境界地

 ケシの粉末。早い話がアヘンである。


 ケシの実はお菓子などにも使われる無害なモノ。

 アヘンの原料となるのはケシ坊主と言われる果実に傷を付け、染み出した樹液を乾燥させたものだ。


 帝国の商人はアヘンを手に堂々と商売をしているらしい。小麦を運ぶには非効率だが少量のアヘンを運ぶぐらいなら何でもない。


 戦争と言えば偽金と麻薬。どちらも厳しく取り締まっているモノの、より深刻なのが麻薬の被害だ。

 帝国に放ったスパイによると、麻薬の質が良くなり、生産量も桁違いに増えていると言うのだ。

 その原因は、植物学者のドネルホーンと言うエルフが帝国側についたからに他ならない。


 植物の扱いに長けたエルフの中でも、最も植物に精通した狂人。ケシの品種改良などお手のものだろう。


 火薬だけに留まらずドコまでも危険な男を敵に回してしまったモノだ。


 何よりアヘンとクロミーネの洗脳術の組み合わせがヤバい。意志が強い近衛兵達ですら洗脳が可能とあっては、今後、誰も信用出来なくなる。


 黒峰さんも厄介なチート能力を貰ったモノだ。完全に世界を滅ぼす気でいる。


「なーに辛気くせぇ顔してんだ」

「そうですよ、頼んでおいて何ですがアイデア一つで解決する問題とは思っていません」


 田中もリヨンも既にご機嫌。

 本日は、ラクダに乗ったリヨンに案内されて、三人で視察に来たのはプラヴァスの更に南。境界地という場所だ。


 ラクダとバイクと言う違いがあれど、男三人。気軽なツーリングと言う風情である。


 正直、俺はまだ頭が痛い。昨夜は遅くまで酒盛りをして、仕舞いにゃ露出の激しい女の子まで呼んで、ひたすらにどんちゃん騒ぎ。

 冗談半分で押収したアヘンまでキメそうになっていたから始末が悪い。


 あ、もちろんアヘンはちゃーんと始末しましたよ。


 ズキズキと痛む頭を抱えて砂漠をひた走る。田中の背中に張り付くのもスッカリ慣れてきた頃だ。


「なんだよ、アレ!」


 思わず叫んじまった。目の前に広がるは砂漠のただ中に一直線に並ぶ木々、帯状にオアシスが広がっている光景だ。


「コレは一体?」

「アレこそが境界地、帯状に広がる魔の及ばぬ土地です」

「魔の……及ばぬ?」


 リヨンさんによれば、あの木が生えている場所では魔道具が一切使用不可能と言う。


「あの中では、他では育つことの無い特殊な植物も多く見られます、王国に輸出しているスパイスの幾つかはあそこでしか取れません」

「お陰でココじゃ聖地扱いよ」


 なるほど、しかし魔道具が使えないってソレじゃまるで……


霧の悪魔ギュルドスみてぇだよな?」

「ああ……」


 田中に言われるまでも無い、魔力を掻き消す霧と全く同じ特徴だ。


「実際に入ってみようぜ。ゴタゴタしていて実は俺も入ったことがネーんだ」

「ゴタゴタ?」

「ソレについては私から説明しますよ」


 そう言うと同時、リヨンがラクダを思い切り走らせる。ラクダとは言っても、地球のラクダとは隔絶する大きさだ、そのスピードもかなりのもの。


「競争ですよ、タナカさん。ソチラは二人乗り。今日こそ勝たせて貰います」

「言うじゃネーか。吠え面かくなよ!」


 叫ぶと同時、田中はフルスロットルで……ってオイ! ふざけんな!


「ヤメロォォォォ!」


 俺は涙目で田中の背中に縋り付くのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「今回は私の勝ちですね」

