クーデター

 ポンザル家の二人から話を聞いた後、魔石商が襲われているとの一報が入った。


 プラヴァスには魔道具が少ない。

 だから魔石商も僅か一件しかないと言う。


 その原因は魔石自体の少なさから来るモノ。

 魔獣は居ないし、地中から産出される事も稀。


 加えて魔力が空気中に溶け出し、魔石が目減りしやすいのだから普及しようがないワケだ。


 だが、それでも命綱とも言える浄水器や、防犯用のライトなど、魔石の需要は幾らでもある。

 なにせ魔道具自体は遺跡から発掘されるのだ。多くは輸出されてしまうが、有用な魔道具は貴族が確保している状態だ。


 そうなると、数少ない魔石は貴重品。多くは政府が管理しているし、それ以外は貴族向けに認可された唯一の専門店が厳重に管理していると言う訳だ。


 その魔石商が攻撃を受けている。

 生半なまなかな戦力ではあり得ない。


 ポンザル家改め、ルードフ家は魔石を得るために相応の戦力を集めたに違いない。

 状況敵にもコレを鎮めたら、この騒動は仕舞いだろう。


 だけどここはプラヴァスの端、中央に構える魔石商からはかなり距離がある。


 狙われたのだろうか? 俺達全員が中央を離れるこのタイミング。


 いや、べつに遠出と言うほどではない。

 街の端から駆けつける程度、一瞬だ。なにせコチラにはバイクがある。


「行くぜ! 乗りな!」

「おう!」

『お、俺も!』


 と、言ってる傍から田中がバイクを吹かせ、木村が後ろに跨がった。

 こうしちゃ居られない、俺も慌てて続こうとするのだが……


 田中は俺を乗せようとはしなかった。


『わりぃなのび太、このバイクは二人乗りなんだ』


 いや、確かに二人乗りだけど!


『だーれがのび太だ! 余裕で乗れんじゃねーか!』


 こんな可愛こちゃんを捕まえてのび太とか!


