復讐の豪炎寺と狂乱の白奈

「あぁ、クソクソ!」


 何回も壁を蹴る。アタシの怒りをぶつけるために。

 パパを悲しませて、アタシ達家族を崩壊させた敵、天音。

 なのに本人は複数人の女を侍らせている。男友達なんて居ない。

 なんで、あいつは幸せそうなんだ。

 そいつに対して、アタシはアタシ達の僅かな痛みでも知って貰う為に色々とやっているのだが、その全てが失敗に終わる。

 理由は分かっている。

 天音の横に居る義妹のせいだ。


 天音に対して、殺気も出さずに見ているのに、義妹がすぐに反応するのだ。

 アタシの動きを完全に把握しているかのように、それとなく避けさせる。

 邪魔でしかない。


「どうすれば」


 どうすれば天音に対して痛みを与えられる? 悲しみを与えられる? 恐怖を⋯⋯父親。

 そうだよ。

 アタシの父親が悲しませられた。だったら、アタシも同じ事をすれば良いじゃないか。

 そうと分かれば、早速行動に移す。


 天音の家を前で張り込み、父親の存在を確認する。


「あの、家に用ですか?」


「ッ!」


 どこから出て来た?

 ドアを開けた人物は居なかった。きちんと見ていた。

 なのに、どうしてアタシの背後に義妹が居るんだ。


「いや、特には」


「なら、なんでずっと見ているんですか?」


 振り返り、街灯に照らされる相手の顔を見た。

 貼り付けたかの様な笑顔。仮面を着けていると言われても疑わないだろう。

 普通の人なら美人の二文字で片付けそうだが、アタシには分かる。

 内側に秘めている疑問と憤怒の感情。

 だが、怒りに関してはアタシの方が上だ。


「なぁ。お前はあの男のことをどう思っているんだ? 同居しているようだが」


「好きです。愛してます。それ以上の言葉は要りません。愛しているから、私は貴女の行動が不可解で堪らない。不快で堪らない。愛する相手に敵意を向け、仇なす存在が、不愉快で悶え死にそうですよ」


「⋯⋯」


 真顔で虚無の目。光の無い、街灯の光すら呑み込む深淵の瞳。

 碧眼からは想像の出来ない黒さが篭っている。


「もしも、その男が人を虐げ、一家庭を滅茶苦茶にした場合、その真実を知っても尚、お前はあいつの事を愛していると言えるか?」


「言えます。超言えます。私は天音君がどんな選択をしようが、どんな事をしようが、味方で居ると決めてますから」


「それは、愛では無く依存では無いか」


「愛ですよ」


 その食い気味の一言を最後に、彼女の狂気が増した。

 先程までとは違い、完全な狂人。


「私は天音君を愛している! あの人が人を殺めても、薬物を使用しても、それでも私はあの人を好きで居られる! これを愛と言わずなんだと言うんですか? 彼が本気で、私に死ねと言うのなら、私は笑顔で自害します! これでも、私の愛を否定しますか?」


 その狂気の目を向けられたアタシは後退りした。

 恐れた。アタシが彼女の狂気を恐れたのだ。

 もしもルールに沿った格闘技なら勝てる自信はある。

 だが、それがなんでもありの試合なら、負ける可能性がある。

 人の想いはそれだけの強さを生み出す。


「もしも、その想いが叶わないとしてもか」


「その場合は陰ながら守りますよ」


「どうして! どうして、そこまで奴の事を想えるんだ」


「自暴自棄と言うんですかね。全てが終わって、何も感じない、何も分からないと言う虚無状態。何もかもが億劫で、いっそ死んでやろうかと思った。そんな時期、彼が私を救ってくれた。私の心を癒してくれた。それで思ったんだ。私は全てを彼に捧げようってね」


 その言葉には嘘偽りなど存在しなかった。疑おうモノなら容赦なく、その狂気が襲って来ると錯覚してしまう。

 彼女の根源的強さはその狂気。一人を想うその心。

 壊せない。揺るがせない。

 アタシが何をしようとも、何を言おうとも、彼女の心を動かす事は出来ない。不可能だ。


「そうか。アタシは帰る事にするよ」


「一つ聞いても良いですか?」


「なんだ?」


「なんでそこまで、天音君を目の敵にするんですか?」


「⋯⋯壊されたから」


「ん?」


「あいつは、アタシの家族たいせつを壊したから! その痛みを、悲しみを、僅かでも、鱗片だけでも、味わせようと思ってね!」


 言ってやった。アタシの気持ちを全部ぶちまけた。

 それをあいつに言われても、アタシは変わらない。

 だが、彼女の反応は予想外れと言うか、予想通りと言うか、そんな反応だった。


「天音君はそんな事、しないよ」


「お前に何が分かるんだ」


「確かに、私は彼の事を知っている風で全然知らなかった。でもね、本質は分かるよ。口ではひねくれていても、中身は優しい。なんの理由も無く、人を苦しめる事はしない」


「それを信じろ⋯⋯」


 次の発言を、曲げれば簡単に折れそうな細い人差し指で止められる。

 グイっと顔を近付けて来る。吐息が掛かる距離、相手の息継ぎが聞こえる距離。

 そんな距離で話される。


「私の命を賭ける。私の言った通りの天音君じゃ無かった場合、私は死ぬ」


「⋯⋯それを、信じろと」


「うん。だから、信じて」


「⋯⋯くだらない」


 踵を返して、家に帰る。

 彼女の言葉が頭から離れない。

 あいつが、アタシの思う様な人間じゃない、だと?

 だが、現実はどうだ。パパは廃人となり、ママは鬱に成った。

 その原因が、あの場所で分かったんだ。

 天音に向かって、涙を流して頭を下げるパパ。


「ただいま」


「あら、おかえり。ご飯出来てるわよ」


「うん。ありがと、ママ」


 今ではなんとか回復した母親のご飯。

 父親の気配が部屋から感じない。大丈夫なのか、とても心配になる。


 そして翌日、体育祭が始まる。

 アタシはリレーとドッチボールでの参加である。

 開会式が速やかに行われ、午前の部が始まる。

 アタシの奴は両方とも午後なので、最初はひたすら見るだけである。


 みんなが応援したり、競技を行っている中、アタシは昨日の事を考えていた。

 愛、それがどんな形だろうが当人が良ければ良いのだろう。

 だが、彼女のは本当に愛なのだろうか。

 妄信的に一人を絶対的に信じる。あの狂人。

 あまり関わりたくない⋯⋯だが、アタシの目的の為には、確実に関わる事に成るだろう。


 彼女を跳ね除けない限り、アタシの目的は終わらない。

 終わらないから、ひたすらに進む。それだけだ。


 昼の時間、弁当を食べに観戦に来ていた家族の元に行くと、パパの姿もあった。

 長い間部屋に居ただろうに、綺麗な格好をしていた。

 そして、この数分後、驚愕で信じたくない事が起こる。

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