もしも、世界と心中出来るなら

「案外、明るいのですね」


 真っ暗な坑道と聞いていたが、岩壁は所々光っていた。

 俺の疑問に前を歩くゼクトールさんが答える。


「これこそ魔力が濃い証。魔力で光る苔類です」

「岩盤に混じる魔石も純度次第で光るのですが、ここはそれほどではないようです」

「そうなのですね」


 考えてみれば、マーロゥが何匹も狩った猫型魔獣は大きな一つ目に進化していた。

 もし、真っ暗な地下ならば、むしろ目は小さく退化していただろう。


「ですが、足元を照らす程ではありません。お気を付けて」

「解っています」


 ゼクトールさんは心配性だ。

 俺はもう、転んだ拍子に死んでしまうような病弱な少女ではないのに。


 ……良く考えたら、ゼクトールさんは俺が病弱な時代を知らないし、俺は病弱じゃなくても何かの拍子に死に掛けているな。


「大丈夫です。僕が守りますから」


 病弱な俺を知ってる少年に至っては、魔女に会う前からナイト気取りで周囲を警戒している。

 ……良く考えたら、ナイト気取りって言うか、みんなナイトで、俺はお姫様だ。


 ……そんな下らない事を考えながらも、俺達はどんどん地下に降りていく。


「姫様、お気を付けて!」

「応援してます」

「一緒に行けないのが悔しいですよ」


 道なりに待機する騎士達が、次々と声を掛けてくる。


 手を挙げて彼らの声援に応え、笑顔で労うのも一苦労。兵士の数が多いので、これが結構な重労働だ。

 まるで重役出勤。敵の気配はまるで無いし、単調な地下道が続くと飽きてくる。


「…………長いですね」


 いや、長すぎる。どんだけ広いんだこの坑道。


「そりゃ、十メートル間隔で騎士を二人ずつ配置して、三百人ですからね」


 ぼやきながら地図を確認する木村を信じるなら、約1.5キロの道のりか。


「分かれ道や高低差が激しい場所はもっと人数を割いてるので、大体一キロでしょうかね」


 動員した人数に自身満々な木村と対照的に、いつもの余裕が見られないのが田中だ。

 油断なく辺りを見渡しながら、神経質に壁を叩いた。


「それでも広いぜ。コレが人間が掘ったモノかよ? 魔石を掘ってた抗夫は何人も知ってるが、こんなのを掘れるような奴らじゃなかったぜ」


 転移した場所がスールーンだっただけに、抗夫との関わりは深いと言う。


「ロクでもない犯罪者か、ロクに頭が回らず、騙されて売られてきた馬鹿ばかりだったぜ。いけ好かねぇのはガキが多かったって事だ」


 そして、一度見た抗夫を二度見かける事は稀だったと、それだけポコポコ死ぬと言う事だ。

 そんな彼らが、こんな坑道を掘れるハズが無いと言う。


「アイツらの死因は生き埋めか、酸欠、泥炭が燃えて火だるまってのもあるな。ロクな知識も道具もなく、穴蔵に押し込められるのよ。こんな深く坑道を掘れるハズがねぇ」


 なるほど田中がアレだけ坑道に入るのを嫌がるワケだ。どう言う事だと振り向けば、あっけらかんと木村は言う。


「そりゃそうだ、今更っしょ? 人間が掘った坑道なら、環境に適応した魔獣が住み着いてるハズないわな。きっと百年以上前からあったんだろね」


 何気ない風に言うが、木村サン? そう言う事は早く言って欲しいね。俺が何か言う前に、田中が噛み付いた。


「じゃあナニかよ? コレも古代遺跡だってのか?」

「それが解んないのよ。だったらコンクリみたいな建材を使うだろ?」

「そりゃそうだが……」

「元抗夫にも話を聞いたけど、抗夫とは名ばかり。坑道を深く潜って魔石を拾うのが仕事だってさ。さながらダンジョン攻略だ」

「なるほどな」田中は鼻を鳴らす。「どおりでゴロツキばかりな訳だ。穴を掘るのだってもうちっとオツムが必要だろって奴ばかりだった」

「そうそう、それでもあんまり深くは潜らないって。魔獣に喰われるからね。彼らにとっては大きい鼠だって無敵の魔獣。一目大猫モルガンザルデンなんて語り継がれる伝説扱いだったよ。出会ったら必ず死ぬってさ。死骸を見せたらブルってたし」