 それ以前に細身の木村に張り付けば、俺が乗れるスペースは十分ある。


「チッ、自分の格好を良く見ろよ」

「…………」


 うーん、押しも押されるマイクロビキニ。

 この格好で市街戦は無理ですね。露出狂にも限度がある。


 俺は照れ隠しに王国軍が定める敬礼を決める。


「解りました、帝国の野望をくじき、プラヴァスに安寧を、そして私達に勝利を!」


 我ながら決まったな、ビシッとしたポーズのまま答礼を待つ。

 なのに、あろうことか田中は俺の敬礼を無視! 不敬にもカラカラと笑うじゃ無いか。


「そんなエロい格好でなに格好つけてんだ! コレでも着てろ!」

「きゃっ! なんです?」


 顔面にぶつけられたのは田中のコート。スパンコールでキラキラ光るアレとは違い、実用一辺倒の黒のロングコートであった。

 俺の脳みそで汚れ、シャリアちゃんにマントをしゃぶられた一件から、田中はたびたびコレを着ている。

 ロングコートで未来的なバイクに跨がる姿は、SFチックで羨ましかったモノだ。


「完全に露出狂ですね」


 俺が袖を通すとブカブカ。下にはマイクロビキニしか着ていないのだから、コレではホンモノの露出狂だ。

 だけど正直、強い直射日光が肌に痛かったのでありがたい。ボロボロになってしまったアラビアン衣装では歩くのも難儀するありさまで、着るに着れなくなってしまったのだ。


「じゃあ行くぜ」


 そう言い残してバイクは街へ猛然と駆けていく。そのスピードに木村が慌てるが、決してバイクは止まらなかった。


「お、オイ、良く考えたら俺が行く必要ある?」

「バカ、俺だけじゃ魔石商の場所なんて解るハズねーだろ?」

「ハァ、一年もプラヴァスに通ってその位も知らねーのかよ!」


 去り際まで騒がしい二人だが、俺にはソレが羨ましくて仕方無かった。

 なんだか精神的にも置いてきぼりにされたみたいで悲しい。


 そりゃ俺の『偶然』は死を呼び込むが、邪魔者扱いしなくたって良いではないか。


 切なげにため息を吐く俺を見たからか、申し訳無さそうにリヨンさんが続く。


「敵の狙いは魔石のようです。ユマ様、私も万が一に備え国庫に向かいます、後の事はこのパノッサに」

「ユマ姫様、わたくしめが責任を持って本邸までお送りいたします」


 そりゃそうだ。


 国の大事だと言うのにリヨンさんが見物とは行かないだろう。国庫の守りにあたるらしい。

 完全に部外者である俺にできる事は少ない、精々励ましの言葉を贈るぐらいだ。


「ご武運を、追い詰められたとなれば相手はどんな卑劣な手に出るかわかりません、水源に注意し、風下にはなるべく立たない事をお勧めします」

「気をつけるべきは毒、そう言う事ですね?」

「ええ、ソレと魔女の目を決して見ない様に」

「……それは、貴女に言われたので無ければお伽噺と笑い飛ばす所ですが」

「彼女の力は私にも解らない事だらけなのです、決して油断しないように」

「承知しました」


 言うなり大きなラクダに乗って颯爽と駆けていく。

 一方で俺はパノッサと言うオッサンの後ろ、老成した大人しいラクダに乗せられた。


「スグに着きますからね」


 そうは言うが、その歩みはあくびが出るほど遅い。

 因みに行きはリヨンさんの後ろに乗ったのだが、同じラクダでもスピードが全く違う。

 個体差を疑ったが、どうも敢えて遅く歩いている節が有る。常歩なみあしで時速5kmぐらいか?


 このままでは二時間程度は掛かるだろう。


 俺が中心部に着く前に、全て終わらせる算段と見たね。


 ……徹底的に、俺をのけ者にする気だ。


 まぁ、不確定要素は取り除くよな。

 逃げ出しても良いが、パノッサさん以外に歩兵も四人、護衛としてつけてもらっていたりする。


 彼らを振り切った上で、毎度よろしくピンチにでも陥ろうモノなら、キチキチプリンセスの名を欲しいままにしてしまうだろう。


「はぁ……」


 パノッサさんの背中で悲しいため息。


 こうなってしまえば出来る事などまるで無い。

 退屈な砂漠をただ散歩するしかなさそうだ。


 それにしてもココがプラヴァスの一部だと思えぬ程に、この辺りには何も無い。


 逆に民家が点在するのが不思議なぐらい。畑でもあれば農場かと思うのだが広がるのは一面の砂漠だ。


「一体こんな所でどうやって暮らしているのでしょう?」

「それはですね……」


 パノッサさんが語るに、ここではフォッガと言う芋が採れると言うのだ。


「畑なのですか?」

「いえいえ、フォッガなど誰も育てませんよ、アレは勝手に生えてくるのです」

「勝手に?」

「ええ」


 芋が勝手に生えてくる事などあるのだろうか?


 しかし実際生えてくると言うのだから仕方が無い。なにせ世界中の動植物を集めた施設で育ったポーネリアの知識を『参照』しても出てこないのだから、全くの新種に違いないのだ。


「それにしてもユマ姫様は美しい。リヨン様が入れ込むのも解ります」


 そんな事を考えていたら、パノッサさんが突然に危険球を投げ込んできた。

 コレは探りを入れているのだ。怪しいヤツを近づけさせないぞと言う意志を感じる。


 この返答は重要だ。


「そ、そんな! 入れ込むだなんて。私なんててんで子供扱いで、タナカさんやキィムラさんの前だからってリヨンさんにからかわれているだけです。む、むしろ私が……あ、あの! リ、リヨンさんってカッコイイですよね? 女の子から人気があるんじゃ無いですか?」


 俺はとても早口で、取り繕う様にまくし立てた。


「ええ、ええ。そうですね。カラミティ様の通う学校でも憧れる子が多いそうですよ」

「やっぱり!」


 こんなモンでどうだろう?


 実際のところリヨンさんは俺に骨抜き? なのだが、自分達のボスが一方的に他国の姫に惚れているとなるとどうだろう?


 恐ろしいのでは無いだろうか?


