第16話 銀氷のルナ

「がっふ……ぐぅぅぅ……」


 切り傷が焼けるように痛い。血が止まらず、地面に滴り落ちている。

 次第に視界がぼやけ始め、息が荒くなる。血が流れ過ぎているのが原因だろう。


「たったこれだけで瀕死とは、やはり大罪人はゴミだな」


 息が荒く、今にも倒れそうなノアに対して侮蔑を籠めた視線と共に”ゴミ„と言葉を発する。どれほど大罪人を下に見ているのだろうか。確かに犯罪を犯し大罪人とされたが、村や都市を守る要となっていることに違いはない。

 むしろ、近衛騎士や王国騎士よりも防衛に貢献している存在だ。


「ゴミ……じゃない……俺は……騎士だ……」


 地面に剣を刺して倒れる身体を支えるが、それすらも辛い状態だ。

 死ぬ――その言葉しか脳裏に浮かんでこない。今にも死にそうなノアに対して、マグナは剣を首筋に当てた。


「大罪人如きに時間を使いすぎた。さっさと死んでもらうぞ」


 格が違い過ぎる。

 少し戦って逃げようとしたのが間違いで、ステラ達と共に逃げるのが正解だったようだ。ノアは目的が果たせないことを悔やみながら、無事にステラ達が逃げ切れたことが嬉しかった。


「終わりにしよう。逃げた裏切りの王女を殺さなければならないからな」


 探して殺させるわけにはいかない。

 せっかく稼いだ時間が無駄になってしまうなら――することは一つしかない。

 痛みに耐え、剣を握り締めるノア。その顔は何かを決意したかのようだ。


「何だその顔は? 何をしようとしている?」

「俺はステラの騎士だ。なら、主のために最後まで抗うのは当然だろう!」


 叫びながら炎剣を発動し、首筋に当てられている剣を上部に弾く。

 その行為を予想をしていなかったマグナは、唖然としながら目を丸くしていたがそんなことは関係ない。今は畳みかけて少しでもダメージを負わせなければならない。


「お前が見下していた大罪人の最後の悪あがきを見ろ!」

「くっ! 大罪人風情が調子に乗るな!」


 白い炎を剣に纏わせたマグナは右腕に力を入れて勢いよく振り下ろしてくる。

 その攻撃を剣の腹で受け流し連続で斬りかかるが、最小限の動きで全て避けられてしまった。


「瀕死なお前の攻撃など当たるわけがない。速度もキレも全てが落ちているぞ」


 マグナの言う通りだ。出血が激しく、痛みに耐えられなくなってきている。

 いつ倒れてもおかしくない状態だ。顔を歪めつつノアは目の前にいるマグナを見据える。


「それでも……それでも俺は!」


 思い通りに動かない腕に力を入れて剣を握り締めた瞬間、目の前に何者かが勢いよく降り立った。前が見えないほどに立ち込める砂埃が晴れると、そこにはルナが剣を構えて立っている姿が目に入ってくる。


