第40話 抗争を止めるには


「私はもう6層であってもソロで回れるからね」


 朝教室に来てみたら、さっそく神宮寺が花ケ崎を相手に得意気なようすで自慢話をしていた。

 いくらなんでも、昨日まではパーティーを組んでもひいひい言っていたのに、急にそんなことを言いだしたら不自然すぎる。


「信じられないわ。どういうカラクリなのよ」


「それを言うなら、玲華ちゃんの強くなり方の方が不自然だよ」


「調子に乗って自慢してると捕まるぞ」


 そう背中に声を掛けたら、神宮寺は座っていた俺の机から10センチも飛び上がった。

 花ケ崎は俺が何かしたのだと気付いたのか、胡乱げな視線をこちらに向ける。

 俺は目をそらして自分の席についた。


「やはり、あなたが何かしたようね」


「な、なんのことだよ」


「そ、そんなんじゃないよ。たしかに、ちょっとだけ高杉と宝捜しをしたけど、べつになにもなかったよね」


「貴志が居て何もなかったなんてこと、あるわけないじゃない。ろくでもないことをしたに決まっているのよ」


「そんなにヤキモチ焼かないでよ。なにもなかったって言ってるじゃん」


 氷の女王に睨まれて、神宮寺は大人しくなった。

 そうやっていてくれた方が俺としても安心できる。

 本日の授業はダンジョンダイブだった。

 とうとう抗争が始まったので、俺としては6層か8層あたりに行きたいと思っている。

 この抗争がエスカレートすると、学園の生徒に死亡者や行方不明者が出てしまうのだ。


 さらには大手のギルド間で、暗殺などが起こって大規模抗争へと発展してしまう。

 だから火種が大きくなる前に、なるべく食い止めて争わせないようにしなければならない。

 しかし、花ケ崎がまた変なのを見つけてきてしまった。


「どうも、瑠璃川杏菜よ。別にお情けで組んでもらう必要はないわ」


 あぶれていたらしい瑠璃川を連れている。

 たしかに放っておいたら、こいつとは誰も組まなそうだ。


「ローグ1人で何ができるんだ」


「常識的なつまらない意見だわ。花ケ崎の下僕なんかに発言権はないのよ。花ケ崎も余計なお世話だわ。あなたは根っからの偽善者なのね」


 こいつはキレたナイフと呼ばれていて、毒を吐きまくるからクラスでも敬遠されている。

 主人公が一番パーティーを組みやすいヒロインの一人だった。


「ほかに組む人がいないのは一緒なのだから、細かいことは気にしないで」


「そういうのを、お為ごかしと言うのよ。組む相手がいなくて憐れだから拾ってあげたのだと、素直にそう言えばいいじゃないの」


「そういうやり取りを時間の無駄と言うんだ。さっさと行くぞ」


 みんなもう教室からいなくなっているというのに、瑠璃川がまだごねようとするので、俺は首根っこを引っ捕まえて廊下に引っ張り出した。


「よくこんなのを家来にする気になったものだわ。あなたはそれで体裁が保てるの。数だけそろえても意味が無いのよ。粗暴ゴブリンと言われている男じゃない。スライムでも召喚したほうが強いんじゃないかと言われていたような奴よ」