「クッソー、ケツに重しが張り付いて無きゃーよ-」

「オロロロロロー」


 コイツなんて運転しやがる! 文句を言いたいのに朝飲んだココナッツミルクがせり上がって来て何も言えねーと来た。


「しかし、ちっちぇ『ジャングル』だな」

「『じゃんぐる』とは?」

「あー、植物が生え茂っている事を表す方言ですよ」


 俺は田中の日本語をリヨンにフォローする。俺達は同郷だと伝えているので大丈夫だろう。

 田中の迂闊な発言には苛立つが、内容には同意だ。南米のジャングルの様な雑多な雰囲気がある。何より砂漠と異なるのは湿度の高さ。


「暑いなぁ」

「俺なんざプロテクターを着てるからもっとだぜ」


 砂漠を想定したターバンと長衣が暑苦しいのなんのって、日差しと砂の侵入を防ぐには良いが、湿度が高いと地獄である。


「ターバンの巻き方で調整出来るんですよ」

「マジスカ!?」


 ソレは知らなんだ。リヨンさんにターバンを巻き直して貰うと、なるほど大分涼しくなった。


「俺はヤベーんだけど?」


 しかし、田中はグロッキー。

 実は田中が着ているプロテクターには空調機能が付いていて、外気を取り込める機能が付いているのだが……


「作動しねぇ……魔道具が起動しないってのはガチみてぇだな」


 だとすれば、この中では当然魔法が使えないだろう。まして、魔力が必要なエルフにとっては地獄の場所だ。


「さっさと出ようぜ? 楽しい場所じゃねーよ」

「まぁ待てよ」


 プロテクターを脱ぎ捨てた田中がグズり出すが、俺はココを調査したい。気になる事が幾つもあるのだ。


「植物が緑色だな……」

「それが……当たり前では?」


 リヨンさんに聞かれてしまう。

 そりゃ、俺だって地球に居た頃は植物が緑って当たり前だと思っていた。


 だが、ソレに比べると、この世界の植物はほんのりと青みがかって居るのが普通。しかし、境界地に生える植物にはソレが無い。


「魔力、か」


 日光を吸収する葉緑素が緑色、そして、恐らくは魔力を取り込む魔素が青色なのだ。

 そして、この場所に植物が生い茂る理由もまた魔力。


「魔力が多ければ植物が生える。それは俺の思い違いだったみたいだな」

「どーいうこった?」

「お聞かせ願えますか?」

「それは……」


 俺はあくまで仮説としながらも田中とリヨンに魔力と健康値、いや、生命力について説明していく。


「魔力ってのは上手く使えれば途轍もないエネルギーだ、エルフみたいにバンバン魔法を使えるし、魔獣は巨大だろ?」

「まーそうだな……」

「この辺りに魔獣と恐れられる存在は居ないのですが……」


 魔獣を知らないリヨン氏が残念そうにぼやく。

 きっと巨大生物が見たいのだろう、心は男の子ってタイプと見たね。俺としては二度と見たいモノじゃ無い。


 話が逸れた、リヨン氏が言うように砂漠地帯には魔獣が居ない。食糧事情が厳しい砂漠に人類がしがみついている理由の一つだ。

 もう一つの理由がこの境界地の豊かな植生。これが砂漠の生活を支えている。


 だが、魔力が無いこんな場所になぜジャングルが発生するのか?


「きっと、植物にとっても魔力は毒なんだ、魔力に抵抗するためには健康値が必要だろう?」

「ああ、なるほどな、ならいっそ、魔力なんて無い方が良いって事か」

「……途方もないお話ですね」


 流石に田中は理解が早い。リヨン氏はついて行けない様だが、取り敢えず口を挟むつもりは無いらしい。

 俺は話を続ける。


「この世界の植物は、太陽からエネルギーを、そして大気からは魔力を取り込んでいる。もちろん、太陽光を取り込む葉緑素に対して、魔力を取り込むには魔素って器官が必要になる。光合成する人間が居ないみたいに、エネルギーの取得方法を二種類持つってのは、生命としては大変っぽいのよね」


