第12話 都市サレアの協力者

 建物に入り地下通路を通ること十分。

 ピチャンと、水滴が地面に落ちる音だけが響き渡る。薄暗い通路だが辛うじて前を歩くステラ達が見える程度だ。ノアの身体で多少余裕がある広さなので、ステラ達からすれば充分な広さを感じているはずだ。


「まだかかるの?」


 ステラが文句を言い始めた。

 この薄暗い通路を十分も歩けば嫌にもなるだろう。

リルもメアも口には出さないが嫌そうな雰囲気を醸し出している。時折リルが舌打ちをし、メアは溜息を吐いているのが証拠だ


「来る時で一時間はかかってるから、我慢して」

「そんなにかかるの!? 地上から行くのに比べたらかなり時間の短縮だけど、薄暗くて怖い!」


 怖かったらしい。

 結構怖がりなのかとノアが考えていると、何かが目の前に飛び出て来たのだろうか、「ギャァッ!?」という声と共に後ろを歩いているノアに抱き着いてきた。


「虫ぃ! 虫が飛んできたぁー!」

「ちょ、ちょっとステラ!?」


 力強く抱き着かれ、柔らかい身体が密着してしまった。

 甘い香りが鼻を擽り、二つの柔らかい神秘が押し付けられている。どうしたらいいのかとノアが考えていると、リルが「抱き着くな!」とノアに向けて怒鳴ってきた。


「い、いや! 俺からじゃないから! ステラから抱き着いてきたの!」

「関係ない! 私の姫様から離れろ!」


 未だに怖がっているステラの腕を掴んで引き剥がそうとしているが、力強く抱き着いているので簡単には離せないようだ。

 しかしそれでもリルは諦めない。離れてと言いながらステラを離すことに成功すると、ノアの頭部を軽く叩いてきた。


「何で叩くんだよ!」

「ステラ様の身体を堪能した罰です! 私だってまだ――」


 まだの先を言おうとした瞬間、口に手を当てて言葉を発するのをとめた。

 言葉の先は想像ができるはずだが、ステラはハテナマークを浮かべているようだ。


「私だってどうしたん? 早く先を言ってよ」

「うっ、うるさいです! 姫様早く行きましょう!」

「待ってよー! 服に虫がまだ付いてるー!」


 ジタバタとしながら虫が嫌と叫び続けているステラ。

 その姿を見たメアが変わらなくて安心したと苦笑している。それほどまでに変わらないのかとノアは思うが、変わらなくていい部分もあるからなと一人で納得していた。ルナも変わらないでいてほしい。そうノアはいつも考えてしまう。


「どうしたの?」

「いや、ステラは良い意味で変わらなかったんだなって思ってさ」

「そうだね、昔のままだよ。王族は悪い方向にばかり変わる中で、ステラちゃんだけが変わらないの。だから――分かってるよね?」


 突然の威圧。

 とても十三歳の少女が放つ威圧感じゃない。これは一体どういう意味だろうか。

 守れということか、それともステラが悪い方へ行った時に救えということだろうか。特にそれから明言はしないメアと共にノアは地下通路を進むことになった。


「メアーまだー? 結構進んだんじゃない?」

「そうだね。そこに梯子ないかな?」

「梯子? あ、あった! これで上にあがればいいのね!」


 上にかかっている梯子を下ろし、先にノアが行くことになった。


「じゃ、先にあがって安全確認をしてくるよ」

「うん! よろしくね!」


 薄暗い中でステラの眩しい笑顔が見える。

 この笑顔を騎士として守らなければならない責任は重い。だが、それでも恩を返すために騎士としての務めは果たさなければならない。


「ちゃんと守らないとな」


 梯子を上り丸い蓋をどかして地上に出ると、青い晴れた空が目に入ってきた。


「ふぅ……やっと地上に出れた。しかしここは本当に都市サレアなのか? 都市というよりかは村じゃないか」


 上空に広がる青い空とは違い周囲には今にも崩れそうな家屋ばかりだった。

 遠くに住民の姿が見えるが、今にも倒れてしまいそうなほど痩せている。


「これが都市サレアなのか?」


 聞いていた話とかなり違うことに驚いていると、背後からメアが「そうだよ」といいながら近づいてきた。


「都市サレアはヴェルニが来るまでは大陸でも栄えている方だったんだけど、住民に圧政を敷いた結果こうなったんだ。逃げる者は殺し、騙して減った住民を補充していく。見てよ、中心部にある五階建ての建物と周辺にはヴェルニと従う王国騎士達が住んでいるんだよ」


 メアが指差した場所は、明らかにこことは違う豪華な白い建物が建設されていた。

 天と地との下がる都市サレアの現状に憤りを感じていると、ステラとリルが変えないとダメねと口を揃えて発している。


「これがあの羨望の眼差しで見られていた都市サレアなの……」

「私が聞いていたのとかなり違いますね。圧政を敷いて、駐在している王国騎士と共に豪遊をしていると聞いていましたが、まさかこれほどとは」


 リルは何かを知っているようだが、すぐには話す気配はない。

 ステラはこれからどうするかメアと作戦を話しているようだが、その様子をノアは見ているしかない。何もできず、考えられない自身に苛立つ。


「メアから聞いたけど、お母さんはあの白い建物にいるらしいわ」

「うん、ヴェルニに囚われているの。ルナお姉様もあそこにいるはずよ」

「でもどうやって行くんだ? 正面から入っても捕まるだけだぞ?」


 ノアの言葉を聞いたメアが、人差し指を立たせて左右に揺らしている。

 その行動に、ノアを含めた三人に多大なストレスがかかる。そのことに気がついていないメアはあっちを見てと指差した。


「ここは今はスラムみたいになってるけど、昔は違ったんだよ。商店が連なる活気ある地域だったんだ。だけどヴェルニに潰されたの」

「どうして潰したの?」

「自分の息がかかっている商店を優遇して、売上の一部をもらうためよ。職を追われた人達は脱出しようとしたけど、都市サレアの現状を知られたら困るから殺したの。それでこの地域はスラムみたいになっちゃったんだ。あ、あの家に協力者がいるよ」


 歩きながらこの地域が荒れている理由を教えてくれた。

 時折声が震えていたのは、残虐な現場を見て来たからだろうか。それほどにヴェルニは残虐で圧政を敷く悪ということが分かる。


「協力者ってどんな人なの?」

「う~ん。それはね、見た方が早いかな」


 明言をしないのが不安だ。

 この都市サレアで信頼ができる人がいるのだろうか。

 絶対にいないと思うのだが、その中で信頼できる人を見つけたというのは、やはり母親を助けたい一心だとノアは必死さを隠しながらも突き進むメアを感心していた。


「さ、この小屋の中にいるよ。見たらびっくりすると思うけど、びっくりしないでね。やっと協力してくれるようになったんだから」

「分かったわ! 驚かないようにするね!」


 本当に分かっているのか不安になる言葉を発し、ステラが扉を静かに開ける。

 すると質素な部屋の中央に茶色いマント羽織り、フードを被っている男性が小さくお辞儀をしてきた。

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