殺っちゃった☆

 殺っちゃったぜ☆ てへペロ♪


 なんと、ユマ姫は敵国の使者を殺してしまいました。


 いやー、まさか殺っちゃうとはなー、我慢出来なかったなー。もーしわけ……


 まーーーじかーーー!!


 まさか殺しちゃうとはなー、折角シノニムさんが余計な事すんなって忠告してくれてたのになー。


 うわー、悔しいこれ、めっちゃ悔しい。


 これじゃ、ユマ姫は戦争したいだけってのに反論出来ないわ。


 コレで終わりたくないな……戦争、参加したかったな。

 今回はちょっと反省するわ。




「どうして……どうして笑っているんです!」


 ヒステリックな声が冷たい牢獄に響いた。シノニムさんの声だ。


「どうして? どうしてって」俺は手の中のカツラをクシャリと握る。「あなたは母親をこんな風にされて、笑う以外に出来ますか?」


 血走った目で叫びながらも、脳の冷静な部分が冷たく笑っていた。


 本当は覚悟はしていた。

 帝国は俺の暴発を狙っている。だったら俺の家族の死体を使えば良い。


 死体を晒し者にしたり、遺骨をオモチャにしたり。


 そう言う事を覚悟していた。


 いや、むしろ期待していたと言って良い。

 敵がそうしてくれる事で、俺の殺意を高めてくれる事を願ってすらいた。


 そして、そんな外道を働けば、敵の戦意は挫け、味方の戦意は上がる。帝国は自滅する。

 そんな事を夢見ていた。


「だけど、あの女は、なんの悪気も無かった。ただ、していた!」


 あいつらは露悪的に振る舞わず。ひたすら死体を利用した。ただ素材として扱った。

 美しいカツラが手に入ったぞと、ただソレだけ。何食わぬ顔で挨拶をしてきた。


 それが許せなかった。


「そんな……」シノニムさんの瞳が揺れる。「気のせいでは? 髪の毛など見分けが付くはずが無いでしょう?」


 それはそうだ、『普通なら』髪の毛なんぞで見分けが付かない。


 だけど、母様は、パルメの髪は特別に美しかった。そして俺には『参照権』がある。見間違う事はあり得ない。


「私には解るのです。そして相手も、テムザンも解っているからこそ言付けをした『ユマ姫の髪を結いたい』と」

「そんな!」


 俺の言葉にシノニムさんは顔を蒼白に食いしばる。ココに至るまで、放心状態の俺は言い訳ひとつしなかったからだ。

 いや、出来なかった。


 あの後、俺はオーズドの部下に押さえ込まれて、昂ぶった状態で魔法を暴発させてしまう。

 そのままズルズルとスフィールまで護送され、牢屋に押し込まれた。


 あれから二日、俺は何も口にしていない。憔悴して何も口にする気がしなかった。魔力も目減りして髪は銀に変じている。


 今の俺は痩せこけて、幽鬼の様に不気味な姿をしているに違いない。


 俺をこれだけ追い込んで、奴らはさぞかし笑っているだろう。想像するだけで、悔しさに頭の血管が弾けそうになる。

 今すぐ飛んでいって、テムザンを血祭りに上げたい。だけど……


「今、姫様が動けばきっと貴族達は姫様を殺すために、なりふり構わなくなります」

「それぐらい! 解っています!」


 今、俺が魔法の力でテムザン将軍を暗殺したとしても、ユマ姫は戦争の激化を狙い、人間同士を殺し合わせる危険な存在と宣言する様なモノ。そうなれば俺は孤立する。それこそが帝国の狙い。

