巨大墳墓3


 ――え?


 閃光が闇を切り裂く一瞬、銃口を向ける木村が映った。

 何で? と疑問に思うも、また『偶然』がロクでも無い悪さをしたんだろうとすぐに解った。


 死ぬ? 死ぬのか? ……ああ、でも木村に殺されるなら悪くない。

 悪鬼の様に復讐に狂って苦しみながら生きるより、余程マシじゃないか。

 弾丸は胸に着弾。強い衝撃に体が仰け反る。ああ、死んだ。こりゃ死んだわ。


 走馬灯がゆっくりと流れていく。幼児になって母パルメに抱きついた事、生誕の儀、湖への家族旅行に、セレナと行った成人の儀。


 走馬灯とは死ぬ間際、脳が異常な処理能力を発揮して、過去の経験から何とか生存方法を探ろうとする防衛本能と聞いた事がある。

 なるほど凄まじいモンだ。短剣を空振ったシャルティアの姿がハッキリ見える程。俺の喉を切り裂くハズの一振りは、皮肉な事に弾丸の衝撃で仰け反った故に不発に終わる。

 良かった、シャルティアに殺されるより、木村の弾丸で死んだ方が心穏やかに逝ける。


 ……ああ、ゆっくりと意識が遠くなっていく。


 しっかし走馬灯も善し悪しだな、弾丸が肉にめり込む感触までハッキリと解ってしまう。心臓が弾ける瞬間までスローで味わう事になるのだろうか? それは勘弁願いたい。


 ……遅いな。いっそひと思いに……、アレ?


 いや? 幾ら何でも遅過ぎる、って言うかさ、何故暗闇の中、シャルティアの姿が見えた? 火花が散った? なんで? 弾丸は


 静止した世界で、俺はゆっくりと眼球を巡らせる。


 ――あ、ああっ!


 弾丸は俺の胸元で止まっていた。セレナのブローチをつけていたその場所に、代わりにぶら下げていた金属片。


 ひしゃげた田中のメガネが、小さな鉄球を包み込む様に受け止めていた。


 木村と田中が! また俺を守ってくれた!


 ああ! そうだ! 田中が居る! それにセレナも!


 停滞した世界。ゆっくりとしか動かない体をもどかしく思いながら。俺は袖に仕込んだ田中とセレナを引き抜き……


 シャルティアの眼球へ突き刺した。


 ――瞬間、世界は動き出す。


「ギッ! 痛ツゥ!」


 悲鳴を上げたのはシャルティア。


 よく見れば、二つの眼にはそれぞれに大きな針が突き刺さっていた。


 その針を両手で強く握り締める。シャルティアに馬乗りになった俺は極太の針にギリギリと体重を掛けていく。

 もう少し、もう少し力を込めるだけで、針は脳へと至り。死に果てるだろう。

 ……が、俺には聞きたい事が有る。


「ボルドー王子暗殺の主犯と手管を言え!」

「そう、……そうなのね」


 針を握ったまま詰問する俺に、シャルティアはぼんやりした調子で答える。

 が、そんなのに付き合ってる暇は無い、俺には時間が無いのだ。

 がらんどうになった眼窩からは血が噴き出しているし、そうでなくても昨夜から無理を重ねた体はボロボロだ。


「私じゃ無いわ、ボルドー王子の暗殺が成っていたのも今知ったの。ルージュよ、彼女は帝国と繋がっている」

「知っている! 禁術を使ったのだろう! ネルネか! それとも他のエルフか!」

「禁術? アレも森に棲む者ザバの魔法なの? ネルネって貴女の侍女の? 解らない事だらけだわ、でも少なくとも私じゃない。解るでしょ? 私の美学に反するやり方だわ。本当に便利で……気に食わない」

「何も……知らないのか?」

「ルージュに関しては、ね。カディナール王子の事は色々知ってるわ。婚約破棄だって私からお願いしたのよ? 貴女と決着をつけるため、万が一を思えば関係を絶っておいた方が良いと思ったの」


