拠点奪還
「ん~流石に山道は揺れるなぁ」
「キィムラさん? ず、ずいぶん余裕ッスね……」
俺に話し掛けてきたのはエルフの青年マーロゥ君。
以前は子役として活躍し、ユマ姫と同じ舞台に立った事もあるとかなんとか。
なるほど、ちょっと引くぐらいのイケメンである。
「……? なんです? ジロジロ見て」
「いや、ちょっとな」
ドSに覚醒したヨルミ女王のサンドバッグにどうだろう? とか考えてしまった。
「真面目にやって下さいよ。戦場のど真ん中なんスよ?」
そんな思惑がバレたのか、マーロゥ君は不満げに口を尖らせたので「……そうだね」と俺は曖昧に頷く。
ま、そうなのだ。
ココは戦場のど真ん中。
なのに俺がのんびりしているのは、頑丈な装甲車に乗っているからに他ならない。
ココはゼスリード平原に至る山の細道。馬車がすれ違うだけで一苦労の道だから、大きい装甲車なら道の大半を塞いでしまう。
そんな巨体で敵に占拠された山道を駆け上がればどうなるか?
運転手を任せたエルフの男から、緊迫の声があがる。
「間もなく敵陣に突っ込みます!!」
「へーい!」
「へーいって……」
ジト目で見てくるマーロゥ君。
そう、何度でも言うけど、ココは戦場のど真ん中。
そして俺達は敵陣へと突っ込んでいる。
もちろん、回避なんて出来っこない。
先程からずっと、一方的に雨あられの弾丸を撃ち込まれ、カンカンと銃弾の音が車内に響いて鳴り止まない。撃たれ放題だ。
それでも、この装甲車は壊れない。
いやー田中が一杯やっつけてくれたので、素材がたんまりあって助かった。
金属と違ってロクに加工は出来ないが、魔導車の外装に貼り付けて、装甲にするぐらいは出来る。
不格好で加工も出来ない外骨格は
……そんな外骨格にスッパリと斬られた跡が幾つもあるのが気になるが……
田中に聞くと自慢話が長そうなので聞いていないっ――と。
――ガァァァン!!
車体に衝撃。
「どうした?」
「バリゲードの丸太に突っ込みました、動けません!」
「あーっと、じゃあ、バックして良いよ」
言いながら装甲車の扉を半ドアにし、隙間から
魔法の腕にたっぷりと持たせたのは爆弾だ。
ポイポイッと投げつけて、待つことしばし。
――ドオオォォォォン!!
大・爆・発!
バリゲードごと敵陣が吹っ飛び、余波だけで、銃弾にもビクともしなかった装甲車が悲鳴をあげる。
「な、なんだよ! この威力!?」
「ユマ姫が開発した爆弾です」
俺がしれっと答えると、マーロゥ君は愕然とした。
「……ユマ姫が?」
「ええ」
正確にはユマ姫が事故って爆死して、胴体だけのオブジェになった爆弾ですね。
火薬に灯油をちょい足し、ひと抱えも作った爆弾は威力十分だ。
いやー、偶然でこんな爆弾を作っちゃうなんてユマ姫は凄いな!!
まぁ爆殺される方なんだけどさ!
作ってみて解ったんだけど、この爆弾、実は配合が難しい。
灯油と火薬だと、灯油の方が熱量は多いので、欲張って灯油を多めに混ぜると、途端に着火しなくなってしまうのだ。
火薬に対して灯油を5%とか混ぜるのが精一杯。
それでも、火薬だけの爆薬と比べると破壊力はダンチだ。
火薬だけの爆発では、ダイナマイトのように拠点を吹き飛ばすなど絶対に不可能なのだから。
配合はキッチリやる必要がある。ソレでも着火剤を凝らないと、なかなか爆発してくれない。
じゃあ、なんで遺跡ではあんなに爆発したのか?
……『偶然』のちからってスゲー。
今回は、味方が火矢を放ちまくってるので、なんとか爆発させることが出来た形。
ソコまで便利なモノでは無い。
爆発の混乱に乗じて親衛隊(冷静に考えると、ユマ姫親衛隊とは??)やスフィールの騎士達が突っ込んで、敵陣をズタズタに引き裂いていく。
と、そのままの勢いで、俺達は次々と敵陣を突破した。
ゼスリード平原へ至る細道には四つも簡易陣地があったのだが、この方法で全て潰す事に成功する。
シノニムさんの上司にしてネルダリア領主オーズドさんが実行した遅滞戦術で、敵は陣地を築きながら慎重に山道を下っていた。
それが完全に裏目に出たってトコロかな?
