残された時間
ぼんやりと、夢を見ていた。
白く染まった針葉樹林。枝に積もった雪がドサリと落ちて、舞い上がる粉雪がキラキラと輝く。震えるほど寒々しい景色が、どこまでも続いていた。
凍りついた森の中、雪を踏む母の足音だけがどこまでも続いていく。
これは、生まれたばかりの俺の記憶。
冬の森をひたすらに歩く母と、背中で揺られる俺。
寒くて寒くて、おぎゃーおぎゃーと泣き続けたっけ。
俺の誕生日はたぶん冬の終わり。参照権があるとは言え、乳児の日付感覚はあやふやだ。でも実の母親であるゼナは人間の街で俺を生んだ、それは間違いない。そして、生まれたばかり、首も据わらぬ俺を担いで彼女は冬の大森林を突っ切った事になる。
良く考えれば何から何まで変な話だ。
ゼナが大森林に定住しなかった理由が解らない。王である父様と愛し合って、子供を作って尚、危険な冒険者家業を続ける必要がどこにある?
だから子供の頃は、周りの目が嫌になったのだと思っていた。エルフの人間差別は酷いものがある。なにせハーフの俺にだって、あからさまな嫌悪を向ける奴らが大勢居たのだから。
だけど考えを改めた。
森を出てから、魔力がいかに自分の体を蝕んでいたのか気が付いたからだ。
俺は自然と『母は魔力に蝕まれ、大森林に留まれなかった』と思うようになっていった。
それに俺は救われた。単に居心地が悪かったから俺を置いて出奔したのではなかったのだと思いたかった。
だけど、よくよく参照権で確認すれば、彼女は大森林でも元気に動き回っている。きっと並外れた健康値を持っていたのだろう。父様との出会いにして、大森林の最深部だ。ただ過ごすだけなら大森林で何の問題も無いだろう。
だとすると、ひとつの仮説が立てられる。まず、母が大森林を出奔したのは父様と愛し合った後。
彼女は自分の妊娠に気が付いていた。気が付いたからこそ、自分は平気でも濃厚な魔力がお腹の赤ちゃんに毒になると、大森林を離れたのだ。
だとすれば、それは正しい。なんせ俺は魔力に健康値を削られて、幼い頃は歩く事もままならない程に病弱だったのだ。もしあのままゼナが大森林に留まれば、俺は生まれる前に胎内で死んでいただろう。
……つまり、彼女は、ゼナは知っていた事になる。
魔力の危険性の全貌を。きっと誰よりも。
当たり前に見えて、これはおかしい。人間は、魔力が健康値を傷つける事はおろか、魔力や健康値なんて概念すら知らないからだ。まして胎児に与える影響など、エルフの学者でもそこまでの知識が無いだろう。
だとすれば彼女は何者だ?
そもそも、父様に会った時、彼女は大森林の最奥で何をやっていた?
そして、俺を置いて何処に消えた?