 どうやら主犯はルージュ。シャルティアはその居場所を知らない様だ、だがカディナールの居所は知っていると言う。

 本来、真っ先にそれを聞き出すべき場面。だが、俺は妙な所が気になった。

 ひょっとして、俺はシャルティアに親近感を抱いているのかも知れない。それこそ自分と近しい存在だと。


 だからこそ、そのどうでも良いハズの事が気になった。


「何故だ! 何故あのクズ男にそこまで義理立てする! アイツはそんな価値のある男じゃない!」

「そうね、確かにド屑ね、だけど彼は私の作品を評価してくれる、唯一の人だったのよ」

「どう言う……意味だ?」

「うふふ」


 シャルティアから語られたのはおぞましい二人の趣味。芸術家とパトロンの関係の様に語ってみせるが、それは狂気に満ちていた。


「狂ってる!」

「あら、貴女には理解して貰えると思ったのだけど」


 コイツに親近感を抱いた自分が恥ずかしい。完全なキ印である。

 クソッ! 聞くんじゃ無かった、すぐにカディナールの居場所を押さえないといけないのに!


「どこだ? アイツはどこにいる?」

「地下よ」

「?」

「ここの地下」

「なっ!?」


 かび臭いこの地下にカディナールが?


「ここの地下は王城とも通じてるの、結構広いし、案外快適なのよ」

「兵士は? 何人居る?」

「それなりに。カディナールの直属の近衛は殆ど揃ってるんじゃないかしら? 貴女あなたがどれだけの戦力を揃えて乗り込んで来たか知らないけど、自信が無いなら逃げた方が良いわよ、もう碌に動けないんでしょ?」

「…………」


 戦力も何も、考え無しに飛び出してきた。木村の兵がどの程度か知らないが。マジモンの騎士は体格から全然違う、勝負になんかなりっこない。


「キムラ男爵、引きましょう!」

「ちょっとお待ちを!」


 俺の叫びに女神像に取り付く木村から返事があった、どうやら女神像に人質がくくりつけられていた様で、必死に縄を切っている。


「急いだ方が良いわ、動き出したみたい。すぐそこまで迫ってる」


 シャルティアはそう言うがその目は見えるハズが無い。その両目は針で突き刺されたままなのだ。

 いや、シャルティアの魔力を感じる力も目による物では無いのだろう。

 そして俺の運命視も急速に迫る光を目の当たりにする。

 逃げよう! でもシャルティアをどうする? 魔力は品切れ。運ぶ術は無い。殺すべきだ。だが……


「どうしたの? 殺さないの?」

「大事な証人だ、殺さない!」


 コイツは死を恐れていない、寧ろ俺に殺される事を望んでいる。なんとなくそれが解る。


「あら残念。解ったわ。もしも裁判になる様なら貴女の望む通りに発言する、そしたら私を殺してくれる?」

「解った」


 思った通りだ。コイツは俺と力比べをしたかっただけ、俺が勝った以上、言う事を聞いてくれる。そんな気がする。

 別に嘘でも構わない、目が見えないなら魔力視があっても今までみたいな脅威にはなり得ないだろう。


「キムラさん! 私は先に脱出します! カディナールの配下が迫っています! アナタも早く脱出して下さい」

「は、はい! 奴らは銃を持っています、お気をつけて!」


 助けに来た木村を置いて行くのはナンセンス極まりない気もする。だが、俺の体は限界で、ここに残っても足手まといにしかなり得ない。

 何よりもヤバいのは首筋にチリリとお馴染みの痛み、そして目を瞑れば収縮する自分の運命光。

 俺は残り少ない魔力をかき集め、加速。一気に部屋を抜け、通路を駆け、一直線に出口を目指す。

 ……だが。その判断は余りに遅過ぎた。


「動くな」

「がふっ」


 脇の部屋から進路を塞ぐように飛び出して来たのはフル装備の騎士。魔法はかき消され加速のままに衝突、そのまま俺は組み伏せられた。大柄な男の体重に押しつぶされて、息が詰まる。

