全ての始まりへ

 いやー参ったね。

 神のヤツがさぁ、あ、アイツ俺のマブダチね。アイツどうしても決着は俺にって聞かないんだもん。

 流石にお疲れなんだけど、ああも頼まれちゃうと断れないよね~


 ……


 …………


 ………………まぁ嘘だ。


 でも、半分ぐらいは嘘じゃない。

 神は『偶然』の正体を見破った俺に大変に感謝した。

 初めて会話した時とはまるで別神。

 ジャンピング土下座したうえでチート魔法をオマケに異世界転生させてくれそうな位に腰が低かった。


 それもそのはず、俺は神が見つけられなかった『偶然』の原因を突き止めたのだから。


 神は俺に様々な提案をしてくれた。

 上手く行けば地球の未来予知が100%に至り、俺を高橋敬一として地球に復活させられる目まであると言う。


 でも、そんな事より、俺はこの世界の行く末が気になった。


 みんな滅びてしまえと思っていた世界。惑星ザイア。

 星が丸ごと俺の敵だった世界だ。

 そんな世界の人々全てが、今では妙に愛おしい。


 俺は終始、この世界でいじけて生きていた。

 チート能力も無く、不健康だった幼少期。

 家族を殺されて、世界を『偶然』に巻き込もうとした少女時代。


 世界の全てが、自分の敵だと思っていた。


 だけど、違った。

 世界が俺の敵だった。


 黒峰さんや、皇帝、カディナール王子。俺は敵対した多くの人間を殺してきた。


 そんな彼らだって、ただ自分の目的に生きていただけ。不快なだけの悪役なんて、あの世界のドコにも居なかった。


 でも、俺が死んでプラントが爆発して、魔力が吹き上がった世界では、きっと誰も生きてはいられない。

 それでどうするのかと尋ねれば、逆に神は俺に聞いて来た。


 「決着を付けたいか?」と。


 答えはYesだ。

 どんな結末になろうとも、最後まで俺がやらなきゃ話にならない。


 でも、どうやって?


 惑星ザイア。

 知的生命体を養殖するプラントとしての生み出された惑星ザイアが、仕事を放棄するキッカケは何だったのか?


 完全に制御された世界で時間を遡って答えを探せば、きっかけはやはりプラントだった。

 古代人が作った魔力を吸い出すプラント。いや神の仕事に比べれば、プラントと言うのもおこがましい、ただ魔力を吸い出すストローに過ぎない不格好なソレ。

 惑星の中心にストローを突き刺した瞬間にこそ、ザイアがプラントとしての使命を外れ、勝手気ままに動き出すチャンスを作ってしまった。


 プラントとしての使命を、概念を、不格好なストローに肩代わりさせたのだ。


 ならば、神はその瞬間に干渉する。


 時間を巻き戻し、死にゆく天才科学者マーセル・マイドに真新しい魂をぶち込んで、蘇らせる。


 その計画を聞いた俺は、その使命に立候補した。

 だが、俺の魂は既にザイアのモノとなっている。

 だから、真新しい魂から、俺の意識を無理矢理繋げ、マーセル・マイドにダウンロードさせるのだ。


 無茶苦茶な荒技だ。だけど、それで良い。


 俺が始めて、俺が終わらせる。


 その為になら、どんな犠牲も払ってやる。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「まいったのぉ」


 老人となった俺は、痛む腰にめげていた。


「おじいちゃん、大丈夫?」

「大丈夫じゃ、それにわしはお爺ちゃんじゃなく、マーセル・マイドじゃよ」

「え? さっきタカハシって」

「それは、うなされて意味も無く口走っただけじゃ」


 口に出してしまえば、全てが夢だった気もしてしまう。今の俺には『参照権』もないのだから。

 覚醒した瞬間に押し込まれたぼんやりした記憶だけが、俺が高橋敬一だと言う自我の全てであった。

 こんな事で本当にザイアを止められるのだろうか?


「まぁ、なんとかなるかの」


 しかし、この体にはマーセル・マイドとしての知恵と知識が詰まっている。

 先の展開が見えているのなら、何をするべきかはスグに解った。


「それにしても、お嬢ちゃんには感謝じゃの」


 彼女が居たから、神が干渉し、俺を押し込む余地が生まれた。


「あ、私だって『お嬢ちゃん』なんて名前じゃないよ!」

「ほぅ、お嬢ちゃんの名前は何かの?」


 穏やかに尋ねれば、少女はエッヘンと胸を張る。


「私? 私はゼナ!」

「!?」


 そんな、まさか?