様々な仮説がグルグルと頭を巡るが、どれもハッキリと形取らない。ぼんやりとした俺の意識が徐々に浮かび上がっては消えていく。
「ふわぁ……」
夢の時間は終わりだ。
微睡みから目が覚める。
俺は寝ぼけ眼のまま、固めた魔力をぶん投げた。
音を立てて木窓が弾き上げられ。強い光が部屋を満たした。
極端に圧縮された魔力は、質量すら伴う。
今日も俺は絶好調だ。
ここはスールーン城中。
あてがわれた部屋は個室なのはもちろん、天蓋付きベッドの好待遇ではあるのだが、羽が生えてしまった今となってはベッドで寝るのは少々辛い。
仰向けは論外で、うつ伏せでもそれなりに育った胸が圧迫してしまう。
俺はパジャマ代わりにしているシルクのベビードールを脱ぎ捨て、フリルブラウスに袖を通す、背中に羽を通す穴が開いた特注品である。その上からレザーのオープンバストコルセットで持ち上げて、とどめにショルダーベルトで挟んで、育ち盛りの胸を強調。
足にはガーターストッキング。そしてプリーツの入った黒のミニのスカパンで絶対領域を演出している。
スカパン。スカートオンパンツである。短パンの上にスカートが一体化してるみたいなヤツだ。空を飛ぶからと、木村の商会に作って貰った。
なのに当の木村は「ホントに恥ずかしくないパンツを穿くヤツがあるかよ!」って激昂していたが、知った事ではない。
こう言うのは常時見せてたらありがたみが薄れるからな。清楚さを印象付けた上で、たまにチラ見せするから良いのだ。
とは言え、バニーやミニスカドレスで大暴れと、既に大安売りをしてしまった感もある。だからこそココからはガードを高めていこう。
「ふふふふっ」
俺は鏡の前で一回転。
抜けた羽毛が舞い上がり、天使みたいな俺の姿を演出してくれる。
抜け毛が飛び散ったと考えると汚いので、冷静にならないのが大切だ。
このブラウンのコルセット、ウエスタン風でお気に入りである。吊したホルスターともマッチするし、なにより育った胸を実感出来る。
ただ、お嬢様然とした黒のプリーツスカートやストッキングとはあんまり合ってないかなぁ?
しかし、下半身までジーンズで西部劇っぽくしてしまうと、今度はお姫様としての雰囲気や天使の羽と調和が取れない。ならばデニムスカート? いや、やはり今の俺にはデニム自体が似合わない気がするな。
どうするべきか……ココは悩み所よな。
「遅ぇよ! 何時まで踊ってんだ!」
部屋の外から田中の怒鳴り声が聞こえて来た。
コイツ! あり得ねぇ!
「乙女の着替えを覗くなんて!」
「覗いてねぇ! 気配で解るだろうが!」
そうなん? え? 俺が鏡の前で可愛いポーズを研究してるのもバレバレ? 恥ずかしいだろ! 止めろ!
「乙女の気配を探るなんて!」
「ンだ、クソ! 十メートル先からでもお前がクルクル踊ってるのが解るわ!」
なるほどな。
今の俺の気配はそれほどに強烈か。
確かに今の俺は、それだけ死から遠い場所に居る。ちょっとやそっとじゃ死なない体になった。
季節は夏。俺が十六歳になるまで、もう半年。
さぁ? どうなる? 今の俺を殺すなら特大の『偶然』が必要だぞ。
また隕石か? それとも地殻変動か? 地震に地割れ、津波や竜巻って可能性もある。
目指すは帝都。そのど真ん中で、俺は『偶然』と踊ってやる。
考えるほど楽しくなってきた俺は、勢い良く部屋から飛び出した。部屋の外でぼんやりしていた田中を置き去りに、走り出す。
「ぼやぼやしないで、置いていきますよ!」
「ドコに行くんだっての!」
「作戦室です、国盗りの仕上げと行きましょう!」
「そっちは外だ、司令室はコッチ!」
なるほどな、俺は回れ右してバンバンと田中の背を叩く。
「早く! 早く! 案内なさい!」
「はー、ぶった斬りてぇ!」
物騒な事を言う。
まぁ、今の俺は斬られたぐらいじゃ死なないけどな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『偶然』を恐れて一刻も早く進軍したい俺。
一方で、俺の復讐が終わるのを恐れるのが木村だ。
復讐を果たし、生きる目標を失った俺が、何をしでかすか解らないと恐れているのだろう。
無理もない。
俺自身どうなるかなんてまるで予想が付かないからだ。
そうなると、木村はあの手この手で進軍を遅らせるに違いない。
俺は覚悟をもって、会議に参加した。
「ここは一刻も早く進軍すべきでしょう」
しかし、木村の選択はすぐさまスールーンを発つ事だった。
「どういうつもりです?」
「やつら、『焦土作戦』を仕掛けています」
「『焦土作戦』とは?」
「撤退しながら、奴らは農地や重要施設を略奪もしくは焼いているのです」
ん?
