終末の刻 Ex
古代人の侵攻。人類の存亡を懸けた戦いが始まってしまった。
「なんだ、この戦場は!?」
王国側を代表し、僅かな手勢で参じたオーズド伯は信じられないモノを目の当たりにする。
電磁波が飛び交いオーロラが輝く空で、無数のドローンが空を飛ぶ少女を追い回している。
大地は城よりも大きい星獣が埋め尽くし、鉄の蜘蛛が這い回る。緑色の猿まで駆け回っているのだから堪らない。
報告には聞いていたが、実際にこの目で見ても、現実感が伴わなかった。
地獄の光景としても、ここまで酷い絵画をオーズドは知らない。
果たして、味方だって負けてはいない。
そうかと思えば馬もなく車が動き、怪獣へ大砲を放っていた。
そこまではオーズドにも、まだ解る。
戦場の常識とは外れるが理解出来る。
エルフは魔法、車は帝国の新兵器、戦車。
解らないのは、魔獣までもが鉄の蜘蛛に噛み付いて攻撃している光景だ。人間と魔獣の共同戦線? いや、そんなハズはない。
「魔女、生きていたのか!」
死んだハズだ。
オーズドも吊られる所を確認している。しかし、こんな事が出来る人間が二人と居るはずがない。
或いは生き返ったのか? 我々は地獄に迷い込んだのではないか? そんな事までオーズドは考えてしまう。
その時、空を飛ぶ少女から無数の風の刃が撃ち下ろされた。
ぎゃりんと金属が切断される音が連続し、地上にはびこる鉄の蜘蛛をバラバラにしてしまう。
風の刃は鉄も、地面も、構わず引き裂いた。百にも届く魔法の全てがオーズドが知るどんな兵器よりも恐ろしい威力を秘めていた。
命中率もありえない、まさに百発百中。
いや、違う。一匹だけ、黒い蜘蛛だけは風の刃を躱していた。恐らくボスに違いない。
「まだ、アレが撃てるのか」
見上げれば、更に倍の刃が少女から放たれて、雨の様に大地へと降り注ぐ。
「これが、戦争なのか?」
一瞬で、まるきり地形が変わってしまった。更に驚くべきはその無数の風の刃をするすると黒い蜘蛛が躱していく光景。尋常では無い機動力。
しかし、それでも取り囲まれて、躱しようがない一撃が黒い蜘蛛に迫る。
――ギィィィン
しかし、黒い蜘蛛は風の刃を弾いてみせた。銀色の蜘蛛と明らかに作りが違う。硬さが違う。騎士が束になって斬り掛かっても、傷ひとつ付けられないに違いない。
正に超常の戦い。こんな戦場に我々の居場所などない。オーズドがそう悟った時だ。鉄の馬車から拡声の魔道具によるひび割れた声が響く。キィムラ子爵の声だった。
「すいませーん、黒い蜘蛛は味方です。攻撃は止めてくださーい!」
しばらくして、空に浮かぶ少女から返事が返る。
「そう言う事は先に言って下さーい!」
あの魔法に似つかわしくない、幼い声だった。
……気が抜ける。二重の意味で。
オーズドは息を吐き、鞍上にどっかりと尻をつく。
気が付けば鐙の上に立ち上がっていたのだ。
「これは、夢か? それとも地獄か?」
オーズドは神話の戦いに巻き込まれてしまったのだと、本気で思った。
――ドォォォン!
