ご主人様、まさかの誘拐

 ユキレラは慌てて、ご主人様のルシウスが行方不明になったことをリースト伯爵家へ報告に行った。


 本邸ではまず執事長が応対してくれた。

 ユキレラの話を聞くと、顔色を変えて速攻で謹慎中の当主カイルと、彼とルシウスの父親の前伯爵メガエリスに話を通して、応接室に集めてくれたのだった。


「最近のこの状況で、オレに何も言わずにルシウス様がいなくなるわけがないんです!」


 誘拐事件ではないかと訴えたユキレラに、当主と前当主親子は顔を見合わせると、執事長が持ってきた四角いパネル型の魔導具を目の前のテーブルに置いた。


 前当主の、青銀の髭のご老公メガエリスがその魔導具を手に取る。


「あの子には身を守るための魔導具をいくつか持たせている。そう簡単に誘拐などされるはずが……」


 だが、魔導具を操作してすぐに前当主様の顔色が変わった。

 執事長に地図を持って来るよう指示している。

 即座に用意された王都の地図を広げて、ある一点を指差した。


「ルシウスに持たせた魔導具の反応が、この場所から出ている」

「えっ。父様、ここは……」


 当主のカイル伯爵も、執事長も一気に青ざめた。


「え? え? ここは何がある場所なんです???」


 まだ王都に来て時間が経っていないユキレラではわからなかったが、質問には青ざめた執事長が答えてくれた。


「いわゆるスラム街です。王都で最も治安の悪い場所で……」

「地図上では宿屋のある場所になっているな。だが、この地区で宿屋というと」


「「「「……………………」」」」


 スラム街。

 宿屋。



 もうそれだけで危険ワード最上位だ。


「る、ルシウス様がーっ!??」


 パニックを起こしたユキレラをよそに、カイル伯爵は慌ただしく執事長に指示を出していく。


「我が家の騎士団を出動させる。王家のグレイシア王太女殿下に伝令を」

「畏まりました」

「父様はここに残って、王家との連絡役をお願いします」

「了解した」



(あわ、あわわわ、オレはどうしたらー!??)



「ユキレラといったな。お前も来い」

「も、もちろんです!」


 素早くネイビーのライン入りの白い軍服に着替えたカイル伯爵に促された。

 応接室を出ていくとき、ご老公の前伯爵に呼び止められた。


「ユキレラ君」

「はい?」

リースト伯爵家我が家の軍服の予備を出してもらって、着替えてから行きなさい」

「は、はあ……」


 ユキレラは自分の衣服を見下ろした。

 ご主人様のルシウスが買い与えてくれた、明るいグレーのスーツの上下にワイシャツ姿だ。靴はどの服とも合わせやすい黒のウイングチップ。


「ユキレラさん、こちらを」


 室内に控えていた侍女、こちらは『生き別れの姉ちゃん』としか言いようのない、青銀の髪をシニヨンのお団子ヘアーにまとめた中年女性が、手早くユキレラのスーツを脱がせて白い軍服に着替えさせてくれた。


 予備とは言っていたが、肩幅も丈もピッタリだ。

 まだ見ぬ生き別れの家族もどきのお古、侮れない。


「うむ。よく似合っている。戻ってきたら採寸して正式に仕立てさせよう」

「えっ。ということは!?」

「少し早いが正式採用だ。……我が息子ルシウスを頼んだぞ」

「はいっ!!!」


 そうして慌しく馬車に乗り込み、誘拐されたルシウスのいるスラム街を目指したのだった。


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