黒峰3

 背負子に背負われて山道を進む。

 酷く揺れるがもう慣れた。足をプラプラさせながら、掻き分ける草の匂いを思い切り吸い込む。


 切られてしまった足の健は治らない。回復魔法に期待したがそんなモノはどこにもないと言う。


「ふふふっ」


 まただ、また笑ってしまった。

 この世界に来てから絶望するたび笑いが漏れる。いっそ笑うしかないんだもの。それほどあんまりな世界だった。


 先頭を歩むローグウッドさんが呆れた様子で振り返る。


「約束したから連れてくけどよ」


 迷惑そうに言いながら、一瞥もくれず下草を刈り取っていく。


「ロクなモンがなかったぜ? ガラクタだらけだ」

「そのガラクタが立派な銃だったでしょう?」


 私がニッコリと言い返すと、舌打ちが返った。


「その銃とやらも一発こっきり、ウンともスンとも言わねぇじゃねぇか」

「それは古いから弾丸が腐ってたの。撃てる弾だってもっとあるはず」

「チッ、撃ってみるまで撃てるかどうか解らん使い捨ての矢なんざ、役に立たんと思うがな」


 確かにそうだ。

 でも、この足ならば撃てるかどうかの銃ですら貴重な武器になる。なにより私が見ればもっと面白いモノが、きっと見つかる。

 それにしても、道が険しくなってきた。私を背負うポーターが心配で声を掛ける。


「大丈夫?」

「ええ、軽いぐらいです」

「ふふっ、ありがと」


 お礼を言えば、それだけでポーターは耳まで真っ赤だ、すごく好かれているみたい。


 二人のポーターに交代で背負って貰っているのだが、荷物を担ぐもう一人のポーターは酷く羨ましそうにコチラを見ていた。


 ……ああ、甲斐があった。


 好かれた分だけ私を運ぶ足にも力が入るに違いない。あんな目にあったばかりだもの、好かれのは少し怖い。だけどローグウッドさんが居れば彼らだって変な真似はしないだろう。

 ただ好かれるだけじゃなく、状況をコントロールしなくちゃ駄目なんだ。

 高い授業料を払って、私はソレを学んだ。


「そろそろだぞ、オラ」


 ローグウッドさんが顎をしゃくる。見下ろす先には落盤でポッカリと空いた穴。


「ふふっ」


 ソレを見て、また笑いが漏れた。穴の底にはの地面が広がっていたのだから。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 落盤で穴が空いたのではなく、地下施設の天井が抜けたのだ。

 そして、ここはきっと武器庫だ。


「じゃあナニか? コレが全部、銃なのか?」

「そうね」


 壁に所狭しと並ぶライフル。だけど、肝心の弾がなかった。


「やっぱり使えねぇだろ? 俺だって一番良さそうなのを拾ってきたんだ」


 ローグウッドさんが言うとおり、銃も弾丸も劣化して使えそうもなかった。むしろ、一発だけでも撃てる弾が残っていたのが奇跡だったと思える程に。全ての弾丸が駄目になっていた。


「お前がぶっ放したヤツだけは、あそこの箱に入ってたからな」

「そう……」


 特殊な保存容器に入ってたモノ以外は全滅みたい。

 でも、私は別のモノが気になった。鉄の壁だ。叩けばカンカンと高い音がする。


「ああ、そりゃ駄目だ。俺の剣でもビクともしねぇんだ」

「そうかしら?」


 私はポーターの男性にお願いして、指さす先の壁を調べて貰った。

 案の定、見つかったのはハンドル。そのまま回して貰う。


「あ、開きますぜ!」

「なんと!」


 何も驚く事じゃない、だってココは武器庫なんだもの。厳重な隔壁の役割は外からの侵入を防ぐ事。内側からなら手動で開ける方法があっても不思議じゃない。停電で閉じ込められたら命に係わるのだから。


「行きましょう」


 呆然とする男三人に、私は有無を言わさず宣言した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「失敗したなぁ……」


