崖の上の死闘

 なーんでアイツの為に命を張ってるんだか。


 崖上で、自嘲染みた笑いが漏れるが、ヒリつくスリルは嫌いじゃねぇ!


「へっ、向こう様もいよいよやる気かよ」


 鼓舞するように、俺は獰猛に笑った。


 黒一色の衣装に大剣をぶら下げ、お姫様の為に戦う。


 まるで漫画の主人公にでもなったみてぇじゃねーの! コレで燃えねぇってのは嘘だよな。


 中身がだってのは、この際、目を瞑る!


「行けっ! 殺せぇ!」


「ヘッヘー覚悟しろよぉ? タナカァ!」


 ヤケクソに叫ぶマルムークと、馬鹿笑いを上げるブッガー。他に雑魚が六名。武器を掲げ、崖先の俺を目指して一斉に迫り来る。


 俺は崖の上で一人笑う。

 ココまでは、もう笑うしかない位上手く行った。


 正直な所、一番厄介なのは犬だった。

 犬さえ居なければ視界が悪い森の中、少しずつ相手を削っていける。いわゆるゲリラ作戦だ。


 なにしろ、俺だけが気配でヤツらの動きを捉える事が出来るのだから。実際それで厄介な弓持ち、槍持ちを始末出来た。


 が、犬を放たれたらもう駄目。人間とは比べものにならない嗅覚を前に、視界の悪さは俺に味方しない。


 そして、足元を駆ける犬に注意を払いながら、人間の相手をするのは自殺行為。

 なにせ、一匹でも足に食いつかれ、動きを阻害されたらそのままゲームオーバーだ。


 俺は犬から逃げ、森を抜け出し、切り立った崖の端に陣取った。崖の上、一対一を繰り返そうって寸法だ。


 霧は残らず崖下に抜けて行く。視界はクリア。足元だって、森の中よりずっとしっかりしている。


 まぁ、足を踏み外せばお陀仏だが、度胸試しと思えば悪くない。


 そうして迎え撃てば、問題の犬は三匹とも始末できた。短槍と長剣を持った三人もだ。


 多勢に無勢ながら、ここまでは思った以上に上手く行った。


 ヤツらに殺意が薄いのが幸いした。取り押さえようとすれば、数倍の力量を必要とするからだ。


 つまり、ヤツらは俺を舐めすぎた。

 だがそれもココまで。


「殺せ! 殺せぇ!」


 マルムークの命令が変わった。残された兵士六人が狭い崖先へじりじりと詰めてくる。


 武器を持っただけの農民ならいざ知らず、それなりに鍛えられた兵士六人を相手にするのはどんな人間でも不可能。


 退路は断たれた。ならばコッチから突っ込んで行くのは論外。


 俺は崖際の更にキワ、ギリギリ一人か二人立てるかどうかの場所に立ち、迎え撃つ。

 こんな場所で戦おうなんてのはイカれた命知らずだけだ。


 ソコに、兵士の間を割り入って、突撃してくる馬鹿がいる。


「ウガァァァァ」

「おいおい!」


 何度も言うが、少しでも足を滑らせたらお陀仏。崖の突端だ。こんな所に突っ込んで来れるのはホンモノの馬鹿だけ。


 そんな場所に、全力で巨大なウォーハンマーを叩き付けに来る。


 ブッガーだ。


 ガチのマジで頭のねじが壊れてやがる。


 ズガンと強烈な音、そして振動。

 そんな大ぶりな一撃に当たる訳も無く、俺はブッガーの懐へ潜り込む。


 そこへ滑り込むマルムークの刺突。ブッガーの背後に隠れ、油断なく隙を窺っていたのだ。


 が、それも読めている。

 俺は体を大きく傾け躱す。


 そもそもブッガーだってこんな隙だらけの大振りをする程の馬鹿じゃない。生意気に連携している訳だ。

 まずはタフなブッガーを無視してマルムークを狙う。体を大きく傾けた無理な体勢、そのまま掬うように足を薙ぎ払う。


「おっと!」

「グガッ!」


 蹴られた!? マルムークへ剣が届く前、ブッガーの蹴りで、俺は無様に転がされる。素直に転がったらそのまま崖下まで一直線、無様に地面に縋りつき何とか留まる。


 しかし蹴りだと?

 この不安定な崖際で足技だと?


