書籍化部分

一巻

アルファポリスでの書籍化に伴い、一巻に該当する部分を削除しました。ただ、書籍版とほぼ同じものを前半部分のみ公開しています。

書籍版の試し読みとして読んでくださると幸いです。(規約にビビッてこの文字数にしているので、販売サイトの試し読みはもう少し長いと思います)


*スマホだと、一部読みにくい部分があるかもしれません。パソコン推奨です。


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「ん~と、あれはエンシェントドラゴンかな?」


前方に見えるのは漆黒しっこくうろこつばさを持つ巨大なドラゴンだ。そいつは、俺に見向きもせず、近くにいたミノタウロスを口から出した炎でこんがり焼いて、食べていた。


「あいつを倒せばレベルが1、上がりそうだな」


俺はそう呟くと、《中距離転移ワープ》を使って、エンシェントドラゴンの真上に転移する。


「終わりだ。《雷槍らいそう》」


俺はエンシェントドラゴンに右手をかざすと、そう言った。すると、右手に魔法陣が現れ、そこから光線が放たれる。そして、その光線はエンシェントドラゴンの脳を一瞬で消し飛ばした。今の一撃で死んだエンシェントドラゴンは、そのまま地面に倒れ込む。


「よし、《無限収納インベントリ》」


俺はエンシェントドラゴンの死骸しがいの上に下り立つ。エンシェントドラゴンの死骸の真下に巨大な魔法陣が現れ、その直後、エンシェントドラゴンの死骸が消えた。


「さて、次行くか」


俺はそうつぶやくと、再び歩き出した。

これが、世界一の作業厨である俺の日常だ。




      ◇ ◇ ◇




「ここはどこだ?」


辺り一面真っ白な空間で、俺はそう呟いた。

俺の名前は中山佑輔なかやまゆうすけ。四十代半ばにして、今だ独身のフリーターだ。

そんな俺は今、何が起きたのか分からず、混乱していた。


「どういうことだ? ついさっきまでゲームをしていたのに……しかもこの感触、間違いなく夢ではないな」


俺は自分の頬をつねって、夢ではないことを確認する。


「ううん……もしかして、頭がおかしくなったのかな?」


俺はゲームの配信をしており、食事と睡眠の時間以外はほぼ全てゲームにささげていた。

そんな生活をしていた為、つけが回ってきたのでは? と咄嗟とっさに思う。

俺についた界隈かいわいでの渾名あだなは『作業厨さぎょうちゅう』。

作業厨というのは、普通の人なら途中で諦めてしまうような大きな目標を何十時間、何百時間とかけて達成させる人のことだ。人によって作業厨の定義は若干異なるが、俺はそれが作業厨の定義だと思っている。

因(ちな)みに今日は、とあるゲームで640×640メートルの巨大地上絵を作っていた。


「……寝たら元に戻ったりするのかな?」


そう口に出した瞬間、突然背後から足音が聞こえた。

驚いて心臓がバクンバクンと脈打つ。恐る恐る振り返ると、そこにいたのは白い法衣ほうえのようなものを着た、白髪で金色の瞳を持った美女だった。


「こんにちは。そして……ごめんなさい!」


目の前に来た女性は、いきなり両手を合わせ、片目を閉じると、謝罪の言葉を口にする。


「は、はい?」


俺はいきなり謝られたことに、困惑した。そもそも、俺はこの女性と面識がない。この女性は一体何者なのだろうか?


「あの、実はあなたは私のミスでここに来てしまいました」


目の前にいる女性はそう言うと、何があったのか、そして、これからのことを説明してくれた。

まず、彼女はティリオスと呼ばれる世界の女神様らしい。

そして、女神様が言うには、俺はゲーム中に心不全を起こして死んでしまったそうだ。その後、本来なら俺は同じ地球で生まれ変わるはずだったのだが、女神様がうっかりたましいを呼び込んでしまったらしい。そこで、女神様はおびとして、記憶を残した状態で、ティリオスに転生させてくれるそうだ。


