苛めたくなるお姫様

「ごめん、ごめんねぇ~」


 スフィール城の一角で、ヨルミちゃんの声が響く。

 ビルダールを統べる女王たる絶対権力者の彼女が平謝りしていた。視線の先には手負いの獣の様なユマ姫が。


「フゥ~! フゥ~!!」


 手足をベッドに縛り付けられ、革製の口枷を噛ませられた哀れな姿。それでも目だけは爛々と輝きコチラを睨みつけている。

 その背中には痛々しい鞭の跡。そして珠の汗に濡れていた。


 控えていたシノニムさんが柔らかな布でその汗を拭うべく、生々しい傷跡に容赦なく触れた。


「んぅ!? !”#$%&!!ングゥゥゥ!!」


 獣の様な咆哮が口枷から漏れる。

 ビクンと背中が仰け反り、ベッドが大きく軋んだ。

 強固な意志に輝いていた目が明滅し、ぐるんと白目を剥く。


「ん~~!!」


 それでも口枷を噛みしめ、必死に耐える。

 目に涙を浮かべながらそれでも健気にコチラを睨みつける。汗に濡れた顔に、美しい銀髪がベッタリと張り付いていた。


 ユマ姫の体臭なのか、部屋には甘い匂いが満ちている。



 ……それは、思わず生唾を飲み込むほどに艶めかしい光景であった。


 うん、状況を説明しよう。


 俺達は舞台の上で気を失ったユマ姫を回収し、スフィール城で治療することにした。

 部屋に居るのはキィムラ子爵こと俺、ヨルミ女王、シノニムさん、陰の様にジッとユマ姫を見つめているシャリアちゃんも合流していた。


 そして、何度も繰り返すがユマ姫はベッドに縛られ、口枷までされている。


 何故か?


 ユマ姫コイツは知らなかったみたいだが、鞭の傷は実は打たれた時よりも、むしろその後がツライのだ。それもアレだけ無惨に鞭を打たれたならその痛みは想像を絶するハズ。のたうち回って大怪我をする可能性があったのだ。


 可哀想だが、まだ回復魔法で治す訳には行かない。鞭の痛々しい傷跡を兵士達に見せる必要がある。

 女王に鞭を打たれて恭順を誓ったなら、ユマ姫に対する兵士の恐れはなくなるだろう。


 見ての通りだが、鞭の痛みは恐ろしい。


 打たれた時を刺す様な痛みとするならば、その後は痺れる様な痛みが断続的に続くと言う。

 夜な夜な打たれた場所がじんじんと痛み、絶え間ない苦しみが精神を削る。痛みは神経を灼いて発熱すら伴う、手足は痺れて殆ど動かせないとか。


 特に打たれた日の夜は何より苦しいと聞く。俺達は痛みに藻掻くユマ姫を励ます為、狭い部屋に集まっていたのだ。


 だが、今、部屋の中には何とも言えない不穏な空気が漂っている。


「う、うー、エロいよぅ。見てると変な気分になっちゃう。私ね、そのケは無いのよ? 本当よ? ヒステリーで侍女を鞭打つ貴婦人も居ると言うけど、そう言うの私は軽蔑してるのよ?」


 ヨルミ女王はイヤイヤと、何度も言い訳を繰り返す。


 彼女は俺の『予定通り』ユマ姫を鞭打った。使者を殺したユマ姫の暴挙を女王自らが罰し、その原因を帝国の悪行だと印象付ける。

 その策は上手く行った。想定通りに。だが、彼女はやり過ぎた。


 当初予定していた籐の鞭では飽き足らず、水牛の革を丁寧になめした鞭でユマ姫の柔らかな背中を打ちすえた。

 結果は見ての通り、ユマ姫の背中には籐の鞭の跡を上書きするように、見るも無惨な革の鞭の跡が二条。表皮が裂け、酷く出血して肉さえ見えていた。


 なぜ、ヨルミちゃんがココまでやってしまったのか?


