月の光が降る夜に
お白湯
【第一夜 月光】
浮かび上がったのは私の手だった。
螺鈿に似た光線に写された透き通るような白さを持つ腕が、その光線の先にある物を掴もうとしている。しかし、その光源は遥か空に位置し、掴もうと言う想いも霧散する様に羨望のふちに儚さとなった。
夜を忘れさせる光は、邪魔者の居ない暗闇の星を消す。
私の掌で包み込みたいと望むのは、月の裏に隠れている胸を叩く愛念なのだ。それはきっと密やかで遠く、耳に入るまでには小さな声となって、私の名前を呼んでいる事だろう。
だから、私は応えなくてはならない。こうして、抱擁を受け入れる様に両手を広げ、光の束へ指を絡ませる。それは私のあなたへの愛の挨拶だった。
虫の音も消え去った頃合は微睡みが飽和し、縁側の床が背もたれとなっていた。映えばえしい月影が、踊り立つ様に私を見ている。虚ろな記憶の中、私は細く安堵の寝息を漏らしたのだ。
誰かの温かみの中、半睡半覚を繰り返し夜を跨ぐ。肌寒さは消え、何かに揺られていた。それはさながら、船のように緩やかで、どこへ向かうか分からない困惑と、落ちていく木の葉を思わせた。
夜の終わりが侘しいのだと分かった時、私は螺鈿に似た光線も映えばえしい月影も、夢だったのかもしれないと、悩ましいぐらいの不安に目を覚ました。朝が来ればあなたの示した愛のカタチが、消えていく事が分かっていた。
しかし、そこにあったのは見知った天井だった。
布団の中でブランケットが一つ。
小鳥の鳴き声にせっつかれて、唾をひとつ飲み込むと、朝日を背にあなたの微笑みが、私を迎えてくれていた。
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