そこに戦車の主砲が響い。
巨大な怪獣が大地に崩れ落ちていく。
決して人間の立ち入れない戦場がそこにはあった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
日が沈み、夜が来た。
機械の軍隊は止まることなく押し寄せてくる。
電磁波で出来たオーロラの輝きは美しさよりも不気味さが勝った。
一日中戦い続けたセレナだが、体力も魔力も限界。今は装甲車でぐっすりと寝ている。
ユマ姫は絶対に妹を、セレナを失いたくなかった。しかし、戦況は微妙である。なにしろ星獣とマトモに戦えるのがセレナとネルネぐらいしか居ない。
人間の仕事と言えば、緑色の猿に囲まれないように露払いをするぐらい。
「戦況はどうなっています? なんだか押し込まれてません?」
ユマ姫は装甲車の窓を開け兵士に尋ねる。実際、戦場はズルズルと後退していた。
「敵の数が多すぎます」
「奴ら死に物狂いだ」
緑色の猿、通称ゴブリンは劣化した古代人の子孫。古代人達は彼らを容赦なく使い捨てにしていた。同じ人間だと認めてもいないのだ。
そして、彼らは人間よりもずっと弱い。騎士ならば何十匹と相手取れる程度の相手。
だが、死兵となったゴブリンに取り囲まれて、戦車が機動力を失えば、たちまち星獣に踏み潰される。
逃げながら戦うしかないのであった。
「一部の敵は大森林に向かっています」
「プラントって所に行かれたら終わりなんですよね?」
「何匹もの鉄の蜘蛛が既に抜けてしまいました」
「タナカ様は奴らを追って、単身大森林に!」
「えぇ?」
無茶である。
蜘蛛の機械だって、一体で何人もの騎士を殺せる怪物だ。
これは死んだな、とユマ姫は田中のご冥福を祈った。
しかし、人の心配をしてる場合ではない。
ユマ姫のいる本陣ですら、もはや盤石ではないからだ。
ネルネの砲撃は星獣を倒せるが、ソレは狙った所に当てられればこそ。
主砲の射程は1㎞ぐらい。高さが50mの星獣を相手に頭部に当てたいならば、実射程は500メートルがせいぜいとなる。逆に、近付かれ過ぎても仰角が取れず、狙った位置に当てられない。
更に言えば、帝国の戦車は正面の僅かな角度にしか大砲を発射出来ない。現代の戦車のようにぐるんと砲塔を一回転させるような機構を備えていない。
だから砲撃は運転する木村と、照準を合わせるネルネの共同作業。どちらかが操作に手間取れば、そのまま星獣に踏み潰されかねないのである。
だから囲まれないように少しずつ後退しつつ、牽制の砲撃も織り交ぜて、どうにか星獣を近寄らせないだけで精一杯。
神経のすり減る作業。もうネルネだって限界に近い。ネルネが倒れたら、疲労困憊のセレナを叩き起こしてでも戦って貰うしかないのであった。
ユマ姫は、無力な自分が悔しくなった。それは名もなき一般兵も一緒の思い。
「ユマ姫様、祈祷をお願いします」
「呪いと、祈りを!」
無茶な注文だ。
ユマ姫には、呪いの力なんて無いのだから。
「わかりました」
それでもユマ姫は頷いた。
日頃はすっかり飽きてウンザリしているお祈りも、今回ばかりはやってやろうと決意した。
少しでも士気があがって、皆が頑張ってくれるなら、効果が無いお祈りも、思わせぶりなお告げも、なんでもやろうと装甲車を降りる。
「星に、祈ります」
でも呪いの前に、まずは星に祈った。
地面に簡単な図を書いて、印を組んで祈るのだ。
これはエルフ伝統の儀式。ただの気休めだ。呪いでも、魔法でも、何でもない、星に願う伝統的なお祈りである。
「おお! これが呪いの儀式!」
「やつらめ、死に絶えるがいい!」
盛り上がる兵士に、ユマ姫は内心ため息をひとつ。
騙している様で気が引けるが、これは本当にただのお祈り。呪いみたいな攻撃的なモノでは無いのだ。
星に願うだけ、女の子が好きなおまじない。
ふと、ユマ姫が空を見上げると、オーロラに負けないぐらい星々が瞬いて見えた。空に吸い込まれそうなほど。
その中で、とりわけ強く輝く流れ星。
「わぁ!」
吉兆のサイン。
祈りの最中に流星が見つかれば、願いが叶うと言われている。
「神様、セレナを守って! それにネルネも、みんなも」
かつて無いほど、熱心に祈るユマ姫。
しかし、少女の純粋な願いとは裏腹に、周囲は物騒な盛り上がりを見せるのだった。
「星が落ちてくる! これが、呪い!」
「まさか、星を殺すなんて」
流星を指して、星を殺したとは笑ってしまう。
前にも似たような事があった、天を殺して雨を降らせたと、今もユマ姫には雨乞いの要望がひっきりなしに入っている。
なんと言うか、人間はいつも風情がないなとユマ姫は呆れてしまう。こう言う時はただ静かに星に願うべき。
目を瞑り、胸の中で何度も願いを復唱する。
気が付けば周囲の喧噪は消え去り、願いを呟く自分の声だけが聞こえてくる。
こんなにも祈りに没頭したことは今までなかった。これは、本当に願いが神に通じたのではなかろうか?