 いや、あり得るのか?

 この後、ザイアが暴走。通信は遮断され、プラントは閉ざされ、陸の孤島となってしまう。

 ゼナの両親が、可愛い娘をコールドスリープさせて、未来に望みを託したって不思議じゃない。

 残されたゼナは、たった一人、孤独に戦い続けるハメになる。


 だが、その未来も変わるのだ。

 プラントはもう孤立しない。ゼナは両親と脱出出来るハズだ。


 だけど、その場合、俺は? ユマ姫はどうなる?

 ゼナはもう、エリプス王と会う事も無い。ユマ姫も生まれない。それは本当に良いことなのか?


「ママ……」


 錯乱した俺は、目の前の幼女に口走ってしまった。

 コレには幼女ゼナも苦笑い。


「私、おじいちゃんのママじゃないよ!」

「あ、いや、ちょっと寝ボケておるのじゃ」


 俺は……何を言ってるんだ。

 俺の母だった本当のゼナにはアレだけ冷たく当たっておいて、幼女にはママと呼んでみせる。流石に特殊性癖が過ぎるだろう。


 ……俺だって、実の母ゼナに会ったら、言ってやりたい事が一杯あったのだ。なんで捨てたんだとか、それでも生んでくれてありがとうとか。

 だけど、実際に目の当たりにすれば、口をついたのは嫌味な文句だけ。


 ……怖かったから。

 本当はずっと心配していたとか、ずっと心残りだったとか、そんな事を白々しく言われたら、自分でも何をするか解らなかった。


 だから、余計にバケモノみたいにふるまったのか。今思えば、我ながら子供だ。


 今は老人だけどな。

 老人になったから、見えてくるモノもある、か。


 さて、そろそろだ。


 ――ビィィィィ! ビィィィィィ!


 耳に痛いアラーム。突如、施設の照明が消えた。

 瞬時に青い非常灯に切り替わり、地の底から腹に響く振動が突き上げてくる。


『緊急事態発生! 緊急事態発生! クラスB以上の職員は全員管制室に集合してください』


 機械音声でのアナウンスは、どの世界で聞いても不気味なモノだ。


「なに? なに? コレ!」

「大丈夫じゃよ、安心するがいい」


 へたり込む幼女ゼナを俺は優しく抱きしめた。

 混乱する幼女ゼナの手を取って、俺は管制室へと向かう。

 全てを終わらせるために。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 管制室に辿り着いた俺は、ゼナを研究者である両親に引き渡し、たったひとりプラントの最深部を目指した。


 決死隊。

 マーセル・マイドとなった俺が志願したのはソレだった。

 突如、臨界に達した爆発寸前のコアに、至近まで近づいて制御する。

 老い先短い老人にはピッタリな仕事と、他の研究者に一歩も譲らなかった。


 再びエレベーターに飛び乗って、プラント最深部へと向かう。

 先ほどユマ姫として乗ったばかり、ザイアに焼き尽くされたエレベーターだ。

 不思議なモンだ、俺の体感ではついさっき、実際は千年後の未来の話。


 そうして辿り着いた最深部。千年後は太陽みたいなザイアに溶かされて、岩肌を晒すだけだった空間に、今あったのは巨大なモニターと、無骨で小さな端末がたったひとつ。

 あの時とはまるで違った光景。設備はまだ生きている。


 俺はマーセル・マイドの記憶から、手慣れた仕草で端末を開く。見かけはゴツイノートパソコンだが、コイツがプラントを直接操れる唯一の端末だ。


「さてと」


 俺はプラントを最大出力で稼働、平たく言えば『暴走』させる。


 当たり前だろう? 全部神の言う通りにはしない。する訳が無い!

