麻薬だめ、絶対!
「それでは、聖女様の魔法で奇跡の復活を果たしたカラミティさんのスピーチです」
名前を呼ばれ壇上に上がった私は、ヤケクソ気味に原稿を読み上げる。
「ご紹介に預かりました、カラミティです。私は、この春、麻薬にまつわる恐ろしい犯罪に巻き込まれてしまったのです」
ここは学校の講堂。眼下にはクラスメイトをはじめ、全校生徒が揃ってる。
表彰されることは何度もあったし、代表でスピーチする事だってあったけど、こんなに気が乗らないスピーチは初めて。
でも、名門と言われるブラッド家の末席に連なる者として、無様な姿は見せられないよね……
「……そうして麻薬で体調を崩していた私はユマ姫様に救われたのでした」
――パチパチパチパチ!
万雷の拍手。
中には泣いている生徒までいる。
結局、私は溌剌とスピーチをこなした。
こなしてしまった……
偉そうに色々言ったけど、私は全く記憶に無いの。全く身に覚えがない事をスピーチするのは初めてで……
正直言って、すっごく罪悪感。
だけどやらない訳には行かないよね。なにしろ最近の我が家はまるっきり様子が変わっちゃったんだもん。
以前はポンザル家の攻勢に、みんながイライラと不安を抱えてた。
それが私には嫌で嫌で仕方無くて、ここから連れ出してくれそうなキィムラさんがホントに王子様に見えたんだ。
だって、このままじゃ豚みたいな男に嫁がなくっちゃいけないんだもん、まともな顔だったら付いてるだけで上等だよね。
だけど、水不足からポンザル家の力が一層強まると、状況は一変。やっぱり豚の嫁にならなきゃで毎日が死にたいほどに憂鬱で、非行少女みたいに遅くまで遊び歩いたりした。
……そんな事をしていたからかな? 罰が当たったのは。
ある朝目覚めると皆が皆、ニコニコと笑顔が絶えず気持ちが悪いほど。いつも難しい顔をしているリヨン叔父さまなんて、私と同じぐらいの女の子の椅子にされ、それでも笑顔を振りまく始末。
その女の子こそ、あのユマ姫だったの!
それだけじゃない。あんなに頼りになると思っていたキィムラさんまで、ユマ姫に完全に骨抜きになっているし!
きっと、みんな、あの魔女に操られてる!
なのにそんな魔女を聖女として紹介しないといけないなんて!
「それではいよいよユマ姫様に登壇して頂きましょう。皆さん拍手でお迎え下さい」
ユマ姫を呼び出す私の笑顔。引き攣ってなかったかな?
大の男が三人揃って、ユマ姫をどうやって人気者に出来るのか……なんて事を大真面目に話してるんだもん。
みんな絶対におかしくなってるし、口を挟むなんて出来っこない!
我が家で正気なのは私だけ。でもそれだって、いつまで保つか自信が無いよぅ……
なんせ、私だってユマ姫を見るとドキドキが止まらなくて、ちっとも冷静じゃ居られない。
「皆さんありがとう、ユマ・ガーシェントです。今日は麻薬の危険性についてお話しに来ました」
私は壇上で生徒達の歓声に応えるユマ姫の様子をジッと見つめた。
見たこともない桃色の髪に、これまた見たこともないキラキラ光る純白の衣装。男子達が熱狂するのは当然と思う。
だけど、女の子である私まで、ドキドキするのは異常だよ!
ウソみたいだけど夜にはユマ姫とキスする夢まで見るんだよ?
欲求不満の男の子ならいざ知らず、私にそんな趣味はないのに!
きっとコレもユマ姫の魔法に違いないんだ!
私はそっと夢の内容を思い出す。
眼前に迫るユマ姫の恥ずかしそうな瞳、上気する頬、芳しく甘い体臭、そして蕩けるような舌と唇の感触まで、全てが夢と思えぬリアリティでいつも私を追い詰める。
うぅ、頭がおかしくなりそうだよ……誰か助けて。
そして、唯一の安らぎの場所だった学校まで、魔女の手が伸びている。しかもそれを手引きしているのが私自身なんだから堪らないよ。
ユマ姫のスピーチを聞きながら、恐るべき魔法の対策を考えていた時だった。
――キャーーー!
