運命の女性

「んっっはぁーーーつっまんねー」


 俺はいて居た。


 そもそも俺は金を稼ぎたかったのか?

 もう途中から「この世界の経済を滅茶苦茶にしてやろうぜ!」ぐらいの勢いでは無かったか?


「シミュレーションゲームとかでも無駄に凝っちゃうんだよな、最速クリアじゃいーって」


 なんでもやり過ぎてしまうのが悪い癖だ、だが今更言っても遅い。


 ゲーム感覚で事業を拡げ金を稼いだが、俺にとってそれこそゲーム内の通貨と変わらない。

 元々酒も博打もやらない。酒は弱いし、博打をするなら投資をする方がリターンが大きいので興奮しない。

 後は女って話になるのだろうが、この世界の女の子は地球出身の俺基準で言うと素直に臭い。

 体臭もキツイし、そもそもが不潔で、顔もちょっとケバい。頭も悪いし、案外恥じらいも薄い。


 簡単に言うと萌えない。


「はぁ……ファンタジー詐欺だろ、何処にもリューナたんみたいな娘が居ないんだが?」


 リューナとは地球で見ていたファンタジーアニメのヒロインで、銀髪エルフの美少女だ。

 異世界転生って言われりゃ、そう言うファンタジーな可愛い子の一人や二人、居ると思う俺の気持ちは空回り。


 女の子が可愛いだけのアニメだと馬鹿にして居たけれど、女の子が可愛ければ十分だろ、他に何もいらない、何も足さない。

 俺、青かったなー、なーにが異世界転生のシステムとか理屈を問い詰めるじゃ、たわけ過ぎてるだろ。


 俺が聞くべきは俺が愛せて、俺を愛してくれる女の子が集うテーマパークの住所だよ。

 理屈なんてどうでもいーわ! 美少女動物園に入園したい。

 ゴリラにバナナをあげる感覚で、美少女のほっぺを札束でペチペチする夢を見て、気が付けば三十の手前に来てしまった。

 いや、この世界は金貨だからお札じゃないけどな。

 そんな俺に少年の呆れる様な声が掛けられた。


「まーた、先生の病気が始まったよ。なーに変な妄想してんですか」


 飴色の光沢を放つ執務机、そこに泣きながら突っ伏す可哀想な俺を笑うのはフィーゴ少年だ。

 丁稚として働きに来ているのだが、頭の回転が速く便利なので傍に付いて貰っている。


「はーここで女の子が出てこないのが俺の人生なんだよなー」


 そう言って机をバタバタと叩く、そしてそんな俺を見る少年の目は酷く冷たい。

 まー丁稚として修業に来るのは男の子になりますわな。

 一応、将来の人材確保を狙って学校に出資もしてみたが、そこでも男の子ばかりが集まる訳よ。

 この世界では貴族でも無い女の子に、わざわざ高等教育を施そうとはしないご様子。大変な男尊女卑社会ですわ。


 しかも女っ気が皆無な所為で、少年を侍らせる変態が、今度は学校を建てて少年を物色してると評判になってしまった。


「俺、完全にショタコンのホモだと思われてるんだけどどうしよう?」

「はぁ……知りませんよ。いっそホントに少年愛好家になったらどうですか?」

「で、お前を抱くのかよぅ。冗談キツイっての」

「月に金貨百枚で良いですよ」

「……どんな高級娼婦なのかと」


 金貨百枚。大体、一千万円ぐらいの感覚か?

