聖女VS天使
「自らを天使と名乗るなど、余りにも不遜。彼らの存在は邪悪です」
俺は聖女派の前で、とんだマッチポンプに励んでいた。
もちろん少女シスターの聖女ウルフィア姿でだ。
シスターなんだから、天使を名乗る少女に怒り心頭なのも無理がない。
周囲もウンウンと頷いている。
「やはり、そうですか」
「ふてえ奴らだぜ」
「奴らは見世物みたいに人を殺す」
「隕石で全てを吹き飛ばす魔王ユマの所業は、罪そのもの!」
「殺した命は、食ってこそ許されると言うのに」
……ん? 最後のはなんかおかしくない?
良く見ると、ズラリ揃った聖女派の面々は、ずた袋を被って手に手に血塗れの包丁やノコギリを持っている。
……ナニコレ?
良く見れば、俺の後ろをちょこちょこと付いて来るあの幼女まで、ずた袋を被って血に塗れたナイフを掲げているんだけど?
幻覚かと必死に目をほぐしながら、恐る恐る尋ねる。
「あの? その格好は?」
「ああ、どうせ殺して食うなら、この方が手っ取り早い」
「新鮮なまま解体出来るしな!」
「コレを見ると、皆、逃げる、俺達、無駄な殺し、しないで済む!」
ダメだろコレ。
完全にホラー映画の住人だ。
目を揉みながら優しく尋ねる。
「あの、鏡はありませんか?」
「鏡ですか? ンな上品なモノはココにはありません」
だったら、お前ら、互いの姿を確認しろ!
それでどの面下げて聖女派を名乗ってるんだ。どう見てもホラー映画の『
ま、まぁ良いや。
俺は何も見なかった、良いね?
「とにかく、気をつけて下さい。天使派には絶対にコチラから手を出さない様に」
「何故です!」
「アイツら、好き放題やってやがるんだ」
いやいや、好き放題に人間を殺して喰ってるのはコッチだろ……、いや、まさか……お互い様なのか?
何にせよ、コッチの設定を押し付けるだけだ。
「天使と言うのは真っ赤な嘘でも、魔王の力は本物です。ユマに目を付けられたら私などあっと言う間に殺されてしまうでしょう」
「そんな! 馬鹿な!」
「無敵の聖女ウルフィアが? 冗談でしょう?」
「隕石でも死なないと言われて居るのに!」
いや、お前等の中で俺はどう言う存在になっているんだよ。
痛む頭を押さえながら、俺はなるべく厳かに宣言した。
「聖女たる私に、唯一対抗出来る存在、ソレこそが魔王ユマなのです」
だって俺だしな。
「そんな!」
「俺達、どうすれば?」
俺はコホンと咳をひとつ、勿体ぶって託宣を下す。
「魔王ユマを帝都におびき出します」
「それこそ、冗談でしょう?」
「俺たち、隕石でぺしゃんこになっちまう」
ザワめく彼らに、俺は一本指を立てる。
「ですが魔王を討つ方法が一つあります」
俺は立てた指先で、ついっと少女が持つナイフを指差す。
「人の身で城門を潜った時は、魔王と言えども少女の姿――ですから、殺せます」
「じゃあ、聖女サマがやるんです?」
「私は、魔王を人間の殻に押し込めるので精一杯。あなた達がやるのです」
「そんな!」
俺の芝居は絶好調だ。気が付けば皆が引き込まれていた。
「あなた達が魔王を殺す、それが憎しみの連鎖を断ち切る唯一の方法」
「わ、わかりました!」
勢い良く立ち上がる幼女だが、お願いだからきみは大人しくしていて欲しい。
「とにかく、それまで決して天使派に手を出さない様に。そうすれば、天使を名乗る以上、我らに手を出せません」
尤もらしい感じだが、きっと向こうも同じ事を言ってるだろう。
襲ってきた奴は殺して食おうってのがコッチの教義? だしな。
襲わなきゃ喰われない。そんなトコかな? お互い様だ。
だけど、彼らは納得しなかった。