響いたのは甲高い悲鳴。
「刺されたぞ!」
「取り押さえろ!」
壇上に居たから、その様子はハッキリと見えた。一人の男子生徒が血塗れのナイフを持っている。
最近、学校に来ていなかった不良の男子生徒。すぐさま大人達に組み伏せられたけど、刺された女生徒は大怪我。
……そして、刺されたのは。
「フィナちゃん」
嘘だと思いながらも、フィナンティちゃんの名前を叫んでいた。
一番の親友で、図書館でキィムラ様との事をからかわれたっけ。
だけど、まさか……
慌てて駆け寄ると、私の友達ばかりが集まっていて、中心で倒れているのはやっぱりフィナちゃんで。
「……そんな!」
腹が裂け、腸がはみ出す程の大怪我。
コレではお医者様が来るまで、命が保つかどうかもわからない!
打つ手がない……友達こそが今の私の支えなのに、それさえも失うなんて……目の前が真っ暗になり、吐き気までこみ上げる。
そんな私に、なんでか他の友達が縋りついて来た。
「ラミちゃん!」
「フィナちゃんが!」
「助けてあげて!」
「え?」
そう言われても、私にはどうしようもないよぉ!
「早く、ユマ姫サマにお願いして!」
「聖女様の奇跡を!」
「ラミちゃんの時みたいに」
「……それは」
私は歯噛みした。
仕方無くついた嘘が、こうも早く自分に牙を剥くなんて!
こんな大怪我を治す方法などあるハズないよ。きっとみんな麻薬みたいな薬で騙されているだけ……
そうだ、フィナちゃんはこんなにも苦しそうなのだから、せめて麻薬で……
「ッ!!」
その時、ドクンと胸が高鳴りました。
そうだ、麻薬は素晴らしいモノ。早くフィナちゃんにあげないと!
麻薬は素晴らしい? どうして? うっ!
突然の頭痛に踞る私を無視して、皆は壇上のユマ姫の前にフィナちゃんを運んでしまった。
なんで? どうして? そんな事したら、怪しげな術で奴隷にされちゃう!
「止め! 止めて! お願い!」
慌ててそれを遮ると、皆が必死に私を責めるのです!
「なんで? ラミちゃん! このままじゃフィナちゃんが!」
「だ、だって!」
助かっても、それじゃフィナちゃんが! フィナちゃんまでおかしくなっちゃう!
「うぅ、だって、それじゃユマ姫に! ユマ姫が! せめて、せめて私で!」
私はユマ姫に必死にお願いする。フィナちゃんまで変になるのが怖かったから、せめて私だけでと言う思いだった。
「そ、そっか!」
「ユマ姫様!」
「私達の命も使って下さい!」
?? 皆の言っている意味が全然解らない。だけど、思い出した。ユマ姫の魔法は、生命力を削って発現するという『設定』なんだった。
そうしないと怪我人が引きも切らないから……って事だけど、体の良い言い訳に決まっている。
そのハズなんだけど……
「皆さんのお気持ちは、ハッキリと伝わりました。それだけで十分です」
ユマ姫は自信満々に出血が激しいフィナちゃんの前に進み出てしまう。
そして……
「大丈夫? ゆっくりと息をして」
「ハァ、ハァ……」
フィナちゃんになにかを嗅がせてる! 私には解る、アレは! 麻薬!
……どうして麻薬だと解ったのか。
それは不思議な感覚だったけど、それでも絶対に間違いない!
やっぱり魔法なんて嘘っぱち。変な薬を嗅がせて、みんなを騙してるんだ!
「『我、望む、汝に眠る命の輝きと生の息吹よ、大いなる流れとなりて傷付く体を癒し給え』」
「え?」
なんでなんで?
フィナちゃんの傷がみるみる塞がって行くんだもん。
ま、まさか本当に? 魔法なんてあるの??
ウソみたいに静まり返っていた講堂が、塞がった傷口を見て一転、ワッっと沸いた。
ユマ姫と叫ぶみんなの声が収まらないほど。
「やった! やったよラミちゃん!」
友達が次々と抱きついてくるんだけど、何が何だか……
だけどその時、悲痛な声が喜びに沸く空気を引き裂いた。
「ああっ! 髪が!」
なんてこと! ユマ姫の髪色が桃色から白銀に変わっちゃったの!
それでもやっぱり美しいけど、色素の抜けた髪色は病的で、なんだか儚げに見える。
まさか、本当に命を削って?