「懲りない奴だな。俺よりもクラスで煙たがられているくせによ」


「煙たがられているからなんだというの。そんなの気にしてないわ」


「今日は何層に行く予定なのかしら」


 花ケ崎も、こいつを相手にしてもしょうがないとあきらめたようである。


「6でいいだろ」


「そんな所に連れて行って、私にもしものことがあったらどうするのよ。責任取れるの。絶対に安全が確保できるという保証はどこにあるの」


「安全なら俺が保証してやるよ」


「馬鹿ね。あなたに保証できる安全がどこにあるっていうのよ。寝言は寝てから言いなさい。──ってなにするのよ。変なとこ触らないでよ、この変態!」


 瑠璃川がごねるのをやめずに、いっこうに歩く気配すらないから、仕方なく俺はベルトを掴んで運ぶことにした。

 どんなに騒がれたって構うものかと、いつまでたっても大音量で叫び続けるヒステリー女を6層まで運んだ。


 出てくるモンスターはスケルトンとサラマンダー。

 どちらも素早いが、敵の方から集まって来てくれるので経験値効率はいい。

 ここが学園内で縄張り争いのメッカとなっている、6層の奥という場所だった。

 さっそく上級生の一団が、一条たちを追いかけ回しにいって場所が空いたので、敵がわらわらと集まってきた。


「この性犯罪者! 性犯罪者! 性犯罪者!」


 瑠璃川はありえないほど的確に、俺の弱点をえぐるようなことを叫び続けていた。

 そう叫ばれるたびに、俺は顔から血の気が引く思いがする。

 俺が手を放したら、瑠璃川は地面に落ちてギャンッと鳴いた。

 花ケ崎のアイスバーグの魔法が集まってきていた敵を一網打尽にする。


「さ、さすがだわ。さすが主席ね」


 瑠璃川は花ケ崎の魔法に感嘆の声をあげた。

 今の主席は俺のはずなのだが、誰もそうは思っていない。

 ただランダムに決められた席順だと信じているのが大半だった。


「ほら、べつに大丈夫だろ」


「でも、敵はモンスターだけではないようだわ。アレをどうするというの」


 瑠璃川の視線の先では、一条たちを追いかけて行った上級生が戻ってきたところだった。

 さて、抗争が起きそうなところに来てみたものの、どう仲裁するかまでは決めていない。

 六文銭がいるあいだは平和だったのだから、圧倒的なパワーで蹴散らしてみるのはどうだろうか。

 シナリオが書き換わってしまう可能性はあるが、今の俺はシナリオを書き換えたいのだ。


 主人公の作ったギルドが育つまで、ほんのちょっと抗争をやめさせるだけでいい。

 もはやここまで来てしまえば、人命よりもシナリオを優先させるわけにはいかない。

 それに、もしかしたら何かしらの強制力で、シナリオが変わらない可能性もある。


 なにか言って来そうな気配の上級生を前に、俺は問答無用でボルトスパークを放った。

 花ケ崎の魔法では一発で気絶させてしまうから、俺の魔法でやるしかない。

 当然ながら向こうもやられっぱなしではないので、こちらに魔法を放ってくる。

 瑠璃川は花ケ崎が庇っているので、特に問題はなさそうだ。


 ヴァンパイアから得たリングのおかげで相手の魔法は脅威でもないが、俺のMPが持つのか心配になってくる。

 MPを6割ほど使ったら上級生たちは逃げて行った。

 しかし難癖をつけてくる奴らは、次から次に湧いてくる。

 今度はCクラスの奴らで、パンドラの関係者だというようなことを喚いていた。


 俺は知ったことかと、また魔法で追い立てた。

 そしたらマナポーションを煽って、俺はアイアンゴーレムを召喚する。

 こいつなら移動が遅いから、こんな見晴らしのいい場所では相手に追いつけないし、攻撃が行くという事もないから、まわりを威嚇するのにちょうどいい。

 こいつの大きさはいい厄介払いになるようで、難癖をつけられることはなくなった。


「こ、これが6層の日常なのね。話には聞いていたけど、ここまで縄張り争いが激しいものだとは思わなかったわ」


 そんなわけがない。

 そんなことばかりやっていたら敵を倒している暇すらないではないか。

 ここまでめちゃくちゃなことをやり始めたのは俺が初めてだろう。


「ちょっとやり過ぎじゃないのかしら。もしものことがあったらどうするの。それに面倒なことになるわよ」


 感動している瑠璃川とは対照的に、花ケ崎の方は不満そうだ。

 これからシナリオがどう進むかについては、まだ花ケ崎にも話していない。

 そんなことを考えていたら、学園の生徒には見えない男が現れた。


「俺のとこの後輩に手を出してくれちゃったのはお前か」


「パンドラか」


「そうだ。悪いが、ここから出て行ってくれないか。後輩を育てたいんでね」


 本当にコネがあって連れてくるとは思わなかった。

 パンドラを名乗ってはいるが、悪人というよりは面倒見のいいあんちゃんと言った感じの男だった。

 どうやらパンドラに入った学園のOBであるようだ。

 もとがゲームだから、悪人はわかりやすく悪そうな見た目をしているはずなのにおかしい。


「断る。パンドラごと滅ぼすぞ」


 はっきり言って、パンドラさえいなかったら、揉め事はここまで大きくならなかったというくらい問題の多いギルドだ。


「ふっざけんな。こんな階層でやってる奴らが、舐めたことぬかすんじゃねえ」


 そう言って、いきなり斬りかかってきたが、俺の間合いに入ったところで攻撃を受けて後ろに飛びのいた。

 ツバメ返しではないとはいえ、こいつは正宗による俺の攻撃を耐えやがった。

 盾は持ってないけど、もしかしてタンク職なのか。

 どんなスキルを持っていようと、HPが800は越えていないと耐えられないはずだ。

 すごいリングでも持っていれば別だが、見る限り、俺が最近になって大量に放出しているモグラのリングだった。


「なッ。チッ、覚えてろ。後悔するぞ」


 HPの残りを確認したのだろう。

 それだけの捨て台詞を残して男は消えた。

 二人は無事かと振り返ったら、マントをフードまで被って正体不明になった二人がいた。

 たしかにまあ、顔は隠しておいた方がいいだろう。


 それにしても、あんなレベルの奴を連れてくるなんて攻略本には書かれていなかった。

 なんだか攻略本のシナリオから外れることが凄く怖いことのように思えて来た。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る