは無理だ。

 身体を起こし、いつでも逃げ出せるように服を着替える。


 ただ、人間いくら不眠症だとはいえ、24時間覚醒しているわけではない。

 時々――週に1、2回気絶してしまう。

 それは僕の脳と身体を休められる貴重な時間のはずなのだが、そうではない。


「うわぁっ」


 いつも僕は汗だくで、まるで100mを全力疾走した後のような息切れと共に目が覚める。

 ぜえぜえ言いながら水を飲み、服を着替える。

 もし怪獣が出た時に今みたいに気絶していたら、死んでしまうかもしれないという恐怖が肉体に染みついていて、起きた瞬間に睡眠に対する拒否反応が起こるのだろうと考えていた。


 昨日までは。


「やめて、殺さないで」


 僕はそう言いながら起きた。はっきりと。


「殺さないで?」


 自分で自分の言葉を反芻する。


 ――もしかして夢を見てたのか。


 そこまで気づくと一気に夢の記憶が引きずり出される。


 夢の中で僕は怪獣から逃げまどっていた。

 僕が暮らすこの街で多くの人たちに混ざって、大通りを駆ける。

 足がもつれて転んだら死ぬ。

 逃げる群衆に踏まれ、蹴られ、立ち上がれず、あとはただ怪獣に食われるだけだ。

 時々振り返る。

 僕達を追ってくるのは一見すると二十メートルほどのイノシシのような図体だが、ゾウのような鼻にウシの尾、トラのような脚を持つ化け物だ。

 怪獣は僕が走り続けられれば追いつかれることはない速さで迫ってくる。必死に走ればその差は縮まらないように感じる。

 意図的にそうしているかのような不自然なスピードだ。

 だが、わざとゆっくり走っても差が縮まらないのか試そうという気はまったくない。


 なぜか夢の中の僕は知っているのだ。

 夢の中で怪獣に殺されると――現実でも死んでしまうのだと。

 確信がある。

 夢の僕が死ねば、この僕も死ぬ。


 ――そうか。僕はもう起きていても寝ていても怪獣の恐怖に晒され続けるのか。


 死んだら楽になれるのだろうか。

 それとも死んだ後も――。

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