 しまった! 待ち伏せ? こう密着されては俺の魔法は全く使えない。いや、そうで無くても俺はもはや大した魔法が使えぬ程に消耗していた。


「ハハッ、無様だね」


 そこに気に障る声が掛けられる。カディナールだ。ゾロゾロと兵を連れ立ってのご登場。

 出口付近に網が張られていた、その意味は重い。墳墓の地下深くを根城にしながら、俺達を迂回して出口を塞いでいたのだ。ここは正にカディナールの庭。兵だって目に見える数だけじゃないだろう。


 あのまま木村といた所で、結果は大して変わらなかったに違いない。あの時点で半分以上詰んでいた。

 俺は乱れる呼吸のままに苛立ちをぶつける。


「ハァ、ハァ、ハァ、クズが! 今頃登場とは、良いご身分だな」

「おやおや、口が悪いな。折角の可愛いお顔が台無しだよ」

「ほざけ!」

「ふぅーん、コレはもう、ココで取っちゃおうか。しっかり押さえておけよ」

「ハッ! オイ、起きろ!」


 カディナールが兵士に命令すると、無理矢理に俺は立たされた。

 奴が手に持つのは……不気味な細長いハサミ!!

 クソッ! 俺はコレを悪趣味な本の中、気味の悪い挿絵で見た事が有る!


「口を開けろよ、ホラ」

「ぐ、が、うぐ」


 奴の狙いは解る。だが、それだけは!

 しかし、か弱い俺の体では、屈強な戦士に抗う事など土台不可能。

 体が軋む程の必死の抵抗虚しく、俺は口腔をカディナールのクソに曝け出す。


「ホラ、よっと」


 ――バチンッ


「ッ! カハッ!」

「ほら、どうだい? 取れたよ君の喉、コレで魔法は使えない♪ 違うかい?」


 目の前に突き付けられたハサミ、そこに挟まっているのは小さな肉芽。

 俺の喉だ! 声が! 奪われた!

 複雑な魔法は『参照権』に紐付けて記憶している。

 魔法が、使えない?


 俺は絶望と出血に限界を迎え。ゆっくりと闇に意識が溶けて消えて行く。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ルミナス・ノール・ピーグル

 名前は知っていた。ボルドー王子のかつての婚約者。

 姿絵は見てきたが、こんな形で会う事になるとは思わなかった。


 穏やかに笑っているが、彼女と目が合う事は決して無い。彼女の目はガラス玉だから。

 ささやかな胸のふくらみも、柔らかな曲線を描く肢体もピクリとも動かない。

 ああ、そうだ。吐き気がする。彼女は……剥製だ!


「ハハッ、どうだい? 僕のお気に入りなんだ」


 気狂いと、悪趣味と、クソと、蛆野郎と、楽に死ねると思うなと。語彙の許す限りの罵倒の言葉は、しかし形にならない。


 俺の喉は切除されてしまった。


「ああっしゃべれないんだったね、可哀想に。それに片目も。でもね、目も喉も腐りやすい部分だろう? どうせ除去するんだから気にする事は無いよ」


 カディナールの糞が何か言っている、ウンコにたかるハエの様に、その一言が一言が、全てが不潔で汚らわしく、耳に障る。


「でも、随分顔色が悪いね、クマが酷いや。体も随分痩せてしまっている。いけないなぁ、ああ、いけないよ。それじゃあ飾っても映えない」


 おぞましい、コイツの言ってる事が解る。それだけに気持ちが悪い。


「初めて見た時から思っていたんだ。コレは絶対に僕のコレクションに加えないとってね」


 コイツは!


 俺も!


 剥製にする気だ!



 ココは? 恐らくはカディナールの屋敷の地下。

 シャルティアは言っていた。そこに王子の『コレクション』があると。


 俺を招待したのは、いずれここに並ぶ予定の俺に向けた内覧会のつもりだろうか?


 だとしたらサービス過剰としか言い様が無い。喉を奪われた俺は、最早虚弱な少女と変わりが無いというのに、厳重に枷を嵌められ、石畳の床に転がされているのだから。


 あまりの気配りに乾いた笑いすら上げられない。失われた喉は笑い声さえスカスカと抜けていく。


「そんなやせっぽちじゃ貧相で困るんだよ。しっかりエサを食べて、健康で居てくれないとね」


 そう言って、コイツが床に置いた皿の中には、山盛りのシリアル。

 こんな物食べろと言われても、俺は後ろ手にゴッツい鉄枷を嵌められ、足には重り。ご丁寧にも鎖がついた首輪まで嵌められているのだ。


 これは……そう、つまり、そう言う事だろう?

