生まれ変わった私(物理)

「ママ? どこに居るの? パパ? ドコなの?」


 ドコからか声がする。

 ……自分の頭の中からだ。


 そうだ、わたしは……ポーネリア。この培養槽の中で生まれた凶化人間。


 カプセルの中、手を伸ばす。

 するとパパとママの幻影が消えた。


 いつもの夢。何度も見た悪夢。


 だけど、今日は何かが違った。


「うあ、うえ、う、ヒック、オギャァアァァァ」


 私は赤ん坊みたいな声で泣いていた。まるで生まれ変わった様な……


 そして、いつもは掻き消える幻影が、今日に限っては消えなかった。

 それはパパでもママでも無い姿。でも、どこか懐かしい。


 誰だろう?


 思い出せない。


 いや、思い出せた事がある。


 パパとママの手前に居る男。この後ろ姿。

 殺したい。殺さなきゃ。


 殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す。殺す、殺す、殺す。


 殺意だけで頭が染まる、そうだ、私は凶化して、殺意が止められなくなって。


 そして自殺したんだ。


 私は生きていてはいけない存在。

 私は……私は……


 立って、歩いて、本能のままに男の腰からサーベルを奪う。


「なっ!?」


 振り返った男の胸に、そのまま突き刺した。


「死ねッ!」


 ズブリと肉に刃がめり込む感触。染み出す様に血が漏れ出す。


 ……ああ、やってしまった。


 また、殺意のままに殺してしまった。

 殺したくなんて無かったのに。


 ――嘘だな。


 誰? 私は殺したく無い。


 ――俺は、殺したい。


 誰? 私? 私なの? 私? 私は?


「何故だ! おまえは! 何者だ!」


 刺し貫いた男に問われて思い出す、私は、いや、俺は!


「俺の名前は『高橋敬一』、――どこにでもいる普通の中学生だ」


 俺は手のサーベルをギュッと捻り込む。


「グッ、ゲェ」


 殺意が! 抑え! られない!


 って言うか! 抑える必要も、無い!


「お返しだ、神に挨拶してこい」


 俺は銀髪の男の手から銃を奪い取る。

 コイツを! ぶち込まなきゃ! 気が済まねぇ!


「オイ! やめろ!」


 木村が止めるが知ったこっちゃねぇ!!


 ――パァァン


 男の脳みそが飛び散った!


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ごめんなさいは?」

「ごめんなさい」


 俺は木村に全裸土下座していた。

 べちゃりと粘液にまみれながら、地面に這いつくばった姿勢。木村のブーツだけが視界に映る。

 一回り年の差があるわけで、今の俺は幼女寄りの少女な訳で。


 こんな幼気な女の子に、全裸土下座を強要するとは!

 木村もいつの間にか趣味が良くなったよな。客観的に見て、コレかなりエロいんじゃない?


「いや? そんなの求めてないけど? つーか、どうすんだよ! 殺しちゃ何にも聞き出せないだろ!」

「仰せの通りで」


 殺意のあまり撃ってしまった。ゼロ歳児だからね、仕方無いね。


「ヤベェぞ! コイツ鍵持ってない!」


 一方でノエルのウエストポーチを足で漁っていた田中から泣きが入る。


「「マジで?」」


 これには俺も焦る、木村も焦る。

 なにせ、田中と木村。二人はいまだに後ろ手に手錠を掛けられているのだ。このままでは何も出来ない。


「魔法! 魔法でどうにかならないか?」


 田中が俺に結構ガチ目に泣きついてくる。この狼狽え様は珍しい。

 流石に予想外って感じだ?


 でもね、俺にも予想外な事が一つ。


「使えないっぽい」

「え?」

「は?」


 呆気にとられる二人だが、俺に責任は無いんだが?


「まだ脳が馴染んでないって言うか? 魔力が集まらない」

「合成失敗かー」


 悪魔合体みたいに言う木村は無視!

 田中は心配してくれるか?


「チェンジで!」

「デリヘルじゃないから!」


 そんなシステム無いからな。あったらヤクザ呼んでるよ?