 俺の言葉に合点が言ったと田中が続く。


「つまり、このあたりは魔力が薄いから、植物だって魔力を吸収する器官を持つ意味が無いって訳だな」

「そうそう、でも魔素が無いなら、魔力なんて存在はソレこそタダの毒。だからこの辺一帯は砂漠になってしまった。対して境界地には魔力が無い。植物の楽園になるって訳」

「そう考えるとよ、魔力ってヤツが俺等の体にどれだけ毒かってのがコエーよな」

「……そうだな」


 エルフはともかく、人間にはそれなりに魔力は毒なのだろう。

 その証拠に魔力に相殺されない健康値はプラヴァスでかなり高くなっている。


 ちなみに、健康値を計る魔道具と言えばユマ姫の秘宝を思い出すが、なんとエルフの国では健康値を計る機械は体重計レベルで普及しているらしい。


 安価な割りに珍しいからと田中に持たせた献上品がブラッド家に常設されていて、俺も毎日計らせて貰っている。

 だから、プラヴァスでの健康値が高いのは確実なのだが、田中はそれに納得が行かないらしい。


「でもよ、俺は全然体調が良くないぜ? 健康値は100を超える数字だが、大森林で50以下の数字の時のが遙かに動きが良かった」

「それはな……」


 俺は更にもう一つの仮説を披露する。


「人間はエルフと違って魔法は使えない、でもな、魔力を全く使ってないワケじゃないと思うんだわ、俺達も費用対効果が釣り合ってる場所で生活しているワケ」

「じゃあ、俺達もエルフほどじゃないにしろ魔力を必要としているって事か?」

「そうだな、現にお前、霧の中で過ごしている帝国兵が弱かったって言ってただろ?」

「……そうだな」

「それにお前のバケモノ染みた膂力は神の奇跡ってだけじゃ説明がつかねぇ、そのタネは魔力による補助じゃねーかと思ってる」

「確かに大森林や遺跡の中で、俺の剣は冴えてた」

「そう言うこった」


 つまり、健康値が許す限りは魔力が濃い方がポテンシャルを引き出せると言う事。

 それこそ、ドーピング的な効果があるんだろう。


 と、そこまで話しているといよいよ目的の場所まで到着した。


 リヨンさんが足を止め、森を抜けた『先』の光景を指し示す。


「着きました、ここが『世界の果て』です」


 そう言われた先では、森がパッツリと切り取られた様に途切れていた。

 その先にあるのは果てしない荒野。


 雑草ひとつ生えてない死の土地が延々と広がっていた。


「コレが……世界の果て……」


 呆然とする俺に、リヨンさんが誰とでも無く呟く。


「何故、ココで世界が途切れているのか、我々には解らないのです。ここから先は神に見捨てられた土地と言われています」

「なるほど……」


 面白い。コレがプラヴァスの言う世界の果てか。

 しかし、実は、俺達は別の世界の果てを知っている。


 遥か北にある、果ての山脈だ。

 果ての山脈の向こうには、延々と死の荒野が続いているとかなんとか。

 果ての山脈自体が、魔獣がはびこる危険地帯だから噂でしか知らないが、聞いた感じは全く同じだ。


 遥か北と南で、全く同じ『世界の果て』が存在している。


 まるで、俺達が住める土地だけが、丸く切り取られているみたいである。


 果たして、世界の果てとは何なのか??


 ……だが、コレにも俺には仮説があった。


「この先の荒野に出た人間はどうなります?」

「……それは」


 リヨンは言い淀む、余り言いたい事では無いらしい。


「体中が焼けただれ、数日と生きられないのでは?」

「ご存じでしたか」


 リヨンはそう言うが、あらかじめ知って居た訳じゃ無い。


 聞けば境界地の外に出るのは砂漠の民にとって禁忌も禁忌だと言うのだ。来たばかりの俺が知るはずが無い。


 許されない罪を背負った人間を追放する流刑地。それが境界地の外、踏み入れた人間は決して戻る事を許されない。


「とは言え、黒いターバンを付けていれば数日は大丈夫なのです、黒いターバンこそ神に愛された者の証であるが故だと」

「なるほど……」

「我々は神の裁きと呼んでいます、追放された罪人は神の光に焼かれるのだと言われています」


 ……そんな訳は無い。それは神の光じゃ無い。



 その正体は、紫外線だ。



 魔力が毒だから、魔力が無い境界地には植物が生い茂る。

 だったら、もっと大森林から離れた場所ならば? もっと植物が生えるのか?


 だとしたら世界の外側に向けてひたすらにジャングルが広がっていなければオカシイ。


 だけど実際には、切り取られたかのように不毛の荒野が広がるのみ。

 その事実が俺の脳みそを刺激し、あらゆる可能性が渦巻いていく。


「ひょっとして、この世界には無いのか? 確かに方位磁石を見たことが無い!」

「オイ、俺にも解るように説明してくれよ」


 思考の海に沈む俺に、田中の不快な声が掛かる。


「そうだな、この世界は恐らく巨大なビニールハウスなんだ」

「『びにーるはうす』とはなんです?」


 うーん、リヨンさんには通じないか。どうする?