 私は金属の壁に囲まれ、呆然と呟く。


「呑気な事言ってんじゃねぇ! 閉じ込められたぞ! どうするんだ!」


 ローグウッドさんは文句を言うが、もうどうにもならない。

 アレから私達は施設の奥深くまで潜っていった。そしていよいよ中心部、まだ電気が通う稼働中のエリアを見つけたのだ。


 そこで鍵が掛かった扉を強引に開けようとしたらコレだ。


 指紋認証だかパスワード式だか解らないが、前世の感覚で適当に触ってしまった。

 いくら間違えてもロックが掛かるのが精々だとタカを括った。


 まさか隔壁が降りて閉じ込められるなんて……。

 待っていたら開くだろうか? コレは侵入者を捕獲するための罠だ。先ほどみたいに内側から開ける仕掛けは期待出来ない。

 私は時間経過で隔壁が解放される事をひたすらに祈った。


 ……それから二日経った。


 最悪だ、開かない。


 隔壁内は狭く、もはや糞尿に塗れている。何より辛いのが水が尽きそうな事だ。もって数日の命だろう。

 誰も彼も冷静で居られない。

 最初に異常をきたしたのは二人のポーターの片方、私を運んで来た方の男だった。


「もう我慢出来ねぇ!」


 そう言って、私にのし掛かる。

 なるほど、死ぬ前に気持ちよくなろうって考えか。


 それも、良いかもしれない。

 そんな下らない事に体力を使ったら、いっそ楽に死ねるから。


 だけど、ソレは今じゃない。私は男の顔をゆっくり撫でる。


「うん、いいよ、ねぇコッチを見て」

「あ、ああ」


 そうして目が合う。そこに映る美しい私の虚像を書き換え、邪悪な魔女の像を瞳の中に結んだ。


「うっ!」


 ポーターの男は焦った。

 急に私が恐ろしく見えたから。


「私を見てくれて嬉しいけれど、後ろに気をつけなくて良いの?」

「え?」


 慌てて振り返る。邪悪な魔女は背後から人を襲わせるのが大好きなのだから。振り返らずには居られない。

 でも、ローグウッドさんも、もう一人のポーターも、気が滅入ってしまい、襲われる私を見ても微動だにしていない。


 あくまで他人事、冷たいモノだ。


 だから、背後から襲うのは私自身。


「えいっ」


 よそ見した隙に、私は脇に吊り下げたナイフを引き抜き、のし掛かる男の頸動脈を斬り裂いた。


「あ゛?」


 タダでさえ栄養不足。血を流した男はぐるんと白目を剥いて、倒れ込んできた。

 血のシャワーを浴びて私の顔が真っ赤に染まる。

 閉じ込められて血まみれ。水も食料もない中での仲間割れ。

 とうとう人まで殺してしまった。


 最悪。

 最悪のハズだ。


 だけど極限状態のせいか、嫌悪感よりも喉の渇きが勝った。

 ごくごくと喉を鳴らす。私はひたすらに血を飲んだ。


「ふふっ」


 まただ、また笑ってしまった。

 最悪過ぎて、引き攣った笑いが止まらない。自分のどこかが壊れてしまった。


 だから、隣で座り込み、呆然とコチラを見つめるローグウッドさんに笑いかける。


「ねぇ? お腹が減らない?」

「なに?」

「お腹が減らないかって聞いてるの!」

「食い物なんざ、ある訳ないだろ」

「あるでしょう? 一緒に食べましょう」

「まさか……」

「コレよ、ほら」


 私は、ポーターの死体を押し退けローグウッドさんの目の前に転がした。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 そして、更に数日、いや数ヶ月?

 もう一人のポーターも腐った肉塊と成り果てて、私は汚物に埋まる様にローグウッドさんと二人で死を待っていた。


「俺は、喰わねぇのか?」


 骨ばかりになった剣士がぼんやりと問う。

 でも、殺そうにも意志が強く洗脳するのも難しい。それに、殺せたとしてもう骨と皮しか残っていない、苦しみが数日長引くだけだろう。


「いっそ、アナタが私を食べる?」


 上着をめくって骨張った体を見せつける。冗談のつもりだったけど、ローグウッドさんは笑った。


「それも良いかもな」


 やけくそなのか、意外にもそんな事を言う。だけど、もっと意外だったのが次のひと言だ。


「でもな、見られながら勃つほど元気じゃねぇんだよ」

「見られて?」


 誰が? 閉ざされたこの部屋で?

 まさか、幽霊?


