近衛兵長2
俺は、ストレスに狂いそうになっていた。
原因はシャルティア。
あの蛇みたいな目を思い出すだけで背筋がゾッとする。
じゃあ殺してしまえば良い! と思い至ったモノの、真っ昼間に殺してしまえば、怪現象だと言われ、疑われるのは魔法使いである俺。
じゃあ夜は? と言うとお嬢様は地下室に引き籠もってしまう。
貴族のお嬢様が地下室で寝るなんて聞いたことが無い。
シャルティアはルワンズ伯を殺ったのが俺だと感付いているに違いなかった。そんな状況で社交界やら、園遊会やら、ストレスでハゲそうである。
で、そう言う時には気分転換である。
「姫様? どこに行くんですか?」
窓に足を掛けた俺に、ネルネは呆然と声を掛ける。無理も無い、深夜アニメも無いぐらいのド深夜である。
「ちょっとピルタ山脈まで」
「ええっ? 冗談でしょう?」
いやいや、この格好を見て欲しい。どこに冗談があると言うのか?
皮のチョッキにグローブとブーツ。スカートでは無く半ズボンにタイツ。長くて邪魔な銀髪はアドベンチャーハットの中に納めてある。
どこからどう見てもキャンプに行きますと言う装いではないか?
俺はソロキャンプに行くぞぉぉ!
「荷物は? それに一人で?」
荷物など要らないのだ。テントや窯は土を魔法で固めればOK、水は湿度があれば土や空気から集められる。火を付けるのも魔法で十分。
ホラ! 荷物なんて塩と携帯食が少々あれば十分。それに、魔法の移動に付いてこられる人間が居ない以上、同行者は邪魔でしか無い。
「メチャクチャですよぉ! だって夜ですよ?」
……いや、夜じゃないと止められるじゃない?
「はぁ、精々捕まって下さい。王子様が派遣した近衛兵は凄腕ですからね」
あ、ネルネの奴、俺の脱走が失敗すると思っているな? 今までとは違うって。
でもね、魔法の力で屋根から屋根へ飛び跳ねたら誰も捕まえられっこないから。
「じゃあね!」
そう言い残して、俺は窓から颯爽と飛び出した。
案の定、近衛兵とは言え闇夜を苦にせず飛び回る俺に、誰一人気が付くことは無かったのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、なぜピルタ山脈に来たかったのか?
一番の理由は近衛兵長のゼクトールさんが休暇を利用してピルタ山脈に武者修行に出かけると聞いたからだ。
ゼクトールさんの目の前で格好良く魔法を披露し、有能アピールをしまくる。
ゼクトールさんはボルドー王子の部下であり、親友でもあると言う事で、ボルドー王子に俺の価値が伝わればしめたモノ。
二番目に、だだっ広い場所の方が俺の心が安まる。
狭くて人通りが多い王都では、何時、どこから、シャルティア嬢がコンニチワと現れるか気が気じゃないのだ。
そして広ければ俺の魔法の矢は躱しようも無い。普通に考えて開けた場所で戦う方が弓は有利だ。
三番目に、普通にキャンプがしたかった。
ピルタ山脈は魔力が濃いと聞くし、休暇にはもってこい。アイス作りに疲れた『自分へのご褒美』(無許可)である。
夜通し走り続ければ、夜明けと共にピルタ山脈の麓の村クドラックまで辿り着いた。
寝不足なので宿屋で一眠り。朝にチェックインする美少女の存在は不審だったに違いないが、深くは突っ込まれなかった。
昼過ぎに目を覚ますと、簡単な朝食? を採って早速山に突撃。
昼過ぎから山に入るなんてクソ馬鹿と罵られそうだが、魔法の力が有ればなんとかなるだろ……多分。
それに、先に入ったゼクトールさんに合流すれば良いだけ、俺の運命視が有れば余裕だろ?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ってのがフラグだと自分でも覚悟していたと言うのに、ゼクトールさんはあっさりと見つかった。
……しかし。
「まっさか、
山脈の中腹、ぽっかりと開けた場所で陣取っていた
コレが
俺は木から木へと魔法で飛び移り、見やすい場所をキープ。樹上なら
少し遠いから望遠鏡を取り出し、集音の魔法で現場の音をお届け、臨場感アップだ。
ゼクトールさんが懐から取り出したのはなんだ? 俺は必死に望遠鏡を覗き込む。
ゼクトールさんは近場の石をスリングに包むと、グルグルと回し始める。
「シッ!」
気合いの一声と共に放たれた石は、
――グルゥ? グガァッ!