「でもよぉ、奴らは聖女様を人食いの鬼が化けた姿だと言ってやがるんだ!」
「鬼が人間のフリをして、帝都の人間を夜な夜な食らってるとな」
「こちとら、好きで食ってるワケじゃねぇのに。俺たちも鬼の軍勢だとよ」
……鬼かぁ。俺の称号、物騒なのをコンプリートしてるよな。
俺は遠い目でぼんやりしながら、彼らをなだめに回るのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そうして、とうとう二つの勢力がぶつかる場面がやってくる。
俺は帝城の円錐屋根の天辺に舞い降りて、オペラグラスと集音の魔法で様子を窺う。
お互いに絶対に手を出すなと言い含めてあるが、一歩間違えば暴徒となる危険もある。そうなれば身を挺して止める必要があるだろう。
まず広場の真ん中で語り出したのは聖女派の面々だ。手を出せないので彼らは必死に口を出す。
「自ら天使を名乗る頭がおかしい女を信じる馬鹿共が!」
「罰があたるぞ!」
「その正体は魔王だろうが! 良く考えろ、獣の耳が生え、鳥のような羽で空を飛び、魔法を使う? そんなモン天使じゃねぇ。バケモンだ! どの面下げて天使と名乗る!」
止めろ!
お前ら! 止めてくれ!
その言葉は俺に効く!
対する天使派も負けていない。
「罪を抱えた者達よ、天はお前達を許しはしない」
「人間を喰らう聖女ウルフィアだと? 人を食うのは鬼ではないか!」
「人間に人間を食わせる。これ以上の悪徳があるか?」
お前等も止めるんだ!
その言葉も、俺に効く!
何だコレ? ただの俺への悪口合戦じゃねーか! いい加減にしろ!
何だか心底悲しくなって、屋根の上で蹲って一人で泣いていた。
しかし、事態は俺に容赦をしない。
「お前ら、これが天使ユマ様のお姿だ! 邪悪な者どもよ、ひれ伏すが良い!」
――ガラガラガラ。
車輪の音を響かせながら、転がり出でるは例の台車だった。
魔王ユマの絵が描かれたパネルである。帝都に来た初日、俺がメインストリートで出会ったヤツだ。
しかし、その『絵』だけが違った。
きっと台車を奪ったのだろう。化け物が描かれていたらしいあの時とは違い、可愛らしい女の子のイラストがパネルに大きく描かれている。
萌え萌えな感じで!!
何アレ?
奴ら頭がおかしいのか?
……アレは、木村の絵だ! それを大きく書き写している。
固唾を飲んで見守っていると、天使派は口々に声を上げる。
「見よ! これぞ天使ユマのご尊顔なり!」
「美しさにひれ伏すが良い」
「煌めく瞳、すらりと長い足、これぞ造形美」
天使派? 違う! アニメ絵を崇拝するおたくの集団だコイツら。
「コレを読め! ココに偉大な天使の冒険の数々が余すところなく描かれている」
手に取って掲げるのは、木村が描いた同人誌? だった。
薄い本がとても分厚くなっている。
この世界、紙は貴重。
粘り気のある木をカンナで薄く削ったモノを紙代わりに使ったりしている。
だけど、エルフの国では当たり前に紙と印刷技術が発達しているのを俺は知っている。
思い出して欲しいのは、俺の生誕の儀。その顛末を描いた瓦版だ。
そんなモノを作れる程度には、エルフの技術は発達している。
技術を手にした木村は、すぐさま俺の半生を薄い本にして厚くした。
何を言ってるか解らないだろうが、俺にだってさっぱりだ。
それを今回、聖典として天使派に手渡していたのである。
「見よ、困難に直面したユマ姫の健気な姿!」
「大きな瞳に涙をたたえる様!」
「恥じらう顔がなんといじらしいのか」
「鞭を打たれる姿が、なんとも言えない。罪深い我らを許し給え」
止めろ!
