デッドエンド?

 【木村】


 ――ピーピ・ピ・ピー ブブブブブブブブブ


「多過ぎだろ! ふざけんな!」


 絶叫しながらの猛ダッシュ。

 なんせ背後から通路を埋め尽くす程のドローンが追いかけてくる。


 古代遺跡に侵入した俺が、ひょんな事から単独行動。ユマ姫アイツを助けに行くために必死の行軍なのだが、もう俺の方が助けて欲しい。

 良く考えりゃ、アイツの魔法なら機械相手に滅茶苦茶相性が良いんじゃ無いか?

 なんで俺はこんなに頑張ってるんだか、走馬灯の様にアイツの顔が浮かぶのは勘弁して欲しい。


「うぉ!」


 捻った体のすぐ脇をドローンが高速で通過していく。お馴染みとなったオゾン臭は慣れちまって殆ど感じないレベル。匂いってのはそう言うトコあるよな。


 ……いや、鼻水出てた。

 必死過ぎると良く解らん事ばかり考えてしまう、みっともなく流れる鼻水を拭う隙も無いのが辛い。


「クッしょぉ!」


 あらビックリ、通路の先からもドローンの群れがコンニチワ。いよいよ進退窮まり、空いていた部屋に飛び込んだ。


「ダメだ、詰んだ!」


 飛び込んだ部屋は……なんだかカプセルホテルみたいでやんの。

 カプセル状の狭い個室がズラリと並ぶ。


 ガラス張りの個室に住民は居らず、一見して何にも無い部屋だ。まず武器は無いだろう。


 一体なんだってんだ? この施設は。エイリアンでも出てくるのか?


 ピピピ・ピー ブブブブブ


 いや出て来たのはドローンだ、必死にドアを押さえてドローンの侵入を防いでいたが、部屋の中からも出て来ちまったらお手上げだ。


「くっそぉ! 南無三」


 俺は空のカプセルに飛び込んだ。しかしこんな狭いカプセルに籠もったら、余計に詰むのは解りきっている。

 目先の痛みから逃れたいだけの苦し紛れ。

 狭い出口に陣取られれば、このまま出られなくなってしまう。

 助けに行くつもりが、助けを待つ格好になってしまった。


 それだってこの薄いガラスだ、どこまでドローンの体当たりを防げるかは疑問である、割れたガラス片で却って大怪我になる可能性は高い。


 ――情けねぇ、情けなくて涙が出る。


 ガラスの破片でズタズタになる恐怖に歯を食い縛り、目を閉じる。だが……


 ――なんだ? どうした?


 痛みはおろか衝撃すら一向にやってこない、なぜだ? このガラスが、実は防弾素材だったりとか?

 恐る恐る開けた目に、白く煙った部屋が映る。


 ――霧の悪魔ギュルドス!!


 見ればゴロゴロと力なく転がる球体ドローンがそこにあった。


「…………」


 オカシイとは思っていた。なにせこれだけの警備、先行する『何者か』はどうやって突破したというのか?

 争った形跡が一切無いのは流石に不自然。

 その答えが伝え聞いたギュルドスだとすれば辻褄は合う。魔力を奪うゆえにエルフの魔法だけでなく、魔道具をも停止させる霧ならば、ドローンを起動させずに入り込む事が可能。


「まっじぃぞ!」


 カプセルから這い出し部屋を飛び出る。転がる大量のドローンにつまづきながらも走る。


「ハァ! ハァッ!」


 何がマズいか? そりゃ『何者か』が霧の悪魔ギュルドスを使った理由だ。

 いや、『何者か』じゃないな、ギュルドスを使う以上、敵は帝国で確定だ。

 調査が終わって、そろそろ脱出しようって理由で彼らが霧を出したのなら問題は無い。だがそんな偶然があるか? 希望的観測に過ぎる。


「あのっ! 野郎!」


 息を切らして走る! 焦る!

 なにせユマ姫とマーロゥ、あの二人が帝国兵と接敵したに違いないからだ。


 二人はエルフであり、そして魔法使い!