「ル、ルナ!? どうして!?」


 目の前の出来事が理解できない。

 助けてと言って姿を消したのに、どうして目の前に現れたのだろうか。装備などに変更はなく、村を出た時に会ったルナのままだ。


「お前はヴェルニの道具か。道具らしく命令があるまで大人しくしていろ」

「お、お兄チャんヲこロさセなイ」

「ど、どして俺を……洗脳されているはずじゃ!?」


 完全に解かれた分けではないようだが、片言で言葉を発しながらルナはマグナを見据えているように見える。


「逃げろルナ! お前が戦うことはない!」

「ダめダよ。お兄チャんはシンじゃダめ。ワタしがマもルよ」


 五年も会っていない妹に守られるなんて情けない。

 兄であるノアが守るはずなのに、ルナがマグナと戦おうとしている。

 悔しい。ただただ悔しい。謝る前に助けられ、守るとまで言われた。辛い思いしかさせていないのに、どうして守ってくれるのか分からない。


「銀氷か。確かお前は、洗脳を受けて生きる人形となっていたはずではないのか?」

「チがウ。ワタしノセんノうをメアチャんが解いてクれテいルわ。だから――私がお兄ちゃんを守るの!」


 目を見開きルナは剣を引き抜いた。

 途中からハッキリと言葉を喋れているので、洗脳が解けたようだ。メアを誰かが説得して解いてくれたのだろう。


「でもね、今はあんたの相手をしている暇はないの。逃げさせてもらうわ」


 そう言葉を発し、ルナに右手を掴まれた。

 一体何をするつもりなのだろうか。マグナが逃がすことを許すとは思えないノアは、内心ヒヤヒヤとしていた。


「国王に仇なす敵を、わざわざ逃がすと思うか!」

「あなたの意志なんて関係ない! お兄ちゃんを助けるために逃げるの!」


 ルナは目の前に氷の壁を出現させ、姿を見えなくした。


「少し気持ち悪くなると思うけど、我慢してね」

「え? どういうことぉおおおああああ!」


 言葉を発し終える前に、ノアは抱えられながら空に急上昇した。

 重力によって身体が強く押される。気を抜いたら気絶してしまいそうな感覚に耐えるしかない。


「ごめんねお兄ちゃん! 今は耐えて!」

「そ、そんなこと言われても!」


 空を飛ぶというよりは高く飛んで地面に落ちるという感じだ。

 落ちる際に胃の中のモノが押されて口から出そうになる。ただただ気持ち悪い。

ルナはよく平気だなと思い顔を見ると、少し辛そうにしているようだ。


「ルナは平気なのか?」

「どういうこと?」

「落ちる時に気持ち悪くならないのかなって思ってさ」

「ああ、そっちね。当然気持ち悪いわよ。全然慣れないわ」


 どうやらルナも慣れていないようだ。

 もう少し低く飛べばいいのにと思うと、背後からマグナが追ってくる姿が見えた。


「あ、あいつが追って来てるぞ!」

「本当にしつこい男だわ!」


 マグナのことを昔から知っているかのような言い方だ。

 その時、ノアはマグナがルナのことを銀氷と呼んでいることを思い出した。あれは俗にいう異名だろう。

 多大な功績を上げた王国騎士に付けられる別名のはずだ。ルナはこの五年の間に、それほどの功績を上げていたということになる。


「そうか。俺が村で大罪人として腐っている間に、ルナは活躍していたんだな」

「活躍だなんてしていないわ。ただ虐殺をしていたり、攻めて来る敵国と戦っていただけよ。活躍とは程遠いわ」

「そ、そうだったな。ごめん」

「お兄ちゃんが謝ることないわよ。悪いのはオーレリア王国の国王やその指示に従っている人達。お兄ちゃんはそれを正すために騎士になったんでしょ?」


 そうだ。ステラの言葉に賛同して騎士になった。

 洗脳されていたルナの功績を活躍と思うなんて馬鹿すぎる。ノアは自身の頭部を力強く殴打し、ごめんと謝った。


「急に謝るなんてどうしたの?」

「洗脳して得た活躍に嫉妬しちまってさ、兄失格だなと思って」


 その言葉を聞いたルナは地面に降り立って、軽くノアの頭部を叩いたのである。


「謝ることはないわ。洗脳されていたとはいえ、そのおかげで力を手に入れたわ。悪いことばかりじゃないし、この異名はお兄ちゃん達の力になれるはず。私はそこが嬉しい。それにお兄ちゃんも強くなれる! だから、失格だなんて思うことない!」

「ルナ……」


 五年ぶりに会えた妹に慰められてしまった。

 かなり人生経験を得ているようだ。妹に抜かれたけど、すぐに追い抜くために頑張らなければならないといけない。ノアは強くなったルナを見て鼓舞されていた。

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