「つまり、境界地の内側だけが人間が生きることを神に許された領域なのです。境界地の外には、我々が暮らす土地の何十倍もの荒野が広がっている」

「ええ、聖書にもそう書いてあります、しかし、ソレで納得するにはとても……」


 リヨンさんが首を振る。


 ……そうだ、確かにこの世界の聖書には書いてある。


 『ここは神の揺りかごである』……と。


 しかし、果たして、ソレは一体どう言う意味なのか?


「我々が生まれた星、地球なら人間はドコでも生きて行けたのです、神のゆりかごなど存在しなかった。いや、地球全体が神の揺りかごだったと言っても良い」


 この世界、地球と比べてあまりにも狭い。まさに揺りかご。

 国だって、人間が住む王国と帝国、エルフの国に、あとはここ、砂漠の都プラヴァスぐらいしかない。


 なのに、重力は地球と同じぐらいに存在している。

 つまり、惑星の大きさは大差がないハズ。

 人が住める場所が、地球と比べてあまりにも狭いのだ。


「?? ……そうなのですね」

「その理由は磁気シールドにあります」

「申し訳無いが『じきしぃるど』と言うモノが……」


 ココからはどうやったってリヨンさんには通じないだろう。申し訳無いと断って、田中に向けて説明する。


「方位磁石は知ってるな?」

「ああ、北を向くやつだろ?」

「この世界で見たことあるか?」

「あるぜ? 常に決まった方角を向く魔道具がな」

「ちげーよ、アレは大森林の中央部、魔力が吹き出す土地を指し示すんだ」

「じゃあ?」

「そう、ねーんだよ、磁石はあっても北を向かない」

「それがなんだってーんだよ? 回りくどいぜ」

「磁気が無い、つまり電磁波から星を守る壁が無いんだ」


 俺は地面に磁石と磁場の絵を描いていく。磁石の回りの砂鉄が磁場に沿って、バリアみたいに広がる絵を田中だって見たことがあるハズだ。


「地球はデッカイ磁石だ、そんでこの磁場ってのは見た目だけじゃなくてマジでバリアなんだよ、太陽の放射線や太陽風から地球を守ってる」

「オゾン層みたいなモンか?」

「地磁気のバリアってのはオゾン層よりずっと強力よ、オゾン層なんて地磁気のサブでしかない」

「それがこの世界に無いってか?」

「そうだ、コイツが無ければ大気が吹き飛んでしまって空気も無いのが普通なんだよ、現に火星とか大気が殆どねーだろ?」

「いや、火星の事は知らんが……」

「代わりにココには魔力がある、それが大気を支える役割をしてるんだ。そして魔力を狭い空間に押しとどめているのが境界地にある魔力を掻き消す膜だ」

「境界地はその膜の中にあるって事か?」

「そうだよ、膜の正体は、解るか?」


 意地悪な質問かと思ったが、田中はこう見えて馬鹿じゃ無い、自分で結論を出して見せた。


「魔力を消す境界地。あるのは健康値……そうだろ?」

「そうだ、境界地ってのは健康値の膜の中の土地。そして、その膜が俺らが住む世界全体を泡みたいに覆ってるんだ。俺達はその泡の中で魔力と共に生活してる。これが『神の揺りかご』」

「なるほどね、洒落た言い回しだこと」

「そして、恐らくは放射線や紫外線といった、太陽からの有害物質を根こそぎブロックしてるに違いない。地球でいう磁力線による膜の代わりをしているんだ。もし境界地の健康値の膜が無けりゃ、俺達は数日で焼け死ぬだろうぜ」

「確かにな、あの太陽はクソデケぇ」


 田中が見上げる先、この世界の太陽は俺等が知ってる太陽の四倍程の大きさに見える。もしその膜が無ければ、どれだけの時間、俺達は生きられるのだろうか? 考えたくも無い。


 そうやって考えると、この境界地の有用性が途轍もなく高いことが解る。


「境界地は、太陽の害も魔力の毒からも守られた奇跡の場所だ。代わりは利かない。ココを大事に守らないと砂漠は立ちゆかないな」


 俺が出した結論。それに苦虫を噛み潰した様に反応したのがリヨンだ。


「おっしゃる通り、境界地は神聖な場所として代々プラヴァスの代表である我らブラッド家が管理し、皆に利益を分配しています。ですが、ポンザル家がその権利の一部を主張し始めたのです」


 また、ポンザル家……ケシだけじゃ無く、どうやらマジで帝国とやり合わなければいけないようだ。


「ハァ、つれーわ」


 俺はへなへなと倒れ込むのだった。

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