糸雨の亡霊

「あなた、どちら様?」

「覚えてないのか」

「濡れるから、入ったら」

「助かる」


 その少女は細い細い雨に打たれながら、玄関先で酷くしょぼくれていた。


「その耳に……尻尾に……あなたって、狐?」


み「先週末、閉店間際に買ってもらったスーパーのいなり寿司です」

空「そういうのありなの?」


み「本音をいうなら、みこだってもっと立派な感じで生まれたかったさ。でも、近頃は誰も信仰心なんて持っていなくから、贅沢いってられないんだ」

空「別に、いなり寿司に神様を見いだしたりしてないんだけど」

み「みこを見つけたとき、神様って強く思っただろ?」

空「食べたい商品がラスイチで残ってたら……いやだから、あなたたちってそんなインスタントな生まれ方でいいの?」


み「思いの力は、強いんだ。『こうなったらいいな』『こうなりたい』『こうあってほしい』。人が思うことはすべて、現実になる。思いが集まって、みこたちが生まれる。強い思いなら、たとえ一つだって」

空「そんなに強く思ったはずは」

み「それか、お前」

空「空よ、いなり寿司ちゃん」

み「みこだ。空は、霊感があるだろ?」


空「……生まれてこの方、はじめて言われたけど」

み「じゃあ、近くに持っている人や場所がいて、影響されたとか」

空「人とか場所……」


 心当たりは、あそこしかない。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


み「全然人気が出ない」

あ「みーちゃん、こんなに可愛いのに不思議ですねえ」

空「巷じゃ、超高画質リアル系バーチャル妖狐って言われているから」

あ「偽物だと思われてるんですね」

み「無加工なのに……」


 あかりに耳と尻尾をいいように弄ばれながら、みこはいつぞやのようにしょぼくれている。


あ「そんなに人気を集めて、どうするんです?」

み「思いを集めるんだ。そして、もっとちゃんとした存在になる。今は、空から離れられないからな」

あ「そんな設定だったんですね」

み「設定いうな」


 古ぼけた映画館のロビーに置かれた、これまたボロボロな長椅子に座ってじゃれ合う2人を見ながら、深く煙草の煙を吸う。外は相も変わらずの糸雨で、あたりは散らかっていて、煙草は美味しくて。


空「まあ……別に今のままでもいいんじゃない?」

あ「えっ」

み「おっ」

空「なに?」


あ「これはデレ判定ですね」

み「クーデレだ。空が出演した回だけ再生数多いんだよ」

空「聞こえてるわよ、そこの2人」

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