 たしかに腐った肉塊に埋もれた現状。

 ポーターの幽霊が出たって不思議じゃなかった。


「ああそうだよ。いよいよおかしくなっちまった。視線を感じるんだ。誰も居ない壁からな」

「それって……」


 私がこの世界の女の子なら幽霊に怯えただろう。

 だけど私は知っている。

 誰も居ない所から一方的に覗く方法を。


 それに思い当たった時、私は最後の力を振り絞り、壁に寄りかかり体を起こす。


「なにしてやがる?」

「見られてる!」

「幽霊か、おめぇにもいよいよ見えたかよ? お迎えだな」

「違う!」


 私の声は歓喜に震えていただろう。壁の中、レンズが埋まっていたんだもの。


『カメラ!』


 思わず叫んだ。そうだ、不審者を閉じ込めたら監視するカメラがあっても不思議じゃなかった。

 管理者は醜く殺し合う私達を見て楽しんでいただろう。


「ふふっ」


 笑ってしまう。ああ、そうだよね。そんな悪趣味な奴は絶対に引き摺り出してあげないと。

 私はカメラを見つめる、その奥の人間を想像して、その瞳に映る血と臓物に塗れた私の姿を美しく感じるように書き換える。


 それからしばらくしてからだった。

 ビクともしなかった鉄の扉がするすると持ち上がり、一人の男が私達の前に姿を現したのは。


「アナタは、何物だ?」


 痩せ型で銀髪の男が私に尋ねる。

 そんなのコッチが聞きたいけれど、勝手にお邪魔してる立場だから名乗ってあげた。


「私は黒き魔女、クロミーネ。あなたは?」

「私は……ソルン。そう呼ばれている」


 それが、彼との出会いだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「歩ける……」


 足が、治った。

 目が覚めたら上等なベッドの上。飛び起きた私の足はしっかりと大地を踏みしめた。

 全てが夢だった? ううん、そうじゃない。


 私の腕に繋がれたチューブがひとりでに外れる。

 点滴、ここは病室?


 何が起こったのだろう? 私は必死に思い出す。

 糞尿と血にまみれ、歩く病原菌だった私達は捨て犬みたいに洗われた。


 でも、覚えているのはそこまで。


 歩けないのだから仕方がないけれど、台車みたいので運ばれる内に、私は意識を失ったのだ。


「目が覚めたか」


 現れたのは例の銀髪の男だった。でも、何かが違う。


「お前等は、いや、お前は何者だ……言え!」


 にじり寄って問い正してくる。その目の奥を見て、私は確信した。


「アナタは誰? ソルンはどうしたの?」

「ちっ!」


 男は舌打ちをひとつ。忌々しげに私を睨んだ。

 この人は誰だろう? 悩んでいると、扉からもうひとつ同じ顔が現れた。


「お見通しの様だね」


 目の前に、二人が並び立つ。冗談みたいに同じ姿。


「俺とコイツは同じのハズだぜ? 何故解った?」

「それは僕も興味あるな」


 同じ白髪、同じ顔が二つ並ぶ。でも、その目の奥の世界が全く違う。


「だって、全然違うでしょ?」

「チッ、勘の良い奴がたまに居るんだ」

「本当に、それだけかな? 死にかけの状態で、僕とは僅かに顔を合わせただけだよ?」


 覗き込むソルンの瞳は穏やかに凪いでいた。一方でもう一人は言葉も、瞳の奥の世界も、大変に荒っぽい。

 やっぱり全然違うよ。


「フンッ、俺はノエル。コイツとは同一体さ」

「改めまして、私はソルン。コイツとはまぁ、兄弟みたいなもんかな」

「双子なの?」


 私は思わず聞いていた。内心で違うと思いながら。


「チッ、気色ワリぃ」

「同じ様なモノだね」


 微妙な反応、それで私はピンと来た。


 二人はクローンだ。


 彼らはきっとこの遺跡を作った古代人の末裔、それともホムンクルス? 中世レベルだった人間の文明を考えれば、クローンなんて説明も出来ないと判断されて当然だ。


 現にソルンは誤魔化す様に話を変えた。


「それより君の事だよ」

「私?」

「僕に言わせれば、君は人間じゃない」


 そんな! いや、でも、そうかも知れない。

 元の体は隕石に破壊され、今の私は神に作られた存在だ。


 革をなめして解ったけれど、初めに着ていた革のズボン。

 いまだに何の革なのか解らない。


 巧妙に偽装され、イノシシ皮に見えたけど、少し違った。だって毛穴がないんだもの。

 あれが神が作った合皮としたら辻褄があう。


 だったら、私だって合成人間に違いなかった。


 だって今の私は、前世の私よりずっと頭が良い。

 こんな状況でも瞬時に巡る思考に、否応なしに異常を自覚させられた。


 クローンが作れる程に、科学が発達した彼らなら、私の体の特殊性に気が付くのも当然だった。


 後は、どうやって誤魔化すか。

 必死に考えを巡らせていた私だけれど、次の言葉に全てが吹き飛ばされた。


「君は神に作られた存在だ。違うかい?」

「えっ!」


 なんで? 何で、ソコまで解るの?