「え~と……転生先は山の中でいいかな? 世界共通言語と、この世界の常識も入れてっと……よし。あ、何か望むものはあるかしら? ある程度ならかなえてあげる」


女神さまにそう問われ、俺は腕を組んで考え込んだ。

たった今、女神様に入れられた世界の常識をもとに考えると、まず戦う手段がないと、転生してもすぐに死んでしまうだろう。

ティリオスは、ゲームや小説でおなじみの剣と魔法のファンタジーな世界のようだ。

そして、危険な魔物まものが沢山棲息せいそくしており、犯罪の数も日本より桁違けたちがいに多い。平和な日本で過ごしてきた俺からしてみれば、生き残れるのか不安になってしまう程だ。

う~ん。魔法は一通り使えるようになりたいし、武術系のスキルもいいな……

正直な気持ちとしては、スキルも魔法も最初から全部持っていて、直ぐにでも俺TUEEEをやりたいところだ。しかし、そんなに沢山は無理と女神様に言われてしまったので、欲しいものを厳選することにした。

俺は一時間ほど、何を望むのか考えた。女神様ができる限界ギリギリを攻めて、望みを全て伝えることができた。

種族やスキルの説明が細かく書かれすぎていて、途中で読むのを諦めたりもしたが、特に問題はないだろう。多分。


「それにしても随分ずいぶんと変わった望みね。魔法を全種使えるようにしたのと、永遠に生きる為に種族を半神デミゴッドにしたのは分かるんだけど、一生変えることのできない天職を戦闘系ではなく、生産系の錬金術師れんきんじゅつしにするなんて。しかも、スキルを精神強化せいしんきょうかにするとは……まあ、何か考えてのことでしょう。私からのお願いは、その力を悪さに使わないこと。これは絶対に守ってくださいね? では、あなたの第二の人生が幸せであることを、願います」


女神はそう言うと、俺に右手をかざした。

すると体が光で包まれ、そこで俺の意識は途絶えた――




      ◇ ◇ ◇




「ううん……ここは?」


上半身を起こすと、俺は髪の毛についた土をはらった。


「ここがティリオス……なのか?」


そう言いながら、周囲を見回す。


今居る場所は、周囲360度全てが木で埋め尽くされており、川のせせらぎがかすかに聞こえる。


「よっこらせ……て、!?」


立ち上がった時の感覚に、思わず目を見開く。

俺はここ二十年程、全く運動をしていないせいでぽっこりお腹になり、手足の筋肉もかなりおとろえていた。だが、今はどうだ。お腹はへこんでおり、立ち上がる時も体が軽い。


「この感覚、高校生の頃を思い出すな……」


実は、高校生の頃にちょっとカッコつけて陸上部に入っていて、今の俺はその頃と同じような肉体をしている。

部活はめちゃくちゃきつかったが、おかげで腹筋と、学年上位に食い込めるほどの脚力を手にしていた。


「すげぇ……女神様マジでありがとう」


俺は、その場で両手を合わせると、女神様が居るであろう天に向かって、全力の感謝をした。


「……よし、てか、服装もちゃんと変わってるんだな」


自分の体を見ると、ごわごわとした生成きなりのシャツと、薄茶色のズボンをいていた。そして、その上から黒い外套がいとうを着ている。靴は、頑丈そうな革のショートブーツだった。


「さてと……まずはステータスを見ないとな」


この世界にはステータスという、ゲームではおなじみの概念が存在している。俺は頭の中で、ステータスと念じてみた。すると、目の前に半透明の板が現れる。




 【レイン】

 ・年齢 :18歳  ・性別 :男

 ・天職 :錬金術師  ・種族 :半神  ・レベル :1

 ・状態 :健康


 (身体能力)

 ・体力 :100/100  ・魔力 :150/150

 ・攻撃 :80  ・防護 :100  ・俊敏 :110


 (魔法)

 ・火属性 :レベル1  ・水属性 :レベル1

 ・風属性 :レベル1  ・土属性 :レベル1

 ・光属性 :レベル1  ・闇属性 :レベル1

 ・氷属性 :レベル1  ・雷属性 :レベル1

 ・無属性 :レベル1  ・時空属性 :レベル1


 (パッシブスキル)

 ・精神強化 :レベル1


 (アクティブスキル)

 ・錬成 :レベル1



「おお、凄いな」


自分のステータスをこの目で見て、若干興奮してしまった。魔法も全属性あり、スキル、天職、種族もちゃんと俺の望み通りになっている。

身体能力の項目では自身の身体能力が数値で表されており、魔法の項目は自身が使うことのできる魔法が記されている。因みに、魔法は先天的なものなので、後から手に入れることはできない。