 酷い冗談だ。この少年は貧乏商家の子供なのだが、なんでも売ろうとする心意気は買う、でもだからって値段設定がガバガバ過ぎるでしょう。


「じゃあ、その高級娼婦でも、貴族の娘でも囲えばいいじゃないですか! 先生の資産が有れば、向こうの方から売り込みに来ますよ」

「それが嫌なんだっての、俺だって良い歳だし、本当の自分を愛して欲しいとは言わんがね。ああもガツガツ来られるとコッチが引いてしまうよ、なにより可愛いと思えない」

「先生、顔も良くて、頭も良くて、性格も良くてってのは無理ですよ」

「いや、金目当てでも良いんだがね。お家復興の為に嫌々ながらも、俺と結婚しなきゃ! って、思い詰めてる方がガツガツ押してくるより大分マシだよ」

「んー、その条件で良いなら貴族のお嬢様に結構居そうな気がしますが?」

「あー、駄目なんだよ、そう言うのに限って馬鹿で不細工なの。実際器量と頭さえ有りゃ少々の借金なんざどうとでもなるからね」

「……確かに、じゃあどうすりゃ良いんです?」

「例えば、俺が居ないと駄目! 俺じゃ無いと救えない! ってのが良いね。少々可愛くって頭が良くてもどうにもならないレベルの借金とか」

「先生の資産が無いと救えない借金こさえてる女ってヤバく無いですか?」


 不肖の弟子が何か言っているが俺には聞こえないし、聞きたくない。


「それより、旅に出るってホントですか? どの位の期間です?」

「期間などない、俺はギター一本で食っていく、明日から本気出す」

「じょ、冗談ですよね? 先生の腕が有れば可能でしょうけど。わざわざそんなの意味不明ですよ」


 ニートの若者みたいに言ったが、少年はマジに取った様だ。

 実際、ギターを作ったのも俺ならば、ギターを一番上手く弾けるのも当然俺なので、俺が俺を呼ぶ俺の物語を語るだけで、吟遊詩人として最強なのは確定的に明らか。


「なんで先生は旅に出たいんですか? 昔っから言ってますよね?」

「ギター一本で戦う俺を愛してくれる人を探しに行く」

「居ませんよ! そんな人! いや……居るかもですけど、危ないですよそんなの」

「フィーゴ少年よ、金ってのは手段だ、手段だけ有っても俺には目的が無いのだよ」


 金で揃えられる情報や装備は揃った。

 俺は得た金で、田中と高橋、そして黒峰さんの情報を探った。


 田中は多分、帝国で傭兵だか冒険者として活躍中。

「王都にて待つ――ヌルポ」

 って手紙を出したから、そろそろガッ! しに来るんじゃないかな? 別に来なくても良いわ。


 黒峰さんの情報は無いが、状況証拠から何処で何をしてるかは想像が付く。そんなに悪い状況では無いだろう。


 問題は高橋だ。


 アイツは持ち前の不運ハードラックダンスってるに違いない。

 既に死んでいても全然不思議じゃないし、それならそれで良いや。

 問題なのは生きていた時だ。生きていた場合、最悪アイツには隕石が降り注ぐ。

 もう、金属の檻に囲って厳重に管理するしか無いだろう。


 俺は高橋動物園には入園したくない、飼育員はフィーゴ少年で決まりだ。


「なんでコッチ見るですか! また変な事考えてるですね!」


 フィーゴ少年が顔を赤くして慌てる。少年は焦るとカタコトになるのだが、なんと言うかあざとい。

 そのあざとさは要らない! ノーサンキューだ。


「俺にはどうしても探し出さなきゃいけない珍獣が居るのだ、魔獣ハンターとして生きて行く。オトコアイルーも一緒に来るかね?」

「なんですか? その『オコトアイルー』って? 連れて行ってくれるなら僕も付いてきますよ?」

「いや、やっぱりお前には商会を頼みたい。オトコアイルーはオトナアイルーに進化してくれ、商会を頼む」

「全く意味が解りませんが、無茶しそうなんで一緒に行きますね」

「やめーや」


 やべーぞ、ショタの呪いが掛かってる。美少女動物園どころか、美少年動物園の飼育員に就職した気がする。

 これ高橋もショタって可能性は無いよな? いや、アイツは人間に転生なんて事は無いだろ、そう言う顔じゃない。

 取り敢えず、巨大なウーパールーパー(海トカゲの一種に近いのが居た)を見つけたら報告しろとお触れは出している。

 成果として、この執務室の一番目立つ位置を陣取る大きな水槽に、一匹の海トカゲが寝ている訳だ。

 しかし、なんと高橋と名付けたウーパールーパーは言葉を話す兆しを見せない、ひょっとしてコイツ高橋ではないんじゃないか? まさかな?


「あっ! でも、タカハシの世話をする人が居なくなっちゃいますね、人を雇うには勿体ないし……」

「ホントについてくる気か、少年」


 どうやら少年はマジに俺の股間のエクスカリバーを狙っている。俺を手ごろな玉の輿とでも思っているのか?

 俺の腰に玉がついてる奴を乗せる甲斐性はないぞ?


「でも、先生が商会を捨ててまで何をするのか、僕見てみたいんです」

「なるほどな、勘弁してくれ」


 コイツを何のために後継者として育ててきたのかわっかんねー。

 とは言え、まだ少年を後継に指名するのは時期尚早か。現実的には副商会長の繰り上げかな?

