ヤッガランの懺悔2
翌日、いや厳密には今日か? 俺達はヤッガランさんに呼び出され、北門の詰め所までやってきた。事情聴取である。
「よく来てくれた」
迎えるヤッガランさんに、ライル少年との思い出を語る槍のお兄さんの面影はない。どっしりとした大人の態度で迎えてくれた。
「すまないな、治安を預かる我々が不甲斐ないばかりに君らに迷惑を掛けた様だ」
まずは神妙に謝ってくれるのだが、別に俺達はヤッガランさんが悪いとは思っていない。
……思ってはいない。
思ってはいないが、ソレはソレ。
田中がずずいと身を乗り出す。
「お陰でこっちは寝不足だ。で、結局アイツの狙いは何だ? 物取りか?」
「いいえ、恐らくは最近話題の人攫いの一味でしょう。あいつらは身元がハッキリしない流浪人を狙って、人を攫って帝国に売り飛ばしている連中でしてね」
「おっかねぇな、この街は犯罪集団を野放しかよ、おちおち寝ちゃあ居られねぇ」
田中はオーバーリアクションでヤッガランさんをなじる。こういうの冒険者の必須テクなんだろうが、癖になっては居ないか? そんなチンピラみたいな態度で、強引に譲歩を引き出す場面でも無いだろうに。
だが、人攫いに偶然狙われたってのは流石に無理がある。俺はため息ひとつ、肩をすくめる。
「まさか
「本人はそう言っています」
「馬鹿な事を、人を攫うにしたって宿屋の二階に泊まる人間を窓から襲うなどリスクが高過ぎます。誰かの依頼あっての事でしょう」
「でしょうな、ただ背後関係を洗う事は並大抵ではありません」
確かに。きっと人攫いなど使い捨て。
……いや、果たしてそうだろうか?
ただの食い詰めた人攫いとすれば、あの襲撃犯はあまりにも堂に入った技術をもっていた。
「ヤッガランさん、ライル少年の贖罪として、力になると約束してくれましたよね?」
「ええ、ですがあなた方が言う通り、帝国が人攫いにあなたの身柄を依頼したとして、証拠など出てこないでしょう」
「確かにそうでしょうね」
俺はコクリとお淑やかに肯いた。
しかし一転、目を見開いてニヤリと笑う。
「では、帝国ではないとしたら?」
「……何か他に心当たりが?」
俺はドンと机に身を乗り出した。
「ヤッガランさんは、私がグプロス卿に無理を言われた時には力になると、そう約束して頂きましたよね?」
「……なぜそこでグプロス様が? いや、まさかグプロス様が犯人だと? まさか会談で何があったのですか?」
そう言えば、会談の内容については誰にも話していなかった。
かいつまんで内容を説明する。
魔道具を吹っ飛ばし、裏から護衛が沸いて、部屋を派手に魔法で照らした。
なにも大暴れしたって訳じゃない。精々その程度の話。
なのにヤッガランさんはすっかり腰が引けていた。
「いやいや、その場で切り殺されてもおかしく無いでしょう!」
「そうなったらそうなったで、覚悟の上です」
「そんな!」
そう言われても、大人しくしていれば穏当に事が運んだとも限らない。
「グプロス卿の私を見る目はまともな物ではありませんでした。有り体に言えば獲物を前にした狼のそれだと言えば伝わるでしょうか?」
「いやそんな、グプロス卿は確かに女癖が悪いと言われていますが。その、何と言ったら良いか……姫君の様な年端も行かない少女に熱を上げたと言う話は、聞いたことが有りません」
「性的な意味だけでは無く、私に価値を見出したとしたら?」
俺の言葉にヤッガランさんはハッとした様子で目を見張ったと思えば、思案顔で独り言ちる。
「……まさか? いや、アレはそう言う事だったのか?」
聞こえる筈の無い、非常に小さな声。
それでも俺には聞こえてしまう。
「アレとは何の事でしょう?」
「? いや、聞こえてましたか?」
密かに使った集音の魔法。
これ、ひょっとして一番使ってる魔法かも知れない。
「実は、グプロス卿の使いから、姫がこの街を離れる様なら、どこに向かうのかだけは必ず聞いておけと言われているのです。それ自体はザバ、失礼エルフの姫君の動向を知りたいのだと特に疑問に思わなかったのですが」
「ですが?」
「それを伝えに来たのがズーラー様、グプロス卿の腹心なのが妙だなと思っていたのです」
ズーラー?