「おいおい、じゃあ人間は、この洞窟の表層を引っ掻いてただけってか?」

「そうなるね、嫌な予感するだろ?」

「……帰って良い?」


 駄目だ! 逃さんぞ! 俺は田中のズボンをギュッと掴む。


『俺達、親友だろ?』

『いや、もうお前、女の子だし』


 ほぅ! ソッチがその気なら。


「この戦争が終わったら私達……」

「ヤメロ! 濃厚なフラグを立てようとするんじゃねぇよ!」

「姫様! ついにその気になったんですね!」


 ……フラグとか解らんマーロゥ君に食いつかれてしまった。まぁ良いか。放置で。


 しかし、この道。巨大なサンドワームがのたうった跡の様にも見える。ゲームと違ってそんな生物は記録にないが、絶対に居ないと言い切れるかどうか?

 なにせ、部屋と部屋とを細道が繋ぐ構造は……まるでアリの巣だ。


「ひょっとして、何かの巣だったのかも知れません」

「馬鹿言え、こんなデカい穴掘るなんて、大牙猪ザルギルゴールでも無理だろ」

「そうですね……」


 田中の文句に答えながらも、本当は思い当たる節があった。


 かつて俺が飛び込んだ遺跡にポッカリと空いていた大穴は、経年劣化で開いたモノじゃない。ポーネリアの記憶では僅かな時間で何者かに開けられたモノだった。

 たしかアレは……。


「到着しました。皆さん準備は宜しいですか?」


 ゼクトールさんの言葉にハッとする。

 考え事をしていたら、何だかんだ魔女の待つ部屋の手前まで辿り付いてしまった。


「お待ちしてました、魔女はこの先です。奴め、堂々としてますよ」


 魔女の待つ場所へ至る唯一の通路。

 そこに陣取っていたのは親衛隊副長のグリードさんだった。リヨンさんを案内した昨日の今日で、ご苦労な事である。


 グリードさんが指差す薄暗い小道はなだらかな下り坂。ココを降りると正真正銘、この坑道の最深部になっており、驚く程広いスペースが広がってるらしい。


 ソコに魔女が居るんだとか。


「まず、遺跡ではありません。ただ、くり抜かれた地下空間。ただし、あまりにも広い」


 グリードさんは中に入って、実際に魔女と話したらしい。


 この先、待つのは魔女が一人だけ。

 それ以上近付けば死ぬ。その前に、ユマ姫と話をさせろと言ってきたとか。


「殺風景な何も無い場所ですが、そこまでの通路が傾斜になってるので一度入ると出てくるのはちょっと骨ですね。魔女は足元に火薬を仕込んでるって言ってて……本当に行くんです?」


 そりゃ、行くだろ。


 足元の火薬ってのは地雷だろうか?

 最悪、地雷で足が吹っ飛んでも、俺の魔法があれば生き残れる。


 でも、まぁ、一人で真っ先に突っ込むってのはナシだよな。

 一人でカタを付けたい気持ちもあるが、言い出せそうな雰囲気では無い。


 ……そんな事を考えてる時点で、復讐の気持ちが薄まっているんだろうか?

