カタパルト

 『魔法の矢』は弓で撃ち出した矢を加速する魔法である。


 わざわざ弓で撃ち出してから加速させるのは何故か?

 実は『魔法の矢』は結界魔法の一種。結界に飛び込んで来た物体に魔力を巻き付けて加速する魔法だったりする。


 丁度、蜘蛛の巣みたいな構造の結界を矢に巻き付けて推進力に変換する。


 なので強力過ぎる魔力で結界を作れば、矢は蝶みたいに結界に囚われてしまうし、逆に結界に対して強過ぎる矢を放てば、穴が空くだけに終わってしまう。


 だからこそ、弾丸は加速結界との相性が悪い。

 威力が強すぎる上、小さく重い鉄の弾には魔力が巻き付かないのだ。


 とにかく、矢を加速するには細かいバランス調整が必要と言う話。


 加速に成功すれば平均で五倍、ベストバランスならば十倍前後まで矢を加速させる事が出来るが、失敗すれば矢は飛びもしないのだ。


 だからこそ、エルフの戦士には高い技量が求められる。


 戦闘の最中、力一杯に弓を引き、繊細な魔法制御まで行いながら、矢の威力を底上げする。

 どう考えても難しい。俺は魔法制御には自信があったが、元の力が弱いから、威力を十倍にしてもそれなりの威力しか生み出せなかった。


 逆に、力自慢のエルフが顔を真っ赤に弓を引いても、今度は魔法制御に失敗する訳だ。


 しかし、実はもっと簡単に、圧倒的な加速を得る方法が存在する。


 結界を二重にすれば良いのだ。

 一つでは五倍速程度の加速でも、二重にすれば二十五倍。どんな魔法使いでも不可能な速度が得られる事になる。


 ……ただし、魔法を複数同時に使える魔法使いなど例が無いし、二人で協力して使おうにもお互いの健康値が干渉する。


 だから、この世界でそんな事が可能なのは唯一、機械だけなのだ。


 戦車型機動要塞ラーガインには超巨大な砲身が取り付けられている。

 まず、風の魔法を使い、空気圧により砲塔内で単純加速を行う。その加速を元に『魔法の矢』と同様の結界に衝突。五倍に加速された砲弾は二つ目の結界で、二十五倍にまで加速する。


 最終的には何百トンもの巨大な砲弾が、音速を遙かに凌ぐ加速を得る寸法。


 但し、今回発射するのは砲弾ではなく、人が乗ったロケットなので砲身と言うよりカタパルトと呼んだ方が多分正しい。


 恐らくソコまで急激な加速は行わない……と良いなーと、祈るしかないだろう。

 流石に音速で吹き飛ぶロケットを破壊することなど不可能だ。


 そんな事を考えていると、地の底から重低音が響いてきた。


 ――グゴゴゴゴゴッ


 お腹に響く重低音。


 先程から耳が痛い程の地鳴りが続いている。地面はグラグラと揺れ続け、魔法を使わなければ立っている事すら不可能だ。


 俺の装備は父の形見の王剣。そしてポンザル家で盗ってきたサンダルに、ミイラみたいな姿に見かねた木村が貸してくれた緑色のマントだけ。

 とても戦う様な姿では無いが、仕方が無い。木村のマントに秘密道具でも入っていないか漁りながら歩いて行く。


 そうして辿り付いたのは、徐々に濃くなる魔力の中心地。何度も扉を越えた先に

 ……ソレはあった。


 運命光に導かれ、辿り付いた場所は呆れる程に巨大な格納庫。

 そして、格納庫の中を貫くように、遠近感が壊れる位に巨大な砲身が伸びていた。


 コレが! ラーガインの主砲? デカすぎる!

 この中にソルンが! だけど、もう止める術が無い!



 地鳴りと振動の原因は、発射態勢に入った要塞全体が動いているからに違いなかった。現に格納庫はまともに立てない程に大きく傾いている。

 発射態勢に入ったのだ。こうなると、今からどんなに急いでも発射には間に合わない。


 ゴゥンと音がした先を見上げると、外へのハッチが開き、太陽の光が差し込んでくる所だった。巨大な砲身が地鳴りを上げ、空へと向け伸びていく姿を、俺は呆然と見つめるしか出来ない。


「もう、撃つと言うの?」


 独り言のつもりだった。だけど、思いがけず言葉が返る。


『そんなにカタパルトの近くに居て良いのかい? 言っておくけど魔力の漏洩防止作業は省略しているんだ』


 格納庫のスピーカーからソルンの声。マイクと、恐らくはカメラもある。


「あら? まだ作業員わたしが残ってるのに。指差し確認が足りないんじゃない?」

『それは申し訳ない……でも無断で入ってきた君の責任さ』


 砲身へ魔力が満ちて根元から順番に青く燐光を放ち始める。そして、凶化した俺にして尚、目がチカチカする程の高濃度の魔力が満ちて来る。


 電気で動く機械が静電気に弱い様に、魔力で動く機械も魔力で誤動作を起こすモノなのだが……そんな常識はロケット発射装置には通用しないらしい。強力な魔力防護が働いている。


 むしろ、敢えて魔力を放出する事で俺達の接近を阻んでいる。


 だが……甘く見たなソルン!