特徴を聞くとどうやらアレだ。
まさに会談の時に裏からひょっこり現れて、斬りかかって来た小ズルそうなオッサンだった。
「ズーラーと言う男だと何が問題なのです?」
「ライル少年の事件を口止めしてきたのも、当時からグプロス様の片腕として暗躍していたズーラーなのです。彼は汚れ仕事専門、と言うのは言い過ぎですが……そんな人物ですから」
まぁ、そうだよな。
そして、そんな人物が俺との会談で裏に控えていた。
「やはりグプロス卿が私を攫おうとした可能性は高そうですね」
「…………」
今度こそヤッガランさんは黙ってしまった。
流石に領主が曲がりなりとも他国の姫を攫おうとしてるなど、考えたくも無いと言った所か?
だがな、考えたくも無い事態ってのは、いつだって俺に降りかかる。
「信じられないと思いますが、グプロス卿は帝国と繋がっている。私はそう考えます」
「それはどこから? ……流石に人攫いから飛躍し過ぎでは?」
「この街には帝国の人間も多い、帝国とパイプがあっても不思議ではないでしょう?」
「それにしたって根拠がありません。動機もdえす。グプロス様がお金に困ってると言う話は有りません、あなたを帝国に売って、王国中から後ろ指を指されるリスクを負ってまで何を欲すると言うのです?」
ふむ、あごに人差し指をあて、考える。
……確かに。
最悪を想定して飛躍し過ぎたか。
俺がスフィールに来たのは既に大勢の人の知る所。その後領主と会談した筈が、何時の間にやら帝国の捕虜になっていたとあれば、どんな噂が立つか解らない。
いや、違うな。逆なんじゃ無いか?
「元々全てを帝国に売る気だったとしたらどうです?」
「どういう意味です?」
「少しでも帝国が恐ろしいなら、城をあんな風に改装しないでしょうし、騎士団だってまともな人数を維持するでしょう?」
「まさかこの街ごと帝国に明け渡し寝返るつもりだと?」
「ええ、帝国の脅威を誰よりも知っているからこそ、その可能性もあるかもと」
「それこそ有り得ないでしょう、そんな事をすれば王国はその威信を賭けてこの街を襲撃しますよ。この街が軍備を整えていないのは事実ですが、だからこそ理屈に合わない」
そうか。……確かにそうだよな。
勢いで適当に話し過ぎたかも解らん。
派手な事を言い過ぎたかも。
しかし、そこに割って入ったのが田中だ。
「でもよ、だとすれば帝国がこの街を侵略しに来ないってのはグプロス様は知ってたって事だろ。それもどうなんだ?」
納得出来ない風に呟く田中の言葉は的を射ていた。
ついにザバの打倒が叶った今の状況。
普通に考えたら『次はこっちに来るぞ』とスフィールの領主としては警戒するのが自然だろう。
それにも関わらず、この街の呑気さはなんだ?