 魔法を封じる、それ以外に霧の悪魔ギュルドスを起動する理由が無い。


「アホか! アイツは!」


 魔法が無ければフツーの女の子に過ぎない、いい加減にしろよ畜生。

 邪魔なドローンが無くなり、無機質なだけの通路をひたすらに走る。


 俺は渾身の力を振り絞り、全力で駆けるのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 【ユマ姫】


 霧の悪魔ギュルドスの霧に包まれ、退路は隔壁で断たれてしまった。

 だが、それでも俺は諦めていなかった。なにせ俺には木村から貰った最新式のリボルバーがある。火縄銃と違い六連射可能な上、リロードも一瞬。十分に勝ち目があるハズだった。


 だからオレが本当にショックだったのは、ユマ姫オレの運命光の極端な小ささ。


 本来、俺の運命は誰よりも強固に、最も死から遠い場所にあるハズなのだ。

 運命光はだれよりもギラギラと輝いていなければならないのだ。


 それがいつの間にか破壊されていた。


 もう、俺は誰よりも死に近い。生き残るルートが殆ど残されていない。

 ちょっとした不運で死に兼ねない状況。


 そして迫る敵の数は十二。俺は……死ぬのか?


 震える指を胸に押しつけ深呼吸。

 大丈夫だ、運命は変えられる、良くも悪くもだ。


 運命光なんてちょっとした事で増減する、なにせちょっと前まで大輪を咲かせていた俺の運命光が、落ちかけの線香花火みたいなのが良い証拠。

 こんなモノ、こっからの選択次第で幾らでも挽回出来る! きっと! たぶん!


 ……現実を見よう。


 逆に言えば、俺が盛大にやらかした故に、あり得ない速度で死に向かっているって事なんだよ。


 ……何故だ? 一体全体、俺が何を間違えたと言うのだ!


 いやー、すまんこ。心当たりしか無い。調子に乗って一人で突っ込み過ぎた。

 こりゃ、死ぬのも当然だね♪


「ダメだ! ネガティブになるな、俺は絶対に諦めない!」


 ゲームで失敗する度にリセットを繰り返し、それでも上手く行かないと全部がどうでも良くなって諦めてしまう……そんな事が前世では何度もあった。

 俺はもう自分の死すら他人事みたいだし、痛みだってそう恐くない。だからこそ、油断するとシラけた感情に支配されそうになる。


 ……もう十分だ、ってな。


 そんな時はセレナの事を思い浮かべる。健康値を削られて、廃屋の中、ボロボロになった姿をだ。

 次に思い出すのは、目の前で切り刻まれた兄。その次は山の様に折り重なったエルフの死体。

 あの日の地獄は脳にこびり付いて、一生消えてはくれないだろう。


 それだけじゃない、ボルドー王子も帝国の策謀に殺された様なモノ。

 湖で二人、乗馬して過ごした光景は参照権無しでも忘れない。


 湖の記憶は家族の思い出とも重なる。かつてのみんなの笑顔が浮かぶ。


 ……でも全て奪われた。


「は、はははは」


 笑いと共に、恐怖や諦観とは異なる涙が目尻に浮かぶ。心の底から泣ける程に笑える。


 ――そうだ! 俺は一人でも多く、帝国兵を、道連れにする! その為に生きている!


 死んでも良いなんて、どうして思った?

 死にたいんじゃない! 俺は! 殺したいのだ!

 遺跡を支配下に置く謎の存在。それが霧の悪魔ギュルドスを使い、エルフへの侵略を首謀した可能性は高い!

 どう考えたって霧の悪魔ギュルドスはこの世界の科学力から逸脱している、古代遺跡に通じた人間が裏に居る事は予想できていた。


 ――そうだ、ずっと追い求めた仇が近くに居る!


 竦んでいた体が熱くなり、力を取り戻していく。

 なんだかんだ、俺の体はいつも無茶に応えてくれたじゃないか。


 弾丸は全部で三十発。牽制に撃ちまくれる程では無いが。全員殺すだけなら何とでもなるだろう?

 槍が届く間合いで、頭を狙えば良い。

 一人あたり二発以上撃てる勘定だ、十分に足りる。そう考えれば視界を奪う霧だって悪いだけのモノじゃ無い。

 リミッターを外した体は大人顔負けの脚力に、少女の体重だ。

 魔法の力無しだって、相手を攪乱するぐらいの速度は期待出来る。


 ――そうだ、俺が、一人残らず、ぶち殺してやる!