 神様なんて科学では説明が出来ない存在のハズなのに。


「ンな訳ねーだろソルン。寝ぼけてんのか?」

「ノエル、君は黙って」

「フン!」


 やっぱり、これはソルンの思い込み。


 私は自分に言い聞かせる。科学が進歩するほどに神なんて信じられなくなるものでしょう? でもひょっとして、彼らは科学で神の存在を観測するに至ったのだろうか?


 続くソルンの言葉に、私は思い当たるフシが有った。


「君の体はとてもシンプルで混じりっけなく完成されているんだ。普通に人間が掛け合わさって行けば、様々な形質が混じり合い環境に適応するが、同時に無駄も生まれる。普通の人間の体には進化の過程で不要になった臓器が幾つもある。でも、君にはソレが無い。こんなにもシンプルで完成された肉体はあり得ないんだ」

「先祖返りみてーなモンだろ? ありえねー話じゃない」

「違うねノエル。僕らが出来るまでにどれだけの時間が掛かったか知っているだろう? それに、彼女には僕らと違って混ぜ合わせて試行錯誤した痕跡すらない。ねぇクロミーネ。君のお父さん、お母さんは? 居ないだろう? 間違い無く君は作られた存在だ」


 ……そこまで解るのか。

 神の杜撰ずさんさに辟易する。私を無視して二人の会話は続いた。


「ノエル。僕らの祖先もきっと神に作られた存在だ」

「ソルン、お前イカれてるぜ」

「間違い無いさ。僕らのデルタを遡って行くとドンドン純度が上がっていく。他の類人猿から進化したのなら、あり得ないのさ。僕はこう見えても、前世はデルタ研究者だったんだよ」

「でるた?」


 思わず口を衝く。知らない単語。私は街に降りたとき、この世界の単語は殆ど覚えたハズなのに。


「ああ、君は知らないか。人間の体の設計図だよ」


 遺伝子の事? 科学レベルが違うから、当然街では使わない単語も出てくる。

 初めて聞く単語もチラホラあるが、前後の言葉で推察し、必死で話の流れを理解した。


 一つ言えるのは、これは私にとって良くない流れだ。

 神に作られましたと宣言しても、何も知らない少女だと思われれば、きっと私は実験動物にされてしまう。それを避けるには私は、私の知識と能力が、何より有用だと示すしかない。


 たまに読む異世界モノの小説では、転生者はみんな正体を隠していた。

 無用なトラブルを避けるために当然だと思ったけど、ここまで科学が進んだ相手なら隠すなんて無理だ。いっそ、飛びこんで自分を大きく見せた方が良い。


「つまり、あなた達二人はそのデルタを元に複製された人間なのね?」

「テメェ!」


 私がクローンである二人の正体を看破すると、ノエルは警戒感を露わにいきり立った。一方ソルンは興味深そうに笑みを深くし見つめてくる。


「その通りさ。それで君は一体誰に作られたんだい?」


 面白そうに見つめるソルン。だけどその余裕も、私が答えるまでだった。


「神よ。私は『地球』の神に作られた」


 堂々と宣言すれば、ソルンはビクリと跳ねて思い切り私の肩を掴んだ。


「まさか! 本当に、本当なのかい!」

「ええ、本当よ」


 ソルンの瞳の中の私の姿を妖艶に笑う不思議な女に書き換える。


「チキュウと言うのは、何の神なんだ? それに、君は何の為に?」

「オイ、ソルン、お前この女が言う事を信じるのかよ?」

「そうさ、だってこの子は、いやこの人は、不思議な力を持っている。僕にはそれが解るんだ」

「オイオイ」

「アナタは信用してくれないの?」


 私はノエルに向き直り、彼の瞳に映る頼り無い少女の姿を妖艶な魔女に書き換え、微笑む。


「私は使徒よ。あなた達の計画を手伝うよう、神に言われているの」


 こうして私は、古代人たちから主導権を握ったのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「それじゃあ、あなた達は魔力が毒に変質してしまった原因を破壊したいのね」