 舞台の脇で見ていた時は、激しく困惑した俺だったが……


 ……今なら解る。


「んんんぅ~~!!!」


 強烈な痛みにユマ姫が歯を食いしばり。ギュッと目を瞑った。

 溜まった涙が睫毛に乗ってぺたんと垂れ下がると、弱々しい少女の表情を覗かせた。


「う~~!!」


 しかし、ソレも一瞬。涙を振り払う様に首を振ると、再び獰猛な表情でコチラを睨む。

 その様子に、俺は思わず唾を飲み込んだ。


 苛めたい。涙が涸れるまで鞭を打ちすえてやりたい。


 危険なまでに嗜虐心を刺激する姿だった。


 同じ感情に支配されたのか、ヨルミちゃんは思わず手を伸ばす。掴んだのは腰に付けっぱなしだった水牛の鞭。

 取り出して、ピシッと伸ばしてユマ姫の眼前に晒してみせる。


「ッッ!」


 効果は劇的だった。ビクンと体が跳ね、アレだけ強く睨んで居た瞳は揺れて、涙に滲む。強気につり上がった眉は力なくしおれ、血の気が引いた顔色は蒼に変ずる。


 口枷を噛んだ口元は痙攣して歯の根が合わないし、引けた腰つきは弱々しい。


 その姿を見たヨルミちゃんは頭を抱える。


「うぅ~、絶対におかしいのよ。どうしようもなく苛めたくなるの」


 全く同じ気持ちだ。


 俺は、正直困惑していた。

 自分にサディストの嗜好はないと思っていた。


 なのに、痛々しく哀れなユマ姫の様子に、その……なんと言ったら良いか、控え目に表現すると、おにんにんをふっくらさせていた。


 おかしい……この歳で性嗜好が変わる物か?

 新しい扉とは突然に開くのか?


 そう言う意味では、ヨルミ女王もそんな趣味はなかったはず。あったなら、美少年をダース単位で並べて、鞭を打つぐらいの権力が今の彼女にはある。


 そう言うのはどちらかと言うと、ユマ姫の元の人格『高橋敬一』の方が好きだったハズ。趣味の悪いエロゲーをやるもんだと呆れていた記憶。


 ……まさか!


 嫌な予感に胸が掻きむしられる。


 目の前には息も絶え絶え、弱々しいユマ姫がベッドに突っ伏す姿があった。


 ……細かい仕草の一つ一つが完璧なお姫様。儚さと強さ、妖艶さと幼さ、矛盾するはずの二つを当たり前の様に併せ持つ、そんな恐るべき奇跡は作為的に作られたモノだ。


 『高橋敬一』は誰からも愛される姫を演じて、体に染みつかせていった。小さい頃に与えられた大鏡を前に、動作の一つ一つを吟味し、誰からも守って貰える姫を目指したと言う。


 だが、その基準はあくまで自分の中にあったハズ。


 その結果……サディスト『高橋敬一』の理想のお姫様は、強烈に嗜虐心を煽る存在となったのでは?