 だからコッチも惚れている素振りを見せれば、警戒感は薄れるハズだ。

 そんで無理矢理くっつけようとして来るなら、種族の壁とかなんとか誤魔化せば良い話。


 ……ってか、実際問題カッコイイしな。


 思い出すと、ちょっとドキドキするぐらいには。


 俺がリヨンさんを思ってモジモジしていると、突然に背後からキツイ言葉を掛けられた。


森に棲む者ザバの姫、我らの主をたぶらかそうとしているのではないか?」

「そんな!」


 顔を蒼白にして振り返れば、気の強そうな短髪の兵士が澄んだ瞳で馬上の俺を見上げていた。

 俺は悲しげに顔を歪ませ、兵士を見つめ返す。


「くっ!」


 俺の顔をまともに見た兵士は二の句を引っ込め、続く言葉を飲み込んだ。


 ヨシッ!


 俺は心の中でにんまりと笑う。


 今の俺は目に涙を湛え、顔色も悪く、僅かに震えている。

 演技だと疑っても、この位の歳の女の子がココまで出来るハズがないと常識が否定するのだ。


 国を案じるまともな人であればある程、泣きそうな少女をそれ以上なじることなど出来はしない。



 ……だが、気になるのは兵士の声が高かったこと。



 と、ここで我に返ったパノッサさんが、人の良さそうな笑顔をかなぐり捨てて兵士に怒鳴る。


「何を言うか! ガネシャ! ユマ様に謝りなさい!」

「……申し訳ありませんユマ姫」

「いえ、良いのです。その様に言われるのは慣れていますから」

「ッ!」


 俺が儚げな笑顔でそう返せば、ガネシャさんは口を引き結んだ。


 ……うん、コイツ女性だ。

 だったら憧れのリヨン様がどこぞの小娘にメロメロな現状は面白く無いのも納得。


「でも、私はともかく二人がリヨンさんの側に居ることはどうか許して欲しいのです。タナカさんやキィムラ様と、あのように話せる人など、他には誰も居ないのですから」

「滅相もありません、ユマ様」


 慌ててパノッサさんが弁解するが、俺の興味はガネシャと呼ばれる女性に移っていた。


 暇な道中、この女性の好感度を上げれるだけ上げてみよう。

 最近、男相手に、それも斜め上の方法で媚びてばっかりだったからな。


 それで女性に嫌われるようになっては堪らない。男よりも難易度は高いだろうし、暇潰しにも丁度良い。


 と、そんなつもりで小一時間ほどガネシャと話してみたのだが……どうも様子がおかしい。

 うーん、気になる。ここはじっくり話したい所。


「あの、私、先程からお尻が痛くて……ココで少し休みませんか?」

「いいですよ、皆の者ココでしばらく休息を取る」


 適当な理由を付けて日陰を作る大岩で休憩を願えば、到着を遅らせたいパノッサさんも渡りに船と食いついた。

 休憩がてら、いよいよガネシャへとガンガン話を振ったのだが……


「リヨンさんカッコイイですよね、昔からモテたのですか?」

「いえ、私はその様な事は存じておりません」


 あんまり乗ってこないのだ。


 女性ってのは好きな男の話題とくれば嬉々として乗ってくるのが普通のハズ。照れているワケでも、俺に敵愾心があって距離をとっている訳でもなさそう。


 ひょっとして、まるで相手にされていない?


 ショックを隠さずシュンとした様子で俯くが、ガネシャはコチラを見ようともせず、プイッと顔を逸らす始末。


 うーん、何だコレ?


 策が無く爪を噛んでいると、俯いた顔に汗が伝い目に入った。痛みに慌てて顔を拭う。


 気がつけば汗だくである。ソレもコレも田中のコートがクソ暑いのが悪い。この砂漠で真っ黒なコートは自殺行為だ。

 一度気になるともう辛抱堪らない程に暑く感じる。


「あの、そちらに寄っても大丈夫ですか?」

「え、ええ……」


 四方を兵士が守っているのだが、ど真ん中でストリップを披露する気は流石に無い。

 大岩で影になっているガネシャの近くでコートを脱いだ。ついでに広げたコートを木に吊して視線を遮る。


「なにを?」

「余りに暑くて……コートを脱ぎたかったのです。でも下はこの格好、護衛の前で脱ぐ訳にも行かず……ですがガネシャさんも女性でしょう? だったらと思って」

「それは……そうですが」


 そう言えば、この怪しげなコートこそが好感度が上がらない原因では無かろうか?