ゴツンと鈍い音が響いたが、それだけ。人間なら即死の一撃だろうが魔獣には効果が薄い。何事かと首を捻るだけ。
それでも良いところに入ったのか、
いよいよ
てっきりファーストヒットを生かして攻め込むと思ったが、このままではゼクトールさんは
――グァァァァ!
咆哮、そして突進。
それをゼクトールさんは槍を構えて迎え撃つ。
馬鹿な、と思った。
獣の突進、それも人間の十倍はあろうかという体重を持つ魔獣の突進を人の身で止める事は不可能。
俺は思わず顔を顰めた。
――ドォォン!
最悪の想像とは裏腹に、ゼクトールさんは吹き飛ばされなかった。
構えた槍をつっかえ棒に、背後の木を利用して、
すると、どうなるか?
――グギャアァァァ
突っ込んだ勢いで、自らの鼻先に深々と槍を刺してしまった
だが、それでも止まらない。
首の一振りで突き刺さった槍を吹き飛ばして見せる。
ゼクトールさんはその動きに逆らわず槍を手放し、木を盾に回り込む。
ソコからはもう、大立ち回りだ。地形や木を生かし、少しずつダメージを蓄積させていく。
流石は第二王子の懐刀。圧倒的質量を誇るバケモノに一歩も引かない。
短剣で目を狙い、反撃を転がって躱す、逃げたように見せかけて槍を拾って迎撃。
か弱い人間にとって、一つミスを犯せば即座に死ぬ様なギリギリの勝負。
俺は手に汗握って観戦していた。対戦時間は優に二十分近く、終わりの時は近づいていた。
「はぁぁっ!」
槍が深々と喉元に突き刺さり、血が噴き出した。決着である。
「おぉーー」
俺は樹上でパチパチと手を叩く。
最後まで観戦してしまった。ピンチに駆けつけるプランがおじゃんである。
ピンチに樹上から颯爽と舞い降りるのが理想だったが、仕方無いので地上からトコトコと近づいた。
「流石の腕前です、あの失礼な副官が言うだけの事はありますね」
「誰だ! え? まさかユマ姫ですか?」
ポカンとするゼクトールさん。
そりゃそうだろう。魔獣が跋扈する危険地帯にお姫様がやってくるとは思わない。
「何故こんな所に? お一人ですか?」
「そうです、魔獣狩りと聞いて興味があったので、見学に。それにしても見事な手並みですね」
こちとら興奮のあまり勝利者インタビューに駆けつけた次第だが、露骨に胡散臭い顔をされてしまった。
「いや、だったら解っているでしょう? ココは危険です!」
「私の心配は無用です。自分の身は自分で守れます」
「お転婆も大概になさい! 我々は貴女を守るために日々働いているのです」
「私が抜け出した事すら誰も気が付かないのに、ですか?」
「なっ?」
言われて思いだした様だが、俺は凄腕の護衛を振り切って来ているのだ。舐めて貰っちゃ困る。
「一体全体なにがしたいのです? こんな所まで」
「ボルドー王子の側近であるあなたには、魔法の力を知って貰いたいと思いまして」
「ただそれだけの為にココまで? 正気ですか?」
……まぁ、キチガイだよね。自分でも思うけど、ストレスでおかしくなりそうだったんだよ。ソロキャンプしたい。
「大穴を開ける様な派手な魔法は城では使えないでしょう? それにここは魔力も濃い。魔法を見せつけるには絶好の――」
その時、首筋にチリリと痛み。
「姫様?」
近づいて来ようとするゼクトールさんを手の平を突き出し必死に止める。
死が、近い。
俺は『参照権』で回路を呼び出す。
「我、望む、足運ぶ先に風の祝福を」
「何を?」
何って? 俺にも解らない。
嫌な予感がしたら逃げる。それだけだ。
なぜって、逃げなくては死が待っている。
俺は魔法を使って跳ねた。木の幹を蹴り、一気に樹上へと駆け上がる。
我ながらとんでもない速度。
目の前のゼクトールさんにしてみれば、突然消えたように見えたはず。
「え?」
ゼクトールさんが間抜け声を上げるのも仕方が無い。俺が居た場所へと入れ替わりに飛び込んで来たのは巨大な蜘蛛。
質量こそ
「何だ!? アレは!」
「
樹上から声を掛けるが、ゼクトールさんは混乱していた。
「そんな魔獣聞いた事も無いですが?」
「よそ見は危ないですよ?」
「なっ!? グッ!」
実は
頭上から振り下ろされる脚の一本一本が、鋼鉄の槍での一閃よりも尚鋭い。初見でありながらそれを紙一重で避けてみせたゼクトールさんは流石と言える。
「気をつけて下さい、
そんなアドバイスをしながらも、俺は魔法の矢を放つ。
――シュッ、ガァァン!