 プラントを止めた所で、エルフを奴隷にした古代人の世界が続くだけだ。

 そんな世界には、俺がさせない。


 プラントを暴走させれば、魔力は吸い出され続け、濃厚な魔力がゆるやかに古代人を滅ぼすだろう。

 人造人間であるエルフは逃げだし、新しい国を作る。古代人とエルフの間に新しい人類だって生まれるだろう。

 その上で、ザイアにプラントの存在を肩代わりさせない。深くを突き刺さず、永続的に魔力だけを大量に吸い出して、ザイアの意識を目覚めさせない。


 そうすれば惑星ザイアに自我は芽生えず。世界はエルフと人間の、安定した世界を築く。


 新しい世界は俺が作るんだ。その為に俺はココに居る。


 そのさじ加減だって、既に神の領域でシミュレーション済みだ。あらゆる可能性から最適な魔力の抽出量を探った。


「ヨシッ!」


 上手く行った。

 間もなく高濃度の魔力が吹き出して、俺が侵入にも使った非常用ダクトを通して外の世界にばらまかれる。

 魔力除去設備があるプラントの研究員は死なないが、外ではバタバタと人が死ぬだろう。


 もちろん、俺が真っ先に死ぬ。マーセル・マイドとして、本当に最後の命を燃やす。

 大丈夫だ。全てがシミュレーションの通り。コレでザイアは不活性になった。


「ふぅ……」


 革張りの椅子に背を預け、モニターの中のザイアに笑った。

 俺の勝ちだ。こんなに気持ちのよい勝利はいつ以来だ?


 全て、全てを終わらせた。


 満足感に包まれた俺は、元々のマーセル・マイドの持ち物、薬ケースをまさぐった。

 血圧を下げる薬、精神安定剤、そして睡眠薬。まとめて口に放り込む。

 たちまち意識がぼんやりし、夢と現が混じり合う。まったりとした気分に加え、徐々に気温も温かくなってきた。

 最大稼働したコアの灼熱が、いずれ全てを溶かしてくれる。

 布団に優しく包まったみたいだ。ゆっくりと意識が遠のいていく。


 ココが俺の冒険の終着点。




 ……なんて、しあわせな、しにかた。




 ……ドクン!


 その時、心臓が高鳴った。持病の心臓発作だ。

 気持ちよく逝けると思えば、そう上手くは行かないらしい。

 今更に強心剤を飲んでも悪酔いするだけだ。俺は心臓を押さえ、じっと痛みに耐える。


 ……いや、なんだ? この痛みは?


 胸を押さえる手が痛い。握り締めた手の中に、ある。

 俺は何も握ってない。俺は何も持ってきてない。


 なのに、俺の手の中に何かが、ある?


 ぶるぶると震える手を、ゆっくりと開いた。


「え?」


 手の中にあったのは、セレナのブローチ。


 なんで?


 じっと、手を見る。

 ブローチの縁を飾る金属が、手の平を刺していた。意味が解らない。

 クラリと酷い酩酊が襲う。


 そうか、幻覚だ。俺はココに来て薬で悪酔いし、幻覚を見ている。

 セレナの秘宝は田中がグリフォンから回収し、復活する俺の新しい核となった。

 それもコレも、今から千年も後の話。

 いま、ココに、あるはずが、ない……。


「すぅ、はぁ――」


 大きく息を吸って、吐く。

 ソレだけで、手の平のブローチは痛みだけを残して、消えた。


 やはり、幻。


 でも、なんで、セレナは?

 何かに呼ばれた気がして、俺は再びコンソールを開く。


 全て上手く行ったハズだ。コレで完璧な世界になるハズだ。

 だけど、この胸騒ぎはなんだ? セレナは俺に何を伝えようとしている?


 温度は上がり続けている。灼熱に焼かれながら、再び計器の数字を読んだ。


「なんで?」


 全部、元の数字に戻っていた。

 俺は、完璧に数字を調整して、計画通りの数値に合わせ。

 そして、『保存せず』、コンソールを閉じた。閉じてしまった。

 コレでは何も変わらない。ザイアは意識を取り戻し、最後には世界を滅ぼすだろう。


「酷いミス、コレが『偶然』? ザイアの力?」


 違う! 強く意識した人間の行動を変える程、『偶然』の力は強くない。

 コレはあくまで『俺』がやったのだ、俺自身が敢えて世界を滅ぼそうとしている。


「……どうしてこうなる?」


 俺は、俺が信じられない。

 自分の体が自由にならない。


 なんだ? バグか?


 違う!


 違うぞ!

 俺は? 俺が?

 違う! 俺じゃない。


 まさか?




 俺の中に、もうひとり、居る??




「お前、何者だ? 名前は、なんだ?」


 俺は、俺に、叫んだ。


 誰も居ない部屋、ヤク中のジジイがたった一人。

 誰かが見ていたら、気が触れたかと笑うだろう。


 だけど、返事がした。


「私の名前はユマ。ただそれだけのユマ」


 ハッとして、口を押さえる。

 喋った。俺が喋った。口が勝手に動いた。


 ユマ。


 かつての俺だ。

 だけど、コレは俺じゃない。


 直感的に、正体が解った。コレは俺が最初に殺したユマだ。


 俺が乗っ取った、本当のユマ姫だ。

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