つまり、進軍する俺達に物資を渡さない様にしてるって事だよな?
コレまでも俺達は敵を捕虜にしたり、魔女の軍からは火薬を奪ったりもしてきた。
奪った火薬は殆ど星獣戦で使ってしまったと言うが、残った分を大切にやりくりし、なんとか戦線を支えてる。
そりゃ、何度も何度も物資を奪わせてくれるハズもない。
あまりにも当たり前。別に驚くような事でもないのでは?
一体どう言う事だろう?
だけど、この場に居るのは俺達三人だけ。
下手な事を言うと、馬鹿にされそうな空気がプンプン漂う。
木村は嫌味な所があるからな。
そんな時に声を出すのは田中の仕事だ。
「撤退するときに物資を引き上げる。ンなモン当たり前じゃネーか?」
「ところが、この世界じゃそうでもないんだよ、覚えてるか? フィーナス川に掛かったゲイル大橋」
忘れるハズがない。帝国と王国はフィーナス川を挟んで、この橋を舞台に何百年もいがみ合って来たからだ。この前だって橋を挟んで何日も戦線が膠着していた。
だが、それが何だと言うのだ? 解らんかった俺と違って、田中がしたりと頷いた。
「なるほどな、何百年前に架けたゲイル大橋がまだ落ちてない。それこそが焦土作戦なんてしてこなかった証拠か」
「そう、この世界、戦争ってのは騎士同士でやる試合みたいなモノなんだよ」
「橋を落とすのはルール違反ってか?」
「火薬も無かったからアレだけの石橋を瞬時に落とすのが不可能ってのもあるけどね。でも、そうじゃなくても物資を焼いたり橋を落としちゃマズい理由があるんだよ」
「解るように説明しろよ」
「そもそもさ、川を挟んで西が帝国、東が王国って時代が建国以来、千年以上も続いている。これ自体が異常だ。他の国なんて無いのに。全面戦争にならない」
ん? それは、決着がついた話だったハズだ。
「それは、私達エルフが干渉して来たからでは? 或いは我々の存在そのものが人間同士の争いに抑止力になっていた」
「にしても、千年あれば何かの拍子に統一されてもおかしくない。星獣が出た時は惜しかったみたいだけど、アレだって星獣ナシでも統治は上手くは行かなかったろうね。ここ一年スールーンに留まって実感したよ」
ん? そんなに大変だったの? 俺は首を傾げる。
「それは?」
「みんな、なんだかんだ自分の国が好きなんだ。川で真っ二つに分断されてるから帰属意識が強い。帝国に冷遇されてきたここスールーンだって、王国から来た俺達には結構当たりが強かった」
「そうなんですね」
俺なんて、ぱっと見で解るぐらいに異種族の民なのに、訪れた日から王都では大歓迎されたもんだから、てっきりこの世界の人々はナショナリズムとは無縁と思っていた。
いや、アレだって憎き帝国に国を追われた哀れなお姫様って設定と、俺の美しさが噛み合っただけかも知れない
木村が続ける。
「その帰属意識こそが、国を保つ鍵になってる。これがもし、例えば王国が攻められた時、スフィールを焼き払って帝国の進軍を止めたなんて事をしてしまえば、スフィールは王国を恨んで、帰属意識なんて吹き飛んでしまう」
「その、帰属意識がなくなると何が問題なのです?」
尋ねると、木村が指を一本、ピッと立てた。
「まず、補給が出来ない」
「帝国から運べば?」
「補給ルートがゲイル大橋を渡るしかないので、長い上にルートが絞られて襲われ易いのです」
確かに、補給ルートが限られてるので奇襲もしやすいよな。
「次に占領も上手く行かない」
「市民の抵抗が強いと?」
「そう、商人だってロクに物を売ってくれない。本国の圧力とかなくてもね」
そうなのか。
だったらココ、スールーンで逗留するのも苦労が多かっただろう。
実際その通りだと木村は言う。
「こっちには先の合戦でぶんどった豊富な資金があって、更にはゼスリード平原で帝国が育てていた小麦も手に入れていた。魔導車が早いから補給もギリギリ間に合った。占領下で奪ったモノより与えたモノのが多いぐらい。ここまでやって初めて橋頭堡を築けた。今までこんな事は無かっただろうね」
「更に言やぁ、ここスールーンが元々治安が悪くて、愛国心がないってのが効いてるだろうな」
「それもある。じゃあ歴史上、侵略した軍隊がどうしてたかって言うと、現地で物資を略奪するしかなかった。帝国なんて侵略する度に王国の都市から略奪した」
なるほど、でも中世ファンタジーってそう言うモンじゃない?