ユマ姫は、そっと目を開ける。
「え?」
目の前の流星が、あまりにも大きい。
流れ星は何度も見たユマ姫だが、こんなのは見たことがない。これではもう、吉兆どころの騒ぎじゃない。
「なにこれ?」
どう言う事か? 訊ねようと振り向いて、周りに誰も居ない事に気が付いた。
「な、なんで?」
皆、もうとっくに避難していた。
誰もユマ姫の呪いの儀式を止める事が出来なかった。
降り注ぐ流星が、星獣へ向けて落ちてゆく。
いま巨大な火の玉となって、地面へと落下する。
着弾の瞬間、耳が痛いほどの静寂が、訪れた。
星獣の肉体が沸騰し、土砂を巻き上げ、衝撃波が津波となって迫ってくる。
もはや逃げようもなく、見上げるユマ姫の顔は引き攣っていた。
「なんでぇー!」
僅かに遅れ、戦車砲より、何倍も大きい轟音が静寂を吹き飛ばし、ユマ姫の悲鳴を掻き消した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
惑星ザイアは地磁気に守られておらず、大気圏も薄いため隕石は大量に飛来する。
ただし、人間が生きる場所は健康値の膜に守られて、大気も濃く、隕石が降り注ぐ事は滅多にない。
しかし、前周のユマ姫には星獣討伐と、ロンカ要塞で、二度も隕石が飛来している。
それは、ユマ姫を殺す為、惑星ザイア自身が隕石を望んだからだ。
健康値の膜が機能しなかった。
今回は、どうか?
健康値の膜は、隕石だけでなく、魔道具も停止させてしまう。
だからこそ、長年、古代人はこちら側の世界に干渉出来ずに居たのだ。
しかし、古代人は諦めない。
巨大戦車ラーガイン。かの兵器と同じ轍は踏まないと、健康値の膜に穴を開ける方法を開発していた。そうして、ドローンや蜘蛛の機械を持ち込んだ。
その隙間から、するりと流星が飛び込んでしまったのである。
だからこの隕石は、あの時とは違う。
惑星ザイアが呼び寄せたモノではない。
本当の『偶然』によって、もたらされた。
果たしてソレは『偶然』なのか?
はたまた呪いか?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日。
すっかり景色が変わってしまった戦場を朝日が照らし出している。
辺り一面が掘り返された土砂で真っ黒に染まり、死の大地と化していた。
「あーもう、なんで置いて行っちゃうかなー」
一人の少女が掘り返された柔らかな黒土を踏みしめて駆ける。
「あの子、寂しがり屋だし、結構根に持つんですからね!」
「いえ、しかしこれは、そう言う問題では……」
ネルネ、後に続くのは木村だ。
見渡す限りの、黒い大地。
二人はユマ姫を探しに、全てが死に絶えた戦場に戻ってきた。
昨晩の隕石。二人は神の奇跡と喜んだ。
そして、敵の追撃が止んだのを確認するなり、疲れ果てた二人は仮眠をとってしまったのだ。
ユマ姫が置き去りになっているなど、夢にも思っていなかった。
朝起きて、一部始終を聞いて顔を蒼くしたのは言うまでもないだろう。
木村の目的はユマ姫の死体を探す事。
寂しがり屋とかそんな話では無いハズなのだ。
「ほら、このあたりですよ。あっ、ほら」
「ひっ」
それは、黒い大地から突き出た少女の右腕だった。間違いなくユマ姫のモノ。
その不気味さに、木村は腰が引けてしまった。
……実は、調停式でのユマ姫を見て以来、木村は少しユマ姫が苦手になっていた。ご機嫌伺いも減って、疎遠になっていた。
ユマ姫があまりにも常識をかけ離れた存在なのだと、ようやく気が付いてしまったからだ。
これは当たり前のこと、変わらず接することが出来る皇帝ミニエールの図太さがオカシイと言うしかない。
「もう、キィムラさん、早く引き上げて!」
「え? ですが……」
「別に手を握った位で何ともないですよ」
手を握る? 木村には意味がわからない。
いや、確かに、貴族のお嬢様の手を取って許されるのは、ダンスの時ぐらい。そう言う貞操観念の世界ではある。
しかし、断じてそう言うつもりで遠慮したのではない。
「あの……」
「早く! 拗ねると面倒ですよ!」
拗ねる? 死体が? 木村はネルネの言葉が恐ろしくて堪らないのだ。
「うーん、よーっと!」
「…………」
二人で引っ張ると、驚く程にあっさりとユマ姫は抜けた。姿は綺麗なまま、着衣の乱れすらない。
それが却って不気味であった。
「朝ですよ! 起きて」
あさ?