 二人の目的をまとめると、そんな所だった。

 私が電気で動いていると思った施設も、火薬で発射されていると思った弾丸も、全ては魔力で動いていた。私の足を治した薬もそう。

 古代人は星から湧き出す魔力で文明を築いてきたと言う。


「正確に言うと、魔力は元々毒なんだ。毒になったのは魔力を押さえ込む健康値、星の生命力とも言うんだけど、そちらまで毒になってしまったのが大問題だったんだ」


 ソルンが言うには、魔力と生命力は表裏一体。魔力を中和するのが健康値で、古代人は基本的に星の健康値の中で生きていた。

 もちろん、豊富な健康値を取り込んだ古代人の体は魔力だって押さえ込めた。健康値を使って膨大なエネルギーである魔力を制御して文明を発達させてきた。


「それがある日突然、星の生命力が僕らを異物として排除し始めたんだ」


 その原因が、星から魔力を吸い出すプラントだと言う。


森に棲む者ザバ共さ、やつらがプラントを弄ったんだ」

森に棲む者ザバ?? エルフの事ね」


 耳が長いエルフ。

 アイツには煮え湯を飲まされた。この手で殺したけれど、思い出す度いまだに下腹部に鈍い痛みが走る。


「エルフとはなんだい?」

「『地球』の言葉で、耳が長い森の種族をそう言うのよ」


 ソルンの問いにそう答えると、ノエルは鼻を鳴らした。


「アイツらが森の種族? 違うね。奴らは穴ぐらの住人だ」

「え?」


 私の感覚では穴ぐらの住人と言えばドワーフだった。

 水と油、全く違うモノなのだけど。


「奴らはな、俺達が作ったんだよ」

「そう、なの?」


 ノエルの言葉は衝撃だった。


 でも、納得出来るフシが有る。


 ファンタジーだからエルフぐらい居るだろうと思ったけれど、魔法を使う彼らの存在は、私の興味をかき立てた。

 だから、帝都では色々本を読み漁り、詳しい人に話を聞いたけど、調べるほどにヤツらは異質だった。


 この世界には魔力と呼ばれるエネルギーが漂っている。

 エネルギーが存在すれば、生命はソレを扱う様に進化する。

 太陽があれば植物は光合成をし、動物は体内で酸素を燃やす。


 だから当然、この世界の巨大な魔獣は、魔力を使って巨体を維持しているらしい。


 だけど、魔法は違う。


 魔法は、回路に魔力を流して発現する現象。

 人間だって簡単な魔道具は生産している。

 回路に電気を流す、地球の家電と全く同じだった。


 つまり、魔法を使えるエルフは、家電製品が体に埋め込まれている様なもの。


 これは、異常だ。


 だって、魔法を使う生物なんて、他にはまるっきり居ないのだから。


「俺らは魔力を採掘させる作業員が必要だった。だが濃厚な魔力は毒だし、そんな場所には厄介な魔獣だって現れる。そこで魔道具なしで魔力をそのまま武器に出来る奴隷をつくったのさ」

「土の魔法で住居を掘らせて、植物プラントでは農作物を作らせた。そして魔導プラントでは魔力を産出させていた」

「それって……」


 彼らは作ったのだ。

 魔法が使える人類を。それがエルフ。


「そんな人間を作ったら、それこそ魔力が毒になる古代人なんてすぐに淘汰されてしまうでしょ?」

「そこはもちろん考えていたさ。彼らは毒である魔力をモノともしない。だけど逆に毒である魔力が無くては生きていけないんだ」

「健康値の中で生きる俺らには絶対に刃向かえないし、健康値に阻まれて外に出る事も出来ねーってワケ」


 そんな、なんて悲しい生き物。

 私の同情心は次の言葉で吹き飛んだ。


「だから奴らはプラントを暴走させたんだ」

「やってくれるぜ」


 二人の言葉を整理すると、どうも原発事故の様なモノがあったと言う。

 そして、暴走して溢れ出した魔力が地上を覆った。


「それだけなら耐えられたんだけどな、それと同時に俺らを守ってきた健康値が俺らにとって毒に変じたんだ」

「僕たちは、この世界に居場所がなくなった」


 魔力に覆われた領域の外は細胞を壊す太陽の光(きっと宇宙放射線の事だ)が飛び交い、地下は毒となる健康値、その更に下の層には猛毒である魔力が支配する世界になった。


 今、僅かに生き残った古代人は健康値と地表の狭間で、エネルギー不足に喘ぎながら細々と生きているらしい。

 だけど、ココは大森林のど真ん中、人間だって参る程の魔力が漂う場所である。


「じゃあ、あなた達は?」

「ああ、そりゃこの体だからだな」


 ノエルは自らの白髪頭を手で弄ぶ。

 古代人は長年の研究の末に、魔力も健康値もモノともしない体を遺伝子操作で作り上げたと言うのだ。微妙な遺伝子のいたずらの上に、ギリギリで成り立っているのが彼らの体なのだという。

 そうやって導き出された奇跡の体をクローンで増やした、だから二人は全く同じ姿なのだ。

 だとすれば、元の体はどうなったのか? 記憶は?