「奪うだけなら正解だな。でも、統治が出来ない。だからこそ、何年経っても国境線が動かないんだよ」
あー。
「結果的にスフィールやネルダリアなど、国境に近い場所は今でも帝国への憎しみが強い。そして散々に略奪して荒らしてしまえば、ソコから更に奥にまで踏み込もうとすると、今度は本国から物資を輸送するしかなくなる。その物資は荒れ果てたスフィールやネルダリアを通過せざるを得ない、益々補給が困難になる。悪循環さ」
その悪循環が二国の存在を維持してきたと言う。
国を守る為に、焦土作戦など必要無いのだ。
いや、絶対にやってはいけない手なのだという。
だってこの世界、王国と帝国の二国だけしか無い。
国民の帰属意識を失ってしまえば二度と取り返せないのだ。
王国か、帝国。どちらかがまかり間違って焦土作戦なんてやっていれば、この世界はとっくに統一されていても不思議じゃなかった。
一度、そんな事をしてしまえば、焦土にされて帰属意識を失った地方を足掛かりに統一が成っていただろう。そう言う事らしい。
それが解っているから、焦土作戦などしない。
目先の物資よりも大切なモノを失ってしまう。
結局、二大大国は千年近くも国境線を動かせず、スポーツ感覚の奪い合いに終始していた。
そこで、田中が疑問の声を上げた。
「じゃあなんで今更、アイツらそんな事をしてるんだ? 自国民を傷つけて」
「そりゃ、上手く行ったからだよ。大森林ではな。お前も嫌と言うほど見ただろ?」
「グッ」
俺は怒りに歯を食いしばる。そうだ、奴らは大森林から撤退する時、略奪の限りを尽くした。
だって元々統治なんて出来ないし、するつもりも無い民だからな。
「だけど、焦土作戦なんてココでは有効じゃないんだ。なのに奴らはやろうとしている。それも中途半端に」
「中途半端?」
「そ、報告を聞いてると半端なんだよ。腰が引けてるって言うか。農兵なんて他人の畑を焼くのは殺人と同じって価値観だからね。それを後ろを気にしながら略奪するってのは難しい」
「それって……」
「そう、だから一晩ゆっくり休んで。略奪するチャンスを与えたって訳。近くの村が略奪されたのを知れば、スールーンの帰属意識も吹っ飛ぶだろうからね」
コイツ、昨日はテコでも軍を出そうとしなかったのはソレか。俺より悪魔じゃんか。
じっとりと睨んでいると、田中が鼻を鳴らした。
「コイツのそういうトコは、今に始まったことじゃねぇぞ」
「そそ、スールーンに居る間に帝国は俺らにハラスメント行為を何度も仕掛けてきた。王国兵のフリをして略奪に来たりとか」
「そのたびに、俺がバイクで成敗しに行くんだから堪らねぇぜ」
「ただ、それだって下手くそなんだ。略奪って簡単にいうけどコレも案外難しい。それも敵陣に切り込んで略奪なんてリスクが凄い。よっぽど機動力に自信が無けりゃ無理だ。なのにコッチにはバイクに乗った田中がぶっ飛んで行くんだ。成り立たないんだよなぁ」
「あんだけ情報が事前に漏れてりゃ俺じゃなくても十分だったろ、嫌味っぽいぜ。略奪が始まるまで、待たされる方がよっぽどしんどかったつーの」
二人してニヤニヤと褒め合っていて気持ち悪いが。こんな話は初めて聞いた。
「馬鹿な帝国が、そんな事をしてくれたから、俺達だってスールーンを維持出来たんだ」
「確かに、そうじゃなきゃ、流石に資金も物資が足りなくなって終わってただろな、一時は砥石一つ手に入らなかったんだぜ?」
