第13話 堺は危険でござる
「す、すごい....」
俺は思わず声を漏らした。それほどこの町は、迫力のある活気にあふれていた。大通りには無数の商人が行き交っている。店には長蛇の列ができて、想像以上に賑わっている。
「これは噂以上ですな」
秀吉さんも非常に驚いている。春日部の商店街とは比べほどにならないほど、堺は栄えているように見えた。綾さんはただ目を丸くして、辺りを見渡している。故郷の昔の姿を、目に焼き付けようとしているのかもしれない。
俺らは混み合った商店街をゆっくりと進んだ。人をかき分けなければ、前に進めない。油断したらいつでも迷子になってしまう。
「ここ、持ってて」
俺は綾さんに、俺の着物の裾を掴んでもらった。これで大丈夫だろう。俺はラッシュ時の新宿駅を思い出した。まさにこういう感じだった気がする。
10分ほど、堺の町を巡った。パン屋を立てるためのいい立地の場所が空いていないか、俺らは探しながら歩いた。
「あれ?秀吉さん!秀吉さん!」
俺は空き地の捜索に気を回しすぎてしまい、秀吉さんを見失ってしまった。
「ねえ、綾さ....」
俺は後ろを振り返って、背筋が凍った。彼女の姿もまた、見当たらなかった。必死に目を凝らすも、あまりに人の数が多すぎて、彼等の姿は見当たらない。
これはまずい、と思った。秀吉さんはどうにかなる。ただ問題は綾さんだ。秀吉さんと一緒だったらいいのだが。
ただこの時代、連絡を取り合う手段が手紙しかない。このままだと一生迷子のままの可能性もなきにしもあらずだ。最悪の事態を想定すると、ゾッとした。迷子になったときの集合場所を考えておけば良かったと、つくづく思った。
俺は必死に考えた。秀吉さんは綾さんはこういう状況の時、どこに行くのだろうか。俺は頭を捻らせたのだが、一向に思いつかない。時間が経てば経つほど、焦りの感情が芽生えてくるのを感じた。
このまま日が暮れたら、事態はさらに悪化する。俺は金を持っていないのだ。宿も取れないし、もちろん食べ物にもありつけない。今日中に彼等と合流しなくてはならない。
とりあえず俺は、来た道を戻ることにした。人の数は相変わらず多い。やはりこの商店街で探すのは困難だろう。仕方ないが俺はとにかく前に進んだ。そのときだった。
「ひ、人殺しだああぁああ」
と叫び声が聞こえた。次の瞬間、商店街は悲鳴で包まれた。あちこちで嫌な感じの声が聞こえる。
そして、人の波が凄い勢いで俺の方に押し寄せてきた。俺は危険を感じて、とっさに走り出したのだが、その判断は遅かった。俺は呆気なくその波に飲み込まれて、揉みくちゃになってしまった。
それぞれが自分たちの命を守るのに必死で、全員が混乱している状態だった。俺は大勢の人に蹴られたり、ぶつかられたりした。それで転けてしまえば、もう助からない。混乱した人々に踏みつけられて死ぬ。
俺は慎重に、転けないように逃げる。とにかく、死因はなんであれ、俺はまだ死にたくはない。
きゃあああああああああ!