パッシブスキルは常時発動されているスキルで、アクティブスキルは任意で発動することができるスキルだ。スキルは運に左右されるものの、後からでも手に入れることができる。


「てか、マジで若くなってるじゃん」


見た目だけでなく、年齢そのものが全盛期であった十八歳に若返っていた。あと、しれっと名前が変わっている。恐らく、女神様がこの世界に合う名前に変えてくれたのだろう。


「ただ、今のままじゃ生き残るのは厳しそうだな」


俺は腕を組みながら、そう呟いた。

今のレベルは1。いくら魔法を全属性使えようがステータスに表示された数値では、ティリオスで生きていくのは厳しいだろう。

正直言って、今の俺はこの世界で最弱クラスの魔物であるゴブリンよりもステータスが低い。

種族の半神も、寿命と老化がなくなるだけで、それ以外は普通の人間と同じ……だった気がする。色々説明が書いてあったけど、『睡眠は必要』とか、『日光に浴びても問題はない』とか、普通の人間なら当たり前のことがずら~っと書かれていた為、詳しくは見ていないんだよね。


「まあ、とりあえず、夜になる前に安全な寝床を確保しないとな」


その辺は、サバイバル系のゲームでつちかった経験を活かして、乗り切るとしよう。


「じゃ、まずは川に行くか」


流れが穏やかな川なら、食べられそうな小魚が泳いでいる可能性が高いし、何よりこういった迷いやすい場所で、川はいい目印になる。

俺は、周囲を警戒しながら、水が流れる音がする方へと向かった。


「ほう、思ったよりも川幅が広いな」


目の前にある川の幅は、50メートル弱はある。そして、流れはかなり穏やかだ。これなら、わなを仕掛けて魚を取ることもできそうだ。


「ここから魚が見えるかな?」


俺は、魚がいるか確認する為に、水面を覗き込んだ。そして、目を見開き、驚愕きょうがくする。


「え⁉ 誰このイケメン」


水面に映し出された俺は、前とは比べ物にならないぐらい、美形になっていた。さらに、髪や瞳の色が黒色ではなくなっていた。おそらく髪は白色で、瞳の色は水色だと思う。

水面に映し出しているせいで、今の顔をはっきりと見ることが出来ないのは残念だ。


「ま、ひとまずはこの川の周辺に穴を掘るか、洞窟を見つけるかして、寝床を確保しよう」


人里求めて歩き回りたい気持ちはやまやまが、この近くに集落があるのかどうか分からない。

そんな、どこにあるか分からないものを求めてさまよって、なんの準備もできていないまま夜になってしまったら大変だ。

ティリオスには夜行性の魔物も多く存在している。そのことを知っている俺が、安全確保もまともにできていない場所で寝るわけがない。


「さて、どこかいい場所は……お、ちょうどいいのがあった」


川上に向かって歩いていると、前方に高さ30メートル程の岩山が見えてきた。そして、そのふもとには洞窟どうくつがある。


「ん~と……見た感じ魔物が寝床に使っている洞窟ではなさそうだな」


俺は洞窟の中を覗いてみるが、生き物がいる形跡けいせきはない。

この洞窟は、10メートルほど続いたところで行き止まりになっていて、かなり小さめだった。


「よし、ここを改造して家にするか。錬金術師の固有スキル、《錬成れんせい》を使ってな」


そう言うと、洞窟の中に入る。


「さて、まずは地面を平らにするか」


《錬成》は錬金術師の固有スキルで、鉱石や金属などを合成、分離、変形させることができるスキルだ。

俺はしゃがみ込み、地面に両手を当てると、平らにすることをイメージしながら《錬成》を使った。すると、体から何かが抜けるような感覚と共に、洞窟の地面に大きな赤色の魔法陣が、両手を中心に現れる。