本当に止めてくれ!
俺は、後で帝都を行進せねばならんのだ。
実物を知らないままに、妄想の産物でハードルを上げるんじゃない! 幾ら何でも俺だって、そんなに目ン玉デカくないからな!
思ってたのと違うとか言われたら立ち直れない。
それに最後!
お前だよ!
鞭に打たれた姿って、既にして危険な性癖に目覚めているじゃないか! 遠慮しろ。
……そしてそして、悲しいかな、オタク趣味は万人に受け入れられるモノでは無いのだ。
パネルを見た聖女派の面々が鼻を鳴らす。
「ハッ、これが天使? ガキじゃネーかよ!」
「んな幼子に発情してやがんのかぁ?」
「目がデカすぎるだろ、化け物かよ。なんだその絵は!」
散々なディスり様である。絵に描かれた俺とは言え、ちょっと傷付く。
「んなガキより、聖女ウルフィア様のがよっぽど美しいぜ!」
止めろ! お前等も無駄にハードルを上げ続けるな!
ん? なんだ、コチラも何かを引き摺って来るではないか。
――ガラガラガラ。
コッチもパネル!
なんなんだお前等? 仲良しか?
え? まさかね。
「これぞ、聖女ウルフィアの姿だ。本当の美ってヤツをお前等によっく教えてやる」
同じくパネルに描かれていたのは、油絵だった。
画材はとても高級品なのだが、日持ちする絵の具なんかは、今の帝都では食料よりずっと安くなった。肉を提供すれば、手に入れるのは難しくない。
そうして絵心のある聖女派の人間が描いたのは、シスターの姿で身をくねらせる、肉感的な俺の姿だ。
「この胸、この腰、見ろよ!」
「たまんねぇ! 食べちまいてぇ」
「俺は食べられる方でも構わねぇぞ」
本気でヤベェ奴らだ。
どこの誰だ! こんな奴らを野に放ったのは!
絵の方だって酷い、胸は思い切り盛られているし、腰は必要以上にくびれている。それでいてお尻は大きめと、どうかと思うぐらい性的なわがままボディである。
そうなってくると、薄手の修道服や黒い目隠しが酷く性的に見えてくる。
あまりに直接的なエロスに、天使派までもがゴクリとツバを飲み。凝視する。
「貴様ら、それでも天使派の信徒か!」
たちまち、オタクっぽい容貌の天使派総長が叱責して回る。オタクは宗旨替えに厳しいからな。
なんだこれ?
え? 俺はコレどうすりゃ良いの?
絶対にこの場に登場したくないぞ?
本当に暴動だけは止めてくれよ? この空気で俺が出て行って。「なんだ、ちんちくりんか」とか言われたら再起不能だからな?
そして、劣勢と見たのか、天使派の総長はゲラゲラと笑って聖女派を挑発する。
「ふん、体に脂肪を蓄えおって。ブタか? 育てて食うつもりじゃあるまいな」
「なんだと!」
もちろん、聖女派はいきり立った。
しかし、なぜか涎を垂らすヤツが居るんだけど?
「食う、俺たちが、聖女サマを?」
「どんな味かな?」
ふざけんな! 食欲に負けるな! 怖いから止めてくれ。俺は最近、お前達の前に立つのがちょっと怖いんだ!
その後も、天使と聖女、お互いをディスりまくる口喧嘩大会は、日が暮れるまで続くのであった。
それを延々聞かされた俺は、精神が病みそうになっていた。
ディスられるのはむしろ良いんだ。
だけど、あり得ない期待感で持ち上げるのだけは止めてくれ。
美しさに呼吸が止まるとか、自然とひれ伏すとか、そう言うの止めてくれ。ハードルは低めに設定しろ!
余りにも不毛だ。全部俺へのダメージとなる。
暮れゆく夕日を見ながら、俺はポロポロと涙するのだった。
どうしてこうなった……。
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