そんな馬鹿な。
息を飲む木村の前で、いよいよネルネはユマ姫の頬を引っ張った。
「んん、ネルネ? おはよう」
そして、ユマ姫は目を醒ます。
何事もなかったように。
……着衣の乱れどころではない。
良く見れば、衣服には泥染みすらない。
真っ黒な土に埋まって、真っ白なままなのである。
ユマ姫の服を手がける木村に言わせれば、そんな仕掛けは一切無い。
間近で見せつけられた奇蹟、木村は息を飲み、思考が止まった。
「あ、なんでキィムラさんが居るんですか? 寝起きを見ないで下さい!」
寝起きがどうとか!
そんな次元の話では無いハズなのだ!!
ここは……
あらゆる生物が死滅した荒野なのだから。
「ソレよりも、周りを見て下さい! ユマ様」
ネルネが注意する。
そうだ、辺り一面が真っ黒な大地。
これは一体どうした事か?
どうやって生き残ったのか?
ソレが重要だ。
しかし、ユマ姫は何が起きたか覚えてはいなかった。
「え? なにこれ! どこですかココ!」
「だからぁ! 昨日と同じ場所ですよ、隕石が落ちたんです!」
「あ! そうだ! でも、なんで?」
「もう! ユマ様! 隕石を落とすなら、そう言って下さいよ。迷惑です」
「知りませんよこんなの!」
「ほんとうですかー?」
ネルネはユマ姫のほっぺたをツンツンと突っつくものだから、ユマ姫はみるみる不機嫌になった。
「こんな事が出来るなら、初めから帝国軍に向けて隕石を落としてますよ!」
それはそうだ。
だからこそ木村には解らない。
そして、ネルネにだって解らないのだ。
「でも、タイミング良く隕石なんて、それこそ呪いみたいじゃないですか。言っておきますけど、これは私じゃないですからね!」
「だからって、何ですか、ネルネまで人を化け物みたいに! 許しませんよ!」
「そんな事言われましても、軍ではユマ姫の呪いがまたやった! って大盛り上がりですけど?」
「そ、そんな!」
ユマ姫は大変にショックを受けている。
木村としては、隕石以上に、どうして無事なのかが気になって仕方がないのだが。
呆然と立ち尽くす木村を、ユマ姫は睨んだ。
「まさか! キィムラさんまで、私がやったって思ってるんですか?」
「い、いえ……」
言葉に詰まってしまう。
もう、絶対に違うと言い切れない。
なにがうそで、なにがほんとうなのか。
なにもかも、わからない。
「頭がおかしいんじゃないですか? こんなの出来る訳ないでしょうが! 全く、どうかしてますよ」
どうかしてるのは、一体誰か?
頭を抱える木村をよそに、もう一人の非常識が空を飛んで駆けつけた。
「お姉ちゃん! 大丈夫!?」
「せ、セレナぁ!」
愛しの妹、セレナである。
さっきまでプリプリと怒っていたユマ姫の顔は、へにゃりと崩れた。
「大丈夫です、この通り」
「……姉様、わたし心配してしまいました」
「セレナ! セレナだけですよ私を心配してくれるのは」
ユマ姫は感激に妹を抱きしめる。
……しかし、『お姉ちゃん』を『姉様』と言い直したのは何でだろう?