 旅に出る前に、俺の現金の半分は宝石にして持ち運ぶとして、半分は商会に預けておくか。


 などなど、具体的なプランを考えていた所に。


「そーいえば、今話題の森に棲む者ザバの姫君の噂、知ってます?」


 フィーゴ少年が話し掛けて来る、真面目に考えている所に少年が水を差すのは稀だ。


「ああ、聞いてるよ。なんでも幻想的で儚い雰囲気の少女だとか」

「ですよ! いよいよ明日、王都に着くらしいですよ、見に行きません?」


 銀髪のエルフ(魔法が得意な耳が長い森の種族って、そりゃもう決まりだろうが)と来れば、リューナたんの幻想がチラつくが、俺は貴族のお嬢様って奴に幻想をパリーンされ続けたから慎重にもなる。


「凄い人出になりそうですよ。傘下のチェーン店にも張り切ってチーズクレープを準備させてます」

「良いぞ、片手で持てて、ゴミが出ない食べ物を徹底させろ。ウチのゴミが散乱するとイメージが悪いしクレームが来る」

「でも、折角大通りに屋台を出す計画だったのに何で取りやめたんです?」

「ハッ! そんな事をしたら中央広場が抑えられないではないか!」


 人出があると知れば、どいつもこいつも道端に屋台を出したがる。

 平時だって商会同士がしのぎを削るナワバリバトルだってのに、イベントと来ればその争いは苛烈を極める。

 だが、俺の商会は今回ばかりはそのバトルから手を引いた。狙いは一点、中央広場。


「広場? そこで屋台を出すんです?」

「馬鹿か! もっと大規模に、大胆に! ガヴァ・ゼッサ・フィンザード音楽団と俺とのセッションだ!」

「え? 聞いて無いです! 用意もしてないですぅ!」


 少年は慌てるが其れもそのはず。


「だろうな、主演の俺すら用意してない」

「……ハ?」


 なんなら音楽団には小遣いを渡して、当日は自宅で療養してくれと伝えてある。

 一方で、対外的にはその日に音楽祭を開くと発表し、王宮からも許可を貰っている。

 ――何故か?


「そもそも、屋台は出せない」

「え?」

「騎士団のパレードとはレベルが違う! ユマ姫の話題性は桁違いだ。当日はきっと通りは人で溢れかえる」

「だからこそチャンスなのでは?」

「パレードならば人気ゆえの行列も許容されるが、相手は他国の貴賓だ、往来で何時間も立ち往生させるのはマズイ」

「じゃあ、騎士団が人払いをするのでは?」

「みんなユマ姫を見に来てるのだぞ? ウチの王族を凌駕する人気と言って良い。笑顔で応える姫と、民衆を追い払う騎士団。偉い対比になってしまうな」

「じゃあどうするんです?」

「まず、邪魔な屋台は全撤去される。そうすれば道が広がるだろう?」

「ウッ! だったら! だからこそ広場で屋台をやれば一人勝ちじゃないですか!」

「それも恐らく撤去される、そうじゃ無くても一人勝ちなんて他の商会から要らぬ恨みを買うに違いない」

「んん? じゃ、何を売るんです?」

「恐らく、ここで姫様のお披露目会が急遽開催される、民衆を満足させるためだ」


 俺は地図上で中央広場をトンと指差す。


「まさか!? その日の内にですか? 翌日に城のバルコニーでやるんじゃ?」

「それもやる、だが姫様の最速お披露目会はここになる」


 そうで無くてもバルコニーでお披露目の日に、城へ入り込むのは難しい。そちらは貴族同士の熾烈なナワバリバトル。

 一応貴族の端くれとしての地位を貰ったが、そこに首を突っ込むのは得策じゃない。


「でも、だったら広場のスペースも取り上げられてしまうのでは?」

「そうだとしても、ガヴァ・ゼッサ・フィンザード音楽団を迎えた野外公演がパアなのだぞ? 屋台の撤去とは訳が違う! 王宮に対して大きな貸しになる」

「……なるほど、だからこそ高名なフィンザード音楽団なのですね」

「しかも、お披露目会におあつらえ向けの舞台が綺麗に整備されている。奴等は俺へ、幾ら感謝してもし足りないだろうよ」

「おおっ!」

「しかも、舞台が一番良く見える特等席に立派なやぐらを建ててある、立派過ぎて急には撤去出来ないし、何よりバンザール卿を始め有力貴族を招待していると言えば、騎士団だって強くは出れないだろうよ」