 ブッガーの野郎、馬鹿だ馬鹿だと思っていたが想像以上の糞馬鹿だ。馬鹿は高い所が得意ってのをスッカリ忘れていた。


「死ネッ! 死ねぇ!」


 無様に転がった俺に、レイピアによる刺突の追撃。マルムークだ。


 ゴロゴロと手前に転がり何とか躱す。

 立ち上がれねぇ! 崖から遠ざけられる!


 転がった先では、六人の兵士が俺を逃すまいと待ち構えている。


「任せて下さい!」


 が、その内の一人が飛び出して来た。色気を出したのか、転がる俺に腰が引けた剣突を繰り出したのだ。

 顔面を狙った剣先、俺はギリギリの所で首を傾げ躱す、耳を浅く裂きながら剣先が地面へと突き刺さる。


 俺が起き上がれるように、手を貸してくれるのか? ありがたいねぇ。それで首までくれるってんだから、まるきり聖人じゃねーか。


 相手の腕を掴み、一気に引き倒す。つんのめって地面に転がる兵士とは裏腹に、俺は反動で上体を起こした。


 目の前には突っ伏した兵士の首筋。

 俺はすかさず剣を振り切った。


 ――バシュッ!


 派手に血が舞い、首が飛ぶ。

 その勢いで俺はいよいよ立ち上がり、体勢を立て直した。


「ハァッ!」


 そこへ再びマルムークの刺突。今度の俺は、体を僅かに傾けるだけで躱す、俺の脇の下ギリギリを鋭い剣先が抜けていく。


 極限の見切り。

 ここへ来て俺は安全マージンを捨てる。


 先程の蹴りも、直前のマルムークの刺突を最小限の動きで躱していれば、避けきれぬ物では無かった筈。


 だが、俺はソレが出来なかった。


 俺は、実戦では達人めいたミリ単位の見切りなど自殺行為だと思っている。


 何かの拍子で剣先がブレたり、肩が外れて間合いが伸びたり。実戦では不測の事態は幾らでも起こり得るからだ。


 だが万が一を考える余裕は既に無い。

 マルムークの刺突を捌きながら、背後から残り五人の兵士の相手もしなくてはならない。ブッガーもマルムークの背後でチャンスを窺っている。


 一対一を繰り返すつもりが、完全に挟撃を受ける格好になってしまった。


 マルムークの連続突きを躱す、躱す! 一センチ、そして一ミリ、終いには薄皮を切り裂かれ血が滲む程。集中力が尖り切り、音が無い世界が訪れる。


 所謂ゾーンと言われる現象。聞こえるのは自分の心音と呼吸音のみ。世界は色を失い、その速度をゆっくりとしたものに変えていく。


 その時、俺の背後から攻撃が来る、理屈抜きにそれを感じてギリギリで躱す。兵士の一人が俺の背中を斬りつけた。


 俺を狙ったマルムークの剣と兵士の剣が交錯し、マルムークの剣がその兵士の腕に突き刺さる。

 一瞬のチャンスに俺は剣を振り抜いた。


 ――シュルン!


 金属が唸る音、たったの一太刀で、マルムークの足を浅く斬ると同時、一人の兵士の腹を内臓がこぼれる程に深く切り裂いた。


 コレで二人殺った。


 どうやらマルムークとブッガー以外は大した事がねぇ。


 六人の鍛えられた兵士相手に戦うのは自殺行為と言ったが、逆に言えばロクに鍛えてない兵士が混じれば、却って足を引っ張る。こんな風にな!