すこし引っ掛かった。
どうにも他人行儀であるが、知らない大人、キィムラ子爵を前にお行儀良くしてるのだと理解した。
なるほど、セレナだって成長している。
やっぱり妹は賢くて可愛いのだと嬉しくなった。
「私は大丈夫です、なんともありません。セレナこそ、あれだけ魔法を使って大丈夫なんですか?」
「うん、でも、そんな事より、姉様が凄いです」
「凄いですか?」
何が? とユマ姫は首を傾げる。
まさか、と嫌な予感はした。
「だって、隕石を落とすなんて凄すぎます! 最強です! 私よりも、ずっと!」
「…………」
セレナは目をキラキラと輝かせ、姉を見上げた。
それは、ユマ姫が初めて味わう、妹からの尊敬の眼差しだったのだ。
一瞬、ユマ姫は言葉に詰まった。妹が変な影響を受けたとか、良い子だから騙され易いんだな、とか、一瞬で色々な思いが脳裏を過ぎる。
ここは、妹の将来のためにもハッキリ訂正するべきだ。
変なスピリチュアルなヤツにハマってしまうと大変な事になる。
「…………」
しかし、セレナはキラキラと輝く瞳でユマ姫を見ているのだ。
愛する妹を、セレナを失望させたくない思いと、凄いお姉ちゃんで居たい気持ちが勝ってしまった。
ユマ姫は今日だけは万能感を味わいたかった。
普段なら決してそんな事はしなかっただろうが、昨夜に感じた、途方もない無力感がそうさせた。
妹の肩をとると、言い含めるようにゆっくりと口にする。
「セレナ、でもこれだけは覚えておいて。これは、便利に使える力ではありません。時と場所、大気に溶けた魔力と、精霊のお導き、それらが噛み合った時にだけ神に許された行為なのです」
……なんだか適当に、それっぽい事を言い始めた。
同時に、二度と出来ないと仄めかすのも忘れない。
悪い事に、ユマ姫は最近すっかり癖になっていたのだ。
思わせぶりな言葉で、呪いを信じる人々を煙に巻く言葉の紡ぎ方。
セレナはすっかり信じてウンウンと頷いて、ますます輝く尊敬の眼差しを強くする。
ちょっとマズいなと冷静になったユマ姫は、もうこれっきりだと念を押す。
「セレナ、この力は人間に扱えるモノではありません。決して調子にのってはダメ。軽々しく口にするのもいけません。途端にしっぺ返しにあいますよ」
「そうだよね」
だけど、セレナはずっと前からユマ姫を尊敬していた。
セレナは誰よりもユマ姫の異常性を知っているから。
まして第一声に「大丈夫、この通り」と綺麗なままの衣服まで見せられれば、セレナすら、あまりの奇蹟に目眩すら感じてしまう。
そして、ユマ姫が適当に紡いだ言葉は、大筋で真実だった。
これは確かに、時と場所を選ばなければ決してあり得ない。とてつもない『偶然』が味方して初めて起こる奇跡である。
そして、ミソなのは、自分がやっただなんて、ユマ姫はひと言だって言っていない。胡散臭い言い回しは手慣れたモノだ。
唯一の問題としては、ネルネが胡散臭そうな目でユマ姫を睨んでいる事ぐらい。
「キィムラさん、人間が隕石を落とせるなんて信じる方が頭がおかしい、とまで言われてませんでした?」
「今まさに、頭がおかしくなりそうではありますねぇ」
「私もです!」
ブーイングがうるさい二人を横目に見ながら、もちろんユマ姫は華麗にスルー。
そんな漫才をしていれば、後続の軍隊も追いついた。
「これは! まさかご無事とは!」
「我々は、自らを犠牲に隕石を呼んだのだとばかり」
全く無傷なユマ姫を見て、祈祷を願った兵士達ですら腰が抜けている。
神を拝むような姿勢で頭を垂れる。
ソレを見て、もうすっかりユマ姫は
染みひとつない真っ白な衣装で、取り出した扇子で優雅に口元を隠して兵士達を一瞥する。
「わたくしの隕石で、わたくしが怪我をするとでも?」
見くびってくれるなよと言わんばかりの態度、加えてもうハッキリと、わたくしの隕石とか言い始めている。
これには兵士達だって「滅相も御座いません」と恐縮するしかない。
その様子に、ネルネは益々、ユマ姫への目つきを険しくする。
「あの人さっき、決して調子に乗るなとか言ってませんでした?」
「軽々しく口にするなとも言ってましたよね?」
「良い言葉ですよね!」
ネルネに木村、それにセレナまで無自覚にユマ姫を煽るのだった。
「ユマ殿、無事だったか!」
「ミニエールさん」
そこに、白馬に跨がる新米皇帝も合流した。
「それにしても、無傷とは恐れ入る。まさか、汚れてもいないのか。不思議だな」
「そうですか?」
とぼけるユマ姫の後ろでは、大きく頷く木村の姿。
それは、この場の誰もが気にしていながら、言い出せない言葉であったからだ。
