第3話 幼馴染も結構ホラーだった
文城先輩の暴言にキレて、ヨミが物凄く冷たい目を向けている。
「こ、暦ちゃん。いや、だってさ、このヘタレは」
「そんなにたっちゃんを責めるんなら、一人であのウサギに立ち向かってどうにかすればいいじゃないですか。当然できるんですよね? 私達は待っているから、お願いします」
「あ、いや、そういうのなら寺島が行くべきだろ。ほ、ほら、俺は皆を守るために離れられないしさ、は、はは」
「いえいえ、どうぞ行ってきてください。守りならたっちゃんがいてくれますから。問題の解決はヘタレじゃない先輩がどうぞ」
「いや。だからさ」
先輩は冷や汗を垂らしながら後退る。
でもヨミの怒りは冷めやらない様子。かなり雰囲気が悪くなってきた。
「たっちゃんに助けられたことを棚上げしている私に言えてたことじゃないのは分かっています。でも言いますよ。守る? 腰を抜かして、たっちゃんに助けられなかったら逃げることもできなかった先輩がどうやって? というかそもそも、普段の部活動でも女の子に声かけるだけの先輩に何ができるんですか?」
それは全部傷つけるためだけの言葉だ?
彼女がこんな態度をとるのは俺のを守ろうとしてのこと。懐かしい。そう言えば昔から、ヨミが怒るのは俺が悪く言われた時ばかりだっけ。
「ヨミ、ありがと。だけど、俺のために悪役やらなくていいよ」
「む……でも、たっちゃんが怒らないから」
「そうだな、ごめん。俺が中途半端なことをしてたから、付け上がらせた。それは反省しなきゃいけないな」
文城先輩は久地部長や会田、それにヨミの前で俺を下げる。
まあ女子に良いところを見せたいのは男子のサガ、相手は先輩だし険悪な雰囲気が部に蔓延するのも嫌だから我慢するところはしてきた。
でもこの状況ではそうも言ってられない。
「先輩。状況が状況です、せめて皆の無事が確保できるまでは無駄な争いは止めませんか」
「な、なんだ、えらっそうに」
「偉そうで結構。河野副部長みたいには、なりたくないでしょう?」
こんなことで名前を出すのは嫌だが、実際油断すれば誰がああなってもおかしくない。
不和の危険を見過ごすわけにはいかないんだ。
「お、お前が! 独りでどうにかしてこりゃいいだけだろうが?! 俺は咲子たちといるから、とっとと行けや!」
ここまで言っても文城先輩は文句を言うばかり。
どうすりゃいいんだよ、こんなやつ。
「いいんじゃない、それで?」
「よ、ヨミ?」
「たっちゃんは先輩と別行動。その方が上手く回るよ」
先輩のムチャクチャな意見に賛同したのは、驚くことにヨミだった。
一瞬「なんで」疑問に思ったけれど、彼女は俺の腕を撮って身を寄せてくる。
「へ、へへ。だろ、暦ちゃんもその方がいいと思うよな?」
「はい。ただしその場合、私も付いていきます。強いとかどうとかは関係ない。助かるならそれでいいけど、もしもの時に離れ離れは嫌だから。というか、先輩が一人で出てけば晴れて別行動ですよ」
きっぱりと言い切る。
先輩はそれが信じられないと、驚愕の表情をしていた。
「な、なんでだよ。そんなカスより俺の方がいい男だろ?!」
「は? 死んでくれます?」
ヨミの冷たい視線に負けて、先輩は目を逸らした。
そこで久地部長が真剣な顔で皆を嗜める。
「み、皆さん、まずは落ち着いてください。文城先輩、貴方の発言は度が過ぎています。今は助かるために協力して、行動しないといけません」
「でも、センパイ。助かるためにって、どうすんの?」
会田の質問はもっともだ。
扉はなにをして開かなかった。きっと俺が溜気勁からの流気発勁を打ち込んでもどうにもならないだろう。
「幽霊の対策としては、朝になるまで待つ、ですが」
「それはムリそうじゃないですか?」
部長の発案を否定したのはヨミだ。
彼女は苦しそうな顔でスマホの画面を見せる。
「見てください。私達がこのホテルに入ったのは22:00くらいです。でも、時計が22:08で止まったままになってますよ」
俺は慌てて自分のスマホを確認した。
確かに22:08で止まっている。しかもネットにつながらない、電話やメッセも無理。
外への連絡はすべてダメなようだ。
「そ、そんな。ではこのまま待っていても、朝は来ないということでしょうか」
「んなわけないじゃん。……て言いたいけど、このホテルならあり得そう」
会田がうげぇと気分悪そうにしている。
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ」
文城先輩が不機嫌そうに文句を言う。
またヨミが苛立っていたので、ぽんぽんと軽く頭を撫でておいた。それで多少は気分が晴れたのか、頭を俺の肩に預けてきた。
「……まあ、ぶっちゃけますと。今のところは、たぶん文城先輩の案が一番マシなんですよね」
俺がそう言うと全員がぎょっとした。