 と、なれば、足を負傷したマルムークに止めを刺したいが、その背後にはブッガーが待ち構えている。


 マルムークを斬った後に生じる隙を狙っているのは明らかだった。


 馬鹿の癖に戦いに関しては変に頭が回りやがる。


 俺は立ち位置を微妙に調整して、マルムークを盾にブッガーの介入を防いでいた。乱戦であのウォーハンマーの衝撃を受けるのは危険に過ぎる。


 そのマルムークが負傷した。囮にもならないと見れば、もうブッガーが黙っているハズも無い。


「代われェ! グズが!」


 マルムークを押しのけブッガーがウォーハンマーを振りかぶる。


 我慢が出来なくなったに違いない。

 最初とは違い、今度はウォーハンマーをコンパクトに振って来る。それでもガードも、弾く事も許されない超重量の打撃となるからだ。


 だが、これも紙一重で躱す。お返しにと反撃を狙うも、そこに背後から残った四人の兵士達が殺到する。


「死ねぇー」


「オラァァァァ」


 躱す隙間も無い剣戟が殺到する。だか俺はその剣筋の、僅かなズレを見逃さない。

 自らの剣で僅かなズレを大きくこじ開け、隙間に変える。


 剣林の間をすり抜け、転がる様に背後に抜けた。


 包囲網を抜けた! 挟撃を回避し一気に情勢が楽になる。こうなれば再び森に逃げたって良い。


 しかし、今は超集中のゾーン状態。

 こんなモノは長くは続かない。


 一気に勝負を決めたいと欲が出た。


「キェェェェッ!」


 俺は振り向きざま、奇声を張り上げ斬りかかる。


 ――ザシュッ!


 俺の姿を見失い、背後に抜けられた事に今更に気が付いた兵士を袈裟懸けに断ち切る。慌てて転進しようと団子状態になった残りの三人には体当たりをぶちかます。


 体勢を崩した三人はゴロゴロと転がり、踏み出して来たブッガーの足に纏わりつく。


「邪ぁぁぁ魔だあぁぁ!」


 ブッガーは容赦なく三人を蹴とばした。と言うよりは、巨体のブッガーは止まれなかったと言うのが正しいだろう。


 兵士の一人は崖下に転がり落ち、残った二人も踏み潰され戦闘不能だ。


 やった!


 残るはブッガーと、足に怪我を負ったマルムークだけ。どうとでも成る、勝利の予感に笑みを深めた。



 それがいけなかった。



「油断大敵ですぜ」

「ぐあッ!」


 目の前で火花が散る様な衝撃。そして脇腹に燃える様な熱を感じた。


 振り返れば背後からレイピアでの刺突。まだ兵士が居た!!