 凶化した俺は魔力が濃い程に力を増す!


「『我、望む、足運ぶ先に風の祝福を』」


 圧縮した空気を踏みつけて、俺は飛ぶ様に移動した。


「はぁぁぁぁぁ!」


 父の王剣を構えたまま飛び上がり、馬鹿げた大きさの砲身へと斬りつける。……だが。


 ――ギィィィィン!


 耳に刺さる高音。吹き荒れる火花。

 固い! 鉄よりも遙かに!

 それだけじゃない、砲身自体が熱や摩耗を防止する機構に満ちていた。


 魔剣の力をもってしても、とてもバターの様には斬り裂けない。


 時間を掛ければ切れるだろうが、巨大なロケットがスッポリ収まるサイズの砲身に多少傷が入ったところで、どうにもならない。


 どうする? どうすれば? 何も……思いつかない。


 ソルンはあれから何もしゃべり掛けてこない。きっともう加速が始まったのだ。

 何せカタパルトの中で音速に近い速度まで到達するのだ。Gを軽減する装置があっても体への負担はかなりのモノ。


 ――ブォォォン


 腹に響く重低音。同時にシャレにならない程の魔力が場を満たす。いよいよ結界が展開され始めたのだ。


 耐えきれなくなったスピーカーが異音を発し、飽和した魔力でバッテリー缶が破裂する。

 空気圧までおかしくなったのか、耳鳴りが酷く、脳をかき混ぜられたような痛みが走る。



 マズイ、もう時間が!



 焦りに動転して缶を蹴飛ばすと同時、更に巨大な魔力反応が現れる。


「何……アレ?」


 それは開かれたハッチの外、空を覆い尽くす程に巨大な結界が展開されていた。


「まさか? そうか!」


 この巨大なカタパルトは『魔法の矢』で言う弓の代わりだ。空気圧を用いて圧倒的な初速を得た上で、本命はカタパルトの外に張った二個目の超巨大な結界。

 アレさえ無くなれば推進力は大きく弱まる!


 俺はハッチへと駆け出した。砲身が伸びる先、光差す切り取られた空へ駆ける。魔法で一息に飛び出せば、その光景に俺は言葉を失った。


 見つめる先、眼下にはプラヴァスが一望出来た。それ程の高さだったのだ。


 地下に居たつもりが……あの振動はコレか。いつの間にか砲身と共に格納庫全体が遙か高くせり上がっていたワケだ。


 吹きすさぶ風に、木村のマントがバサバサとはためく。


「やれるか? やるしか無いよな!」


 深呼吸を一つ、覚悟を決める。

 ロケットが到達する前に、あの結界をぶち破るしか無い。


 それには多少の威力じゃ不可能。ただ結界に止められて終わるだろう。

 最低でも、穴の一つも空けなければいけない。


 だが、俺ならやれる、俺なら出来る! 信じるしか無い。なぜならここから先は一発勝負、運否天賦うんぷてんぷの博打に過ぎないからだ。


 俺は決して運が悪いんじゃない。俺を殺そうとする『偶然』があるだけだ。むしろ運良くやって来たからこそ、今も俺は生きている。


「『我、望む、放たれたる石に風の祝福を』」

「『我、望む、放たれたる石に風の祝福を』」


 呪文を唱える。


 ――それも、二重に!



 俺は、俺だけは、魔法を二つ、同時に使える! 機械に頼らず、結界を二重に展開出来る!


 十倍×十倍。百倍の加速。


 しかし、今の俺には弓が無い。

 でも、弓矢が無くたって、ある程度の初速が得られれば、魔法の加速は出来るのだ。


 木村の傷跡を見て、思い出した。

 今の俺なら、出来るハズ。


 破裂したバッテリー缶を掴み、高く放り投げる。同時に王剣を握り締め、バットみたいに振りかぶった。

 俺は魔法の制御にも自信が有るし、魔法だって二つ同時に展開出来る。

 だから唯一の不安はこのフルスイング!