 絶対にこの手で八つ裂きにしたいと思っていたのに。いまは自分で殺す事に、それほど執着してない自分が居た。


 ずっと欲しかったゲームがいざ発売された時、なんだか箱から開けるのが惜しくなってなかなか始められない感じに近い。

 勝手に開けられて遊ばれるのは癪だけど、誰かに遊ばせて様子を見たくなったりしたもんだ。


「取り敢えず、俺が行けば良いんだよな?」


 田中が通路、というか薄暗い洞穴を覗き込む。

 そうだな、ゲームもそうやって田中にやらせる事が何度かあった。なんせ木村だと上手すぎて参考にならないし。

 俺は祈るように、声を掛ける。


「気をつけて」

「……いや、やめろよ、気色ワリぃって」


 酷ぇ言い様だな。

 でも、まぁ、そうか。


 こんなのは俺達らしくない。


 この場面で言うとしたら、そうだな。


 俺はジッと田中を見つめて、命ずる。


『いのちをだいじに』

『めいれいするな』


 田中は吐き捨てる様に言い捨てて、滑る様に洞穴を下っていった。


 そんなコマンドねーだろ! 命令させろ!

 そんな俺達をみて、しみじみとゼクトールさんが呟く。


「何と言ったのでしょう? 神の国の言葉、解らない事が悔しくて仕方有りません」


 マーロゥ君もウンウンと頷くが、内容を知られると幻滅されそうなので解読するのは止めて欲しい。


「どうでも良い事しか話していませんよ。そんな事より、魔法を使います」


 俺は集音の魔法を発動する。


 まずはサシで田中と魔女で話をさせて、引き出せる情報を引き出す。危険だと思ったら田中には悪いが全力で退避。


 ココまでは事前に決めた流れだ。早速、魔女の声がほの暗い洞穴から響いてくる。


「『よぉ、久しぶりだな』」

「『……あら? 一人なの?』」


 間違い無い、黒峰の声だ。


「『いきなり大勢で押しかけちゃ失礼だろ? 遠慮したんだよ』」

「『そんなの、私とアナタの仲じゃない』」


 田中は油断を誘うために日本語で話し掛けている。

 だから、内容を理解出来るのは、俺と木村だけ。


「『こんなトコで引き籠もって、どうするつもりだよ? 外は兵士がギュウギュウ詰めだぜ?』」

「『兵士、ね。そんなモノ、幾ら集めても無駄なのに』」

「『へぇ? 一人で全員始末出来るってのか?』」

「『そんなの、無理に決まってるじゃない。私ふつうの女の子よ』」

「『女の子って歳かよ、俺も良いオッサンだ』」

「『言う割りにギラついてるじゃない』」

「『まぁーな。コッチに来てから今が一番滾ってやがる。そろそろ教えろよ。何をしでかすつもりなんだ』」

「『そうね、話しても良いけど。どうせなら皆に見せたいわ。ねぇ? どうせ、聞いてるんでしょ?』」


 ご指名だ!

 しかし、飛び込もうとした俺の肩を木村に掴まれる。


「いや、まずは我々が行きますから」

「そうッスよ! 姫は待ってて下さい」


 マーロゥ君まで話し方が素になるほど焦ってるし、俺はどうにも信用がないね。


「私が行かなければ始まらないでしょう! 安心して下さい、行くのは皆さんと一緒です」

「それなら……」


 どうにも仕方無いと言う空気になった。止めても駄目ならその方が安心と目で語り合っている。

 結局折れて貰い、マーロゥ君が真っ先に飛び込み、ゼクトールさんとユマ姫親衛隊が続く、次に俺、ケツには木村。守られながら、俺は洞穴に飛び込んだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 滑る様に降りた先は、聞いていた通り殺風景な岩の空間だ。


 ちょっとしたダンスホールぐらいの大きさと聞いていたが、学校の体育館より一回り広い感じだろうか?


 ゴツゴツとした岩肌は削ったままの風情だが、地面だけは平坦で、一直線に黒っぽくなっている部分がある。


 地雷なんて上等なモノじゃないな。火薬を撒きましたって感じ?

