第10話 アシェラ村と都市サレア

 ルナを助ける作戦が決まり、三人は中間地点にあるアシェラ村を目指していた。

 そこは錆びれているとはいえ、ノアのいた村よりは栄えている。大罪人がおらず、王国騎士が一人駐在しているとステラが言っていたが、果たして本当かは行ってみなければ分からない。


「村から出て結構時間経ったんじゃないか?」


 汗を流しながらノアが隣を歩くステラに聞いていた。


「そうですね……ざっと二時間といった所でしょうか」

「まだ二時間!? もう五時間以上歩いた気がするんだけど!?」


 服に汗が染みて気持ち悪い。

 ステラとリルは涼しい顔をしてどうして歩いていられるのだろうか。何か秘密がありそうだが聞く気力すら湧かない。


「うぅ……歩くのもう嫌だ……休みたい……」

「馬鹿言っていないで歩いてください。ルナさんに会えなくてもいいのですか?」

「会いたいけど、歩く気力が……」


 ふらふらになりながら歩いていると、次第にコンクリートで作られている建物が見えてきた。


「あ、あれは……」

「そうです! あれがアシェラ村です! やっと到着しましたよ!」


 背中を叩かれつつ喜ぶリルの声が耳に入る。

 涼しい顔をしていたようだがノアと同じく辛かったようだ。ステラが飲み物を買ってくると言って先に入ろうとするが、それをリルが止めて一緒に行くと言っている。


「お一人じゃ危険です! 私も一緒に行きますから!」

「いいわよー! 一人でできるもん!」


 時折忘れてしまいそうになってしまうが、庶民のような振る舞いをしている第三王女様だ。通常であるのならこのように触れ合えることすらありえない立場の人だが、こうして一緒にいる。


「さっきまでとは大違いだ。年相応の反応っていうのかな」


 一人で微笑しながら村の中に入ると、そこは普通としか言えないような村だった。

 笑う人、労働をする人、警備をする人と様々な人が歩いている姿が目に入る。これほどまでに外の世界は自身のいた世界とは違うのかと圧倒されるノアだが、先に村に入ったステラ達を探さなければならならない。