「真面目な話、一過性のモノか?」

「解らんね、そして今、メチャクチャに眠い」

「寝たら死ぬかもしれないぞ?」

「あ、それだけ微妙な状態? そう言えば俺、どうなってたの?」


 俺は燃やされた後の記憶が曖昧だ。なんか飛びついて噛み付いた気はするが。


「頭吹っ飛んでた」

「千切れた下半身を木村が抱いてた」


 オーケー、想像以上にキツい状態だったみたいだ。


 あと、木村は思った以上に性癖を拗らせてたみたい、こりゃ全裸土下座程度じゃ満足しないハズだわ。これからは距離を置きたいね。


「とりあえず、鍵を探すにもストリーキングは勘弁したいんだけど」


 今の俺は真っ裸。このまま外に出るのはサービスが過ぎる。って言うか普通に寒い。

 良く考えると最悪の状況だなコレ。後ろ手に縛られた男二人と真っ裸の幼女。

 完全にド変態の集会である。


「今死んだら、俺の性癖誤解されちゃうじゃん!」


 ダメだ、脳みそが死んでる。自分でも何言ってるか解らねぇ!

 だが、田中には通じたみたいだ。したりと頷いた。


「でぇじょぶた、培養槽で生き返れる!」

「もう死にたく無いんだよぅ」

「取り敢えず、そこにある俺のマントを羽織れよ」

「おう」


 二人ともマントを着ていないと思ってたけど、既に脱いでいたのか。

 アレ? 田中のマントしか無いな。

 で、大きな漆黒のマントを広げ、包まる。けど正直、俺の体には大きすぎる。


「何か、彼シャツみたいでアレだな」


 自分で言っててキモいと思うが、思ったんだから仕方が無い。

 人知れず、一人で興奮してるのもソレはソレで意識しまくりって感じがしません?


「……裸の幼女にそんな事言われると、犯罪感スゲェな?」


 田中。いきなりのマジレスであった。心底迷惑そうである。

 いやいや、正直に言うてみ? まんざらでも無いだろ?

 可愛い女の子がお前のマントの匂いを嗅いでるんやぞ?


「コレがお前の匂い。なんだかドキドキするな」


 言いながら上目遣いで田中を見つめる。コレでキュンとしない男が居ます? ドコに?


 見上げれば真剣な表情で真っ直ぐにコチラを見つめる田中と視線が重なる。

 あ、アレ? なんだかマジでドキドキしてきたぞ? ヤバい!

 顔が赤くなって、鼓動が引っ切り無しに脈打つ。なんだってんだ?


「そりゃ、ドキドキするだろうよ」


 呆れた様に田中が見下ろす。


「? それってどう言う?」

「そのマントにお前の脳みそ包んで持ってきたから」

「お前の匂いじゃなくて、俺の匂いかよ!」


 そりゃドキドキしますわ。自分の脳髄液の匂い嗅いだ人居ますかー? 濃厚な死の香り。


「乳繰りあってないで鍵を探そうぜ!」

「そうだな、仕方がねぇ」


 木村は扉を開け、部屋の外を警戒していた。田中もノエルの死体から鍵を探すのを諦める。

 アレだけ探して無いのだ。いよいよ他の場所に保管してあるとみるべきだった。


「なぁ? コレなんだ?」


 だが俺は落ちていたワイヤーがどうにも気になった。何せうねうねしててなんだか気持ち悪いのだ。


「ルーデルオン! そうか! コイツがあれば!」


 お宝発見とばかり、田中が快哉を叫ぶ。


 るーでるおん? 何だソレ?

 しかし問い質す間もなく、外を警戒する木村が叫んだ。


「やべぇぞ! 誰か来た!」


 最悪である。


「どうするよ? オイ?」

「どうにもならねーよ!」


 大慌てであるが、後ろ手に縛られた二人も、素っ裸で頭がボヤっとしている俺も何も出来ない。


「ボヤっとしてないで、ソレを俺に付けてくれ!」


 だと言うのに無情にも田中に怒られた。ソレってのはこのワイヤーか?


「ダメだ間に合わねぇ、俺が時間を稼ぐ。木村に付けてやってくれ。きっと俺より上手く使う」

「え? 俺?」


 木村もビックリである。

 そうこうしている内に、一人の女性が扉を開けた。


「ノエル様、銃の回収が終わりまし……なにが!?」


 女性は手に持っていた大量の銃をボトボトと取り落とした。

 部屋を開けたら頭が吹っ飛んだ死体とご対面。

 そりゃ驚くだろう。しかも犯人達は堂々と居直っていると来たモンだ。


「久しぶりだな、ねーちゃん!」

「タナカ! アナタが、ノエル様を!!」


 田中が知り合いみたいな軽い調子で挨拶をするも、女性は容赦なく銃を突きつけた。

 一瞬味方なのかと期待した俺が馬鹿だった。コイツは敵だろうが味方だろうが常にこんな風なのだ。


「いいやぁ? やったのは俺じゃ無いぜ?」


 そして田中の奴がコッチを見る。


 ヤメロ! こっち見るんじゃ無い!