こんな狭い道で装甲車が迫ってきたらどうにもならない。
バリゲードで行く手を塞いでも、守ろうとすれば爆弾で被害は拡大するばかり。
いやー我ながら、ゴリ押し。戦略もクソも無い。サイコーだな。
モクモクと黒煙が上る敵陣を、味方の騎士が一方的に蹂躙する様はちょっとした見世物だ。それも安全な装甲車の中から。
観戦のお供は、ナッツがたっぷり入ったチョコレートバーである。
もぐもぐ。
旨い! 忙しい時でも安心!
「…………」
視線を、横から感じる。
「食う?」
「はい!」
うめーうめーと耳をぴょこぴょこさせながらチョコバーを囓るマーロゥ君。
イケメンで、可愛い。ズルいね、どうも。
流石に敵陣もコレで最後。
ようやく主戦場のゼスリード平原に手が届く、俺は早くも次の作戦を考えていた。
そんな時だった。
「敵兵が止められません。下がって下さい」
趨勢が決まった戦場。開け放った装甲車の扉に、一人の兵士が血相を変えて乗り込んでくる。
え? コッチは装甲車に乗ってるんだぞ? 一番安全だってーの。
っと、呆然とした俺の横から、入れ替わる様に外に出て行く男がいた。
「俺の出番ッスね」
マーロゥ君だった。
俺の膝上をネコの様なしなやかさで通り抜けて、外へと出て行く。
なんて言うか……ちょっと良い匂いがした。
エルフって凄いね。
いや、違うな。エルフも色々見たけど、彼ほどの美形はそうは居ない。
同じエルフ同士、ユマ姫と二人で並べば絵になるに違いない。ぐぬぬと嫉妬が止まらないワケだが、正直ユマ姫が美形に惹かれるかって言うと疑問だ。
美形の無駄遣いって気がしないでもない。
……いやいや、危機的状況でも変な事を考えてしまうのは、俺の悪いクセだ。
「何が起こった?」
運転士に車を下げて貰いながら、兵士に事情を尋ねる。
「物凄く強い剣士が居たんです。止められません」
「へぇ、何人?」
「いえ、一人です」
「なんだって?」
たった一人で? まさかと思った瞬間。煙の中から一人の男が飛び出して来た。
――ギィィン!!
男が剣を振るえば、王国兵の胴がスパッと切れた。それも、鎧ごとだ。
「魔剣か! それに鎧まで!」
その剣士はエルフの装備で身を固めていた。
黒いエルフの鎧ばかりか、極めて貴重な魔剣まで。
エルフの都は一時帝国に占拠されていたのだから、装備の多くが帝国に流れている。たまにこう言う剣士が現れては、王国に無視出来ない被害を出していた。
そして、魔剣であれば装甲車だってぶった切れるのだ。伝令が血相を変えて車を下がらせるのも当然の判断。
こりゃマズイな……装備が同じなら、マーロゥ君だって楽勝とは言い難い。
――チィン!
しかし、思わず漏らした俺の舌打ちは、澄んだ金属音で掻き消された。
「終わりっと。人間の剣士がみんな強いわけじゃないんスね」
それはマーロゥ君が両手の二刀を納刀した音だった。
つまり、舌打ちした時には全部終わっていた訳だ。
エルフの装備に身を固めた敵剣士の体がズルリと崩れる。X字に切り取られ、綺麗に四分割されていた。……魔剣ごと。
同じ魔剣?
とんでもない! モノが違う。
「双聖剣ファルファリッサ。流石は秘宝か」
「剣だけじゃないですよ。マーロゥの腕も良い」
俺の呟きに応えたのは魔導車の運転手。無口なエルフで、運転手などやらせているが彼も戦士の一人だ。
「ここらじゃ魔導衣を着てたって、動き回って剣を振るのはしんどいんです。双聖剣は特に魔力を食いますから。アイツは切り裂く瞬間だけ起動して魔力を節約してますよ」
「なるほどなぁ……」
イケメンで強い。
なるほど、人類の敵だな。
いや、味方だわ。そうだよね?
とにかくアレだな。勝ったわ。
その日、俺達は開戦前の陣地まで戦線を押し戻す事に成功したのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「で、どうして来たのです?」
俺は呆れていた。呆れてモノを言えないを通り越し、言い放ってしまった訳だ。
「どうしてって?」キッとユマ姫は俺を睨み付ける。「私が居なければ始まらないでしょう?」
いやいや、とっくに始まってるし!