いや、俺には思い当たるところがある。
「グプロス卿は、今回の侵攻で、帝国がまさかエルフに対し、勝利を収めるとは思っても居なかったのでは?」
「それは……そうでしょう、こう言っては失礼でしょうが。私もまさかと言う思いです」
言い辛そうにヤッガランさんが唸る、やはり皆そう思っていたのだ。
図書館を漁れば、帝国が大森林に侵攻し大敗北を喫した記録は幾つも見つかった。
帝国の汚点なだけに王国では笑い話として良く語られる内容らしい。
そこまで話が進むと、したりと田中はまとめにかかる。
「だったら筋は通るじゃねーか、帝国が大森林で兵をすり減らしている間は大丈夫だと防備を疎かにし、まさかの勝利に焦って今更帝国に媚びを売るべく、手土産に姫様を攫おうとしたってワケだろ?」
「いやいや! 話がおかしいですよ。決めつけないで下さい、そもそもそこまでグプロス様がユマ様を攫おうとしたと言い切る根拠は何です? 犯人が自供したワケでないのなら、それこそグプロス様の様子に不穏な物を感じた。それだけでしょう?」
田中の言葉にヤッガランさんも流石にムッとして答えるが、田中の思いは違う様だ。
「ソレを言うなら、今思えば執務室のあの布陣。ありゃあ用心の為の兵士ってよりは初めから姫様を攫う為だったとしか思えねぇな」
「そうなのですか?」
俺は首を傾げてしまう。
布陣とか言われてもさっぱりだ。
初めから壁裏に隠れているのは解っていたし、窮屈そうだなと兵士には同情しか無かったのだが。
「呪文を唱える姫様に斬りかかったズーラーって奴、本当はアイツが姫様を攫って、焦った丸腰の俺を四人がかりで倒す。そういう算段に見えたぜ」
「なるほど……そう言われるとそうかも知れません」
「現場に居なかった私には解りませんが。本気で捕まえるつもりなら四人と言わず、城中の戦力を結集してでも、
「外聞を気にして、関わる人数を減らしたかったのかも知れません、ライル少年の件と言い外聞を気にする人間なのでは?」
「…………」
俺の言葉にヤッガランさんは黙ってしまった。何か思い当たるところでもあるのだろうか。
一方で田中はペラペラと言い募る。
「なるほどな、宿屋で攫えるなら評判が落ちるのは宿屋で、領主じゃない。望み通り馬車を用意して、そのまま攫っちまえば面倒が無ぇじゃねーかと思っていたが、パレードまでして送り出し、護送中にまんまと攫われた間抜けと言われるのを避けたかった訳か」
「とすれば、街を出た私達の行き先を聞いた後は、当然襲撃してくるでしょうね」
盛り上がる俺達を他所に、ヤッガランさんはいよいよ考え込んでしまった。
「いくらなんでも考えすぎな様にも思いますが……実は明日からゼスリード平原で衛兵達の演習を行うのです。身の危険を感じる様なら、我々と一緒に出発しますか?」
悩めるヤッガランさんからの提案は野外訓練に同行しないかと言う物。
面白い提案だけに、その内容は確認しなければならない。
「それはどんな日程で行われるのです?」
「明日出発して昼過ぎに到着、簡単な訓練を行い野営して一泊、翌日は平原で訓練をしてから、夜には帰るスケジュールになっています」
「その間、街の警備はどうなるのです?」
「もちろん全ての衛兵が参加する訳ではありません、全体の三分の一程、参加者は三十人前後になる予定です」
なるほど……面白い。
どうする? このまま街に居てもリスクばかりが大きい。だったらこの提案に乗ってしまうのも手か?