ゴゴゴゴゴゴ――


洞窟内がまるで地震でも起きているかのように揺れ動いた。10秒後、揺れが収まるころには、でこぼこだった地面は真っ平になっていた。


「よし、思った通りだ。だが、思いのほか魔力を使ったな……」


洞窟内の地面を全てを平らにした為、魔力を100も消費してしまった。残り50しかない……

俺は少しの間、魔力が回復するのを待つことにした。ついでに、魔力が回復する速さを測ってみたのだが、どうやら魔力は1秒に全体の1パーセント回復するようだ。ちょっと速いような気もするけど、まあ、これも女神様のおかげなのかもしれない。

その後、魔力が完全に回復した俺は、魔物の侵入を防ぐ罠の製作に取り掛かった。

まず、洞窟の出入り口に錬成を使って落とし穴を作る。そして、掘り出した岩を使って、その落とし穴の中に針山を作った。


『《錬成》のレベルが2になりました。スキル、《岩石細工がんせきさいく》を取得しました』


唐突に頭の中で声が響く。《錬成》のレベルが2になり、更に錬金術師や石工のみが取得することの出来るスキル、《岩石細工》を新たに取得したようだ。このスキルはその名の通り、精密に岩石を加工することのできるスキルだ。


「よし。これなら上手くできそうだな」


俺は《錬成》と《岩石細工》を使って、落とし穴の上に薄い岩でふたを作った。このままでは俺が通った時にも崩れてしまう為、出入り口の両端だけ岩を厚くして、通り道を作る。