「こっちには装甲車があったし。ゼスリード平原は穀倉地帯になったから小麦には事欠かない。あとは輸送ルートだけが問題だったけど、帝国が自爆してくれた。アイツらがケチって村から食糧を奪い、引き上げるもんだから、おれらは小麦を配るだけで占領はスムースに進んだって訳。スールーン以東は今やすっかり王国に恭順している」
「今回も早く駆けつけてやりゃあ良いのに。悪の帝国が暴れてから俺達が颯爽と現れるシナリオと来た。相変わらず
「それを言うならお前、昨日あんだけの戦いの後、人助けに飛び出して行けたのかよ?」
「無理だな」
「だろぉ?」
コイツら男同士でイチャイチャしやがって。ムカつくなオイ。
俺が露骨にムスッたれてると、木村は真剣な顔で俺に向き直った。
「でも結局はユマ姫様、全てはあなた様の活躍のお陰ですよ」
「えっ?」
オイオイ、急にヨイショが来たな?
「この世界、愛国心やら帰属意識、スポーツじみた騎士道精神が邪魔をして、統一がなされない。つまりイヤって程、平和な世界とも言える。ここまでは黒峰さんも気が付いていた」
「そうなのです?」
「ええ、だから黒峰さんは帝国情報部を拡充していた」
「ああ」
俺達がスフィールで壊滅させたのが、その新設された情報部の連中だったってのは調査の末に判明している。
「スフィールのグプロス卿と通じてたのもそう、川の向こうに拠点を作り拡げるのが絶対に必要だったから」
「魔女はそこまで考えて?」
「ええ、黒峰さんは本気で国盗りを狙っていた。それを挫いて来たからこそ今がある。姫様の冒険、何一つ無駄じゃなかった」
情報部が壊滅してなければ、ちゃんと訓練された奴らが証拠も残さず破壊工作に励んでいたか。
なるほどな、今までの俺の旅と冒険は、遠回りに見えて帝国を侵攻するのにどれも必要な事だった。そう言いたいのか。
でも、俺は素直に喜べない。
「つまり、魔女は死んでいると?」
木村の目を見て確認する。
敵の戦略が半端で、一貫しないなら、そう言う事になる。
俺は何となく黒峰の最期に引っ掛かりを覚えていた。
グチャグチャに死んだのは確かに見た。だけど、彼女の運命光が消えたように見えなかったから。
だから田中と木村には「まだ終わってないかも知れない」とそれとなく伝えていた。だけど木村は戦術家として、自信を持って断言する。
「間違いありません。魔女の噂はまだ聞こえて来ますが、間違いなく偽物でしょう」
「その根拠は?」
「この半端な焦土作戦こそ魔女が存命なら決してやらせなかったでしょう。焦土作戦なんて概念すらなかったこの世界。伝えたのは彼女でしょうが、聞きかじった知識で最悪の選択を重ねている。もし黒峰さんが生きていれば、決してやらせなかったハズだ」
「そうですか……」
まぁ、魔女が生きていようが死んでいようがどうでも良いか。
もう、俺を止める事など出来ないだろう。今の俺は策を弄してどうにかなる存在じゃない。
木村は俺の顔をみて宣言する。
「後は仕上げです。戦争に負けそうな今、帝国の民は不安に思っている。こんなのは建国以来無かった事だ。敵には神の使徒と言われるユマ姫が居て、皇帝を断罪しようとしている。民は本当に皇帝を信じて良いのか悩んでいる。そこにトドメとばかり味方のハズの帝国兵が自分達を略奪の対象にするのですから」
なるほどな、俺に求められる仕事が見えてきた。
「そこで天使の如き私が颯爽と現れて、単身、敵兵をなぎ払うと言う事ですね?」
立ち上がって堂々宣言すると……
あらやだ、二人して馬鹿を見る目を向けてくる。
「お? 狂った?」
田中! 殴るぞ!