 とてもこの上を歩く気はしない。ちょうど火薬の川に遮られ、その対岸に黒峰が居るような格好だ。


「それで全員なの? 思ったより少ないのね」


 田中に木村、俺、マーロゥにゼクトールさんを筆頭に、親衛隊の騎士が四名。


 全員が何らかの達人だ、女をひとり捕まえるには過剰戦力だが、黒峰は余裕を崩さない。


 不穏だが、飲まれたら負けだ。


「これ以上でお邪魔したら、流石に迷惑でしょう?」

「そうね、気を使って貰って嬉しいわ」


 俺が堂々と姿を現し話し掛けたというのに。まだ余裕だ。火薬を爆破しようが、ミサイルを撃とうが、ココからの逆転など不可能だと言うのに。


「今日、皆に集まって貰ったのは、世界の終わりを見届けるのが私ひとりじゃ寂しいからよ」

「何を言っているのです?」


 嫌な、予感がする。

 先程から、首筋がピリリと痺れるような痛みを贈り続けている。俺の運命が削れる痛みだ。

 ホルスターからリボルバーを抜いて、銃弾で撃ち抜いてしまおうか?

 魔法で補正すれば、決して外さない。魔女に洗脳能力しか無いのなら、防ぐ手段は無いはずだ。

 しかし、そんな俺の考えを見透かした様に、魔女は笑う。


「殺しても良いのよ? 憎いのでしょう? 私が」


 両手を広げ、俺を挑発する。


 コレ、撃って良いのかな?


 駄目な流れだけど、良いって言ってるし……、でもコレが罠で、まんまと反撃で大ダメージを食らったりしたら、馬鹿丸出しって笑われそう。


 俺は見え透いた罠に掛かる間抜けなモブキャラが大っ嫌いなのだ。


 ……でも、一応ね? 撃っておこうかな。


 こう言うのは変に躊躇して、あそこで撃っておけば!

 みたいになるのだって腹立つからね。


 多分、なんか防ぐ方法が有るんだろうけど、黒峰さんだって俺が「馬鹿なッ!」みたいなセリフで驚くのを期待してるだろうし、一発だけなら良いよね?


 ヨシッやるぞ! っとリボルバーを引き抜こうと思ったら、いつの間にか木村の自在金腕ルー・デルオンが伸びてきて、俺のホルスターをガッチリ押さえつけている。


 ……そう言うの、駄目じゃない?