そんな風に考えている俺の肩を、ちょんちょん突く者が居る。
田中だ。
「オイ、こいつはそんなに信用できる奴なのか?」
小声で聞いてくるのはヤッガランさんの事、確かに彼はこの街の衛兵、グプロス卿側の人間だ。だが俺にはライル少年の記憶がある。
「彼が我々を騙していると? その心配は無用です。ヤッガランさんは真面目過ぎる程真面目な人。ライル少年もそう言っています」
俺は毅然と言い放つ、ヤッガランさんに聞こえる様にだ。
「そこまで言うなら良いけどよ」
田中はそう言って引き下がるが、気になるのは当のヤッガランさんの様子、苦虫を噛み潰した様な表情で唸っている。
「……いえ、私もそのこの街の衛兵として三十年、ライル少年と過ごして来た日々とは違い、今では真面目なだけの人間ではありません」
「何か……あるのですか?」
「実は、グプロス卿からギデムッド商会と名乗る馬車はノーチェックで通す様に言われているのです」
「それこそ、我々に話して良い事では無いのでは?」
「ですが、その商会の馬車は荷馬車と言う割には音が軽い。それに王都に拠点を構える商会との事ですが、王国側から来たのならあぜ道を通るはず。雨の日には車体がもっと泥に汚れていなければおかしい」
「つまり、ギデムッド商会の馬車は帝国の人間を乗せていると?」
「あくまでグプロス卿が帝国と共謀し、姫を攫おうとしていると仮定して考えた場合の話です。実は、その商会は今もこの町に居るハズです。いつもは三日程度で街から出て行くと言うのに、今回に限って十日以上もこの街に滞在している」
「決まりですね。グプロス卿は帝国と密約がある、私はそう判断します」
「……そうですか、それにしてもそこまで言うからには、帝国があなたに固執する。それだけの理由に心当たりが有るのですね?」
「ええ、勿論です」
「オイ? なんだそりゃ? 俺はそんな話聞いてないぜ!」
田中が慌てるが当たり前、そんな理由はどこにも無い。
あるのは俺の『偶然』が常に最低最悪を提供してくれると言う自信だけ。
ここまで距離が離れれば連絡の齟齬などで、命令が行き違う事だってあるだろう。
なぜか俺が財宝の隠し場所を知っているとか吹聴されていたり……そんな『偶然』だって考えられるのだ。
そして、皆には護衛にすら言えない秘密が俺にあると思って貰った方がいい。
全員だ!
全員を『偶然』に巻き込んで。
俺と一緒に踊って貰う!
「では、早速敵を釣り出しましょう。私たちは、明日の朝一番に街を出て先行します。もし何かあった場合は来た道を戻りヤッガランさん達に合流します」
「いや、危険だ! 我々と一緒に出発すべきです」
「それでは流石に人攫い達も襲ってくれないでしょう? 人攫い共を一掃するチャンスだと思って頂ければソチラにも利があるのでは?」
「馬鹿な! 危険過ぎる! たった二人、囲まれたらどうするつもりなのです? 妖獣殺しと言えども守り切れる物ではありません」
そんなヤッガランさんの悲鳴に田中は獰猛な笑みを見せる。
「見くびって貰っちゃ困るな、俺は勿論このお姫様だって並じゃない。本気で走れば馬だって追いつけるか怪しいモンだぜ」
「ご冗談を! いや……本当なのですか?」
「エルフの魔法って奴だな、並じゃないぜ? とんでもない使い手だ」
田中の言う通り。俺もピルテ村の戦闘で自信が付いた。まともな人間相手なら十や二十は相手にならない自信がある。
俺は笑みさえ浮かべ、凄んで見せる。
「我らをたかが二人と侮るならば、数に勝る帝国を我々エルフが幾度も打ち破った原因を彼らは目の当たりにするでしょう」
「しかし! 帝国には新兵器があるのでしょう? 魔法を無効化すると言う」
「それを使ってくれると言うのなら願っても無い、その正体を見極めて見せます! その為の田中と、それにあなた方です」
「そこまでの覚悟がお有りか!」
覚悟も何も、俺の『偶然』からは逃れる術は無い。あの霧は一体何なのか? その正体は早くに知って置きたい。
敵の出方をみるよりは打って出た方がずっとマシ。
「そうと決まれば、後はよろしくお願いします。タナカ! 行きましょう、明日出発となれば忙しくなります」
そう言い残し、俺と田中は詰所を後にする。
扉を閉める際振り返れば、残されたヤッガランさんが頭を抱え突っ伏していた。
「大丈夫、彼は信用できる」ライル少年が呟く様な声が頭の中で聞こえた気がした。
しかし俺の心配はそこには無い。心配なのは、その優しい彼が俺の『偶然』で死んでしまう事。
職務と倫理観の間で悩み、影が有るその姿にどうにも不安を感じずには居られなかった。
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