「脳移植だよ。僕とノエルは双子なんかじゃない。赤の他人さ。拒絶反応を起こさない様に脳を移植したんだ」

「その分、この体は免疫がなくて風邪を引くけどな」

「生きているだけで、奇跡なんだけどね」


 ただし、誰もが新しい体に馴染んだワケじゃないらしい。見せてもらった部屋は筆舌に尽くしがたかった。コールドスリープ中の脳が幾つも浮かんでいたのだから。


「この体に適合しなかった同胞だよ」

「エネルギーが保たねぇし、他の体なんて無いんだ。もう廃棄だな」


 同胞を見殺しにする事に、ノエルもバツが悪そうだった。


「クソが! 遺伝子シミュレーションに数千年掛かるとはな」

「もっと早くこの体が作れたら話は違ったんだけど」


 気が遠くなる年月の間スーパーコンピュータを動かして、ようやく行き着いたのが今の二人の体だと言う。


「でも、間に合った。この体なら濃密な魔力の中、プラントを破壊出来る」

「そうでもねぇだろ? プラントに近づこうにも、森に棲む者ザバども……エルフって言った方が良いか? 奴らが守ってやがる、手詰まりだよココまで来て」

「近づく事も困難なのに、魔法を使う彼らと戦う術が無いんだ」


 エルフの強さは私も知っている。生きている銃があったから倒せただけの奇跡。


「そーだぜ、こんな状況でアンタはどうやって俺等を手伝ってくれるんだ?」

「ノエル!」

「だって、そうだろ? こんなメスガキが居たからなんだってんだ?」

「いや、彼女の力があれば何とかなるかも知れない」


 私は、私の力を彼らに開示していた。でも、私に何が出来るんだろう? ハッキリと敵意を持つ相手を懐柔出来る程、私の力は便利じゃない。

 眠らせたり、話術で相手の心の隙間に入り込む必要がある。直接的な戦闘力はまるで無い事が彼らとの実験で解っていた。


「エルフを倒す術はある、霧の悪魔ギュルドスさ」

「馬鹿いってんなよ、あんなもん生きた健康値がなけりゃ」

「そこで、彼女さ」

「え?」


 渡されたのは大きな黒い球体。名前は霧の悪魔ギュルドス


「それでも小型サイズ、本当はもっと大きいんだ」

「コレ、どうするの?」

「簡単さ、人間の街の中に置いて欲しい」

「どう言う事?」

「そうすれば健康値を吸い込んで、吸い込んだ健康値が魔力を消し去り、エルフ達を殺す武器になる」

「へぇ……」


 あのエルフ達を殺せるなら、悪くない。私の中に、暗い情熱が宿った。


 だけど霧の悪魔ギュルドスをただ置いたら、きっと鉄くず回収に群がられて終わりだ。だからこそ、有力者に話を通して、街中に置いて貰う必要があるだろう。

 健康値を吸うと言う事は、設置した周囲には病人が増えると言う事だ。慎重に慎重を期さないと、それこそ魔女として火炙りになるだろう。



 だけど、面白い。

 絶対に、この装置を使ってみせる。



 そこまで私を駆り立てたのは、むしろ私の凶行を止めようとするノエルの次のひと言だった。


「言っとくけどな、プラントを止めて、どうなるかは俺達にも解らねぇんだ。今の人間が残らず全滅して、俺らの時代が来るかも知れねぇが、ひょっとしたら今より悪化して、ヤツらも、俺らも、残らず全滅するかも解らねぇ」


 何が起こるか解らない!

 あんまりなこの世界に、ピッタリな言葉だと思ったから。


 私を心配し、止めてくれるノエル。口は悪いが彼は案外優しい。

 ノエルは脅すように睨んだけれど、私の答えは決まっている。


「そんなの、望む所よ。全部、全部壊して殺してあげましょう」


 ヒューとノエルが口笛を吹く。


 だけど彼は気が付いて居ないのだ、その全部の中には、あなたも入っている事に。

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