 キッっと木村を睨むが、ガン無視されてしまう。


 イベントシーンだってのに、ボスよりも俺を警戒してるのはマナー違反だろ。

 しかし、マナー違反なのは田中も同じ。相手の口上を待つ気は無いらしい。


「まどろっこしいぜ、早く見せろよ」

「せっかちなのね、モテないわよ」

「大きなお世話だ」

「良いわ、始めましょう」


 言葉と同時、魔女がパチンと指を鳴らした。その途端、真っ白な煙が地面から噴き出す。

 霧の悪魔ギュルドスの霧! しかし、コレは対策済み。


「馬鹿の一つ覚えですね、マーロゥ!」

「ハイ!」


 タップリと持たせた魔石をばら撒かせる。


 なにせ、魔獣を倒して大量の魔石が手に入った。景気よく周囲にばらまけば、霧は魔力と中和されて効果が無い。

 立ちこめた霧で見通しが悪いので、魔法の光で周囲を照らす。

 ……思ったより暗いな、ドンドンと出力を上げていく。


「なっ?」

「驚いた? コレが正真正銘、私の持っている最後の霧の悪魔ギュルドスよ」


 いつの間に、それこそ学校プールぐらいの穴が空いていた。

 そして、ソコにビッシリと詰まっていたのが無数の霧の悪魔ギュルドス。何十個? いや百個以上はある。


 地面に埋めていたのは火薬じゃなかった。


 大量の霧の悪魔ギュルドス


「濃厚でしょ? 人間でも、気を失う程の濃い霧よ」

「皆さん、魔石を!」

「ハイッ!」


 俺とマーロゥ以外も魔石を砕き、撒く。なにしろ潤沢に魔石はある。ゾンビ対策に、上層の兵士だって魔石を大量に持たせている。

 霧の悪魔ギュルドスの量にはビビったが、こんなモンでどうにかなるワケは……

 すると、護衛として連れてきた親衛隊が騒ぎ出す。


「クソッ噛まれた!」

「ネズミだ! 魔獣が居るぞ!」


 嘘だろ? ンな訳無い。


「あり得ません。魔獣は魔力が無くては、霧の中では動けません」

「しかし現に!」


 確かに、薄暗い中をブタぐらいのサイズのデカいネズミが動き回っている。

 暗い中、黒峰の声が聞こえて来た。


「ハダカデバネズミって知ってる? 地球の生き物なんだけど」


 知らねぇ! 木村を見ると、コイツは知ってるようだ。しかし、ネズミ退治に余裕が無い。

 楽しそうな黒峰の声だけが暗闇に響く。


「よく似てるのよ、そいつらと。ネズミなのに変温動物で、寿命は十倍は下らない。地球でも有名な特殊な生き物よ。この世界でその秘密の正体を知る事になるとは思わなかったけど」

「ごたくは結構です!」


 面倒臭い。もう撃ってしまおう。リボルバーを構え……しかし、足元のネズミが邪魔。

 コレでは魔石で霧の侵入を防いでも、魔獣の健康値で魔法を阻害されかねな……いや、このネズミ!


「健康値が無い!」

「そうなのよ、健康値がないの。魔力を含んだ苔を食べるために進化したのね」


 でも魔獣だろう?

 魔力が無くては……いや、そう言えば、ネズミの体内から取った魔石は、全て胃の中に有った。


 普通は、心臓や肺に魔石を癒着させ、全身に魔力を行き渡させる。


 コイツは、きっと食べた魔石や苔に含んだ魔力をそのまま使うのだ。魔力を使って動いているが、肉体と魔力が切り離されている。

 ならば、大量に魔石を喰わせておけば動けるか?

 俺の考えを肯定するように、黒峰がさえずる。


霧の悪魔ギュルドスで魔力を削ってもしばらく動くし、動けなくなっても仮死状態で生き延びるのよね。この世界、あらゆる生き物は健康値が減少して寿命を迎えるのに、そもそもの健康値が無いんだもの。そりゃ長生きするわよね。きっと地球のハダカデバネズミも一緒だわ。初めから半分死んでるの」


 生き物として鈍いのだと、黒峰は言う。

 人間だって酸素が無くても数分は動けるハズだが、吸った空気に思いがけず酸素が無ければ、いきなり失神したり、動けなくなる。

 魔獣やエルフも体内に魔石を持っているのに、霧を吸うと動けなくなるのはそれが理由だ。ショック症状を起こしてしまう。


 その点、この不細工なネズミは魔力の体内外の差など気にしない。鈍感だからこそ、しばらく動ける。

 しかし、健康値がないなら気兼ねなく魔法を撃てる!

 長々と説明してくれたが、それが何だと言うのか。


「死ね!」


 呪文もナシ。

 俺の手から無数の風の刃が生み出され、地面ごとネズミを切り裂いて行く。

 魔石を巻き上げて飛ぶので、超濃厚な魔力の中でも数メートルは飛ぶし、健康値の無いネズミが相手なら、いっそゼリーを切るようなモンだ。


 今朝測った俺の魔力値は1241、エルフでも百年に一人居るか居ないかの天才クラス。こんなネズミ程度、幾らでも斬り裂いてやる!


 しかし、首筋に激しい痛み!


 ――パァァン!


