死憶の異世界傾国姫

オルティナ姫

　魔道具屋で魔石を捌いた翌日。

　今日は予定通りに図書館だ。

　ちょっと早起きし過ぎて、まだ開館してなかったのはご愛敬。

　仕方がないので図書館前のドリンクスタンドで一服しながら田中と二人、今日の予定の確認だ。

「取り敢えず、ジャンジャン本を持って来て下さい」

「あ？　ああ……」

「で、一瞬で読み終わりますから、すぐに元の場所に戻してください」

「は？」

　まぁ意味が解らんよな。

　参照権は目と脳で認識出来れば記憶したも同然。

　王宮の図書室は膨大な蔵書を誇っていたが、俺が足繁く通ったのは幼児期のほんの数ヶ月。

　その後数年掛けて参照権で本を読んだのだ、今回も同じ方式で行く。

　甘いミルクの様なドリンクを飲み干すと、俺は開館と同時に図書館へ突撃した。

◇　◇　◇　◇　◇　◇　◇　◇　◇

「あんなんで全部覚えたってホントかよ？」

　今は昼過ぎ、田中と差し向かい、遅めのランチを頂いている最中だが、疑問の声まで頂く事に。

「勿論です、ただし、ザッと記憶しただけなので。今読んでいます」

　返事をしつつ、野鳥の肉を切り分ける。

　慎重に。

　大丈夫だとは思うが、どうしたって恐鳥（リコイ）や、髪の色が変わった原因のブーブー鳥を思い出す。あの時は数日寝込んだからな、トラウマだ。

「つったってよぉ、ペラペラやってただけにしか見えなかったぜ？」

「それで良いのです」

　意を決して小さな肉片を放り込む、旨い！

　一度味わえば調子に乗ってどんどん食べてしまう。我ながら何も成長していない。

「心配要りませんよ、流石に全部は無理でしたが、重要な本は記憶できました」

「まぁお前が良いなら構わねぇけどよ」

　立派な図書館の割に肝心の蔵書は千程度。紙が貴重っぽいので仕方無いのだろうが、あれで王国指折りの図書館と言われるととんでもなくしょぼく感じてしまう。

　図書『館』とは言わないだろ。

　みっちり並べりゃ一部屋に収まるぞ。

　宗教本が大半で、それらはメジャー所だけ押さえれば十分。

　となると読むべき本はそう多くない。

　地図や歴史、自然科学、なにより魔法や魔道具についての本である。

　とは言っても、エルフを上回る技術も、目を引く知識も存在しなかった。

　では、空振りか？

　違う。

　知識を仕入れるのが目的では無いからだ。

　重要なのは、今『俺が持つ知識にどれだけの値打ちがあるか』だ。

　解ったのは、まず間違いなく回復魔法なんて禁忌のシロモノ。コレだけで貴族は目の色を変える。便利な傷薬として監禁待ったなしだ。

　更に、呪文が無い魔法。魔道具から再現したアレコレも軽々しく公開して良いかは怪しいモノだ。

　たとえば村で使った魔石の精製や革をなめす魔法。

　あれらはエルフの技術の結晶である、魔道具から回路を再現した俺だけの魔法。

　つまり、回路を知っている俺なら魔道具を再現出来てしまうのだ。

　下手に見せびらかせば、大変な目に合うに違いない。

　何しろ俺は『忘れられない』。

　拷問でもされれば、エルフの技術の秘奥、全部曝け出してしまう恐れがある。

　魔法の知識だったら人間に知られた所で何の影響も無い、何故ならどうやっても使えないからだ。俺の命だけの問題。

　対して魔道具の知識は魔石などが揃えば人間でも扱える。拷問をしてでも知識を吸い上げたい連中は腐る程居るだろう。

　なんの後ろ盾も無い状態で披露して良いモノでは無い。かといって、あまりに出し惜しみするとエルフの価値を疑われてしまう。

　なにより、エルフから奪った技術で帝国ばかりが強化されてしまう状況は避けたい。

　さじ加減が難しい。

　そして、それ以上に興味が有ったのが、俺の前世に絡みそうな記憶。

　俺は神の言葉を思い出す。

――神曰く

――不治の病を患った少女は不作の折に自害した。

――戦争に行った父の帰りを待つ少年は門で馬車に轢かれた。

――もっと多くの人を巻き込もうと、盲目の姫君にした時は国ごと滅んだ