木村は?
「いや、聞いてた? 一人で行っても食料も援助出来ないし、なにより死ぬでしょ」
コイツも駄目だ! 信用してない!
っていうか、甘く見ている。
「誰が今の私を傷つけられるのでしょう? そして、私が天から舞い降りて魔法で敵をなぎ倒し、傷ついた人々を魔法で癒やせばもう、食料など無くても私の前に跪いて、ユマ様ありがとうございます、と恭順を誓うでしょう?」
堂々宣言すると、二人してあんぐりと口を開けた。
「うーん」
「まぁそうかも知れねぇけどよぉ」
「それ、もう俺達が居る意味無くない?」
知った事か。
正直、もうコイツらと一緒に居るのは危険な気がしてならないぐらいだ。このままではきっと巻き込んでしまうから。
『じゃ、ユマ姫行きまーす』
「お、オイ!」
止めるのも聞かず、俺は軽い調子で呟いて明かり取りの窓から飛び出した。
城の上層から落ちていき、地面に墜落する直前、翼が風を掴んで上昇に転じる。
「ああ、飛ぶのが気持ち良い」
翼を拡げて、風の魔法で作った気流に身を任せると、風を切ってドコまでも進んでいく。
とは言っても、肩甲骨から生えた背中の翼はバサバサと羽ばたいて浮力を生み出せる程の力は無い。メインの推進力はあくまで魔法だ。
翼の役割は、せいぜいが自由に動くグライダーが背中に付いてる程度。だけど、それがとても気持ちが良い、旋回も滑空も思いのまま、魔法を組み合わせれば、自由に空を飛べるのだから。
真夏の太陽が俺の羽をじりじりと焼くが、それすらも心地よい。乾いた大地が作る地平線、彼方に見えるのが地図で見た村だ。馬車で数日の距離でも、飛んだら数分。
乾いた風を頬に受け、俺は風に乗ってどこまでも空を泳いでいく。
全てが終わったら、誰とも関わらずこうやって空を飛ぶ毎日も良いかもしれない。
そうすれば、誰も俺の『偶然』に巻き込まない。
「いや、そうも行かないか」
俺の体は徐々に変異している。
鳥は恐竜が進化したモノだと聞いたが、だとすると翼が生えるのはあのトカゲの体を取り込んだ影響もあるだろう。
隕石でグチャグチャになった俺の体は、同じくグチャグチャになった星獣の細胞をいつの間にか取り込んでしまったらしい。
そして、俺は無敵になった。
星獣の回復能力を手に入れたから。
だけど、星獣の回復能力とは何か? 細胞をあるべき形に戻す力だ。
その、『あるべき形』が歪んでいる。
凶化の影響だ。
グリフォンや古代人ポーネリアがそうだった様に、俺の体が他の生き物を取り込んで変化している。
自分の細胞が他のモノに置き換わっていく感触がある。
きっと体が少しずつ、あのトカゲに変化している。それが俺の死なのか? それが死と言えるのか?