女性の悲鳴が俺の真後ろで聞こえた。俺は怯えた。まさか……。
俺は咄嗟に後ろを確認した。先程まで何百人といた人は皆、姿を消していた。いや、正確には、その全員に追い抜かされていたのだ。俺は足元を気にしすぎるあまり、逃げ足が遅すぎた。
そして唯一、俺の後ろにいた1人の女性が、バタッと倒れた。倒れた人のその後ろに、刀を持った男がいた。
これはまずい。こいつだ、殺人犯ってのは。そう思った瞬間、俺の足は固まった。もう動かない。
その男は下を向いたまま、ゆっくりと俺に近づいてくる。刀についた血を長い舌で舐めながら。凶悪犯そのものだ。
俺の足は依然として動かない。それどころか腰が抜けてしまって、俺はその場に尻餅をついて倒れてしまった。
その男は俺の目の前に来た。そして刀を俺に向けた。
「次はお前や」
その男は刀を両手で持って、大きく振りかぶった。そして不気味な笑顔を浮かべた。
数日前の俺なら、もう死を受け入れていたかもしれない。だが今の俺は違う。俺はまだ生きたい。生きなければならない。この時代に生きていたい。
「うおおおおおおおおおおおおお」
俺は固まった筋肉を奮い立たせ、その男に飛びかかった。男の足にしがみつき、力一杯押した。男はよろけて、一歩後退りした。俺はその一瞬の間に、逃走を図った。やつに背中を向け、俺は本気で走り出した。
「チッ。ふざけやがって」
男がそう言うのを、俺は背中で聞いた。俺は気にせず走る。次の瞬間、ズバッという大きな音がした。そして俺はなぜか、その場にうつ伏せに倒れてしまった。
何が起こったか、俺はさっぱりわからない。犯人は俺の横をスタスタと歩き去った。
そしてその時、俺は背中に違和感を感じた。最初はヒリヒリとした感覚だった。だが時間が経つにつれ、それは激しい痛みに変わっていった。
俺は逃げきれず、背中から斬られたのだった。俺はようやくその事実に気がついた。痛みは限界を知らず、恐ろしいほどに辛くなっていく。呼吸も苦しくなっていくのがわかった。視界もだんだん狭くなっていく。
もう終わりなのかもしれない。今まで生きてきた記憶が頭を巡る。いわゆる走馬灯だ。死ぬ前兆だ。
お母さん、お父さん、弟。一緒に遊んだ記憶、喧嘩した記憶、そして仲直りした記憶。いろんなものを思い出した。
マサ、タケ。朝から晩までずっと遊んでいた。そしてタイムスリップしたあの日も、俺らは一緒にいた。
パン屋の皆さん。タイムスリップしてきて右も左もわからない俺を、優しく支えてくれた。また会える日はもう来ないかもしれない。
秀吉さん。命の恩人だ。彼がいなければ、俺は命が何個あっても足りない。
そして、綾さん。彼女はずっと、俺の心の支えだった。彼女の笑顔に、俺は何回も救われた。もう会えない寂しさは、尋常ではなかった。
俺は悔しかった。痛みを通り越して悔しかった。例え死んで、未来に帰れたとしても、俺は何も嬉しくはない。この時代に生きてなんぼなのだ。
段々意識が遠のいていく。同時に、痛みも感じなくなっていく。死ぬって、こういうことなんだろう。俺はゆっくり目を閉じた。そしてその時を待った。
しかし俺が諦めかけたその瞬間、俺の肩に誰かの手が触れた。
「……」
誰かが何かを言っている。そしてまた誰かの手が、俺の右手を掴んだ。俺は最後の力を振り絞り、手に力を入れた。
「.……」
またその人は何かを言った。俺は耳をすませ、その声を聞いた。
「ヤス殿、目を覚ましてくだされ!」
その声は……。
「ヤスくん!ヤスくん!」
俺の目から、自然と涙が溢れた。
秀吉さんと綾さんだ。俺は遠のいていた意識が、ようやく戻ってきた。だが同時に、激しい痛みも戻ってきた。
「ううう……」
俺はゆっくり目を開けた。彼らは周りに声をかけて、俺を助けようとしてくれていた。
「大丈夫、大丈夫」
綾さんは再度、俺の右手を両手で握った。俺は本当に救われた気分だった。もう大丈夫なんだと思うことができた。
「今から運ぶぜよ。痛みはきつくなるかもしれぬが、ご了承くだされ」
秀吉さんのその言葉の数秒後、俺の体は何人かによって持ち上げられた。その瞬間、全身に雷が落ちたような衝撃が、全身を走った。俺は思わず彼女の手を離してしまった。
「ヤスくん、大丈夫!?」
彼女はもう一度、俺の手を強く掴んだ。俺は心の中で何度も感謝を伝えた。その後、俺は大きな木の板にのせられ、どこかに運ばれた。その間も彼女はずっと俺の手を離さず握ってくれていた。
「下ろしますぞ!」
俺はどこかの建物に入れられて、そこにうつ伏せで寝かされた。
「こちらをお飲みくだされ」
俺は半ば強引に、苦い液体を飲まされた。その正体は不明だ。
その後、俺は上半身を脱がされ、冷たい水を背中にかけられた。傷口に滲みて、もがくような痛さを引き起こした。
この一連の処置を、俺は日が暮れるまで耐えた。その結果、痛みはやや引いた気がした。さらに、少しなら話せるようになった。俺には大きな一歩だった。
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