――人間に追い立てられ、最後の一人になった悲しい吸血鬼は愛した男と心中した。

――砂漠の歌姫は政争の道具にされた末に暗殺された。

――古代人の末裔だってやったし、さっきの皇帝の息子や、龍子もそうじゃ。

――運命予報を見て、因果律の強い、ちょっとやそっとじゃ死にそうに無い奴を選んで転生させた！

――以上、抜粋終わり。

　参照権は神界での記憶も保持している。

　一字一句間違いはない。不治の病の少女はプリルラかもだし、門で轢かれた少年に至っては、ライル君で間違い無いだろう。

　問題は残り。盲目の姫君に吸血鬼、歌姫、帝国の王の息子に、土地神の龍子。

　そうそうたる面子だ、コイツ等の情報が少しでも欲しい。

　勿論、薬草を集めていたシルフ少年や天才魔法使いのパルメスちゃんみたいな神が話題にしなかった者も居るだろうが、それを考えても仕方が無い。

　神が話題にしたほどだ、とりわけ強力な運命だか因果律だかを持っていたに違いない。

　そうして調べれば、スグに見つかったのが、ビルダール王国のオルティナ姫に関する記述。

　参照権で分厚いビルダール王国史を目の前に浮かべると、ペラペラとめくった。

　オルティナ姫は絶世の美人と謳われるが、幼少期は手が付けられないやんちゃな女の子と言われていた。

　それが十二の時に大病を患い失明してしまう。

　それをきっかけに心優しい少女へと変貌、国中を見て回り、様々な伝説を各地に残した。

　或いは洪水を予見したとか、飢饉の際に解っていたかの様に食糧を備蓄していたとか。

　そんな超人じみた伝説だけでなく。貧民に優しく、死んで行く者を抱きしめ涙したと言う言い伝えが各地に残されていると言う。

　そんな彼女だが、最期は断頭台の露と消えている。

　当時、庶民から絶大な人気を誇った彼女を魔女だと糾弾したのは実の兄である第一王子。政争の果て、後継者争いに絡む謀略とされているが、事実は判然としない。

　結局は、姫を支持していた民衆の暴動が頻発し治安が悪化。第一王子も暗殺されてしまい国は荒れに荒れた。

　なんとその時、ビルダール王国は事実上滅んでいる。

　オルティナ姫の従妹を名乗る少女をビルダール王家の系譜として再興したものの。その際の混乱が元で、いまだに帝国と国力に差を付けられたままと言う。

　盛りだくさんだ。

　うさんくさい事この上ない。

　……うん、コレ間違いなく俺の魂の仕業だわ、間違いない。

「おい、どうした？　ボーッとして」

　あー五月蠅いな気が散る、俺は参照権でめくるページの手を止め。田中を睨む。

「何です？　邪魔しないで下さい！」

「いや、俺は食い終わっちまったし」

　知った事かよ。

　だが、このまま二人で居ても暇な田中が五月蠅そうだ、今日は別行動として俺は宿屋に引っ込もう。

「すいませんが、今日は別行動としましょう。私は宿屋に籠もっています。明日の会見までに今日読んだ内容の整理をしたいのです」

「……まぁ良いがよ」

　そうして店を出ると、宿屋の前まで送って貰う。

「じゃあ、俺は行くからよ。部屋でジッとしてろよ」

「解りました」

　何せどっからでも『偶然』が襲って来る身だ。一人で出歩こう物なら一瞬で絡まれそうだ。

　そうやって人目を引くのも悪くは無いが、リスクばかりが大きいだろう。何より今は大量の情報を整理しなければならない。

　心配そうに何度も振り返りながらも街路に消えて行く田中を見送ると、扉を開けて宿屋の中へ。

「ああユマ姫様！　今日は早いお帰りだねぇ、ライルのお話、今日も聞かせてくれないかい？」

　帰ったそばからナーシャお婆ちゃんに見つかってしまう。

　ライル君の話をせがまれると長くなる、今日はご遠慮願いたい。

「スイマセン、体調が優れず部屋で休もうと思っているのです」

　苦笑混じりに断って、さっさと部屋へと引っ込もうとするが。

「そうか……残念です、私も姫君にライル君の話を聞きたかったのですが」

「ヤッガランさん……」

　そこで門の責任者、ヤッガランさんから声を掛けられるのだった。