解らないけど、空を飛べた事に後悔はない。
千五百を越えた俺の魔力値でも、まだセレナみたいに自由に空を飛ぶほどの力は無い。セレナの魔力値は二千を超えていたのだから。
だけど、翼があればあの日みたいに自在に飛べる。セレナと同じ。
それがとても嬉しかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「行っちまったか」
残された田中は作戦室でボリボリと頭を掻いた。その脳天気さが、俺にはどうにも癪に障った。
「他人事だな、俺達じゃもうアイツの助けにはなれないって事だろ、悔しくないのかよ」
「今更だろ?」
しかし、田中は肩を竦めて鼻を鳴らす。
それどころか足を机の上に投げ出してふんぞり返ってみせる。
「今更? 今更って、お前今まで何を、アイツは何度もピンチになってお前はそれを助けて……」
「そうかね? じゃあアイツが死ななかったのは『偶然』か?」
そう言われると、解らない。ユマ姫は何時も紙一重で生き抜いてきた。それが『偶然』なのか? 『偶然』は敵、常にユマ姫を殺そうとしてるんじゃ?
悩んでいる俺に向かって、田中は妙な事を口走る。
「なぁ、お前は十六年しか生きられないと言われりゃ、どうやって死にたい?」
「どうって?」
問われて俺は自分の死に様を考える。
とっさに思い出したのは、ユマ姫の細い首を絞めた事。ああやって死ねたら……いや、ダメだ。必死に頭を振って、妄想を打ち払う。
そんな俺を無視して田中が語った。
「俺はな、戦って死にてぇよ。剣士だからな。捕虜になって拷問されて死ぬよりも戦いで死にたい。戦士なら誰だってそうだろう」
「まぁ、戦士ならそうかなぁ?」
「そうさ、なんせ俺もそう若くねぇ、コレからそうノビしろがある訳じゃなし、負けたらソコで終わりで良い」
「刹那的だなオイ」
「そんな価値観だからよ、俺は躊躇無く人を斬っちまうんだよ。戦って死ねるなら良いだろうってな」
真剣な顔をしてそんな事を言う。
「そりゃ」
「解ってんだよ、価値観の押し付けだってな。でも、ロクに罪悪感もねぇ。死にたくないなら剣なんざ握るなって理屈よ」
「まぁ、そうか」
剣をとって向かってくれば、手加減なんぞ不可能だ。商人である俺には理解出来ないが、手加減なんて失礼、何故本気で殺さないんだって怒って来る奴まで居るらしいしな。
「でもよ、アイツは誰彼構わず殺すぜ? 罪悪感もなく。その理屈が「俺みたいな美少女に殺されるなら本望だろ」と来たモンだ」
「…………」
心中しようとした俺にはなんも言えない。
あの時は、死んでも良いと思えてしまったからだ。
今でもすこし、解ってしまう。
共感出来てしまうのだ。その狂気の理屈が。
「アイツも俺も、狂ってる。だけどよアイツの狂気は、相手を丸ごと飲み込んで、その狂気に染めてしまう」
「何が言いたいんだよ」
「アイツが殺そうとしても、誰もそれを嫌がらない。そんな怪物になりそうじゃねぇか?」
怪物。
だとしたらどうなる?
俺に止められるのか? それとも?
「じゃあ何だよ、お前がアイツを殺すのか?」
「そうじゃねぇ」
いや、何なんだよ?
今のそう言う流れの話じゃないのか?
「上手く言えねぇけど、違和感がある。全部仕組まれてるんじゃないかってぐらいに」
「なんだよ、感覚の話をされても困るっての」
「アレは本当に俺達が知ってるユマ姫かって話だ」
「そりゃ、半分星獣の細胞を取り込んで……」
「星獣?」
何故か田中は聞き返してくる。なんだ? 違うのか?
「ああそうか」
「なんだよ?」
「言い方を変えるぜ。なぁ? アレは本当に、俺達が知ってる『高橋敬一』か?」
俺には田中の言っている事が、まるで理解が出来なかった。
「アイツはむしろ、脆くなってる。
それこそ、『高橋敬一』だった頃より、ずっとな」
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