 エロゲーで見た! 予習はバッチリである。


 俺は膝立ちでズリズリと鎖の許す範囲で移動して、皿の前に陣取る。


「どうしたぁ? 食べないのかぁい?」


 感極まったとばかりにろれつが怪しくなるカディナール。

 プライドが高いコイツにとって、舞踏会で俺に恥を掻かされたのは、耐え難い苦痛だったと言う事か。

 いや、そんな事が無くたって、コイツは女の子を苛める事に快感を覚える、典型的なサディストだろうと察しがついた。


 俺はそんなヤツを上目遣いに見上げると――ニッコリと微笑んだ。

 我ながら会心の笑顔。


「?」


 コレにはカディナールも言葉を失った。怪訝な顔をする。

 一方で、俺は楽しげに笑顔のままに目を瞑る。


 ――ああっ! そうだ! やっぱりそうだ!


 俺は苛立ちが一転。なんともウキウキと、楽しい気分になってきた。

 うーん、カディナール君、君も随分ともったいない事をしたね。喉さえ切らねば「いただきます」と可愛い声で挨拶してやったのに。


 俺は前のめりに倒れると、皿に盛られたシリアルに口をつける。

 手を使わない(使えないのだが)犬食いである。


 ――モシャモシャ、悪くない。


 ハッっと息を飲む声が聞こえた。カディナールにとって俺の行動はそれはそれは意外だったのだろう。

 そりゃそうか、お姫様のプライドを破壊する為に、犬みたいに這いつくばって食えと命令しようと思ったら。その前に自分から喜んでパクつき始めたんだからな。


「ハッ! ハハッ! 食ったよ! オイ! 知ってるか? それは僕が飼ってる犬のエサだぞ!」


 まぁそんなこったと思ったよ。お前にとってコレがプライドを砕く最低の食事って訳か、世間知らずもココまで来るといっそ清々しいね。

 割といいもん食ってるよお前んトコの犬。栄養バランスが考えられてる。完璧さ。


 味? んなもん、端っからわかんねぇんだよコッチは。


 気にせずモシャモシャ食ってると、苛立った声でカディナールが叫ぶ。


「オイ! 白痴か? 惨めだな、何とか言ったらどうだ?」


 そう言ったカディナールが何をするか。

 ……大体解るな。秋葉原の教材は嘘をつかない。


 俺は頭を踏みつけられた。グシャリと顔面がエサに埋まる。


「ああっ! そうだった! しゃべれないんだったな、俺が喉を切ったんだった! 身も心も犬になったって訳か、生まれ変わった記念だ! 存分に食べるが良い!」


 何がおかしいのか、カディナールは高笑いを上げる。

 俺も楽しくて笑ってしまった。踏みつけられたのは笑顔を隠すのに丁度良かったし、切除された喉は笑い声も出ないので安心だ。


 ――なぁ? 知ってるか?

 なんでお前の待ち伏せが綺麗に決まったか。



 お前の運命光、ネズミ以下だぜ?



 ああっ! 教えようにも、俺、しゃべれないんだった! 残念だなぁ! あぁ残念だ!


「お前はボルドーを殺した罪を被って貰う。数日後に広場で裁判をして、そのまま断頭台だ。シャルティアに処理を頼めないのは残念だが、ギロチンの切れ味だって捨てたもんじゃ無いさ、さっくり切れば繋げても跡は目立たないし、血も抜けて丁度良い」


 何が楽しいのか、カディナールは俺の分まで饒舌だ。


「不満があるならその場で何か弁明すれば良い。あーそうか! しゃべれないんだった! じゃあ仕方無いな! 有罪!」


 それはそれは、楽しそうにケタケタとカディナールが笑う。

 俺も笑う。


 楽しいパーティーが始まろうとしていた。

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