平和を望む戦王女と、彼女が招く世界の終焉
青峰輝楽
プロローグ
今はもうない大地の遙か彼方に高い空を、一頭の飛竜が駆ける。今はもうない大地……今はもうない世界。
アルディクは吹き荒ぶ寒風から顔面を守りつつも視界はただひたすらに前方に据え、愛騎が行く末を違えぬよう、しかと右手で手綱を握っていた。飛竜将軍と呼ばれたこの男はまだ若者に見えたが、既にその生命力を限界まで振り絞って闘い続けた為に、黒髪には数本の白いものが混じっている。顔立ちは雄々しく整っていたが、癒やせぬ疲れの為に頬はげっそりと痩けていた。それでも、片手で飛竜を操るという芸当をまだやってのけるだけの体力は残っている……残していた。左腕に抱く大切なものを護る為に。
厚手の毛皮のマントにすっぽりと覆われたそのひとは、ぐったりとアルディクに身を預け、ぴくりとも動かない。寒風に雪が混じり始め、毛皮も防ぎきれない寒気がそのひとの体温を少しずつ奪ってゆく。アルディクは前を見たまま、左手でそのひとの頬をこすった。こびりついた血が凍りかけている。
アルディクは非情に愛騎に拍車をかけ、「急げ!」と怒鳴った。愛騎もまたあちこちに傷を受けているが、あるじの命令に絶対服従するこの生き物は、何の不平の唸りも洩らさずに、ひたすら飛び続けた。
大地は、もうない。もしも飛竜が力尽きたら、自分たちはどこまで堕ちるのだろうか。
「いや、辿り着くんだ。どんなに罪深くても、俺は、約束したんだから……」
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