第29話 蝕む闇

 身体が蝕まれる。

 右半身に力を入れるが、浸食が収まらない。

 しかし今はそれでいい。そうしなければ、力を上手く扱えない。


「そんな現象など、見たことがない! 一体何をした!」


 あの傲慢なマグナが怯えるほど、ありえない現象なのだろう。

 だが、ノアですら理解できていないことを説明など不可能だ。怯えている姿を一瞥しつつ、力任せに剣を振るう。


「お前のせいで! お前のせいでルナが! ステラが!」


 今までの恨みを全て目の前にいるマグナに向ける。

 一撃、二撃。身体を蝕まれながら、自身で出せる以上の威力で剣を振るうと腕からブチッと筋肉が裂ける音が聞こえてきた。


「身体が悲鳴を上げているようだな! そんな不可思議な力を使っていたら身が持たないだろう!」

「そんなこと関係ない! 例え身体が犠牲になっても、お前を殺す!」

「大罪人が大口を叩くな! 聖炎の光!」


 マグナは刀身を輝かせて、目にも止まらない速度で斬撃を飛ばしてきた。

 この一瞬の行動をノアは把握できていない。少し前であれば気が付かずに呆気なく死んでいたが、今は違う。影に蝕まれている身体が勝手に反応をし、炎壁を出現させて斬撃を防いだ。


「身体を勝手に動かすな! 俺の意思で戦うんだ!」


 しかし、今は勝手に動いてくれて助かったのは理解していた。

 弱い。ただただ弱い。不可思議なこの浸食してくる闇が無ければ、まともに張り合えないことは一目瞭然だ。だが、勝手に身体を動かされるのは癪だ。

 このままでは完全に意識を奪われるかもしれない。そうなった時、どうなってしまうか分からない。


「振り回されているようだが、好都合だ。そう何度も防がれてなるものか!」

「黙れ! 黙れ! お前は死ぬべき存在だ! 生きてちゃいけないんだ!」


 ノアはマグナとの距離を詰め、近距離で斬撃を浴びせることにした。

 勝手に動こうとする右半身に力を入れ、自らの意思で剣を振るう。鈍い金属音を周囲に響かせつつ、二撃、三撃と何度も鍔迫り合いながら生と死の狭間を行き来する。


「動きが遅くなったな。その影の力を借りなければ、お前は前と同じのようだな!」

「それがどうした! この影の力を借りなくても、お前を殺す! それだけだ!」


 ノアはその時に気が付いた――殺意が高まり交戦意欲が高くなるほどに影による浸食が強まると。しかし意識をマグナから移せば、命が終わる。

 自身では対処不能な攻撃を受けられるのか定かではないが、やるしかない。やらなければマグナを殺すことが不可能になってしまう。


「やるしかないなら、やるしかないじゃないか!」


 声を上げながら剣を勢いよく振るう。

 渾身の一撃は軽く受け止められ、顔面目掛けてマグナの剣が迫る。首を左側に傾げて辛うじて避けるが、完全に避けれていなかったので左頬が裂けて血が流れ落ちる。

 恐怖、ただそれだけだ。死にたくはないが、死ぬ覚悟が必要な相手だ。


「怯えない! 立ち向かうんだ!」

「自己暗示か? 不可思議な影が無ければお前など相手ではない!」


 影の浸食に怯えながら、幾度も迫るマグナの攻撃を防いでいく。

 先ほどの攻撃を防いだ経験か、どれほどの速さで防げばいいのか身体が覚えてしまっている。幸か不幸か、影による浸食がなければ既に死んでいた可能性が高い。


「上手く防げているが、その程度だ。その不可思議な影が無ければ脅威ではない!」

「確かにそうだ。だけど、それでも俺は――!」


 その瞬間、目の前が暗くなった。

 いや――赤黒く染まったという方が正しい。マグナに向けて言葉を発した直後に、身体を斬られたようだ。情けない。影に頼っていれば違ったかもしれないが、そんなの自身の力で勝ったことにならない。

 譲れないプライドによって命が散ってしまうが、それもまた運命なのだろう。


「抑え込んでいた不可思議な影に頼れば勝てたかもしれないのに、さすがは大罪人だ。愚かなプライドを抱えたまま死ね」


 剣を握ったまま地面に力なく横たわるノアを、マグナは力強く何度も蹴る。

 一度窮地に立たされた恨みからか、その顔は憎悪で満ちているようだ。まさか大罪人に一度でも窮地に追い詰められるとは思っていなかっただろう。そのことでプライドが傷つけられ、瀕死のノアを執拗に蹴ったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る