「ステラ―! リルー! どこだー!」


 村を歩きながら名前を呼んでいると、背後からノア君と呼ぶ声が聞こえてきた。


「飲み物買ったよ! こっちあげるね!」

「あ、ありがとう。これは?」

「リンゴジュース! この地域じゃ珍しい飲み物だよ!」


 かなり元気になっている。

 浮き沈みが激しいなと思いつつ、ノアはリンゴジュースを飲み始めた。

 酸味が多いが疲れた身体によく染みる味だ。一気に飲み干して側にあるごみ箱に捨てると、遅れてリルが飲み物を持って走ってくる姿が見えてきた。


「姫様買うの早いですよー!」

「リルさんやっと来た! 遅いよー!」


 肩で息をしているリラはノア同様に一気に飲み干してしまった。

 もっと味わいたかったと言っているが、喉が渇いていたのだろうから仕方ない。また買えばいいだろうとノアは思いつつ、村を抜けるのかとステラに聞くことにした。


「それで、このままアシェラ村を抜ける?」

「そうね、抜けましょう。都市サレアに入って、妹に会いましょう」


 何度か頷いているステラだが、ノアは妹の名前を聞いていないことに気が付いた。

 名前を出さないと言うことは聞いてはいけないと思うが、名前が分からないといざという時に動けない。眉間に皺を寄せて考えつつ、意を決して聞くことにした。


「気になってたんだけどさ、妹さんの名前ってなに?」

「あ、言ってなかったね。メアっていうのごめんね」

「謝らなくていいよ。教えてくれてありがとう」


 メアというらしい。

 都市サレアに入った際に聞き込みをして、辿り着かなければならない。一秒でも早くルナを開放して、五年前のことを謝りたい。


「ルナに会って謝らないとな。そのためにメアさんに早く会わないと」


 都市サレアに繋がる道を歩いていると、突然服の裾を引っ張られた。

 またステラかと思い横を見ると、そこには黒いマントを頭から被っている怪しい人が立っていた。マントの上から見た限り線が細い女性だ。


「今メアって言った?」

「い、言ったけど君は誰なの?」


 綺麗な高い声をしている。顔が見えないが、身長や声を聞いて年下のようだ。

 しかしなぜノアの裾を引いて話しかけてきたのだろうか。メアという名前を発したから話しかけてきたのか、それかヴェルニの関係者か。


「こっちに来て。誰かに聞かれたらまずいわ」

「えっちょ、ちょっと待ってよ!」


 強引に引っ張られる形で路地裏に連れて行かれてしまった。


「ここで少し待って。ステラちゃんとリルがまだいるわ」

「二人を知っているって、もしかしてメアか?」


 ノアの言葉を聞くと少女はマントを脱ぐと、琥珀色の目が印象的な可愛らしい少女が現れた。その顔も相まって、腰まで伸びている空色の髪が引き立てられている。


「子供が現れて予想外だった?」

「いや、マントの上から細い身体が見えてたから分かってたぞ」


 言葉を言い終えた瞬間、平手打ちで頬を叩かれた。

 避けられる速度だったが、避けたら余計に叩かれるので素直に受けることにした。ヒリヒリと赤みを帯びて痛いが、叩いた本人は満足げな顔をしている。


「変態! 思っていても声に出しちゃダメだよ!」

「ご、ごめん」


 顔を指差されて怒られ、つい謝ってしまった。

 年齢はルナよりも低い十三歳程度だろうか。ステラが言うには目の前にいるメアがルナの洗脳を解く鍵らしい。


「それで君がノア君で合ってるんだよね?」

「年下に君って呼ばれるのは変な気分だけど、俺がノアだ」

「報告にあった通りだ! 本当に大罪人なんだね!」


 ノアが大罪人であることまで知っている。

 一体どこまで把握しているのか疑問だが、今はメアの話しを聞くことが先だ。


「それで、俺に何の用なんだ?」

「あ、話しが逸れてたね。えっとね、お母様を一緒に助けて欲しいの。私を逃がすためにヴェルニに逆らって投獄されちゃったの!」


 助けてと言われても義理がない。

 ルナを洗脳したのはメアなのに、なぜその母親を助けなければならないのか。

むしろ先にルナの洗脳を解くのが先決だ。でなければ受ける意味がない。


「先にルナの洗脳を解くのが先だ。もし助けても消えられたら困るからな」

「そんなことしない! ちゃんとお母様を助けたらルナちゃんの洗脳を解くわ! 信じるのは難しいだろうけど、信じてほしい!」


 情に訴えかけられても困る。

 メアのことなどどうでもいい。ただルナを助けたいだけだが、ステラの妹であることが問題だ。もし助けることを拒んだら、ステラに何を言われるか分からない。ここは母親を救って貸しを作った方がいいだろう。


「分かった、信じるよ。俺は何をしたらいいかな?」

「ありがとう! そう言ってくれると思った!」


 やったと言いながら軽くジャンプをして喜んでいる。

 メアは嬉しいだろうがノアにとっては複雑だ。ルナを洗脳した張本人が目の前にいるのに、何も出来ずに協力をする形になってしまっている。力づくで解かせてもいいが、ここに肝心のルナがいないので意味がない。従う他ない状況だ。


「じゃ一緒に来て。アシェラ村の地下から都市サレアに行けるから」

「繋がってるの?」

「そうだよ。ヴェルニが逃げられる通路が無数に作られてるの。その一つの古い通路がこのアシェラ村にあるの」


 ヴェルニってやつは相当な臆病なのだろうとノアは考えていた。

 逃げる通路ばかり作り、いつでも逃げられることは厄介だ。追い詰めた際に逃げられたら面倒になる。逃げられる前に討ち取りたい。


「とりあえず行こう。早く救い出してルナの洗脳を解いてくれ」

「うん。私もお母様を救いたいからね」

「なら行こう。一秒でも早く救わないと」


 歩き始めたメアの後ろを歩くと、背後からノアの名前を呼ぶ声が聞こえた。

 ドキッと心臓を高鳴らせ背後を振り向くと、そこには頬を膨らませているステラと鬼の形相をしているリルが立っていたのである。

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