 違います! 僕じゃありません! ノエル君とは友達です、お互いに頭を吹っ飛ばし合う程の仲なんです!


 と、女性と目が合った。よく見ればノエルと一緒にいた女で間違い無い。


「ッ! バケモノ!」


 酷い言い草だね。ま、死んだ人間が復活したら仕方無し。


「地獄に送り返してやる!」


 凄い形相でコチラに銃口を向けてくる。実にあんまりなリアクションである。


 アレだな、ホラー映画でやっと倒したと思った怪物が脱出寸前に襲ってくる奴。アレの怪物側になった気分だよ。こちとら絶世の美少女だと言うのにね。


 ……何をノンビリしてるのかと言われそうだけどな、実際に銃口を突きつけられてみろ。気軽に動けるモノじゃない。


 横っ飛びに弾丸を躱せればカッコイイだろうが、フェイントに釣られ、打ち上げられた魚みたいに転がってみろ、ここぞとばかりマヌケを打ち抜くに違いないのだ。


 ……だから相手もスグには撃てなかった。

 躱そうと動いた先を撃ち抜くのが確実だからだ。


 睨み合ったのは一瞬、だがその間に田中は女性に向けて猛ダッシュを決めていた。


「オラッ!」


 後ろ手に縛られているが故、前傾姿勢のタックル。


「馬鹿め!」


 だが読まれていた。突っ込もうとした田中の眼前に鋭いサーベルが突きつけられる。

 銃からの持ち替えが素早い、それだけでもかなりの使い手だった。


「グッ!」

「遅い!」


 急停止した田中、その顔面を切りつける女性。

 解ると思うが、前傾姿勢では急には止まれない。たたらを踏んだ所に追撃を掛けられれば回避は難しい。


「痛ってぇ!」


 顔面が切り裂かれ、田中の血が舞う。マズイ! このままじゃマヌケ顔がハードボイルドに仕上がってしまう!

 肌寒いとか言ってらんない。俺はこの隙に真っ裸で飛び退くと、木村の元に向かった。


「ボヤっとしてんな!」

「あ、いや俺は戦えないって!」


 木村をドヤすがどうにも腰が引けている。戦闘は専門じゃないし後ろ手に縛られてるとあれば、確かに死にたてホヤホヤの俺以上に戦力外に見える。


「コレを付けるんだよ!」

「なにしてんだ!」


 だが、俺はそんな木村を無視して背後に回り込むと、その指にルーデルオンとか言うワイヤーを嵌めていく。

 田中の弁によると、コレを木村に付ける事が逆転の一手になるハズ!


 付けられた木村の方はたまったモンじゃないみたいだが。


「なに? 俺の指になにしてんの?」

「うわっ! 何だコレ? 気持ち悪ぃ!」


 指に嵌めるや否や、ワイヤーは触手の様にうねり俺の体に巻き付いた。俺はパニック。ソレを操作しているだろう木村もパニック。


 端的に言って地獄絵図だった。


 裸の幼女に巻き付くワイヤー。

 又とないシチュエーションであるが、観客は誰も居ない。

 木村は後ろ向きであるし、田中は……


「ハッ! やぁ!」

「クソッ! もたねぇぞ!」


 大ピンチであった。後ろ手に縛られると回避もままならない。

 俺も手足を拘束された経験が有るが、ああなると思った以上に動けない。


 特に後ろ手はヤバい。足技で抵抗出来るじゃん! と思うだろうが足で蹴り上げる時だって、手でバランスを取ってたりするからね。

 縛られちゃマジで動けないし、無茶な動きをしたらすぐに転がるよ?