 その兵士は軽装でおまけに片腕が途中で無い、恐らくは非戦闘要員。


 これまで息を潜め、機を窺っていたのだ。


「よくやったベアード」


 マルムークが快哉を叫ぶのが憎らしい。苛立ち混じりに俺はベアードと呼ばれたおっさんを蹴り飛ばす。


「ぐへぇ」


 その一撃でベアードは吹っ飛んで行く。確かに戦闘要員では無いらしい。しかし気配の消し方だけは一流だった。完全に想定外。


 脇の傷は深い。早く止血しなければ命に係わる。


「オラァ!」


 そこへブッガーの一振りが襲い掛かる、俺は躱す余裕も無く剣を構える。


 ――ギィィィィン


 しかし、脇に傷を負った俺の力は弱く、剣は弾かれ宙を舞い、崖下へと落ちて行く。


「どうしたぁ? 元気が無ぇなぁ!」


「馬鹿は元気で羨ましいぜ!」


 嘲笑うブッガーに、俺は血の混じる声で軽口を返す。しかし武器も無く出血は激しい、状況は最悪だ。


 逃げる程の足は無い。血は肺に入り込み、まともな呼吸もままならない。


 限られた選択肢の中、俺は迷わずブッガーの足元へと飛び込んだ。


 決死のタックル、こっちがやられたら嫌な事は、相手も嫌に決まっている。下手をすれば一緒に地獄へ一直線。しかし最早やれる事は殆ど残っていなかった。


 低空タックルでブッガーを引き倒す。しかしそのままマウントポジションを取れる程の力は、俺に残されて居なかった。


「うざってぇ!」


 逆にブッガーに圧し掛かられ、動きを封じられる。しかし俺だって、タダでマウントされた訳じゃない。


「これで五分だな」

「痛てぇぇ! クソがぁぁ」


 腰のナイフを引き抜き、ブッガーの脇へ一突き、深々と突き刺さった傷は俺と大差ないだろう。


「死ねぇぇぇ」


 しかし五分と言うのは大嘘だ。相手はマウントポジションで、ウォーハンマーも未だに手放していない。

 槌を振りかぶるスペースは無くとも、その重量を活かして長い柄で俺の首を締め潰そうとのし掛かる。


 血が混じった肺に、潰される喉。足りない酸素に視界がチラつく。


 潰されながらも、俺はブッガーの脇に刺さったままのナイフを蹴とばしたり、殴ったりして反撃を試みる。


 子供じみた泥仕合だが、やってる方は真剣だ。


「くたばれ糞野郎!」

「一人で死んでろ間抜け」

「ガァァァ!」

「うぉぉぉぉぉ」


 男臭い血塗れの力比べ。

 しかし其れは唐突に幕を閉じる。


「グハッ!」

「なっ!? に?」


 ブッガーの胸から剣が生え、そのまま俺の胸も貫いた。


「ヒヒッ! 邪魔! 邪魔なんだよ!」


 その狂った声で何が起こったか悟る。マルムークがレイピアで、ブッガーごと俺を刺し貫いたのだ。


 ゾーンの中で色を失った筈の光景に赤い血が広がる。肺まで達した間違いなく致命傷、このまま放って置いても失血死は免れない。


 赤い世界の中、俺はブッガーの脇に突き刺さったナイフを抜き、マルムークへと投擲する。


 放たれたナイフは、吸い込まれる様にマルムークの胸に突き刺さった。


「あっ……」


 呆然とするマルムーク、そこにブッガーのウォーハンマーがぶち込まれた。


 ダンプカーに轢かれた様に、グシャリと変形し崖下へと吹っ飛ぶマルムーク。


「あ゛あ゛ぁぁぁぐぞぅ」

「ガッ、ウッ、ハァハァ」


 俺もブッガーもボロボロ、立って居るのがやっとの惨状だ。もう止めないかと提案するべき所だが声が出ない。


 このままじゃ放って置いても二人とも死ぬ大怪我なのだ。


「お゛まえ゛だけはごろじてやるぅ」


 無駄……か。

 俺、そんなに恨まれる様な事したか? 精々が鼻を切ったぐらい、それだって不快な顔から一転、同情を買える顔へと進化したのだから、お礼を言って欲しい位。


 だが、こんな状況でもウォーハンマーを離さない武器への愛着は正直嫌いじゃない。


 失血を重ね、視界は徐々に薄暗く成って行く、ゾーンも切れ、頭はボケボケだ。考えは全く纏まらない。


 死ぬ? 俺が? クソッ!? 何だって俺が? 俺が死んでアイツは? ユマ姫、いや高橋はどうなる? せっかく会えたってのに妙に可愛くなっちまって。


 そういや、このブローチがあった! 回復魔法が……いや駄目だ魔力は阻害されてるし、そんな隙もねぇ。まずこの霧を抜けないと……しかしこの霧、どこまで広がっている? 何キロも広がっているなら最早間に合わない。


 取り留めも無い思考、その中で体は無意識に崖際に向かって歩いていた、覗き込めば崖下は何十メートルも下、落ちたら即死だ。


「ぢねぇぇぇ」


 ブッガーが大きく振りかぶる、崖際に移動したのはブッガーもウォーハンマーを振り辛いだろうと本能で判断したから。


 しかしその判断は誤りだった、最早ブッガーの頭には思い切りハンマーを振り下ろす事のみ。


「がぁぁぁぁ」


 振り下ろされたハンマーは俺を外し、盛大に崖際の土を削る。

 衝撃、そして崩れる足場。


 俺は慌てて地面にしがみつく。見上げるとブッガーの上体が泳いだ。外れたハンマーの勢いに踏ん張れず、崖際へとフラフラと流れて行く。


 馬鹿がっ!

 俺は心の中で嘲笑う。

 絶体絶命の状況。


 それでもブッガーはウォーハンマーを手放さないのだ。


「あ゛あ゛ーー」


 遂にブッガーはハンマーに引き摺られる様に落ちて行く、――しかし。


「ッ! ふざけっ」


 ブッガーは最後の最期。ハンマーを手放した。


 そして縋る様に掴んだのは俺の右足だ!

 勢いが付いたブッガーの重量に、俺の体は為す術なく引き摺られる。


 齧りつくように地面に爪を立てるも駄目! そのままズルズルと落ちて行く。


「ぢねぇぇぇ」

「ひとりでっ! 死んでろッ!」


 左足でブッガーを蹴落とそうと試みる、だがそれが止めになってしまう。


 俺が齧りついていた地面もボロボロと崩れる。


 俺とブッガーは中空へ投げ出された。

 失血死を待つまでも無く、確実な死が迫っていた。

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