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 【ノエル】


 ユマ姫が危険な覚悟を固める少し前。

 銀髪の双子の片割れ、ノエルは下品な笑みを浮かべながら霧の悪魔ギュルドスを稼働させていた。


 帝国情報部の女性隊長であるトリネラは、その様子を不安げに見つめる。


 ノエルの命令で霧の悪魔ギュルドスをダクトへ直結させたは良いが、何をしているか解らなかった。


「一体、どうなるのです?」

「コレで施設全体に霧が行き渡る。そうすりゃシステムは全停止。隔壁の操作もだ。その間、俺達は丸裸、覚悟は良いかよ?」

「これだけで、霧が行き渡るのですか?」


 ダクトに繋がる先、大型送風機で霧を送り込み、通風口から施設全体に行き渡らせているのだが、換気システムなど見慣れないトリネラは半信半疑である。


「送風機は上部から空気を引き込むのと、ココから吐き出すのの二カ所、気圧差……って言ってもワカンネーか? 霧が一巡して最下層に戻って来て、この送風機が霧で止まる頃には、霧は施設全体に行き渡っているだろな」

「申し訳ありませんが、私には理解出来ません」

「構わねーよ、これからガキと鬼ごっこする。ただし制限時間付きで、魔道具は使えません。それだけだ」

「了解です、銃は使用可能ですよね?」

「あたりめーだろ?」


 そう言われても、トリネラは銃だけが霧の中でも使える理由が解らない。


 トリネラたちにとって、見たことの無い道具は、銃も古代の魔道具も同じなのだ。


 トリネラは思い出す。


 霧の中で使えない古代の魔道具と言えば、フェノム隊長が使っていた自在金腕ルー・デルオンがある。


 アレは使いこなすのこそ難しいが、使い方次第でどんな達人相手でも裏を掻ける。究極の初見殺しの魔道具なのだが……


 ――あの時、フェノム隊長は霧の中でも自在金腕ルー・デルオンを使うために、魔石を散らして待ち構えていた。

 言うならば、一方的に魔道具が使える状況。


 負ける要素は無かったはずだ。

 なのに、負けた。


 誰に?

 タナカにだ。


 それに留まらず、帝国一の剣士、ローグウッドすら両断してみせたタナカの剣は、どれほどなのか?