そりゃそうだろう、あんだけ暴言を吐かれて肯定するなんて頭おかしい奴だ。
でもあの提案は決して悪くはないのだ。
「もしあのウサギのキグルミの実力がさっきの見た通りなら、俺一人なら戦わなくても逃げられます。俺が一人で探索して、なにか見つけたら戻ってくる。それ自体はそんなに悪い手じゃないんです」
もちろん問題はある。
なにせ、この方法をとると。
「ちょ、ちょい待って。て、寺島がここ離れてる間にさっきのウサギが来たら、アタシらどうなんの?」
会田の懸念は正しい。
ウサギが俺を優先して狙ってくれるならいい。でもそうじゃない場合、最悪探索から戻ってきたらヨミたちが全員死んでる可能性がある。
「たぶんアウト」
「なによそれ?! あ、あんたアタシたちを見捨てて自分だけ助かるつもり?!」
「そうじゃない。だいたい、さっきの一戦でウサギが底を見せていなかったとすれば俺も殺される。それに俺が一人で行動したらなにか見つける前に心が折れる」
俺、ホラー嫌いです。
背後で大きな音が鳴っただけで心臓が潰れるかもしんない。
「はいはい。たっちゃんの言いたいことは分かったよ。つまりリスクと好みの話だよね?」
「そうそう。さすがヨミは話が早い」
「先輩方、皆で行動してもたっちゃんが一人で動いても危険は同じくらいあります。別行動なら一網打尽だけは避けられる代わりに各個撃破もあり得る。つまるところ、どうやっても危険があるなら、後は好みの話になります」
ヨミが指を一本立てる。
「一つ、たっちゃん一人、または追加数名の少数行動、他の人は待機。たぶん、これくらいが一番動きやすいはずです」
俺の突っ込みを受けて、二本目の指を立てる。
「二つ、全員で行動。危険です。でも、脱出のためのカギは見つけやすいかもしれません。ただ一つ目もそうですが、基本的に私達は足手まとい。いざという時はたっちゃんを生かす方向で動けないと詰みます」
三本目。
「三つ、何もせず待ってみる。朝が来ないというのは単なる推測。もしかしたら普通に夜が明けるかも」
ヨミの提示する選択肢に部長たちは黙り込んだ。
命の危険があると考えれば、尚更空気は重苦しかった。
「俺は……一人で動いてもいいと思っています。もちろん、みんなを見捨てることはしません。でも、外はどんな危険があるか分からない」
俺が言うと、ヨミがすぐに答えた。
「私はついていくよ」
「なに言ってんだよヨミ、危ないって言ってるだろ」
「だから行くんじゃない」
「……嫌な言い方だけど。遊びじゃない、死ぬかもしれないんだ」
「え、うん? だから行くんだって……あれ?」
なぜかヨミは不思議そうな顔をしていた。
俺もそんな反応をされるとは思っていなくて、俺も小首を傾げてしまう。
今一つ噛み合わないやりとりをしていると、ヨミは何かに気付いたのか、不機嫌そうになってしまった。
「ねえ、たっちゃん?」
「ど、どうしたんだよ」
「あのさぁ、もしかしてだけど……約束忘れてる」
「や、約束?」
「公園。滑り台の上。ほっぺたにキス」
「あ、あぁ……」
忘れてない。
小学生の頃、公園で俺はヨミと遊んでいた。
二人で一緒に滑り台をするのが楽しくて、日が暮れるまではしゃいでいたっけ。
それでだ。
あの時ヨミは、俺の頬にキスをして言ったのだ。
『たっちゃん、大好き! 私ね、大きくなったらたっちゃんのお嫁さんになりたい!』
俺も嬉しくて、こう答えた。
『分かった! じゃあいつか僕と結婚してね!』
幼馴染あるある、よくある約束だ。
高校生になっても色っぽい関係になる訳でもなかったし、ヨミはすっかり忘れていると思っていたのだが。
「いや、覚えてるぞ? け、結婚しようってやつだろ?」
「よかった、忘れられたのかと思ったよ。だから、ついてくね」
「うん、なんでそこに繋がるのか分からない」
俺の発言に、ヨミは「もう仕方ないなぁ」みたいな感じで溜息をつく。
呆れてるというか、子供の悪戯を嗜めるような優しさがあった。
「結婚式の誓いって知ってる?」
「えーっと、病める時もなんちゃらかんちゃら、だっけ?」
「そう。病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、夫は妻はは互いを愛し敬い慈しむ。死が二人を分かつまで、途切れない想いを交わすのが夫婦の誓い。なら小学生の頃に結婚を約束した私も、そうあるべきじゃない?」
ヨミはにぱっと朗らかな笑顔を見せてくれた。
「だからね。私は、貴方と共に生きるし、死ぬ時は貴方と共に死ぬ。結婚の約束って、そういうことでしょ?」
やばい。ホラーと同レベルの危険だ。
我が幼馴染殿……子供の頃の口約束に、残りの生涯全てを賭けるほどの覚悟を持って臨んでおられました。
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