その後も二つのアクティブスキルを駆使し、部屋を広くしたり、椅子やベッドなどの家具を作ったりして、より過ごしやすい、俺だけの最高の家を製作した


「これで、安全な家が完成したな」


椅子に座りながら、満足気に洞窟内を眺める。やはり、錬金術師を選んで正解だった。

この天職でなければ、短時間で家を作ることはできなかっただろう。まだ家を作って数時間なのに、もう愛着が湧いてきた気がする。


「次は、ベッドにく葉っぱと、何か食料を集めてこないとな」


岩石の硬いベッドの上では流石に寝れないし、食料がないと餓死がししてしまう。

葉っぱと食料を手に入れる為に、洞窟の外に出た。


「ん~と……この辺で手に入る食料と言うと、魚ぐらいしかないな……」


森にはキノコ類が生えているのだが、実は俺はキノコが大の苦手なのだ。

普通なら、こういう生きるか死ぬかのサバイバルな環境下では好き嫌いなんて言っていられないだろう。だが、俺は最後までキノコを食べるという選択肢を選びたくない。

それくらい俺はキノコが嫌いなんだ。


「ただ、魚をどうやって捕まえるか……」


川の前で腕を組みながら考える。

目視できる魚は、大体が体長10センチほどの小魚なので、一回の食事で少なくとも五匹は食べたいところだ。


「罠は前世にいた時に覚えたペットボトルを使うやつしか知らないしな~」


この世界にペットボトルという現代的なものはない。というか、そもそも原材料である石油が存在していない。


「ん~魔法で使えそうなのはないかな?」


現在の俺は、各属性で二種類ずつ魔法の技が使える。その中で、魚を取るのに使えそうなものがないか、探してみることにした。


「ん~と、とりあえず全属性試してみるか!」


川の方向に右手を向けると、まずは火属性の魔法を試してみる。


「え~と、《火球かきゅう》!」


頭に浮かんできた呪文じゅもんとなえる。すると、右手に赤色の魔法陣が現れ、そこから炎の球体が勢いよく飛び出した。


「なるほど。普通に使えそうだな」


魔物が現れたとしても、この魔法をっとけば、何とかなりそうだ。

この調子で、他の属性の魔法も試してみるとしよう。


「《水球すいきゅう》!」


これは大体さっきの魔法と似たような感じで、《火球かきゅう》の水バージョンだ。


「《風斬ふうざん》!」


そう唱えると、右手に緑色の魔法陣が現れ、そこから不可視ふかしの風の刃が放たれる。

これらの他にも、俺はどんどん魔法を試した。途中で魔力切れになってしまうこともあったが、無事全ての属性の魔法を試すことができた。

そして、ついに俺は魚取りに最適な魔法を見つけたのだった。


「じゃ、早速やるか」


川の前でしゃがみ込むと、左手を水面から10センチほど離れた場所に動かす。


「《小天雷しょうてんらい》!」


すると、左手に黄色の魔法陣が現れ、そこから水面に向かって小さな雷が落ちる。

その直後、俺は右手を水中に突っ込んだ。


「《収納ボックス》!」


右手に白色の魔法陣が現れ、1秒後に光る。その直後、魔法陣と共に魚が消えた。


「よし、成功だ!」


俺は大声を上げて喜ぶと、水中から右手を出す。どのくらい入っているのか確認するとしよう。


「では、《収納ボックス》!」


すると、右手に現れた白色の魔法陣から、体長10センチほどの小魚が五匹出てきた。


「よし。五匹なら今日の夕食は問題なさそうだ」


満腹とまではいかないが、腹七分目くらいにはなりそうだ。


「……それにしても、時空属性は魔力の消費量が桁違いだな……」


俺がさっき使った魔法のうち、火や風や雷属性のものはどれも魔力を20消費する。

一方、《収納(ボックス)》という、空間にものを収納する魔法は、入れる時に魔力を60消費し、出す時にも魔力を60消費する。便利なのだが、如何せんコスパが悪い。


「次はあの硬いベッドに敷く為の葉っぱを集めないとな」


俺は魔力が回復するまで休んでから、一度出した小魚を《収納(ボックス)》に入れると、次は森の中に向かって歩き出した。


「え~と……この辺の葉っぱがよさそうだな」


手のひらサイズの葉っぱをつけている木を見つけ、手当たり次第にむしり取る。


「《収納(ボックス)》!」


大分集まったところで、俺は葉っぱの小山に手をかざした。


「これでよし。夕方だし、そろそろ家に帰るか」


空を見上げると、日はもう沈みかけていた。夜になる前に帰りたいと思っているので、急ぎ足で家に向かう。


ガサガサ――


家に帰る途中で、草をける音が聞こえた。立ち止まり、音が聞こえてきた草むらに右手を向ける。


「キシャアア‼」


草むらから出てきたのは、アナコンダと同じくらいの大きさの蛇だった。

大きな蛇は、俺を見るなり、ズルズルと体を引きずりながら、こっちに近づいてくる。

日本にいた頃の俺なら腰を抜かしていたのだろう。だが、今の俺は《精神強化》のスキルを持っている。お陰で、この状況にも、落ち着いて対処することができるのだ。


「《氷弾アイスバレット》!」


近づいてくる蛇めがけて、氷のつぶてを沢山撃つ。

蛇は全身に氷を受けたことで、重傷を負ったようだ。


「キシャア……シャア……」


完全に戦意を喪失し、逃げ腰になっていた。


「逃がさないぞ。《風斬ふうざん》!」


俺は不可視の風の刃を放ち、蛇の頭を切り落とす。


「よし、初めての戦闘も難なくこなせたな。う~ん……この蛇を明日の朝食にしようかな?」


死骸に近づくと、その前でしゃがみ込んだ。

蛇の肉は意外と美味しいと聞いたことがある。もしこいつが毒を持っていたとしても、光属性魔法の《解毒キュア》を使えばいいだけの話だ。だが、《収納ボックス》には容量制限がある為、丸ごと入れることはできない。


「まあ、入れられる分だけ切り取ればいいか」


俺は落ちている石を、《錬成》と《岩石細工》で鋭利な石包丁にすると、収納の中に入る分だけ切り取った。


「《解毒キュア》!」


毒があるのかは分からないが、念の為、解毒しておいた。


『光属性のレベルが2になりました』


また先ほどと同様の声が頭の中に響く。次は光属性のレベルが上がった。


「お、何か新しい魔法が使えるようになった気がする」


ステータスを見てみると、《浄化じょうか》という汚れを消す魔法が使えるようになっていた。


「じゃ、早速使ってみるか。《浄化じょうか》!」


右手に白色の魔法陣が現れる。そして、その魔法陣が光り輝いたかと思うと、持ち帰る予定だった蛇の肉についていた血や、俺の服についていた血が、きれいさっぱりなくなったのだ。


「お、こりゃ使えるな」


今後重宝しそうな魔法だと思った。異世界には、放り込むだけできれいさっぱり洗ってくれる洗濯機なんてないし、風呂は全然普及していないから、魔法で体や服を綺麗にできるのはありがたい。