クソ馬鹿も休み休みにして欲しいのだが、残念ながら馬鹿は年中無休だ。
ココは取り返したばかりの味方陣地。ユマ姫が使者の頭を撃ち抜いた小屋である。
陣地を整え、今夜はゆっくり寝れそうだぞって所でユマ姫が飛び込んで来たワケだ。
鞭で打たれてからまだ三日。きっと背中は猛烈に痛いハズ。
「姫様はろくにお休みになってません」
その証拠にシノニムさんは俺に囁く。そりゃあ、あんだけ鞭で打たれて寝られるハズが無い。
ユマ姫は目に見えてやつれ、目の下のクマも濃い。足取りもフラフラで痛々しいと言う言葉がシックリくる。
こんな様子では何も出来ない……そう考えるのはユマ姫初心者だ。コイツはこんな状態でも何かしでかす。
それが解ってるからこそ、こちら側の総司令官であるオーズド伯も必死だ。
「ココは我らに任せて城に帰って貰うわけには行きませんか?」
「本格的な開戦を前に、皆に私の不手際をお詫びしたいと思って参りました。それだけです」
……本格的な開戦を前に? いや、とっくに始まってるんだが???
コイツ! 自分のミスを丸ごと無かった事にしようとしてない?
あ、むしろこれからが本当の地獄だ! 的な奴か? 尚悪いわ!
「姫様がおらずとも心配は無用です。こちら側の準備が整った以上、奴らの好きにはさせません。ココまでの流れ、全て私の思惑の通り進んでいますから」
「思惑通り?」
俺が慇懃に頭を下げると、ユマ姫は疑わしげに俺を睨んだ。
物資を魔導車二台でピストン輸送しつつ、装甲車で切り込んでいくのが今回の作戦の軸。
車が揃うまで本格的な戦闘は避ける予定で、攻められたら大きく逃げて良いとオーズド伯には事前に言っていた。
山道で遅滞戦術を行うのも、スフィールの前まで引くのも全ては予定通り。
ただ、ひと当てもせずにただ逃げるのは体面が悪いからと、軽く戦うだけの予定が、ユマ姫の暴走で混乱したことにより想定以上にボコボコにされてしまった形だった。
つまり、押し込まれる事も含めて、ココまで想定内で戦況は推移している。
唯一の誤算はユマ姫の暴走だけ。それだって十分にケアする予定であった。
実は、エルフの国から納入された魔導車が王都を出発するその瞬間まで、ユマ姫は俺と一緒に居たのだ。
で、俺と二人、魔導車に乗って戦場に乗り込む予定だった。なのに、ユマ姫だけ、一足先にスフィールに到着し、馬車で優雅に戦場に乗り込んだ。
どうやって?
一か八かの戦であれば、ユマ姫の存在は心強い。
だが、普通にやれば勝てそうな戦いだ。ここまでで俺はそれを確信している。
だからこそ、歩く
このままじゃユマ姫はテコでも動かない。俺はオーズド伯とアイコンタクト。
「では、翌朝、皆の前で謝罪をして頂き、それから帰城して頂きます。良いですね?」
確かにその辺が落とし所だろう。伯の言葉に俺も頷く。満足したら帰って貰おう、そうしよう。
「ええ、もちろんです」
ニッコリ笑うユマ姫だが、俺達は悟った。「コイツ帰る気ねぇな」と。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そ、そうきたかぁ~」
俺は翌朝、頭を抱えていた。
目の前には陣内を練り歩くユマ姫の姿。
例によって肩丸出しのドレスだが、今度は肩どころか他も酷い。タイツは破れ、千切れてスリットが入ってしまったミニスカートからはガーターベルトが覗く。
更に、黒い目隠しに口枷、両手は縛られ、首輪につながれた鎖を兵士に引かせる徹底ぶりだ。
まだ幼さの残る少女が、ボロボロの姿で陣内を引き回されている。
コレだけでも胸を掻きむしりたくなるほどにエグい光景だが、破れたドレスから覗く背中には痛々しい鞭の跡。痩せ細った体にフラつく足取り。
そんなユマ姫の姿を見たら、兵士達がどう思うか?