 狙う仇の強さをトリネラは図りかねていた。


 悩むトリネラの様子を見て、おおかた銃が使える理由でも考えているのだろうと察したノエルだが、門外漢に説明をするのはとうに諦めている。


 代わりにと壁のインターホンでソルンへ通話、魔力が満ちて無線が通じぬ世界だが、最下層ココでは通信手段に事欠かない。


「ターゲットまでの隔壁は開けたか? 霧が回ったら開かなくなっちまうぞ」

「ああ、解放済みだ。まだターゲットは二十九階層に居るが、じきにモニターは不可能になる、注意してくれ」

「注意しようがねーだろ!」


 二人にとって何気ないやり取りだが、壁から声が聞こえてくる事自体がトリネラ達、特務部隊の面々には驚きであった。

 一方でノエルにとって、余りにも足りない隊員達の理解度に苛立ちを覚えながら声を張る。


「さっさと行くぞ!」

「ハイッ!」


 そうして部隊員を連れ立って最下層を抜け、二十九階にまで上がってきた。辺りは霧が満ちている。


「この分じゃ既にシステムはダウンしてると思って、間違いねーな」


 つまりソルンのサポートは一切期待出来ない、始まるのは本当に原始的な鬼ごっこ。


「この霧の濃度では、エルフは全く動けないのでは?」


 トリネラの懸念は霧の効果を知っていれば当然のもの。普通のエルフは逃げるどころでは無いハズだった。


「そうなんだけどな、ユマ姫は侵攻時、霧の中で兵士を斬りまくったって記録があんのよ、だから油断すんな」

「それは……ユマ姫は魔導衣を持っていると?」

「……ま、そうだろうな」


 言いながらも、間尺に合わない引っかかりをノエルは感じていた。


 だとしたら何故あの時、ユマ姫だけが魔導衣を着ていたのかと言う話になる。

 だが、考えても仕方が無い事。細かい不安は笑い飛ばすに限る。


「ガキとは言え、女のケツを追い回せるんだ、運動不足の解消法としては最高だろ?」

「ハイ!」

「間違いありません!」

「ハァ……あなた達は……」


 ノエルの品の無い軽口に対して、いつになく綺麗な敬礼を返す隊員達の姿を見て、トリネラはため息を隠せない。

 気が滅入る屋内待機が続いていただけに、気分転換は大切。皆がその程度の認識だった。


 魔導衣があろうが、霧の中で魔法が使えない事に変わりは無い。だから油断するなという言葉とは裏腹に、皆がどこか弛緩していた。

 霧の中兵士を斬ったと言われても、侵攻時は霧の濃度調整がまだ甘く、一般兵の多くはエルフほどで無くとも不調な者が多かった。


 そんな中でふらつく兵士を二、三人、斬りつけたのが大げさに伝わっているだけだろう。

 その位の認識だったため、広い二十九階層を探索するにあたって、彼らが取った手段は一つ。


「じゃ、手分けして探すぞ、二人一組な」


 ノエルの提案は霧の容量という時間制限を思えば当然の事。


「了解です、私はノエル様のお供をさせて頂きます」

「ん? あ、ああ構わねーぜ」


 付いてくるトリネラに、面白くも無さそうにノエルは了承する。別に誰が相手でも構わないからだ。


 二人一組なのは決して少女の反撃を恐れてでは無い。

 発見次第、一人が見張って一人が応援を頼むのに必要だからに過ぎない。彼らが恐れているのは狭い場所に潜り込まれ、ちょこまかと逃げ回られる事だった。


「じゃあ、俺らは一番奥から探すか」

「ですね」


 彼らの読みは、ユマ姫は一番上層に近い場所、開かない隔壁の近くで震えている。と、言うモノ。


 ……だが。


「居ない、か」

「頭は回るようですね」


 奥まった一室での捜索は空振り。

 さて次の部屋、と言う矢先。


 ――パン! パン!


 聞き慣れたモノとは違った、だが確かに火薬の爆発音。音がしたのはまるで反対、最下層に近い場所だった。


「ンだと? 誰だ? ヘマしたのは!」


 部隊員には銃が配備されている以上、皆が火薬を持ち歩いている。何かの拍子にその火薬が引火したに違いない。その様に考えたのはノエルだけでは無かった。

 なにせ聞き慣れぬ爆発音は連続していた。通常のマスケット銃で連射は不可能。

 言い訳の一つも聞こうと、音のした場所へ気の抜けた足取りで集まったのは、しかしノエルを入れて十人。

 この段に来て、ようやっと皆の顔色が変わった。


「残りの二人は?」


 トリネラの言葉に首を振る隊員。よく見れば目の前の部屋を担当している二人が居ない。


「ッ! 散開!」


 トリネラの号令に隊員達は瞬時に散る。想定外の事があった際に、一カ所に固まるのは悪手。同時に慎重な手つきで部屋の戸に手を掛けた、のだが……


「モタモタすんな」


 ノエルがさっさと蹴破ってしまう。


「危険です!」

「どうせもう居ねぇよ」


 二発の銃声の意味は? 考えるまでも無い、ノエルの目の前、部屋の中には折り重なる二人の隊員。


「まさか? 死んでる!」


 トリネラにとって信じられない事である。彼らは諜報員であると同時に、全員が屋内戦の専門家でもある。

 どんなに油断していても少女一人にやられるハズが無い。


「銃だな、それも連射が可能な最新式だ」


 連射が可能な銃として、ノエルが想像したのはフリントロック式のダブルバレルマスケット銃。

(火縄では無く火打ち石で着火する、銃口が二つ有る銃)


 丁度自分が持つ銃の、散弾では無いバージョンだ。


「二人は危険だな。出来れば4人。せめて3人だ、そうすりゃ全滅は無い」


 残り十人を3・3・4で分隊に分け、死体のあった部屋を中心に探す事とする。更にノエルは武器の使用を許可した。


「発砲を許可、なんなら斬りつけたって構わねぇ、発見次第即座に無力化しろ」

「それでは人質にならないのでは?」


 トリネラの質問は当然である。彼らの見立てではユマ姫は実権を握った厄介な指導者と言うより、反帝国の象徴的アイドルだ。


 殺す事は王国の弱体化には繋がらない。


 むしろ彼女が殺されたとなれば、却って国民感情が煽られ、戦争は泥沼化するのが目に見えた。

 そして、ちょっとした銃創や切り傷でも、時として死んでしまうのがこの世界の常識で



 ……で『あった』。つまり『過去形』だ。


 ことだけは、過去形なのだ。


「死なねぇ限りはどうにでもなるんだよ、俺の右腕が生えた事、忘れたか?」

「それは……」


 ノエルがトリネラの眼前で右手を振る。それは最近『生えた』モノだった。

 魔獣に噛み千切られたと言う彼の腕は、巨大ガラス瓶の中で見る間に再生した。彼女の常識では決してあり得ない事。


「わーったか? ヨシ、おまえ等! 殺す気で行け! だが油断するなよ、銃の威力に子供も大人も無いのはおまえ等だって、よっく知ってるだろうが!」


 喝を入れるノエルだが、言われなくても部隊員に、もはや油断は無い。

 だが、ソレをあざ笑うかの様に、事態はより悪い方に向かい、一向に解決には向かわなかった。


 ……誓って部隊員に油断は無かった。

 それどころか、少女は最新の銃を手に、少しでも迂闊な行動を取る者を虎視眈々と狙っている。そう言う想定の元、慎重を期して行動していた。


 ただ、彼ら全員が忘れていた。

 鬼ごっこは決して多人数が一人を追い詰めるゲームでは無い。

 一人の鬼が、他の人間を追い回すゲームなのだ。


 ――パン! パン!


