霧雨の記憶

「びしょ濡れですよ」

「……傘、これくらいの雨なら、なくてもいいから」

「いやぁ、霧雨も馬鹿にはなりませんからね。中で乾かしてきます?もうね、乾燥しかないくらいですからね、うちは」

「……ここは?」



あ「見えないでしょうけど、映画館なんですよ」

空「見えないわね」

あ「随分前に潰れちゃったんで」



あ「お爺ちゃんが死んじゃって、引き取り手が誰もいないなら取り壊すって話になったんです」

空「それであなたが?」

あ「まあ、ご遺族からは『部外者がしゃしゃり出てくるな』って怒鳴られましたが」

空「部外者?」

あ「あ、私お爺ちゃんとは血がつながってなくてですね。生前のときの、知り合い? でも遺言書にはちゃんと名前書かれてたんですから! お爺ちゃんは約束守ってくれたんですねぇ」


空「それから、ずっとここに……あなた、いくつなの?」

あ「最後に数えたときは17歳でした」

空「学校は?」

あ「中学校から行ってないですね……あ、お姉さんも説教するつもりですか? なんですか? 学校よりたくさんのことを、映画は教えてくれますよ。おもにギャングに捕まった時の逆転方法とか」

空「インテリよりはフィジカルの問題じゃない?」

あ「私は髪の毛があるせいかなって思って」

空「禿げたら強くなるわけじゃないからね」



空「別に、叱ったりしないわ。私だってそうね、できればここに住みたいくらい……ちょっと埃っぽいみたいだけど」

あ「乾燥なら売るほどあるって言ったじゃないですか。あとはそうですね、王様の耳はロバの耳です」

空「誰にも聞こえないって?」

あ「ここには誰もいませんから。誰も」

空「そう、ね……雨に濡れちゃったくらいで、自分の全てが否定されてるみたいに思うほどだったの」

あ「唄えばよかったじゃないですか」

空「茶々入れるなら黙っててもらえる?」


タタタン


空「タップダンスも禁止」

あ「もうネタがない……」

空「脱獄するとかもある」

あ「あー、空に!」


空「……もう話す気分じゃなくなった」

あ「解決ってことですかね?」

空「まぁ、いっか」

あ「あっ、それ」

空「これ? あなた未成年でしょ?」

あ「いやー、大丈夫なんじゃないですかね。最後に数えたの、だいぶ前なんで」

空「私、捕まりまくないんだけど」

あ「こんなところ、誰も気にしませんよ……お姉さんくらいです」


空「たまにはルール破りもいっか」

あ「やった! 私夢だったんです、誰かとお話ししながら煙草吸うの。映画の人たちを見て、ずっと憧れで」

空「じゃあ、こんなのは?」

あ「えっ、わっ、ちょ……心の準備が」

空「大人への階段はしれっと登るものよ」

あ「ふぉぉぉぉ、シガーキスなんてエロい大人しかやらんと思ってまし−−ケホッ」

空「ほかにやりたいことないの?」

あ「そうですねぇ……映画館、行ってみたいです」

空「ここでしょ?」

あ「もっと綺麗なところです。人がたくさんいて、みんなが同じものを見て、一緒に感動している。映画が作品として完成する、その瞬間の場所です」

空「そうね……」


 その少女は初めての煙を上手に燻らせながら、埃っぽい天井を仰いでいた。


空「いつか、連れてってあげる」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「空さんってば……起きてくださいよ」


空「……」

あ「なんです? 人の顔まじまじと見て」

空「変わんないなって」

あ「おや、あかりの可愛さがですか?」

空「中身はだいぶ変質したか」

あ「言い方ひどくないですかね。それより、普通寝ますか?」

空「だって見たことあるし。EDで起こしてよ」

あ「オレンジレンジだけ聞こうったってそうは行きませんよ」

空「秒速と山崎まさよしみたいな関係じゃない」

あ「怒られてください。中村獅童にも怒られてください」

空「それよりこの前SEED観てきたんだけどさ」

あ「また浮気した!」

空「悔しかったら最新機種入れなさいよ。せめて座席のリクライニング直しなさいよ」

あ「うちは古き良きですねぇ」


 煙草に火をつけ、くどくど続けようとするあかりに煙を吹きかけた。


あ「はぁ!?なんのつもりですか!馬鹿にしてますか?人が怒って話しているときに!」

空「意味は……知らなくていいんじゃない?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る