「なんと、無体な!」
「何を考えているのだ! 上の連中は!」
……いや、本人が好きでやってるんですよソレ。
オーズド伯の苦労が忍ばれる。
コレは明らかに前世でアイツがやっていたエロゲーの影響だ。
そうして辿り付いた陣のど真ん中。皆の前で跪いたと思ったら、口枷を外してさめざめと泣いてみせるから笑うしかない。
「皆さん……申し訳ありません……私の軽挙で、多くの人命を失ってしまいました」
そうまで言われれば、兵士だって文句は言えない。
「そんな! 姫の所為ではありません!」
「元々こんな端っこで陣を張るのは悪かったんだ!」
などと、公然とオーズド伯の戦術を批判する声があがる。一方で……
「我らが弱かったのが原因。姫様のせいで負けたと言われるのはむしろ心外ですな」
そうやって強がって見せる武芸者気取りまで現れる始末。
「どうして武器も持たない使者を殺した!」
「卑怯だぞ!!」
一方で納得しない者も僅かながら居た。
もっともに聞こえるが、妙だった。アレから三日も経っている。陣内は噂でもちきりだった。どうして使者を殺したのか、顛末を知らない者など、誰も居ない。
つまり……コイツらは仕込みだ!
待ってましたとユマ姫が口を開く。
「それは……使者がつけていた、このカツラが原因なのです」
ぽつりぽつり語ってみせる母の思い出、はらりはらりと泣いてみせる少女の顔。
……マズイな、と思っても遅い。
噂で聞くのとユマ姫から聞くのはまるで違う。
テムザンの言伝として、髪を結いたいと伝えられたと語った所で、兵士達の怒りは空気がピリつく程になる。
「殺せ! 帝国を!」
「全員血祭りにしてやる!」
やる気が過ぎる。
士気は高いが、罠と知って一直線に向かって行かれては困るのだ。
なにせ相手は銃だ、槍を持って、恐怖を忘れて突っ込むのが有効な時代は終わっている。ただただ死体が積み上がるだけだろう。
そうやって、グチャグチャになった戦場で暴れるつもりなのだ、このお姫様は。
「皆の覚悟、しかと受け止めました。私も命懸けで戦いを見守る覚悟です」
皆の前、跪いたユマ姫の目隠しが外されると、誰もがハッと息を飲んだ。
やつれた顔、濃いクマ。その中でギラギラと復讐に煮えたぎる目だけが光っていた。
皆が想像した様な、弱々しい少女の顔はそこに無かった。
代わりにあったのは、兵士達の熱狂をまるごと飲み込むほどの狂気。
空気は一変した。ユマ姫の為に命を投げ出すと声高に語った兵士達が、ユマ姫に恐れおののき、一歩二歩と後ずさると言う矛盾。
陣内に、異様な空気が漂う。死神に魅入られれば最後、言葉だけの覚悟は否定され、本当に命を燃やし尽くすまで決して帰ってくることは出来ないと、誰もが自覚してしまう。
軽々しく命を賭けると吹いた男の軽薄な顔が真っ青になる。
命を取り立てる死神に啖呵を切ったのだと、ようやく気が付いた格好。
……こりゃ、マズいな。メチャクチャになるぞ。
仕方無い、可哀想だけどプランBだ。
俺の合図で、一人の女性が進み出る。
「よくぞ言いました。あなたも死んだ兵達の苦しみを知るべきでしょう」
ヨルミちゃんだった。
ここは危険渦巻く最前線。陣内は「まさか!」と大きくざわめいた。
しかし今日の彼女は女王ではない、居るのはただの侍女のヨルミちゃんだ。
だから戦場に居たって大丈夫。誰がどう見てもヨルミ女王でも気にしない。
笑顔でユマ姫ににじり寄る。
「あなたは、その覚悟を兵達に見せるべきです。いいですね?」
そう言って、ヨルミちゃんが取り出したのは
……鞭だった。
「え? あ、……え?」
可哀想に、強気に語っていたユマ姫がぺたんと尻もちをついた。
カチカチと奥歯を鳴らし、顔色は青を通り越して白い。
「いいですね?」
ダメ押しにヨルミちゃんが微笑むと。目を泳がせながらも「ええ、か、覚悟を見せましょう」と上ずった声でユマ姫が宣言する。
――ピッッッシャアァァァァァ!!
「!”#$%&&’!!!!!!!?*+!!」
そうして、陣内には鞭の音とユマ姫の声にならない悲鳴が響いた。
油断したヤツから死ぬ。戦場は怖いね。
可哀想だけど、冷静さを奪うキチのガイは退場させるしかないのだ。
取り敢えずコレで本当に数日は動けないだろう。その間に、戦争を終わらせなくては何が起こるか解らない。
俺は、そっとため息を吐くのだった。
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