 だから次の銃声が二発、無造作に、それも四人組の分隊が入った部屋から響いた時。


 追い詰められた少女の浅はかな行動だと、彼らは勝利を確信してしまった。


 ……だが。


 ――パンパンパンパン!


 今度は四発、無慈悲に連続する発砲音。


「ふっざけんなよ!」


 他の部屋を探索していたノエルが叫ぶ、彼にも理解不能な事態であった。

 明らかに隊員が持つマスケット銃の音では無い。

 他の誰もその音を理解出来ない、理解したくない。彼らの常識では二発でも考えられない銃声が六連発。

 そうなれば、後はもう幾らでも連射出来るのでは? と考えてしまうのも道理。


「弾を込め、構えろ!」


 トリネラの号令に、残った4人の部下が銃を構える。狙うは銃声がした部屋の出口、少女が姿を現した瞬間に一斉に撃つ構え。

 だが、すぐに視界は遮られる事になる。


 ――シュボォォォー、パパパン!


 今度こそ兵士が持つ黒色火薬が引火した音だった。もうもうと硝煙が立ちこめる。

 屋外であればともかく、室内で黒色火薬を燃やせば結構な煙があがるもの、ユマ姫が出てくるハズの出入り口は、スッカリと見えなくなった。


 ――パァン!


 恐怖に負けたのか、隊員が煙に向かって命令無視の発砲。だが当然不発に終わる。

 ただでさえ精度が低いのに、視界が利かぬ煙幕に撃ってもどうにかなるハズが無い。


 ――パァン!


 だがお返しとばかり、今度は煙の中からの発砲。もちろん見えていないのは向こうも同じ条件だ。


 ……だが、結果は全く異なった。


「がぁ!」


 放たれた銃弾は、隊員の顔面。しかもド真ん中に直撃した。


 ――パァン! ギャア!


 続く銃弾も命中。それも、逃げだそうとした隊員の後頭部目掛けてだった。

 鳴き声みたいな悲鳴が上がる。これも即死。


 ――見えている! 何故だ!


 慌てて伏せたノエルが知恵を絞るが、思い当たる節は何も無かった。

 しかしノエルは悪くない、なにせ思い当たるハズが無いのだ。その正体はユマ姫だけが許された、科学や魔法を越えたチート能力、『運命を見る力』なのだから。


 ――パァン! パァン! パァン!


 続く銃声は連続した三発。ドサリと間近に死体が倒れる。そこには三つの銃痕。


 ――今度は何故、三発撃った? 一発目で死んでいない事が解ったのか?


 その通り、ユマ姫は運命が完全に消えるまで、ただトリガーを引き続ける。


 ――化け物だ、俺達じゃ計り知れない何かがある!


 この時点でノエルは人質を諦め、殺し切る事を目標に切り替えた。

 ユマ姫は余りにも危険だと、遅まきに気が付いた。


 コチラに残るは三人、連射可能な銃を相手に余りにも心細い。地の利を作る必要があった。

 今は相手の土俵だ、煙幕で視界を奪われ一方的に嬲られている。

 コチラの土俵に引きずり込むにはどうすれば良いか……


「付いてこい!」


 叫ぶと同時にノエルは走る。目指すのは初めに探した部屋にあった。

 そこにあったのはステンレスタンク、中身は極めて灯油に近い性質の液体。

 つまり、揮発性のオイル!


「よし、皆でコイツをぶちまけるぞ」

「コレは?」

「油だ、とびっきりのな、よーく燃えるぜ」


 彼が考えたのは燻り出しだった。

 どうせ防火シャッターで遮られているのだ、上層まで延焼する事は無い。

 心配なのは隔壁を上げてしまった最下層だが、長い通路に隔てられ、燃えるモノも無い。


「なるほど火攻めですか」

「燃えやすそうなモノを見つけてきます」


 トリネラと、残った最後の男性隊員はタンクを小脇にそれぞれ駆けだしていく。彼らは特務部隊員として、こう言った工作ならば慣れたもの。


 ……だが


 ――パンッ!