ここにいる全員、誰も彼も、昨日からの戦闘で疲れ果て、土埃に塗れている。そんな中、浮き上がるようにユマ姫だけが輝く姿を保っているのだ。これで気にならない方がおかしい。
「私、ずっと装甲車に居ましたから」
「昨夜はどうした? ココで祈っていたのだろう?」
「あんまり覚えてませんが、そう言えば私、昔からグッって気合いを入れると汚れないんですよね」
「そうか、便利だな。私も是非習得したいところだ」
そう言うミニエールは確かに汚れの目立つ姿であった。ユマ姫が羨ましくて仕方が無い。
しかし、馬上のミニエールを見上げたユマ姫の思いは違う。
「確かに、汚れています、けど……」
馬上のミニエールは全身、泥とゴブリンの返り血。顔には少しだけ擦過傷。それら激しい戦闘の痕跡は、ミニエールの凜々しい美しさを際立たせるばかりだ。
この間まで一緒にだらけていた姿が嘘のよう。
凜々しくて、格好いい。
なによりユマ姫と違いメリハリのある体を馬上に晒している。
お互いに、羨ましいなと見つめあう。
なんだこの二人は……。
謎が解けるどころか深まってしまった。意味が解らずに、木村は項垂れてしまう。
ユマ姫は、そんな周囲に気を配らない。ミニエールに気合いの入れ方を伝授しだした。
「やってみます? こう力を入れるんですグって」
「こうか?」
二人して並び、中腰になって力を入れる。無論、ミニエールに変化はない。
ただ中腰になっただけ。
その頭上に死が通過した。
ビィィンと、金属が弾ける様な音がした。
「ぎゃぁあ!」
誰かの悲鳴に振り向けば、人間が生きたまま燃えていた。先ほどユマ姫に声をかけた、帝国軍の兵士であった。
「え?」
ユマ姫は、いや、その場の全員が何が起こったのか解らない。
解ったのは凄まじい地響きで大地が揺れ始めてからだった。
「星獣! 生きていたのか」
グズグズに溶けた星獣が三匹、地面から這い出して来た。
黒い土の山だと思ったソレは、死に掛けた星獣の体だったのだ。
彼らは口から熱線を放つ、超高温の体内から、熱や血を吐き出している。これは寿命を削る星獣としても使いたくない攻撃方法である。
しかし、死に掛けた今、もう星獣は後先を考えない。体が冷えるのも構わず、邪魔な泥をも剥ぎ取って、目の前の人間を殺す気でいた。
「た、退避!」
愛馬サファイアに跨がって、ミニエールが全軍に号令する。
いや、しようとした。
愛馬にそっぽを向かれたのだ。
サファイアに拒否された。こんな事は初めて。
「なんだ? 言う事を聞け!」
ここに来て、サファイアはミニエールの言う事を聞かない。
決して背に乗せようとしないのだ。その代わり、一人の人間を背に乗せる。
「ええ?」
ユマ姫だ。サファイアはユマ姫の襟に噛み付いて、器用に背中に乗せた。
すると一目散に全速力で駆け出したのだ。
……主人であるミニエールを置き去りに。
これは一体?
止めようと伸ばしたミニエールの手、その僅か先を熱線が貫いた。
「なっ??」
思わず手を引っ込めた目の前で、二匹目の星獣から再びの熱線。狂った様に走るサファイアに掠って、真っ白なしっぽに火が着いた。
ここでミニエールにも、ようやく解った。
狙われているのはユマ姫だ。
ココに来て、星獣も遅ればせながら気が付いた。この少女こそ本当に殺さなくてはならない存在だと。
星獣の狙いを白馬サファイアはいち早く察し、だからこそ、ユマ姫を背に乗せて、全速力で駆けていく。
だからといって、サファイアはユマ姫が大切なのではない。むしろ、ミニエールと距離を離したら、さっさとユマ姫を落馬させるつもりだった。
悪いとは思っているが、ミニエールを守る為。
サファイアにユマ姫と心中するつもりはない。
「わわっ! 何するんですか!」
しかし、ユマ姫は落馬しない。
服のリボンがたてがみに絡まってしまった。
それに、ユマ姫だって落馬などしたくないのだから、必死に手綱を握って耐えた。
星獣がグングンとサファイアに迫る。その速度は昨日までのソレではない。
命を捨てて軽量化、小型になるごとに星獣は速度を上げた。
ひたすら逃げる一人と一匹、逃げ込むべき場所は限られていた。
見晴らしが悪く、道が狭い、大森林へと飛び込んだ。
「追撃だ! ユマ姫を救出する!」
それを見て、一転してミニエールは星獣への追撃を決意する。
ユマ姫が大切なのは勿論だが、彼らが向かった先にプラントがあるからだ。
そうして、ユマ姫を先頭に、星獣、そして帝国軍。もちろんエルフ達も巻き込んで、世界の命運を懸けた追いかけっこが始まってしまった。
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