 そして、銃声! 黒峰の銃だ。


 闇にマズルフラッシュが光る。コチラを正確に狙っている。

 しかし、今の俺には味方がいる。その程度で死ぬハズが無い。


 ――ギィィィン


 受け止めたのはマーロゥ。

 聖双剣ファルファリッサに触れた銃弾は、甲高い音と共に、無数の火花に分解されて消えていく。


「無様な! 無駄な抵抗を!」


 俺も銃を構える。ネズミに健康値が無いのなら好都合。邪魔をされずに殺せる。俺は霧の中へ目を凝らす。


「クッ!」


 ……しかし、暗い!

 とても狙えない。余りにも霧が濃いのだ。光を強くしても物理的に通らない。


 運命光は見えるが、若干のラグがあり、動いている相手を狙うのは難しい。


 しかし、何故こうも暗いんだ? 霧も原因だが、それにしたってもっと洞窟は明るかったハズ……


 ――パァン!


 再度、黒峰の銃撃。

 魔法で難なく受け止めたが、動いているにも拘わらず、狙いは正確。


「光を消して下さい! 狙われている!」


 木村の叫びに、俺はハッとして魔法の照明を消した。確かに、俺だけ魔法で光っていれば黒峰から見て良い的だ。


 俺だけ?


 そうか! 魔道具はもちろん、苔だって魔力が無くては光れない。洞窟全体が暗くなっている。


 しかし、明かりを消す理由はそれだけでは無かった。木村の切羽詰まった声。


「このネズミは光と魔力にたかってるんです!」


 なるほどな! だから魔女は襲われない。

 この限界状態で、木村は驚く程冷静に観察している。


 魔女め、観念する所か、やる気満々で仕込んでいたか。

 俺達が魔石を撒いて、魔法を使うのも織り込み済みとはな。そして、魔女の仕込みはそれだけに止まらない。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああ!」


 ネズミに噛まれた騎士が暴れ始める。ゾンビ化だ!

 ネズミにウィルスまで仕込んでいやがった!


 動き回っている騎士達は霧も魔石も吸い込んでいる。健康値が一気に掻き消え、体がショックを起こしたところにゾンビ化ウィルスを叩き込むコンボ。

 一度でも、ネズミに噛まれたら終わりのデスゲーム。『偶然』に晒される俺に、余りにも不利だった。


「撒いた魔石から出ます。マーロゥ! 掴まって!」

「うっ済みません」


 うっすらと光る、魔石の範囲内に居るのは危険だ。

 苔があると勘違いしたネズミに群がられてしまうし、何匹倒してもキリが無い。その隙に銃弾を撃ち込まれれば、どこかで防ぎきれないだろう。

 しかし、そうすると霧を吸い込んでマーロゥは完全なお荷物になる。


「うっ!」


 俺だって体が重いし、魔法も使えなくなる。真っ暗の部屋で息を潜めて様子を窺うしかない。

 こりゃ長期戦になるぞ。サクッと魔女を殺すつもりだったのに、想像以上に粘ってくれる。

 本当に往生際が悪くて嬉しくなっちゃうね。


 ……殺し甲斐があるじゃんね。


 暗い部屋の中はネズミが這い回る音と、ゾンビの呻き声だけ。

 助けを呼ぼうにも、俺達が降りてきた洞穴の向こうから、グリードの怒号や、兵士達の悲鳴が聞こえてくる。


 霧は上層にも流れ、ネズミに襲われているのだろう。霧の中和を狙って、兵士達に魔石を持たせたのが裏目に出た。


「あ゛あああ」


 そして、ココにもゾンビが一人。ゼクトールさんの部下の親衛隊だ。


「コイツは……私が始末します」

「お願いします」


 ゼクトールさんが、泣きながら部下の首を断ち斬った。その目には狂おしい程の怒りが燃えている。

 そう言えば、ゼクトールさんは俺の婚約者ボルドー王子とも親友で、洗脳されて王子を殺すはめになったガルダとも親しかった。遺跡でも今回みたいに魔女に部下を奪われている。