 そんなワケで、結構な剣の達人っぽい動きをしている女性兵士の太刀筋をなんとか見切ってる田中は結構凄いと思うんだ。


 ぜひ、その勢いで頑張って欲しい。


「いや! 無理だから! 助けて!」


 ……駄目みたいですね。


 躱しきれないサーベルが田中の足に刺さりまくっている。足から着実に削ろうって作戦だ。よく見れば田中はエルフの装備に身を固めている。並の装備じゃとっくに終わっていただろう。


「クソッ! 全然制御出来ねぇ」


 木村はいまだにワイヤーと格闘中。ワイヤーは力なく、なんかエッチな感じに裸の俺に巻き付くだけ。


 コレ、本当に制御出来てないよな? 冗談じゃ済まないよ?


 仕方ない、俺が行くしかないかと覚悟を決めた瞬間、首筋にチリリと痛み!


 ――パァァン


 銃声! それも背後から! 嫌な予感を感じて咄嗟に横っ飛びに転がって何とか回避!

 一体誰が? そんな所に誰も居ないハズなのだ。


 ――銃が浮いていた。銃だけが。


「何だコレ!」

「はぁ?」


 俺は驚く、木村も驚く。


「外したか……」

「ルーデルオン! お前も使うのか」


 一方で解っている二人はシリアスな空間を作っている。


 そんで田中は益々血まみれで、いよいよヤバい。

 よく見れば銃にはワイヤーが巻き付いて女性の手から伸びている。


「お前、フェノムの知り合いか?」

「隊長だ、私が副長のトリネラ。帝国軍情報部第一特務部隊、今や隊は私一人だがな」

「へぇ」

「お前等に! 全員! 殺された!」


 言うや否や、鋭い突き込み。田中はソレを鎧の固い部分で受けると、再度のタックル。


「甘い!」

「ぐぇッ」


 しかしトリネラが田中の顎を蹴り上げる。加速する直前、前傾になった所を蹴り上げられた田中は大きく仰け反るハメになる。


 ベシャリと血が舞った。相当なダメージが蓄積している。足なんてもうズタズタだ。更にトリネラが追撃で太ももにサーベルを突き刺し、足を削って行く。


「ずいぶんと熱烈じゃねーか」


 それでも、田中は立ち塞がった。血だらけの体でトリネラを牽制する。


「随分とタフだな!」


 トリネラの言葉に呆れが混ざる。

 田中の胴体は鎧で守られ、足を狙うしか無いようだった。おかげで時間が稼げている。


 しかし、後ろ手に縛られた人間など、転がされればソレで終わりだ。

 そうはさせじと、田中は近付かれそうになるたびにタックルのフェイントを入れている。


 そのためトリネラはサーベルで牽制し、距離をとって安全策に徹している様に見えた。

 その動きに焦りはみられない。



 つまり、だ、俺達は居ないモノとして舐められてるってワケ! 

 銃にビビって動けないってな!


「ふざけんな!」


 俺はダッシュして落ちてる銃に取りすがる。

 コレはトリネラが部屋に入るや取り落とした銃だった。おそらく二十九階層で死んだ隊員達から回収した銃だろう。

 必死に縋り付くとおあつらえ向きに、火薬と弾丸もセットで置いてある。

 銃ならば生まれたての少女にだって火力が出せる! 必死で火薬と弾丸を込めるが……


「グビャッ!」


 俺は後頭部をぶん殴られた。ベチャリと倒れると同時、美少女らしからぬ声が出る。なんだ?


 ――ルーデルオン!


 振り返れば宙に浮かぶ銃床が俺の血で塗れていた。田中と戦いつつ、俺にはワイヤーの手で十分か!

 現に俺は後頭部を殴られ、目が霞み足元もおぼつかない。手もプルプル震えて銃なんて握れない。こうなれば頼みの綱は木村なのだが、いまだにワイヤーと格闘していた。


「クソッ! どうすれば!」

「木村! よく見ろ! ルーデルオンはああやって使うんだ!」


 田中が叫ぶ。そうだ、トリネラが見本を見せてくれている。器用さ特化の木村先生なら何とかなる。


 俺達の命運は木村先生の指に託された。


「でもよ! 五本のワイヤーを指に嵌めて、ソレをって一つに纏めて腕にして操作するって、難し過ぎ!」


 ……駄目みたいですね。


 木村は涙目で指をまさぐるがルーデルオンの動きはしっちゃかめっちゃか。自分の体に巻き付いたりしてマトモに制御出来ていない。

 ソレを一瞥したトリネラは薄く笑った。


「無駄だ! ルー・デルオンは一朝一夕に操作出来るモノではない。戦闘に使いこなすには何年もの歳月が必要だ。ましてや両手に付けるだと? そんな事が出来たのはフェノム隊長だけだ」


 何とも自慢げに言い放つ。アレ? それって俺が両手に付けたのがダメだった感じ?