 でもこれ以上、一秒でもアイツらに生きて呼吸をさせたくない。だけど、今飛び出したら今までの全てが台無しになってしまう。

 ボルドー王子の墓前に復讐を誓ったばかり、彼が育てた軍部とのパイプも、俺の暴発で全てが台無しになる。

 俺はギュッと自分の肩を抱き、煮えたぎる殺意をどうにか抑えようと、蹲って必死に耐えていた。

 見かねたシノニムさんが鉄格子越しに必死に縋る。


「姫様の言う事が本当だとして、何か証拠がありますか?」

「……ありません」


 羅生門の老婆じゃないけれど、この世界でも死体から髪の毛を抜きカツラを作るのはままある。

 だけど、貴人の死体にそんな事をするのは外道な行いだ。褒められたモノじゃない。証拠があれば俺の行為も言い訳が立つ。

 そうで無くとも、帝国は徹頭徹尾エルフを人間と扱わなかった。貴人だろうと、子供だろうと、構わず殺して積み上げて焼いたと聞く。その暴虐もいつか白日の下に晒したいものだ。


 むしろそんな中、よく母の死体など見つけたモノだと感心する。

 ……ひょっとして、エルフの髪の毛で作ったカツラだと俺が気が付けば、テムザンにとっては十分だったのかもしれない。それだけで、子供が激情に駆られるには十分な理由になる。

 奴らはただ、エルフの髪で一番綺麗なカツラを選んだだけ。


 だとしたら、証拠などあるハズも無い……母の髪が美し過ぎたのか。

 皮肉だな……思わず笑ってしまう。


 そんな俺の様子を見たせいか、シノニムさんが鉄格子を悔しげに叩いた。


「味方は混乱しています。ユマ姫が敵の使者を、それも無抵抗な女性を殺した事で、あなたを疑う声が兵士からも出ています」

「解って……います」


 俺は三角座りのまま俯いて泣いた。


 平気なフリをしているが、俺だってまんまと罠に嵌まった自覚はある。

 俺が誰彼構わず殺したいと思って居るのは事実。だから噂にも真実味が出てしまった。

 そこに俺が敵の使者を問答無用に殺してしまえば、ユマ姫は人間を潰し合いたいだけと言われるのも当然。


 そんな状態で、戦端が開かれてしまった。

 帝国にしてみれば、無抵抗な女騎士を殺されたのだ。兵の憤怒は凄まじく、王国の兵を一兵残らず血祭りに上げてやると、俺を殺さぬまで止まらぬ覚悟だと聞く。

 対する王国は兵の士気が落ち、混乱したまま。兵士達はゼスリード平原で散々に追い回されたらしい。


「今、オーズド様が必死で立て直しをしています。ゼスリード平原に至る山間部で奇襲を繰り返し、遅滞戦術で凌いでおりますが……そこを抜ければ」

「ここ、スフィールが包囲されるのも時間の問題、ですか」


 ゼスリード平原の麓にある砦を落とされれば、そこから先に守りやすい地形は無い。

 更に言えば、スフィールの城はここ二十年で戦闘に向かない城に改造されてしまっている。


 スフィールが落ちる。


 ここ数百年無かった事だ。たしかオルティナ姫の時代まで遡る。


 そうなれば、俺が生きている間に帝国をどうこうするなど夢のまた夢。

 悔しさと、やるせなさで何もかもが嫌になる。


 王子の事も全て忘れて。もう苛立ちに任せて、好き勝手に暴れてしまおうか……


 そんな事すら思った時だ。


「いやぁ、美人が二人揃っていながら。どうにも辛気くさいですね」


 現れたのは特徴的な緑のコートの優男。シノニムさんはハッとした様子で立ち上がる。


「あなたは……キィムラ様!」


 そう、現れたのは木村だ。だが、コイツ一人だけじゃない。俺には意外な人物の運命光が見えていた。

 勿体ぶって、木村が慇懃な挨拶を返す。


「私なぞです、この状況を打破出来る唯一の人物をお連れしましたよ」

「この状況を?」


 信じられないと立ち尽くすシノニムさんを余所に、木村の後ろ、暗がりから一人の人物が姿を現す。


「ふふーん、どうやらあたしの出番みたいねー」

「あなたは!!」


 現れたのは冷たい牢獄に似合わぬ、華美なドレスの女の子。


 ヨルミちゃんだった。


 押しも押されもせぬビルダール王国の女王が、あろうことか最前線のスフィールにやって来た。


 ――ピシャリ!

「張り切って行っちゃうよー♪」

「…………」


 そして、なぜか手には鞭を持っていた……


 嫌な……予感がする。

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