ノエルの見ていた先、男性隊員の背中がぐらりと倒れる。


 ――パンッ! パンパン!


 そこに追撃の三連射。恐ろしい程の連射力だった。


 ――ドコだ? ドコから?


 なにを置いても逃げるべき状況だが、案外こう言った事態に体は動かない。ドコから撃たれたかも解らない状況ではなおさら。

 咄嗟に伏せなかっただけでも見事なモノ。


 なぜなら音の発生元は余りにも近い。障害物も無い通路のただ中で伏せるのは自殺行為に他ならない。

 数瞬の間ではあるが、ノエルは必死に視線を巡らせる


 ――クッ!


 見えたのは壁から生える銃口! 必死に体を捻ると同時、銃口がコチラを向いた。

 パンッパンッと二連射。


 ――まだ撃てるかよ!


 都合六連射。常識外れの銃撃をノエルはギリギリでの回避に成功した。


 ――完全にッ! 目じゃない何かでコチラを見ている!


 連射力も危険だが、最も危険なのはその非常識な索敵能力だった。

 それこそ、ノエルがユマ姫の狙撃地点に思いを至らなかった理由。


 タネは恐らく極めて単純、ユマ姫は部屋の中から、通路を走っていた隊員を横から撃ったに違いない。

 それも、薄く明けた戸の隙間。硝煙が漏れていない事を考えれば扉から離れて部屋の中から撃ったに違いない。


 言うのは簡単だが、それが如何に非常識かは言うまでも無いだろう。


 足音などの情報があっても、走り抜けていく一瞬を、僅かな隙間から打ち抜くのは不可能なのだ。


 だが、ユマ姫にはソレが出来た。


 壁越しに運命光を確認すれば、それはFPSで言う所のウォールハックと同じ。(壁越しに相手の場所が解るチート)

 走り抜ける敵だって、正確に打ち抜ける。


 極めつけは銃口だけを出してノエルを狙った銃撃。こんなモノはノエルがソコに居ると確信していなければ不可能。


 これはもう、本格的に化け物だ。ヤツは壁越しにもコチラの動きを見る事が可能。


 燻り出しなどとんでもない、建物の中で戦う事自体がナンセンス。ノエルは考えの甘さに歯噛みする。


「トリネラッ! 撤退するぞ!」

「ハイッ!」


 撤退しか無い。壁越しに撃ってくる相手に戦う事など不可能。


 しかし、この叫び。半分はフェイク。


 トリネラは撃たれた隊員とは逆方向に火を付けるべく、走っていた。

 だからユマ姫が籠もる部屋から距離がある。


 コチラに逃げてくるノエルの合流を待ちながら、銃口を扉へと合わせる。

 見えているなら、逆に釣り出す。


 逃げ出すノエルを追って、ユマ姫が顔を出したらズドンと撃ち抜く構え。


 だが、ユマ姫は姿を現さなかった。


 銃を構えるトリネラに、ノエルが合流を果たしてしまう。


(……どう思う?)

(単純に弾切れなのかも、それか六連射までが限界の可能性もあります)


 小声で話すが、結論は急ぐ必要があった。


 もしも全てコチラの動きが見えているなら、立ち止まるのは的でしか無い。

 壁から突き出される小さな銃は、打ち抜くのは勿論、警戒するのも難しい。

 ユマ姫の持つ銃はノエル達が持つモノよりも遙かに小さかった、それでいてあの連射力。


 ここまで不測の事態が続けば、一度撤退してソルンと相談するべき。ノエルは相棒の頭脳を信頼していた。


「走ってずらかるぞ」

「はい……」


 トリネラとしては部下であり、同僚だった隊員を全て失ったのだから、一矢報いたい気持ちが強かった。

 だが、この間がリロードしている時間であれば状況は悪くなる一方。後ろ髪引かれる思いで撤退に同意した。

 ……それでも諦めきれず、背中を向けて逃げ出そうという一瞬、本当に後ろ髪を引かれたかの様に振り向いた。

 瞬間、少女がそろりと部屋から出てくる姿を目撃する。銃を構え続けていればと後悔するも、即座に反転。


「居ました! 撃ちます」

「オイ!?」


 ノエルの制止を振り切ってトリネラの発砲。だがユマ姫には読まれていた。アッサリと伏せて躱される。

 だが、それを見て千載一遇のチャンスにどうもくした男が一人。


「でかした!」


 ノエルが構えるのは右手のショットガン。余りにも遠い距離、拡散する弾丸は致命傷を与え得ない、しかしそれで構わなかった。


 ――パンッ! カンッ!