「あ、そういえば、この蛇って魔物なのかな? 一応見ておくか」


俺は石包丁を手に取ると、蛇の腹を上から下まで切り裂いた。


「う~ん、魔石は見当たらない……ということは、こいつはただの蛇なのか」


魔物は魔石ませきという、人間でいうところの心臓と同じ役割を持つ半透明の石を体内に持っている。この蛇から魔石が見当たらなかったということは、つまりこいつは魔物ではないということだ。


「よし……てか、やべっ。早く帰らないと」


気がつくと日が完全に沈んでいたので、俺は走って家に帰った。




「はぁ~疲れた」


家に無事帰り着いた俺は、おっさんみたいな声を出しながら、硬いベッドの上に寝転がる。

入り口付近は月明かりで照らされているが、今いる洞窟の奥は真っ暗だ。

火で明るくしようにも、木の枝がないせいで、焚火たきびを作ることができない。ついでに取ってくればよかった……


「ふぅ……食事にするか」


ベッドから起き上がると、洞窟の入り口へ向かう。そして、その場に胡坐あぐらをかいた。


「この世界の月って結構明るいんだな」


地球の月よりも、1.5倍ほど光が強いように感じる。


「じゃ、出すか。《収納ボックス》!」


俺は《収納ボックス》から小魚を五匹取り出すと、《錬成れんせい》で作った石のまな板の上に置いた。

《収納(ボックス)》の中では時間が止まっている為、鮮度はしっかりと保たれている。


「自信ないけど、頑張ってみるか」


何年もコンビニ弁当で朝昼晩の食事を済ませてきたせいで、魚をさばくのは社会人生活が始まった年ぶりだ。そのせいでかなり手こずってしまったが、何とか五匹全てを刺身にすることができた。


『精神強化のレベルが2になりました』

『火属性のレベルが2になりました』

『時空属性のレベルが2になりました』


五匹全ての魚をさばいたところで、精神強化、火属性、時空属性のレベルが上がった。


「お、レベルが上がったか。まあ、今はそれよりも飯だ飯!」


外で動きまくったこともあり、お腹ペコペコだ。


「じゃ、最後に……《浄化じょうか》! 《錬成》!」


魚の血や内臓で汚れた石包丁、地面、手を《浄化じょうか》で綺麗にする。

その後、石包丁とまな板を《錬成》で皿に作り替えると、その上に刺身を並べた。

更に、地面の岩を使ってはしも作った。


「よし。完成だな」


俺は小皿に乗った刺身を、満足気な表情で見つめる。


「では、いただきます!」


手を合わせると、箸を取った。そして、刺身を一つ、口に入れた。


「……美味(う め)ぇ……」


刺身自体が薄味で、醤油もない為、地球で食べていたものと比べると、味はかなり劣る。

だが、自分で捕まえ、さばいた魚ということもあり、今まで食べてきた刺身の中で、トップクラスに美味しかった。


「それにしても、月明かりに照らされた大自然を眺めながら、飯を食べるというのは、いいものだなぁ……」


手を止め、洞窟の外を眺めた。空にはたくさんの星がきらめき、まるで天の川のような大きな星雲が見える。そういえば、俺が死んだ次の日は、七夕だった気がするなぁ……


「ふぅ……てか、俺ってレベル上がったのかな?」


レベルは生物を殺した時に上がる。だが、普通の生物ではレベルは全然上がらない。一方、魔物を倒せば、レベルはそれなりに上がる。

俺は頭の中で、ステータスと念じた。



 【レイン】

 ・年齢 : 18歳  ・性別 :男

 ・天職 :錬金術師  ・種族 :半神  ・レベル :2

 ・状態 :健康


 (身体能力)

 ・体力 :160/160  ・魔力 :200/200

 ・攻撃 :130  ・防護 :150  ・俊敏 :180


 (魔法)

 ・火属性 :レベル2  ・水属性 :レベル1

 ・風属性 :レベル1  ・土属性 :レベル1

 ・光属性 :レベル2  ・闇属性 :レベル1

 ・氷属性 :レベル1  ・雷属性 :レベル1

 ・無属性 :レベル1  ・時空属性 :レベル2


 (パッシブスキル)

 ・精神強化 :レベル2


 (アクティブスキル)