しかし、外骨格を凹ませるだけに終わる。
目を狙ったのだが、魔法で制御可能とは言え、あそこまで素早く動かれると中々どうして難しい。
外骨格に歯が立たないのはゼクトールさんの剣も同じだ。
突き込まれる脚と、それを切り裂かんとする剣が交錯する。
――ガァァァン!
甲高い音を響かせ、脚の軌道を逸らす事しか出来ない。やはり目を狙うしか無い。
しかし、このままじゃ何時かゼクトールさんは死んでしまう。どうにか身を守って貰えれば、その間に俺が一方的に目を狙えるのだが……
「コッチに来い! 化け物め!」
と、ソコでゼクトールさんは木を盾にする作戦に出た。
奴らは木に張り付き、登るのだ。
頭上から飛び掛かる蜘蛛を防ぐ術など無い。木に張り付いた蜘蛛を見上げるゼクトールさんの顔が絶望に染まる。
――バシュッ!
間一髪、俺の矢が間に合った。ベチャリと蜘蛛が地面に落ちる。コレで目を一つ潰した、残り三つ!
「目を狙って下さい、他は効きません」
まだゼクトールさんは呆然としている、俺の魔法のお披露目らしいハードモードでお送りしているので仕方が無いか?
いや、ゼクトールさんは次の瞬間、果敢に斬りかかり、目を狙った。流石である、切り替えが早い。
但し、脚が長すぎて剣が届かない。何故槍を使わないのかと思ったが、先ほどの光景を思い出し納得する。
剣を使って脚を打ち払わねば、生き残るのも難しいのだ。
だったら、そのまま守りに徹して貰い、俺が狙う!
――だが、
そう、コイツらは
その繰り返しとなってしまい、突破口が見出せない。
そして徐々にゼクトールさんの動きが鈍る、
そうだ、ゼクトールさんは連戦、体力も続かない。むしろ、ココまで紙一重の回避で捌いていたのが奇跡。
「ぐぁっ!」
受けたのは右太もも。一息に貫かれ、大穴が空いた。
――バシュッッ!
薄情な様だが、俺はその隙に
「その調子、そのまま足止めと防御に徹して下さい」
……? ゼクトールさんに随分と恨めしげな顔で睨まれてしまった。
あ、そうか! 普通だったら再起不能の大怪我、二度と兵士として活躍出来ない程である。
ただし、俺には魔法がある。一ヶ月もすれば完治するだろう。
だと言うのに、ゼクトールさんは捨て身の行動に出る。
振り上げられた
更に追撃と蜘蛛の蜘蛛の顎が迫る。そこに敢えて左手を差し出すでは無いか!
ギャリギャリと
――ギィィ! ギョォォォォォォォォ!
魔法と剣、それぞれが残った二つの目を潰すのは同時だった。
不気味な魔獣の断末魔と共に戦いは終わった。ゼクトールさんの捨て身の行動は結果的にベストだったと言える。あのまま戦いが長引いては、二人とも危険だった。
「やりましたね! 大丈夫ですか?」
ウキウキで声を掛けたのだが、当のゼクトールさんは死にそうな顔で元気が無い。
って言うか、死にそうである。
「傷を見せて下さい、コレは……酷いですね」
左手も、右目も潰れて、右足の出血も無惨なモノ。
俺は帽子を脱ぐと、髪を纏めていたリボンを外す。太ももの付け根を縛れば取り敢えずの止血は可能のハズ。
右足よりも右目の治療が優先だ、不純物が入れば視力は一気に落ちてしまう。
だが、治療を焦る俺を押し止めるのがゼクトールさんだ。
「やめて下さい、もう俺はここで死にます」
「なぜです?」
いやいや、死ぬには早いだろう。回復魔法は疲れるが、魔法のデモンストレーションに最適と割り切った。
ピルタ山脈は魔力が濃い、ココでなら十分治療は可能なのだ。
だが、それを信じて貰えない。
再起不能の怪我に、騎士としての自分は終わりだと勘違いしてしまっている。
本人に拒絶されれば回復魔法は抵抗されてしまう、どうしたものか……そうこうしている内に、右目の状態は危ない。
汚れが入れば取り返しが付かないからだ。
とにかく回復魔法。いや、まずは潰れた右目を綺麗にしなくては……どうやって?