 となれば、裸一貫、無垢な少女としてのユマ姫を感じて貰うまで。

 俺はガネシャに寄り添って、当たり障りの無い言葉を紡ぐ。


「この辺りは何時も暑いのですか?」

「ええ、ですが夏中月ともなればもっと暑いですよ。この程度は過ごしやすいぐらいです」

「まぁ!」


 やった! 会話が繋がる様になった。いよいよ本命に入ろうじゃ無いか。


「あのひょっとしてガネシャさんもリヨンさんの事が好き……なのですか?」


 コレはガネシャがリヨンさんを好きでも嫌いでも構わないのだ。

 嫌いだったとしても、俺が照れ照れと顔を赤くして、モジモジと指を絡めるのを見れば、何かしら乗ってくるだろう。


 ……年上の女性ってヤツは、恋する少女に上からアドバイスを贈りたがるモノ。


 その筈だったのだが……思いの外、強い力でガネシャに肩を掴まれた。


「痛ッ! 痛いです!」

「何故、何故だ!」

「ご、ごめんなさい! 変な事を聞いてしまって」


 どうやら怒らせてしまった。失敗だ。そう思った矢先……


「何故、私の前で他の男の話をする!」

「えっ?」


 まさか、この人、ソッチの人?


「私のコトが好きだから、話し掛けて来たんじゃ無いのか? なのに、どうして」

「いえ、ただ女性同士、友達になりたくて……」

「なんで!」

「きゃっ」


 俺はガネシャに強引に押し倒された。


 オイオイオイ、ヤバいですよ。


 森に棲む者ザバだ何だとキツイ言葉を掛けてきたのも、好きな女の子に意地悪を言いたくなるようなアレだったっぽい。


 上げるまでもなく、初めっから好感度はMAXだったってワケ。


 だとすると、そんな気も知らず俺は延々と他の男の話題をウットリと彼女に振った訳だ。


 うーん、参った。俺が頭を抱えていると、いよいよガネシャは強引に俺に覆い被さる。

 馬鹿か! ココまでしたら護衛をクビじゃ済まんぞ!


「んんっ!」


 俺はくぐもった悲鳴を上げる。誰か気付かないモンかね?


「ユマっ、姫ぇ!」

「ふっ?」


 啄むようなキス。


 ガネシャは男っぽい外見で、コッチのどんな人格でも面白いモノじゃ無かった。

 だけど、もっと面白く無いモノが他にある。


 俺は急激に頭が冷えていくのを感じた。


 どうする? そうだな……


「ガネシャさん、私のコト、受け入れてくれますか」

「も、もちろん!」


 俺が頬を赤らめ、恥ずかしげに身をくねらせば、ガネシャは即座にOKをしてくれた。


 では、お言葉に甘えて。


「『我、望む、揺蕩う海の寄る辺なき魂よ、我指し示す先に安寧あれ』」

「は、ふぅ……」


 禁術を使い、とっとと眠らせる。コレほど受け入れてくれているなら眠らせる程度は造作も無い。


 俺は手早くコートを羽織ると、ガネシャをパノッサに突き出した。


「これ……は? まさか!」

「そのまさかです、彼女に襲われました」

「そんな! 口は悪いが彼女は真面目で職務には忠実なのですが……」


 確かにそんな雰囲気はあった。だけど彼女は自制が利かなくなっていた。


 そもそもが最初からおかしかったのだ。


 彼女はエリート兵士、幾ら俺が好きだからって、護衛対象にあんな風に嫌味を言うハズが無い。

 加えて言えば、魔法の通りも異常に良すぎた。


 それは何故か?

 その秘密は、女同士のキスの味。


「彼女から微かにケシの匂いがしました」

「あり得ない! 兵士には決して手を出さない様にキツく命じています」

「彼女が薬を飲んでいる所は? 誰も見ていないのですか?」

「それどころか、丈夫で風邪薬一つ飲まない娘です。薬など話にも……いや、そう言えば新しい生理痛緩和薬が良く効くとか」

「……それです」


 帝国は麻薬として高額で流通させるかたわら、採算度外視でばらまいてもいたワケだ!


 想像以上に麻薬はプラヴァスに広がっているようだ。


「急ぎましょう、思ったよりマズイかも知れません」


 俺達は早足でプラヴァスまで駆ける事にした。

 漠然とした不安だけが、胸の中に渦巻いていた。

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