 ・錬成 :レベル2  ・岩石細工 :レベル1



「あ、レベルが上がってる」


今日倒した小魚と蛇は、どちらも魔物ではなかったが、最初だからレベルが上がりやすいのだろうか? そして、レベルが上がったことで、ステータスの数値も上がっている。


「う~ん……明日は保存用に魚の干物とか作ってみようかな? あとは、家周辺の探索とレベル上げをしないとな」


明日何をするのか大まかに決めた俺は、刺身を全て食べきると、《収納ボックス》から綺麗な葉っぱを取り出した。


「これを枕やシーツの代わりにすれば、硬い岩のベッドも多少はマシになるだろう……さて、寝心地はどうかな?」


ドキドキしながらくつと外套を脱ぐと、ベッドに寝転がった。


「ん~まあ、頭は痛くないな」


寝心地はあまりよくないが、ごつごつした面がそのまま体に当たらないだけで大分快適になった。


「ふぁ~……そろそろ寝ようかな。《浄化じょうか》」


浄化じょうか》で、体や服を綺麗にしてから、俺は意識を手放した。



      ◇ ◇ ◇



ドンッ!


「グルルゥ‼」


「な、何だ⁉」


眠りについてから数時間後。

大きな物音がしたかと思えば、今度は狼の鳴き声が聞こえた。


「何が起きたんだ?」


目を覚ましてしまった俺はベッドから起き上がり、洞窟の入り口の方を見た。すると、外にはおおかみの群れがいる。狼たちは赤い瞳で俺のことをにらみつけていた。


「ちっ、だがここでなら勝てる」


狼たちは、入り口にある落とし穴のせいで、中に入ることはできない。

昼間の内に家と罠を作っていてよかった……

俺は、洞窟の入り口に向かうと、右手を前方に向けた。


「グル……」


何故か下の方から狼の鳴き声が聞こえる。


「ん⁉ て、マジかよ」


目の前にある落とし穴を覗くと、そこには一匹の狼がいた。穴の中に作っておいた針山によって、重傷を負っている。


「《風斬ふうざん》!」


万一にも穴をよじ登ってこないよう、風の刃で狼の首を切り落とす。


「グルルルルゥ‼」


目の前で仲間を殺されたせいか、洞窟の外にいる狼たちが一斉に毛を逆立てて、威嚇いかくし始めた。揃って牙を剝き出しにしている姿は威圧感があり、恐怖を感じる。だが、《精神強化》のお陰で動けなくなる程ではない。


「こっちは安全な場所から戦わせてもらうよ。《氷弾アイスバレット》!」


洞窟の外にいる狼たちに向かって、大量の氷の礫を撃つ。


「グルルルゥ!」


狼たちは上に跳び上がり、なんなく攻撃を回避した。


「結構やるな……それなら、《小天雷しょうてんらい》!」


飛び上がった狼の内、二匹を狙って魔法を放つ。

一回目を避けたまではよかったけど、空中では身動きが取れない。次の攻撃は避けれないだろう。


「グルゥ‼」


頭に《小天雷しょうてんらい》を受けた二匹は、地面に倒れると痙攣けいれんした。

どうやらまだこれでは死なないようだ。


「これで終わりだ! 《風斬ふうざん》!」


俺の右手から放たれた、不可視の風の刃が、二匹の狼の首を斬る。


『風属性のレベルが2になりました』

『雷属性のレベルが2になりました』

『氷属性のレベルが2になりました』


一気に3つの属性のレベルが上がった。

転生初日だけど、今日だけで結構レベルを上げられてるな。大分いい感じじゃないか?