――舐めよう。
オッサンの顔面をペロペロ舐める。
正直言って、あんまり嬉しくは無いのだが、逆に考えよう。
俺がオッサンになったとして、美少女に顔をペロペロ舐められたらどうだろう?
絶対に嬉しいに決まっている。
つまりコレはサービスだ。慈善事業、ゼクトールさんを取り込む為の投資と言って良い。
俺がズズイと顔を近づけると、ゼクトールさんはぽーっとした顔で俺を見つめる。
コレはどう見ても俺の美しさに参ってる顔だろう。ゼクトールさんの好みじゃなかったらどうしようかと思っていたが、杞憂のようだ。
そこから更に顔を近づけると、いよいよゼクトールさんは焦りだした。
「なんです? 手向けにキスでもしてくれるんですか?」
「違いますけど?」
ふざけんな! 流石にソコまでサービスはしないよ?
俺はゼクトールさんの右目に口を付ける。
ペロッ、ペロペロ
ちと塩っぱいな……なんの液体だ? コレ。
俺が潰れた眼球を舐めていると、ゼクトールさんは混乱の声をあげた。
「? なっ!? なにを?」
「何って、目はくっつけても、汚れや雑菌が混じると白濁したり視力が失われたりするのです」
俺がそう言えば、ゼクトールさんは優しい顔で笑った。一転「なるほど、ありがとうございます」とすら言い始めた。
……コレ、信じてないな。潰れた目が治るって普通じゃないもんな。
世間知らずの女の子が、治らない怪我をツバを付けときゃ治ると勘違いしてるって?
うーん、結局コレでは抵抗されてしまうぞ……ん?
「アレ? 抵抗がなくなったな。コレなら行けるか? 『我、望む、汝に眠る命の輝きと生の息吹よ、大いなる流れとなりて傷付く体を癒し給え』」
回復魔法を唱え、手を目に翳す。ぽぉっと淡い光が灯ると、潰れた目がゆっくりと元の姿を取り戻していく。
潰れていない左目を左手で隠し、潰れた筈の右目の前で右手を振れば、ゼクトールさんの右目はその動きをハッキリと捉えていた。
「なんっで? 見える! だと?」
「おぉ、良かった成功した」
大成功である! ふんぞり返る俺を尻目に、折角治した目をまん丸にして、ポカンと虚空を見つめるばかりなゼクトールさん。
魔法初心者には刺激が強すぎたかぁ? (どや顔)
この世界、怪我からの不具に悩む者は大勢居る。それこそ貴族にすら。
そんな彼らに怪我を治すと言えば、金貨をうずたかく積み上げて懇願するだろう。
実際問題。アイス作りなんぞよりもよっぽど強力なカード。
だが、あまりにも強力過ぎて、国中から狙われる事態に陥っても不思議じゃなかった。
俺のこの力をどう使うか、ボルドー王子にお任せしたいと言うわけだ。
まずは信頼出来る相手から。
結果的にこのタイミングは、魔法の力をお披露目するのに最適だった。
とりあえず、折角の魔力溢れる土地、治療を終わらせてしまおう。
魔法は人間の再生能力を増強する。放置しただけでは絶対に治らない大怪我すらも治療が可能なのは、止血を優先する体がとにかく穴を塞ぐ事を優先するのに対し、回復魔法は無事だった細胞を選んで上手いことくっつけるから。
かさぶたが出来てしまうと、むしろ回復魔法で治すのはグッと難しくなる。
「んじゃ、次は右腿、いや左手が良いか? あ、でも血も肉も足りなくなるな」
そして、失われた血は魔法で作れないし、失われたタンパク質の補充は急務だ。
「あっ! そう言えば肉は大量に有ったな! どう?