 音ゲーで初回からダブルプレイにチャレンジするぐらいに無理だった?


「木村ッ! 何とかしろ!」


 いよいよ進退窮まった田中が叫ぶ。体中が真っ赤に染まる重傷であった。

 頼みの木村の混乱もピークだ。


「いや、だってよ! 五本のワイヤーをどうして一回纏めるんだよ! 意味が解らねぇ!」


 涙目であった。どうせなら片手に集中して制御しろと伝えたいが、俺は力なく横たわるだけ。

 そう、俺は先程から後頭部の痛みで意識を保つのがやっと。ぐったりと地面に横たわって絶望的な状況をトドみたいに横になって見ているしか出来ていなかった。


 こんな、こんなトコで終わっちまうのかよ! 裸の少女と後ろ手に縛られた男が二人。

 悲し過ぎるだろ! こんなラスト!


「クソッ! クソッ! こうだ!」


 とうとう木村は撚り上げたワイヤーをバラバラに分解してしまう。

 そうすると、指に巻き付いた五本のワイヤーが、てんでバラバラ、イソギンチャクみたいに動くだけ。

 もうルーデルオンが機能していない事は明らかであった。


「馬鹿が! 諦めんな!」

「ハッ、どうだ? お前も観念しろ」


 田中が毒づく。トリネラは笑う。


 そしてゆっくりと田中へと距離を詰める。決めに来ている。

 大きく振りかぶったサーベルは、次の一刺しで田中を仕留める決意の表れだろう。


 その圧にじりじりと後退する田中。

 その足元に描かれた血の跡を辿り、ゆっくりと詰めていくトリネラ。


「逃げるな! 往生際が悪い!」

「クソッ」


 ドンっと、田中の背が壁にぶつかる。絶体絶命の状況であった。


「ココがお前の終着だ!」


 トリネラが叫び、サーベルを握る手に力を込める。


 田中の頭に狙いを定めた。ココで決める気だ。


 もう、逃げ場なんてない。


 しかし、田中は笑う。まだ笑う。


「どうかな? 俺じゃなく、お前の終わりかも知れないぜ?」

「? 何だと?」


 その時、サーベルを構えたトリネラの顔に影が差した。

 ハッとしたトリネラが周囲を見渡す。

 その影の正体は?


 ――銃が浮かんでいた。

 トリネラを取り囲むように、その数は、一つ、二つ、三つ?


 ……いや、十!


 十挺の銃が宙に浮かび、トリネラへ銃口を合わせてピタリと狙う。


「なんだ!? 何なんだ! 何だコレはぁぁ!」


 トリネラは叫んだ、意味が解らない状況に。

 そりゃ、そうだろう。外から見ていた俺だって解らない。


 呆然とする一同に、あっけらかんと言い放つ男が一人。


「なんかさ、らずに十本のワイヤーを個別に操作した方が簡単じゃない?」


 木村だった。


 拍子抜けとばかり、いとも簡単に十本のワイヤーを操ってみせる。


 ウネウネと、グネグネと。


 それぞれを個別に、独立して、自在に制御していた。


 トリネラの表情を見るに……いや、見るまでも無く、こんなのは変態だ。


 だって、ハチャメチャにキモい!!


 木村の両手の指、その全てに収まる十本のワイヤーの挙動を見るだけで、そんな事が可能なのはこの世に一人だと解る。


「撃って良い?」


 他人事みたいに尋ねる木村。


「良いんじゃない?」


 面倒臭くなったのか、同じく他人事みたいに田中。


 そして絶望的な顔で、宙に浮かぶ銃を見上げるのがトリネラさんだ。


「嘘だ! 馬鹿な! こんなワケが! ルー・デルオンは! その銃は、我々のモノだ!」


 あー、ソイツ手癖が悪くてパクるの得意なんスよ。

 恐慌に陥るトリネラに、木村は無慈悲にトリガーを引く。


「お返しだ、神に挨拶してこい」


 俺のセリフもパクられて、十挺の銃が一斉に火を噴いた。

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