混乱する私を余所にユマ姫はひと言。
「麻薬は人を狂わせます。あの男子生徒もそうでした。麻薬は自分だけでなく周りの友人を傷つけるのです。もちろん私だって傷つきます。ですから麻薬だけは絶対に許さないで下さい」
どの口が! と苛立ったけど
……フィナちゃんが助かったのは事実。
ユマ姫の真実が、私には解らなくなったのです。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結局、ユマ姫の魔法は本当と言う事なのでしょう。
だったらあの麻薬は? それに皆の様子は?
私には解らない事だらけですが、学校の皆が一遍にユマ姫のファンになってしまったことだけは間違いありませんでした。
「今、ユマ姫様って何をしてらっしゃるの?」
「ねぇ、ブラッド家に行っても良い?」
翌日から、皆は口を開くなりこんな様子。コレじゃあまるで家と大差がないよ。
なにより怖いのが、怪我を治して貰ったフィナちゃんの入れ込みよう。
「私、ユマ姫様の侍女になりたいの! 姫様の傍には強そうな剣士様は居たけれど、女性は居なかったでしょう? アレではユマ姫様が可哀想よ!」
そんな事まで言い出して、やる気満々。もう見ていられない。
「だ、大丈夫だよ。怖そうな侍女のお姉さんが居たから……」
「そうなの? でも、私、絶対に負けないわ!」
うぅ、
……目を覚まして、フィナちゃん!
侍女のシャリアさん。彼女の蛇みたいな目を思い出すだけで、私は震えが止まらなくなるぐらい怖いんだよぅ。
でも、なぜかシャリアさんとキスする夢まで見るんだよね、ひょっとして私ヘンタイになっちゃったのかな……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
渾身のスピーチに飽き足らず、回復魔法まで披露した俺は、久々の『学校』の空気に感動していた。
どうしたって前世の事を思い出してしまう。
あるいはニヤニヤ顔で相席する、黒衣の男が原因かも知れないが。
『そういやさ、あの暴れ出した生徒はお前の仕込み?』
『失敬な! 俺はそんな悪辣じゃネーよ』
学食にお邪魔し昼食としてトカゲ料理をお淑やかにつついていたら、田中が俺に尋ねてきた。
『にしても、都合が良すぎねぇか?』
『まーあからさまにキメてる奴が居たからな、運命光も薄いし、様子をみたシャリアちゃんも間違い無いって言うんでさ』
『そんで?』
『ゼスリード平原を覚えてないか? 俺が魔力を込めてひと睨みすりゃ、意志が薄弱な奴なんてイチコロよ』
『ハチャメチャに悪辣じゃネーか!』
そう言われても困る。恐怖に駆られて暴れ出したアイツが悪い。弓矢があったら俺に射かけたんだろうが、ナイフで関係無い奴を刺すとは流石に想定外。
正気を失う麻薬の怖さを実演したかっただけなんだが、結果最高のデモンストレーションになった訳だ。
『その髪、大丈夫なのか?』
『ああ、魔力が抜けただけだよ』
魔力が薄い土地で、魔法を使えばこうなる。単なる魔力欠乏状態だが、寿命を削ったと見てくれるなら都合が良い。
『無理してねぇか?』
『そうでもない。確かに回復魔法はすり減るんだけどさ、患者の痛みを麻薬で飛ばせば通りが良いんだ。やっぱ痛み止めとしての効果は凄いぜ』
『使いよう、ってことか』
『だな』
痛みで苦しんでる状態では、回復魔法は中々通らない。
治療の為にぶん殴って昏倒させる事もままあるほど。
それぐらいなら麻薬の方がなんぼかスマートだ。昏倒させても無意識の抵抗はあったりするが、幸せにマッタリしてくれる麻薬の方が更に都合が良い。
『麻薬欲しいな、マジで』
あの麻薬は男子生徒のポケットから拝借しただけ、俺は麻薬を一切持って居ないのだ。
『いや、駄目だろ。シャリアちゃんに持たせるから我慢しろ』
『えー俺も使いたいよ。誰よりも辛い目に遭ってるんだけど?』
『やっぱり自分に使うんじゃねーか! クソロクでも無い未来しか見えねぇよ! 自重しろ!』
うーん、まだまだお薬に逃げる事は許されそうにない。精々、帝国を打倒してから楽しみたいと思います。
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