 昔、父様に見せて貰った小石を打ち飛ばして加速させる大道芸。


 ――ギィィン!


 当たった! ノックなんて未経験。まるで自信が無かったけれど、思いの外軽い王剣が、予想外に加速して見事に缶に命中した。


 ――シュゥゥゥ!


 缶がまず一つ目の結界に衝突する。だが、いつも弓でやってる感覚で強力な結界を張ってしまった。缶の衝撃は殆ど結界に受け止められ静止する直前……


 ――バシュ!


 ギリギリで抜けた! 絡みついた魔力を推進力にして、まるで彗星の様に火の玉となって空を貫く。

 そして、威力をそのままに、次はより強い結界にぶち当たる。


 ――ジュゥゥゥゥゥ!


 今度は灼ける様な強い音。


 十倍だ! 十倍に加速された缶を受け止めるのだから、十倍の結界を組んだ。

 俺だってこれ程分厚くて巨大な『魔法の矢』の結界を張ったことなど一度も無い。


 いや、張れない。


 異常な濃度魔力であるこの場所でしか再現不可能な結界。


 それだけの結界が、撃ちだした缶の威力とせめぎ合っている。

 ギリギリを狙った結界の強度。


 貫けばブ厚い結界がそのまま加速となるが、結界に阻まれれば全てが水の泡。



 ――バシュゥゥゥゥゥ!!!!



 抜けた! もはや光線となった缶の軌跡が、大空に張られたラーガインの結界を破壊すべく……


 今、ぶつかる!


 ――ピシィ


 遙か遠く、聞こえる筈が無い音がした。

 幻聴だったのだろうか? 軋む音が聞こえて来そうな光景だった。


 俺がノックで飛ばした缶は百倍にまで加速され、大空にヒビを入れたのだ。見えはしないが、その中心には小さな空き缶がブチ空けた、小さな穴が空いているだろう。


 ロケットを加速する結界だ、見ての通り馬鹿デカいし、とんでもない質量でも受け止められる。


 だけど極小さい一点を、常識外れの威力で撃ち抜けば貫通することは可能。その読みは正しかった。


 ……だけど。


「駄目なの?」


 結界に空けた穴は、全体から見れば余りにも小さい。これでは無効化させたとは言い難かった。


 ――パァン


 その時、結界の中心で何かが弾けた。


 アレは……缶の中に詰めた爆弾だ。木村のマントの中に入っていた。

 ちょっとした保険のつもり。殆ど冗談で缶の中に詰めて置いたヤツが上手いこと結界の中心で破裂した。


 ……そして、缶に詰めていたのはもう一つ。


 ――パリィィィィン


 空が割れた!


 結界が破裂する。


 穴が空いた結界の中で火薬が爆発し、ばらまかれたのは爆弾と一緒に詰め込んだ死苔茸チリアムだ。


 爆風で霧散した死苔茸チリアムが、結界の穴から入り込み、結界を丸ごと機能不全に陥らせる。


 死苔茸チリアムは、魔力を変換し、散らしてしまう。

 だからこそ、最も有害な毒なのだ。


 それは、魔法の結界に対しても。

 ラーガインで大空に張った巨大結界が相手でも、例外ではなかった。



「やってみるもんだなぁ」



 自分でも驚くぐらい出来過ぎている。呆然と呟いたと同時。元々濃かった魔力濃度が、輪を掛けて膨れ上がった。


 ――ゴオオオォォォン!


 衝撃と音が同時に来た。視界が魔力の燐光で真っ青に染まる。

 カタパルトからロケットが発射されたのだ。


「きゃっ!」


 ハッチから吹き飛ばされて、傾斜が付いた格納庫を転がり落ちる。危なく落下死の場面、床に王剣を突き刺して何とか踏み止まった。


 剣に縋りついて見上げれば、大空の彼方、やはりロケットは最後の加速に失敗していた。


 ……とは言え、普通の飛行機ぐらいの速度は出ている。


 プラヴァスから王都まで、遠い様に見えてバイクで数日で行って帰れる程度の距離だ。あっという間に着弾するに違いない。


 だけど……


「アレなら、追える!」


 俺はスゥっと空気を吸い込んだ。飽和した魔力が健康値を削るが、引き換えに大量の魔力が体内へともたらされる。


「『我、望む、疾く我が身を風に運ばん、指差す先に風の奔流を』」


 かつてセレナは私を抱えて空を飛んだ。グライダーも持たず、その身一つで遙か高度をジェット機みたいに飛んで見せた。

 今だけだったら……これ程の魔力があれば、きっと出来る!


 俺は空へと飛び上がった。

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