 やべーぞコレ。手に負えない。


 これ以上この場に居たら脳をやられる。

 取り敢えず、とっととやることを済ませてしまおう。

 俺はコホンとわざとらしく咳を一つ。


「取り敢えず、口枷を外して下さい。脱水症状の恐れがあります」

「大丈夫でしょうか? 魔法で暴れませんか?」


 心配そうなシノニムさん。


 流石はユマ姫だ、全く信用がない。


「大丈夫でしょう、私が首根っこを押さえておけば健康値で魔法は発動出来ません」

「承知しました」


 シノニムさんがユマ姫の口枷を外すと、入れ替わる様に俺はベッドサイドに座った。


「ヤシの実のジュースです」


 大麦のストローが刺さったヤシの実を突きつけると、ユマ姫は一瞬俺を睨み付けた後、ストローに飛びついた。


 ――ズッーーー


 一心不乱に大麦の茎からジュースを吸い上げる音が響く。


「ハァハァハァ……」


 ジュースを飲みきると、苦しげに呼吸を整える。呼吸を忘れる程に喉が渇いていたようだ。

 そしてようやく落ち着くと、開口一番怒声を上げた。


『んだよコレ! 痛てぇよ! 痛えんだよ!』


 あらやだ、口が悪い。


『仕方無いだろ? 鞭ってそういうモノだし。知らんかった?』

『知らねぇ! 回復魔法で治すから! どけって』

『ダメ、鞭で打たれた跡を兵士に見せなきゃ意味無いじゃん』

『え?』


 ヒクリとユマ姫の顔が引き攣る。エロい。


『いつまで? いつまで我慢しなきゃ行けないんだよ!』

『そうだな、大体一週間ぐらいは痛いみたい』

『いっしゅうかん……』


 ユマ姫の瞳が絶望に揺れる。うーん、苛めたい。


『痛みが引いても、今度は死ぬ程かゆいらしいからガンバレ!』

『なっ!! そんなの! 戦争終わっちゃうじゃん!』

『んー? そうかなー?』

『クソッ!!』


 そう、ココまでが俺の策。魔法は精神の集中が乱れると失敗して大変な事になるという。痛みや痒みを抱えては戦えないだろう。


 どうせ考えなしに突っ込んで、生きるか死ぬかの大怪我をするぐらいならベッドに縛り付けておいた方がマシ。


『戦争出来ないなら! 鞭の打たれ損だろ!』

『そうでもないよ』


 あのまま後方に引っ込むと、ソレはソレで安全な所から兵士を戦わせているとか、そんな事を言われるに違いない。


 誰からも愛されることがユマ姫が長生きする鍵だとするなら、ソレはマズい。


『まぁ取り敢えず、食うもん食って英気を養ってよ』

『またお前は! 食べ物で、誤魔化してぇ!』

『好きでしょ? カレー。食べない?』

『…………』


 食べるみたいだな。

 俺が手を叩くと、部下がカレー鍋をカートに乗せて運んでくる。


「キィムラ子爵、ソレは?」


 恐る恐る、ヨルミちゃんが鍋を指差す。


「ええ、コレをユマ姫に食べて貰お……」

「ええっ!」


 大げさなリアクションでヨルミちゃんが後ずさる。


「そんな、汚物を!?」


 ……カレー見たことなかったっけ?


 知らない人が見ると安定のアレ。


 説明が面倒なので、ユマ姫の目の前に差し出すことに。


「ご飯も用意してますよ~!」

「ええっ! まさか? 茹でた蛆?」


 またしてもヨルミちゃんの声に遮られる。米も知らなかったっけ?

 一方で食べろと言われたユマ姫は、忌々しそうに手足を縛る縄を見つめる。


「食べるので、コレを外して頂けますか?」

「……食べる? まさか、食べるの?」


 ユマ姫の言葉に愕然とするヨルミちゃん。


「手の拘束を外すと暴れるので外しません、そのまま食べて下さい」

「ええっ?」


 さっきから何故か、ヨルミちゃんのがショックを受けている。


「クッ!」


 ユマ姫はユマ姫で、悔しそうに顔を歪めながらもカレーの魔力に抗えない。

 手足を縛られたままベッドの上、半泣きで皿に盛られたカレーへと直接口を付ける。


「まさか! そんな! 茹でた蛆に汚物を掛けたモノを犬みたいに食べさせるなんて! 酷すぎる! 酷すぎるよぉ!」


 酷すぎると言いながら、ヨルミちゃんはハッキリ興奮していた。


「グッ!」


 いつもよりもスパイスを利かせているので、ユマ姫は時折苦しそうに呻き、汗をかきながら必死にカレーを貪る。

 その様子を女王ヨルミはギラギラと見つめていた。




 ……確実に、勘違いされている。




 いや、この汚物、あなたのドレスと同じぐらい高いんですが?

 食べます? と勧めようと思ったがそんな雰囲気では無い。



 ここで皆さんに謹んで訂正します。ヨルミちゃんにそういう趣味はないってさっき言ったけど、



 正直これは、



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 取り敢えず、そのまま部屋に居ると色々歪みそうだったので退散する。勿論ヨルミちゃんも一緒だ。

 シノニムさんとシャリアちゃんはそのまま、シノニムさんは大丈夫そうだし、シャリアちゃんはテコでも動かないだろう。彼女に関しては手遅れだ。終始無言でギラギラと見つめていた。


「なんです?」


 部屋を引っ張り出された女王様は不満げだった。もう大分毒されている。彼女も手遅れかも知れない。


 俺は一人の人物を指差し、紹介した。


「えーと、今後の対策を彼と一緒に話したいと思いまして」

「あら、ゼクトール。あなた居たの?」


 居たのだ、部屋の外に。

 流石に彼にユマ姫のあられも無い姿を見せるわけに行かない。ユマ姫あいつも普通に嫌がる。


 そう言う意味で、俺は特別と喜ぶべきか、男扱いされてないと悲しむべきか、考えないことにする。

 とにかく、今はスフィールの目前に迫ってる帝国軍に対処しなくては。


「これから、ゼクトールさんには敵の尖兵を叩いて貰います」

「お任せを! ユマ姫の心労を取り除いてみせます」


 ゼクトールさんは胸を張るが、ヨルミちゃんは疑わしげに半眼で睨んだ。


「えー? 相手の竜騎兵は物凄く厄介で、狙いに行くとボコボコにされるって聞くよぉ?」

「対策はあります、お任せ下さい」


 自信ありげに跪くゼクトールさんは、白いコートを身に纏っていた。

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