 発砲音とほぼ同時、軽くて高い音がした。

 狙ったのは灯油の入ったステンレスタンク。

 そうだ! 最後に殺された隊員はコイツで、火を付けようとしていた所を殺された。


 ノエルはソコから灯油が零れ出しているのを目にした故、散弾を放ったのだ。


 上手い具合に着火して、行く手を遮れれば儲けモノ。

 その程度の期待だった。



……だが、実際に起こったのはそんな生半可な反応では無かった。


 危険な『偶然』が幾つか重なり、破滅的な結果がもたらされる。



 ――ドオオオォォン!!!



 遺跡が、揺れた。


 着火など生やさしい反応ではない。


 それは想像を遙かに超える『爆発』!!!


「え?」

「馬鹿がッ!」


 呆然とするトリネラをノエルは咄嗟に庇い、押し倒す。

 その背中を爆発的な熱波が駆け抜けていく。


 それが過ぎれば石油系特有の黒い煙と、未だに着火して赤く燃え上がる灯油の池。


 ――そして、そこに横たわるのは黒焦げに燃え続ける少女の死体だ。


 ノエルは余りにもおぞましい光景に言葉を失うが、意外にもトリネラは冷静だった。


「確かに、良く燃える油の様ですね」

「あ、ああ……」


 答えながらも、どうしてあんなに燃えるのかノエルには解らない。


 灯油はたしかにこの時代の粗悪な油より引火しやすいが、それにしたって早々爆発する様なシロモノじゃ無い。

 灯油を吸った布なら燃えるが、爆発などありえない。ガソリンではないのだ。


 火の付いたマッチを一本投入しても、火は着かずに、マッチの火が消えてしまうぐらいに着火しないハズ。


 ――なぜだ?


 ――いや、今はそんな事、考えている場合じゃない。


 ノエルは頭を振って無駄な考えを追い出した。全ては終わった事と切り替える事にしたのだ。


「ずらかるぞ」

「良いんですか? 死体を漁れば何か出てくるかも」

「いや……」


 正直なところ、そうした方が良いのは解りきっている。だが一刻も早くこの場を離れたかった。


「良いんだ、煙に巻かれちゃ何にもならねぇ」

「了解です」


 トリネラも本心では同じ思い、逆らいはしなかった。無惨な姿になった少女の姿を最後に一瞥し……



 ……その少女の死体がムクリと起き上がった。



 ――ア゛ア゛ァァァァァーーー


 地獄の釜が開いたかのような咆哮が、少女だったモノから響いてくる。


「なんで? 痛みでマトモに動けるハズが無いのに!」


 この世界の処刑には、火炙りが存在する。


 トリネラは仕事柄、執行する側に回った事すらあるので、火を付けられた人間がどうなるかは良く知っていた。

 全身があのように焼けてしまっては、痛みに発狂し、転げ回るので精一杯。立つ事など絶対に出来はしない。


「化け物がッ! 逃げるぞ!」


 ノエルは呆然とするトリネラの腕を引く。だが、それと同時、視界の端で黒焦げの化け物が跳んだ。


 ――速ッ!


 ノエルの胴へ異常な速度のタックルが突き刺さる。それでも黒焦げの体は軽く、倒れるには至らなかったのは幸いだった。


「クソッ! 離せ!」


 だが、かつて少女だった『黒焦げ』は『まだ燃えて』いた。

 美しいウェーブが光を反射し、輝く様だった銀髪は燃え尽き。レースがあしらわれた海賊風衣装は灯油を吸って発火した結果、あっという間に炭化。

 そして肌に付着した灯油がドロドロに皮膚を溶かしながら――燃えていた。


 そんなありさまで……それでもは凶悪な意志をもって、離すまじとノエルに組み付いている。


 そんな化け物に抱きつかれたノエルは、灯油が燃えるその熱さ以上の、恐怖と不安に精神こころが灼かれた。


 胴にガッチリとしがみつく、『黒焦げ』の『少女だったモノ』。


 溶けた肌も炭化した服も、がらんどうの眼窩だってドコまでも黒い。

 ただ見上げてくる残った単眼だけが、爛々と輝いて見えた。


 あまりにも不気味で、根源的な恐怖に狂いそうになりながらも、しがみついてくる『黒焦げ』を左手で殴りつけ、振り払う。


「このっ!」


 ――グチャ!