俺は塩をとりだし、ゼクトールさんに問う。
ピルタ山脈では俺の健康値は40近いんじゃないかな? 小さい頃
だが、ウキウキな俺と対照的に、呆然とするばかりのゼクトールさんなのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから四日後、無事に王都へと戻ったゼクトールだったが、いまだにあの日の事が信じられない思いで居た。
近衛騎士として、ゼクトールに与えられた城の一室に、大声を上げて飛び込んできたのはゼクトールの親友であり第二王子でもあるボルドーだった。
「オイッ! ユマ姫と魔獣を狩ったと言うのは本当か!」
「そうですよ、
「それを二人で倒したのか?」
「二人と言うか、殆ど姫様一人でやった様なものですよ」
「そ、そうか……」
ゼクトールとしては自分はただの囮だったと言うのが今の率直な感想だ。自分を置いて逃げるだけならユマ姫は何時だって出来たと、今なら解る。
一方でボルドーは知らない凶悪な魔獣がこの付近に現れた事に施政者としての対策に頭を巡らせていた。
ゼクトールはその様子を微笑ましく見つめていると、ボルドーは慌てた様に弁解する。
「いや、その何にしても無事で良かった」
――全く無事では無かったんだが、そうは見えないよな。
左手を閉じたり開いたりする様子を右目で見る、どちらも違和感は無い。右腿の大穴も塞がって元通り。
恐ろしい力だ、しかし味方で有ればこれほど頼もしい力は無い。
「ボルドー、いやボルドー・ラ・ヴィット・ビルダール殿下」
「どうした? 改まって」
「ユマ姫様は絶対に敵に回さないで下さい」
「……それ程に、魔法は強力か?」
「噂以上かと、その力が知られれば、何が起こるか想像もつきません」
「……そこまでか」
「ええ、助けられた身故、どうか私の口からではなく姫様から直接、魔法について伺って頂きたく存じます」
ゼクトールの言葉に、うぅむとボルドーは唸る。
ゼクトールは忠臣として主人に洗いざらい話すべきかと思ったが、それは危険と考えた。
治癒魔法はやはりと言うか、ユマ姫もそれを公にするのは気が進まない様子であったのだ。
今でも菓子の製法を探らんとする不埒な商人は引きも切らないと聞くが、比較にもならない狂乱に巻き込まれるのは目に見えている。
秘密にしている以上、自分は姫様の言葉の証人として選ばれたのだと思っていた。
だとしたら、自分の見解を話すのは後で良い、変に話せば姫の信頼を失う事になりかねないとゼクトールは結論づけた。
「絶対に敵には回さない様に、逆に味方であれば王子の身はあらゆる事態から守られます」
「そこまで言うか?」
「はい、ですからボルドー殿下にはいっそユマ姫を口説いて頂きたく」
「はぁ? お前それは」
「本気です。もし殿下が口説かないと言うなら私が口説きます」
「ハッ、余り笑わせるな……」
ボルドーはゼクトールの言葉を冗談かと思ったが、恐ろしい事にゼクトールの目は本気の様に見えてしまった。
「オイ、お前とユマ姫じゃ俺以上に歳が離れているだろうが!」
「それどころか死んだ妻との間に、生まれた息子が今年十二になります」
「馬鹿か! じゃあ息子と……って言うのが普通だろうが」
「いや、アイツにはまだ早い!」
「お前には遅すぎるわ!」
親友と笑い合いながらも、ボルドー王子は首をかしげる。
ちょっと前までボルドー王子は、ユマ姫が軍部に受け入れられるかを心配していた。それが、今や近衛兵達は皆ユマ姫に心酔している様子だ。
堅物に思われたゼクトールまでこの様子では、今度は組織を乗っ取られる方を心配しなくてはならない。
冗談だと思っていたもう一人の親友ガルダの忠告を思い出す、もしもあの可憐な少女の顔が全て演技とするなら、裏にはどんな顔があるのだろうか?
「ゼクトールに言われるまでも無く、今度じっくり話し合わなくちゃならないな」
王子はいよいよユマ姫と向かい合う事を決意した。守るべき少女としてでは無く、一人の盟友として。
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