 ゼクトールさんは俺以上に魔女を憎んでいても不思議では無かった。

 暗闇の中の魔女へ殺意の籠もった目を向ける。


「魔女め!」


 ギリリと鳴る程に奥歯を噛み締めるが、それでも飛び出しては行かない。俺を守る為だ。


 ふむ、何だかんだ術中に嵌まって足手まといになってしまったな。


 まぁ、でも、悪くない。俺には他にも頼れる味方がいる。


「俺が行こうか?」


 田中はそう言うが、罠があるに決まっている。


「だがよ、埒が明かねぇだろ?」

「そうよ、隠れてたらつまらないわ」

 ――パァン。


 魔女の声。そして銃声。


「グッ」


 ゼクトールさんが撃たれた。

 いや、俺を庇って撃たれたのだ。


 俺達は、俺の魔法でめくれ上がった地面を盾に潜んでいた。

 にも拘わらず、それを避けて回り込み、正確に俺を狙った一撃。


 魔女には俺達の姿が見えている。

 魔女の義眼。アレに暗視機能でもあるに違いなかった。


 魔道具の一種かと思ったが、他の理屈で動いているらしい。霧で魔力を奪い、ネズミで光を奪い。自分に有利な状況を作り出したか。


「来ないの? 闇の中では私が有利よ?」


 安い挑発だ。だが、事実ジッとしているとジリ貧である。

 俺はリボルバーを握り締めるが、ゼクトールさんがその手を止める。その肩は血に塗れていた。


「奴の銃は防弾マントを貫通しました。危険です」

「なんなら私が牽制しましょうか?」


 木村が自慢の銃を構えるが、この暗闇で撃っても当たらないだろう。


「大丈夫、私がケリを付けます」


 そんな二人を振り切って、俺は宣言と同時、物陰から飛び出した。


 目を瞑り、運命光を確認する。

 魔女は俺の動きに反応している。間違い無く、見えている。

 しかし、俺だって、瞬く運命光が見えている。

 銃を抜き、構える。


「自分だけが、暗闇に強いとは思わないで下さい」

「勝負するのね、いいわ」


 闇に向かって撃つ。


 ――パァン


 二つの銃声が交錯し、俺の肩に銃弾が突き刺さる。


「グッ!」


 防弾ジャケットを貫通し、衝撃で転がる。

 圧倒的な威力。拳銃弾じゃなく、ライフル。


 リロードも早いから、ちゃんとした銃弾に違いない。


「私の方が、暗闇は得意のようね」


 一方の魔女は、無傷。俺の弾丸はかすりもしなかった。


「そのようですね、得意のようです」

「……なにが言いたいの?」


 そうだ、暗闇に強いのは。俺だとは、言ってない。


「キャッ!」


 突然響く、魔女の悲鳴。


「誰? 何なの? いつの間に?」


 油断した魔女の背後に忍び寄り、一息で地面に押し倒した者が居た。


 誰かって? 決まってる。

 暗いところで戦うのが、誰より得意な奴を連れて来た。


 俺は高らかに唄う。


「黒峰さんも知ってるでしょう? アナタの目を潰した張本人よ」

「そんな事より、ねぇ? 殺して良いの? 早く殺しましょう」


 空気を読まない発言。流石はシャリアちゃんだ。

 彼女には部屋の手前で気配を消して待機して貰っていた。


 何かあったら飛び込んで来て、魔女を無力化しろってね。


 魔力が見えるシャリアちゃんだが、霧で魔力視は役に立たなかったに違いない。


 それでも、音の反射やマズルフラッシュの僅かな光、それだけで彼女には十分。暗闇で戦う事に掛けて、彼女の右に出る者は居ない。


 俺は指を突きつけ、魔女へ命ずる。


「霧を止めなさい! 早く!」


 そうすれば苔が光り。ネズミの暴走は止まる。