 殴ってみて、想像よりずっと軽い華奢な手応えに不安が過ぎる。

 腰の入っていない、苦し紛れの拳だったのだが、それだけで『黒焦げ』の体の中がグチャグチャに潰れてしまった事が感触で伝わった。


 その『黒焦げ』が本当はただの少女だった事を思い出させる弱々しい手応えは、押し殺したハズの罪悪感を強烈に刺激した。


 ともあれ、悪夢を振り払う事には成功した。


「大丈夫ですか!?」

「ああ……」


 右手を挙げて答える。ようやく全て終わった。少なくともノエルはそのつもりでいた。


 ――痛っ?


 ノエルの左腕に痛み、なんだと思って目をやれば……目が合った。


 殴った左手に噛み付いた、黒焦げの単眼がソコに居た。


 ――なんで? 軽いッ! 下半身がもう、無い! とうに焼け落ちて!


 噛まれていた。


 殴りつけた左腕、分厚い革製ロンググローブの上からで、余りに弱々しく、余りに軽いので気が付くのが遅れた。


 へばりついた『黒焦げ』が、文字通り齧り付いてでも殺すと言う殺意だけで動いていた。


 どうして? どうやってこんな姿で動いている? だが、こんなに姿になっても少女だった『黒焦げ』は少しも諦めていなかった。

 辛うじて残ったのは燃え尽きる直前の右手、そこに握り締めて居たのは……

 ……銃だ!


 ――マズイッ!


 思った時には遅い、ノエルの眼前に銃口が突きつけられる。



 ――銃で反撃……間に合わない!


 腕を振って引き剥がす? その前に発砲される!


 伏せ? 頭を傾け? 無駄だ! 躱せるタイミングじゃ……



 ノエルの脳内では走馬灯の如く、高速化した思考が生存を探るが、その全てが詰みを示す。


 ――死? 死ぬのか? このオレが?


「止めッ!」


 叫びながらもノエルはハッキリと死を意識し、覚悟した。


 ……だが。


 ――カチッ!


 撃鉄はただ、金属音を響かせるだけ。


 それは、恐ろしい程の沈黙だった。タラリとノエルの顔に冷や汗が伝う。

 そんな止まった世界でも、少女だった『黒焦げ』だけは躊躇無く引き金を引き続ける。


 ――カチッ! カチッ!


 ダブルアクションのリボルバーは火の中でも故障せず、その駆動を維持していた。


 ――カチッ!


 ……だが、不発!


 アレだけの熱、弾丸が既に暴発した後だった。


 我に返ったノエルがショットガンを構える、ダブルバレルの残った一発、外しようが無い距離、お返しにと黒焦げの頭を狙う。


 ――ドォン!


 『黒焦げ』の頭部がベチャリと吹き飛んだ。


「ハァ……ハァ……」


 見れば、左腕のグローブを貫通し、小さくて可愛らしい歯が腕に突き刺さっていた。

 どれほどの執念なのか、腕から引き抜きながらもゾッとする。


「終わりましたね」

「流石にな、頭を吹っ飛ばせば、神様だってどうにもならねーよ」


 言いながらも二人、気分は晴れない。後味の悪い決着だった。


「コイツは持っていくか」

「……銃ですか、ユマ姫の持っていた」

「ああ、俺の銃よりよっぽど高性能だ。どうしてこんなモノがあるか、それがわからねぇ」

「それで死体は、どうします?」


 トリネラはそう言うが、もはや原型を留めていない。


「ほっとけ! そんなモン、討ち取ったと掲げて見ろ! エルフも王国も最後の一人まで怒り狂って向かってくるぞ、掃除ロボにお任せだ」

「そうですね」


 下半身は焼け落ち、皮膚は残らず溶け、トドメにとばかりに壁のシミと飛び散った脳味噌を見る。


 不気味に思っていた相手でも、流石に気持ちが良いモノではない。


「さっさとズラかろう、万が一アイツが来たらヤバい」

「タナカ、ですか?」

「ああ、元々アイツを嵌める罠だったんだからな、女一人と侮った末に、エライ損害だ」

「それは……」


 亡くなった部下を思う。

 だが、生きている以上、最善を尽くさなくてはならない。


「施設を復活させないとな」

「ええ」


 生き残ったのはたった二人、ソルンの待つ中央制御室へと戻っていった。

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