第5話 恭子5

 部屋に入る。扉を閉めないまま少し待ったが、涼子のお母さんはついて来なかった。


 綺麗に片付いている。ベットメイキングもされているので、涼子がいない間も掃除されているのだろう。


 涼子の部屋に入ってしまったけれど、勝手に家探しするのは躊躇われる。逆の立場だったら、私は嫌だからだ。

 もっと切羽詰まった事態になったら仕方がないとは思うけれど。

 とりあえずは、出来るだけ何も触れないようにして調べることにした。誰も聞いていないのに、一応「涼子ごめん」と言っておいた。


 部屋にはベッド、勉強机、本棚、小さなソファとローテーブル、ドレッサーがある。

 不自然に物がなくなっているようには見えなかった。


 まず机に向かう。


 涼子が誘拐ではなく家出とされたのは、ここにメモが残っていたからだ。


 しばらく家をでます。


 そういった内容の短いメッセージだったらしい。


 今、そのメモはない。

 机の上に出ている物はペン立てと電子辞書、何も書かれていないルーズリーフ。参考書が数冊ブックエンドに挟まっている。引き出しがあったが開けないでおいた。


 次に本棚に歩み寄る。図書室にあるような重厚なつくりのものだ。足元には小さな頃に買ってもらったと思われる図鑑が並んでいた。画集や写真集は表紙が見えるように置いてある。空いたスペースには小さな観葉植物があった。


 本を一冊取り出してペラペラとめくり元の場所に戻すと、別の場所の一冊も同じようにめくった。


 何を探しているのだろう。


 手を止めて本棚から離れる。


 それよりも、私は涼子を見つけたいのだろうか。

 まだあまり心配はしていない。

 涼子は真面目だし。無茶はしないと思う。頭も良いし。

 何かあったら、助けてってちゃんと言える子だと信じている。


 でも、言えないような状態だったらどうしよう。

 そう考えると、嫌な、怖い事件ばかり思い出した。


 私しか、想い人のことを知らないのだから。見つけられるのは私しかいないのかもしれない。

 そんなことないのはわかっている。

 警察がちゃんと見つけてくれるはず。


 でも、間に合わなかったら?


 私のことを涼子が待っていたら?


 一人参加がルールのイベント。

 廃校になった中学校。


 涼子はたしかそう言っていた。

 いつ、どこで、誰がやっているのかわからない。

 警察の人にこのことを話す前に、もっと詳しい情報を集めないと。


 私は机の前に移動すると引き出しを開けた。

 イベントに関するチラシがあるのではないかと思ったからだ。

 涼子は学校で配布された書類をすべてファイリングしていると言っていた。もしかしたら、イベントに関係する何かが残っているかもしれない。


 引き出しの中身を全部机の上に出すと、丁寧に見ていくがそれらしいものはなかった。

 イベントの告知も募集も、すべてネット上で行われているのかもしれない。


 じゃあ涼子は何を見て、そのイベントのことを知ったのだろう。友達からの誘い? でも一人参加がルールだ。ならSNSだろうか。

 この部屋にパソコンはない。使っているという話も聞いたことはない。

 携帯電話も涼子が持っていってしまったはずだ。


 涼子のSNSのアカウントは私も知っているけれど、気になるようなことは何もなかったと思う。

 その場で涼子のアカウントを確認した。SNS上で保存している情報や繋がっているアカウントを見てみたけれど、こちらにもあやしいものはなかった。

 別のアカウントを持っているのは普通だから、そこでやり取りされていたら追えない。


 引き出しから出したものを元通りに戻して、部屋の中をざっと見回す。入ってきたときと変わりないように思えたから、部屋を後にした。


 リビングに戻ると、涼子のお母さんはさっきと同じ場所に座っていた。隣にはテトが寝そべっていて、優しく撫でられている。涼子のお母さんの視線は下を向いていた。何かをみているわけではない。何も映ってないような目をしている。


 私は少し大袈裟に息を吸った。でも、出てきた声は「あの」という弱々しい声だった。


「涼子さん、どこかへ通っているということはなかったですか? あの、私の家以外で」


 しばらく間があった。


 涼子のお母さんはテトを撫で続けている。

 もう一度聞こうかと口を開くと、「そういえば」という言葉がかえってきた。


「前に迎えにきてほしいって頼まれたことがあったんです。夜、八時くらいだったかしら。友達と遊んでいたのだけど、電車が止まってしまって帰れなくなったって。別の路線を乗り継いで帰ってこられるのだけれど、駅には人がいっぱいでしばらくは乗れそうもないって。時間も時間だったし、主人が車で迎えに行ったの」


 そこで涼子のお母さんは私の顔を見る。


「そう、私、当然恭子ちゃんも一緒にいるものと思っていたのだけれど、駅では一人だった。恭子ちゃんは今日は一緒じゃなかったんだって言っていて……私、あなた以外のお名前を、あの子から聞いたことがなかったから……誰なのか気になったのだけれど、学校のお友達と言うだけで教えてくれなかった」


「それはどこの駅ですか?」

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