洞窟の外にいる狼たちは、今の光景を見て、若干逃げ腰になっていた。


「う~ん……割と倒せそうだから、逃がしてしまうこともないよな。洞窟の外に出て魔法を撃った方が当てやすそうだ」


ここで全滅させないと、またやってきて安眠を邪魔される可能性もある。

今後のことも考えて、俺は狼たちをこの場で一掃いっそうすることに決めた。

錬成れんせい》で足場を作り、洞窟の外に出る。


「《火球かきゅう》!」


外に出た俺は、即座に右側にいた狼たちに《火球かきゅう》を撃って足止めする。


「グルルゥ!」


その隙に、左側にいた四匹が襲ってきたが、ギリギリで横に跳ぶことで回避した……と思ったのだが、一匹の狼の爪が俺の右手を引っ搔いていた。

しかも、それなりに深い傷で、想像以上に血が流れ出てくる。


いたっ! 《影捕縛シャドーバインド》!」


俺の影からうごめく黒いロープのようなものが現れ、四匹を拘束する。

先ほどから魔法を連発しているので、残りの魔力量が心配だ……節約して使わないと。

込めた魔力の量から考えると、おそらく《影捕縛シャドーバインド》の拘束は二、三秒程しかもたない。だが、それで十分だ。左手を四匹の狼に向け、魔法を放つ。


「《炎斬えんざん》!」


左手に現れた赤色の魔法陣から、炎の斬撃が放たれ、動けなくなっていた四匹の胴を切断した。


「よし。そっちは――」


素早く後ろを向くと、体毛についた火を消した三匹の狼が、すぐそこまで迫ってきているところだった。


「うおっと!」


後ろに飛び退き、攻撃を回避する。だが、慌てて回避したせいで態勢を崩し、そのまま仰向けに倒れてしまった。


「くっ、《火球かきゅう》!」


すぐさま体を起こし、左手を前方に向け《火球かきゅう》を放つ。


「グルルゥ‼」


三匹の狼は横に跳んで、《火球かきゅう》を回避した。まずいな……

狼たちが攻撃に気を取られている隙に立ち上がり、川に沿って逃げ出す。


「魔力がねぇ……」


何を隠そう今、《火球かきゅう》を撃ったことで、俺の魔力は完全になくなってしまった。

こいつらを確実に倒す魔法を放つには、少なくとも三十秒は待たなくてはならない。


「グルルルゥ!」


三匹の狼は、逃げる俺を全速力で追いかけてくる。


「ちっ、速度は奴らの方が少し上だな。このままだと追いつかれる!」


必死の逃走もむなしく、二十秒程逃げたところで、追いつかれてしまった。


「やるしかないか……!」


覚悟を決め、狼たちと向かい合う。飛び掛かってきた一匹の狼を、その場でしゃがんで回避する。


「はあっ!」


そして、跳び掛ってきた狼が、俺の真上に来た瞬間に、アッパーカットを腹に食らわせた。


「ギャン!」


狼はふっ飛んで地面に倒れ込んだが、直ぐに起き上がる。タフなやつだ。

このまま追撃を仕掛けたいところだが、残った二匹のせいでそうもいかない。むしろ、俺が攻撃を避けるのがやっとだ。


『スキル、《体術たいじゅつ》を取得しました』


このタイミングで、新たなスキルを取得したようだ。ラッキー……!


俺は迷わずそのスキルを発動させた。瞬間、戦闘が一気に楽になった。

何と言うか……戦う動きが感覚で理解できるような感じだ。次に繰り出す攻撃が考えなくてもわかる。体が勝手に動く……!

更に、そんなこんなしているうちに、魔力も必要量溜まった。


「よし。これで終わりだ! 《風斬ふうざん》!」


風の斬撃を二回放ち、三匹の狼の胴を切断する。


「はぁ……終わった~」


俺は深く息を吐くと、その場に座り込んだ。最初は簡単に倒せるかもと思ったが、案外手強かったな。《体術》のスキルがなかったらヤバかったかも。


「あわよくば毛皮や肉が欲しかったんだけど、これじゃあダメだな」


火属性の魔法で仕留めたやつは、真っ黒に焼けてしまっていた。

燃えた狼の死骸は土に埋めて、残った三匹を《収納ボックス》に入れる。


「よし。これで終わ……あ、やべ、《回復ヒール》!」


戦闘に必死で、すっかり怪我のことを忘れていた。右手に《回復ヒール》をかけ、傷を治癒ちゆする。

回復ヒール》は、切り傷など、軽い傷を治すことができる魔法だ。ただ、欠損や深すぎる切り傷は完全に治すことはできない。


「疲れた……レベルは明日確認するか……ふわぁ……《浄化じょうか》」


安心したら、一気に眠気がやってきた。欠伸あくびをしながら、洞窟やその周辺、そして、自分の服についた血を《浄化じょうか》で綺麗にする。

洞窟の中に戻った俺は、ベッドに寝転がった。そして、すぐに意識を手放したのだった。

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