「ホントですか? バンザール卿を? 中止になったら偉い問題に成りますよ!」

「ダイジョブだ、呼んでない」

「んー?」

「呼んで無くても来るから問題ない」

「あ、なるほど」


 フィーゴ少年も合点が行ったらしい。

 ただの演奏会ならともかく、噂のユマ姫のお披露目と来れば政治的にも重要なショーになる、そこに顔を出せない様じゃ貴族失格と言う訳だ。

 正にプラチナチケット。席が無い会なら、席を作って売る。これが俺の商売だ。

 仮に普通に撤去されただけでも王宮へ貸しになるし、貴族はそもそも呼んでないから汚点にはならない。


 日程がズレて当日にユマ姫が来ない場合や思ったより人が集まらない場合は、空公演を打ったとバレると問題になってしまう。

 とは言え急遽中止ってのも珍しくない世界だし、実は前売りチケットも売ったフリなので被害も無い。


 他の商会だって、割増料金で屋台の場所を取り合っただろうし、そうなれば損をするのは他の商会も一緒だ。自分の所だけが大損では無いなら許容できる。


「流石ですね」

「だろぅ? もっと褒めて良いぞ!」

「はぁ……」


 少年はため息一つ、冷めた目で俺を見るのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 で、当日。俺は櫓の上でギターを掻き鳴らしていた。


「お耳汚しを失礼いたしました」

「とんでもない、噂以上の腕前で感動していますわ」


 褒めてくれるのはバンザール卿のご夫人だ。


 全て俺の思惑通りに事が運んだ。

 急遽、公演を中止にして舞台を貸してくれと連絡があり、そこから急いで付き合いのある有力貴族へ連絡。


 バンザール卿自身は時間の都合が付かなかったが夫人が来てくれたし、他の貴族は夫婦同伴で来てくれた。

 プラチナチケットとは言ったが、本当にお金を貰って売ったのは僅かだ。貴族への顔つなぎと、彼らに貸しが出来るのが大きい。


 しかし、唯一誤算だったのが想像以上の人出により開演時間が遅れて、招待した櫓の上で貴族様方を暇にさせてしまっている事だ。


 仕方なく自慢のスナフキンスタイルでギターを演奏し、時間を繋いでいたと言う訳だ。

 櫓の下からも俺のギターを聞いて拍手してくれる人が居て、少し広場が静かになった。

 我ながら最高の前座じゃないか? そろそろ姫よ、出て来てくれよと舞台袖を覗く。


「ファ!?」



 そこに妖精が居た。



 舞台袖からこちらを覗き込む幻想的な銀の左目は理知的な光を宿し、色違いで薄くピンクがかった右目には強い決意が宿っていた。


 流れる銀髪は軽くウェーブが入っていて、揺らめく水面の様に不規則で不思議な光を放っている。


 薄暗い舞台袖にありながら、まるで彼女だけ、世界から浮き上がる様にうっすらと光り輝いて見えるのだ。


 ああ、間違いない、彼女が、彼女こそが噂のユマ姫にして、俺の運命の女性ひと


 なに? アニメで見た銀髪エルフのリューナたん?

 あんなのただの野良猫だ、動物園で飼育する価値無し。


 言葉を無くす俺に、周囲の貴族は怪訝な顔を浮かべるが、それも姫が舞台袖から登場するまでだ。

 俺達は貴族も庶民も、揃って間抜け顔を並べるしかない。

 それ程、圧倒的な可憐さと可愛さ、儚さを持つ少女がそこに居た。


 そんな姫がいよいよマイクの前に立つ。

 早くその声が聞きたいと、年甲斐も無く前のめりに櫓の手すりを掴んだ。

 だがよく見ると姫の様子がおかしい、なんだか酷く動揺していて、しきりに周りをキョロキョロと見回している。

 ひょっとして急な事態に付いていけて無いのかもしれない。

 考えてみれば無理もない、ここまでの人出と、急に舞台に引っ張り出されるなんて想像が付くハズが無い。


 しかし、その困った様子もまた可愛いのだ。櫓を飛び出し、そのまま舞台まで走り込んで、抱きしめて守ってあげたくなる位のいじらしさ。


「それでは今一度、王都に集まった人々に向け、お名前を伺っても宜しいでしょうか? 可憐なお嬢さん、貴方の名前を教えて下さい」


 催促する司会の男が憎い、手すりから飛び出して駆け付けたい。

 声を出して応援したいが、少女が振り絞った小さな声を潰してしまいそうで、実際は息すら潜めて注視するしか許されない。

 それは俺だけじゃ無くて、広場に集まった何千? いや、万近い人全ての総意だったのか、一気に広場が静まり返る。


 そして、覚悟を決めたのか、息を吸い込み少しだけ背伸びをして、マイクに向かってユマ姫は話し出した。


「私の名前は……」


 鈴の音よりも尚透き通る澄んだ声、たった一言で心が浄化される。

 対して、先を促す司会の声の不快な事よ。


「お名前は?」


 問われて微笑む少女の顔が、突如自信に溢れた表情に変わるのを確かに見た。


「わたくしの名前は、オルティナ・ラ・フィリア・ビルダール」

「……え?」

「17代目ビルダール王、グスタルトの娘にて、第一王女のオルティナ姫です」



 ――妖精が、国を転がす声がした。

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