「解ったわ。潮時ね、自分の手で殺したかったのだけど、慣れない事はするもんじゃないわね」


 魔女がそう言った途端。ドゴンと音がして、地面が揺れた。

 仄かな赤い光が暗闇を打ち払い、呼吸が苦しい程の熱気が湧き出した。


 そして、一瞬にして、霧が晴れていく。


「何なの?」


 思わず、呟く。

 不気味な明かりに照らし出された部屋のど真ん中。霧の悪魔ギュルドスがズラリと並んでいた場所が、今はポッカリと空いていた。

 五十メートルプールサイズの空間が丸ごと崩落し、内側から光っている。


「ココはね、ちょっと掘ればマグマ層まで直結してるの」

「狙いはなんだ!」


 這い出した木村が、組み伏せられた黒峰さんに問う。

 マグマに赤く光る世界。徐々に温度が上がっていた。


「何がって、霧の悪魔ギュルドスを止めるんでしょ? マグマに落としちゃえば、すぐさま止まるんだから、注文通りにしたつもりだけど?」

「何の為にだって聞いてんだよ!」


 珍しく木村が激昂し、魔女に銃を突きつける。

 既にシャリアちゃんに組み伏せられている黒峰にだ、らしくない程に焦っていた。


 でも、確かに嫌な予感がする。俺には魔女の狙いが解らない。アレは残り少ない貴重な霧の悪魔ギュルドスだったはずだ。


「そうね、すぐに解ると思うわ」


 しかし、魔女は死ぬのも怖くないのか、シャリアちゃんのナイフを首筋にあてられ、木村に銃を突きつけられ、それでも楽しげに笑っていた。


 徐々に、揺れが、激しくなる。


 ナニカが来ている。見つめる先、トンでも無い大きさの運命光が脈動していた。


 今まで、コレほどの大きさの運命光を見た事がない。強烈な光は、他の運命を掻き消し、飲み込んでしまう。

 寿命が長ければ、運命光が大きいわけじゃ無い。

 木の魔獣なんて、いくら長生きでも他の生命体に干渉する能力は殆ど無く、狩られる時にはアッサリ狩られてしまうから。


 つまり、コレだけ強烈な光は圧倒的な強者の証。

 しかし、コレが、本当に? 同じ生き物なのか?


 俺の疑問に答える様に、押し倒されたままの黒峰が狂った様に笑っていた。


「見たのよ、文献と、資料映像で。馬鹿みたいに、それこそ馬鹿みたいに、怪獣みたいにデカいのよ。星の魔力を直接食べて生きてるんだって。丁度、さっきのネズミを想像出来ないぐらいにデッカくしたモノよ」

「オイ? なにを言ってる?」


 木村も知らないみたいだが、俺はソレを知っている。

 ポツリと呟く。


「星獣」


 ソレは、この星のヌシ。

 ポーネリアの記憶には、町ごと飲み込む魔獣の姿があった。

 それが、この地下に?


「あ、う……」


 そして、俺は、覗き込んだ先。穴の底のマグマから目が離せなくなっていた。


「ユマ様? 何を?」


 ゼクトールさんの声が遠くに聞こえる。撃たれた肩の痛みさえ、徐々に鈍く……


「ピィィィィィ」(なんで、どうして? ママ。置いてかないで!)


 場違いな声。

 いや、それは鳴き声だった。人間では無い、獣の声。

 でも、意味が解る。解ってしまう。


「ピィ」(ママ……)


 コレは、まさか? 俺の口から出てるのか?

 そう言えば、神は言っていた。

 『参照権』の力で、神の言葉が再生される。


一番無茶な所では、魂の規格を無視して土地神の龍子として転生させてみたんじゃが・・・

土地ごと死んで行きおった。何人死んだか数えたくもない程じゃ。



 ……そして、俺の意識は混濁した。

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