湖で誘うもの
パチャパチャ
俺は湖畔の岩場に腰かけて、足だけ湖に浸して水を蹴る。
湖に来たけれど泳ぐなんてとっても無理だし、俺にはこれが精一杯。
不健康な俺の事、真夏に外出するだけで一大事。
今だって、このままでは夏の日差しでやられてしまう所を「お体に障ります」とピラリスが寄って来て葉っぱで出来た傘を開いてくれた。
なんとも申し訳ない所だ。
なんにも出来ない俺に付き合わせてしまっている。
ここ数日でいろいろ試したが、本当にこの程度が限界なのだ。
別荘に到着した俺は、部屋に着くなり寝てしまった。
気が付けば夜。しっかりパジャマに着替えさせられていた。
なんとも……うん、まぁ我ながら幼児だな。
幼児と言えば、ホントに幼児なのは妹様ことセレナ(二歳)なのだが、いちいち確認しないと不安になるぐらい二歳とは思えない。
部屋でダウンした俺と違い、竜籠による二日の移動の後にも係わらず、セレナは待ちきれないとその日の内に湖に遊びに出かけたらしい。
絶対的な体力の違いを感じる次第だ。
さんざん遊んで、ぐっすり就寝したセレナと違い、俺は夜中に目が覚めた。
台所に乱入したり、汗くさいと深夜にお湯を要求したりと、わがままプリンセスぶりを発揮してしまった。
まっこと申し訳ない。
と言うか奇行が目立つ姫と思われてる節が有る。
わがままと思われている程度ならまぁ良いが、ひょっとしてキチキチプリンセスなのではないだろうか?
二歳児以下の問題児。
……不運に殺される前に、いっそ自殺を検討した方が良いのかもしれんな。まっぴら御免だが。
「いい天気ですね」
「!?」
ピラリスに突然話しかけられてビックリした!
「ええ、でもこう暑くては……お天気が良すぎるのも考え物です」
あまり向こうから積極的に話し掛けてこないもんだから、声が上擦る。
しっかし、この世界の太陽は確実に殺しに来てる。なんせ前世の太陽の四倍近い大きさに見える。
この大きさなら、むしろこの程度の気温で済んでいるのが不思議なぐらいだ。
ファンタジー世界なら、いっそちょうど良い気温に固定してくれないモノか。
俺は恨めしげに空を見上げる。
「なぜこんなにも暑いのでしょうか?」
「これでも、百年単位で記録を調べると、昔より少し気温は下がっているそうですよ?」
「そうだったの……ピラリスは物知りね」
「勿体無いお言葉に御座います」
マジで初めて知ったな。
色々本を読んだのだが知らない事は多い。
いやはや、これでも涼しくなってたのかよ。
……あ、参照権先生で調べるとその話聞いたの3回目だって。
俺の記憶力、前世より明らかに下がっている。
幼児化の影響か?
いや参照権先生頼みに、記憶を放棄しているフシがあるなぁ。
「…………」
「…………」
――パチャパチャ
「…………」
「…………」
背中にピラリスの視線を感じる。
と、言うかだな、今の俺、よほど退屈してると思われてるな。
退屈どころかここ数日、妹様とボートでキャッキャウフフとデートかと思いきや、風の魔法でジェットスキーみたいな速度で岸辺に激突したり、二人でヤドカリを突いてたら俺だけ指をはさまれたり、兄様に泳ぎを教わってる途中でやっぱり力尽きたり、サザエみたいな巻貝を焼いて食べようとしたら怒られたり。
イベント的なものはもうお腹いっぱいだ。
そして、体力的にも限界だ。
お母様も最初は泳いだりもしたけれど、ここ数日は別荘でお休み。父上はたまに泳いでこそいるものの、別荘でもお仕事が有るらしく大変だ。
王宮と違って別荘だとお仕事しているのが解るので、ますます生誕の儀のゼスター氏へのヘイトが溜まって行く。
「せっかくだから父様はもっと休めば良いのに」
「仕方ありません、王には戦後処理がありますから」
戦後? 戦後って?
首を傾げると、ピラリスは驚くべき事を教えてくれた。
「知らなかったようですね。我らが王国はたびたび西の無能から侵略を受けています」
西の無能? それって帝国か!?
人類の巨大国家である。
え? エルフって人間と戦争してたの?
「いつの間にです? 知りませんでした」
「それはそうでしょう、一人も死んでないですからね」
えぇ? 一人も死なない戦争ってなんだよ?
「考えてもください、ここまで来る道。狭いと思いませんでしたか?」
「狭かったですね……」
大きな竜篭はすれ違うスペースもなかった。
「森を切り開いても、すぐに木々に飲まれてしまいます。森に住む我らであってそうなのです。やつらに兵站を維持するのは不可能でしょう」
「た、たしかに」
「慣れない森、細い獣道を掻き分けて進軍すれば当然、魔獣に襲われます」
「あぁーー」
「そうして辿り着いた先、ヘトヘトになったやつらは、我々の魔法で鴨撃ちにされるのです。こちらに被害が出るはずがありません」
「そ、そうですか」
一人も死んでないってエルフが、か。
逆に帝国は何人死んでるか見当もつかないな。
これ、滅茶苦茶恨まれてるんじゃないか? ってか、そもそも何でそんな無謀な戦争を吹っ掛けてくるんだろう?
「やつらは、我々を化け物のように思っていますからね。退治したらご褒美でも貰えるのではないですか?」
「はぁ……」
確かに、ありそうだ。
エルフは魔法を使える。人間は使えない。森に巣くった奇妙な種族。不気味に思っても無理はない。
日本人的には、大江山の鬼みたいなモンだろう。
そう考えると、エルフの国を出て、『偶然』を避けながら気ままに暮らすなんて無理無理じゃん。
俺は露骨に落ち込んだ。
下手すれば家族を不幸に巻き込んでしまう。
止めだ、止め! 俺は気分転換に小説でも読み漁る。もちろん『参照権』によるプロンプターで。
「お寂しいですか?」
そうしていると、ピラリスに心配されてしまった。
折角の避暑地。父様とも遊べず。
何も無い空間をボーッと見つめていれば、そう思われるのも無理がない。
「うふふ、大丈夫、これでもわたくし、楽しんでいるのよ?」
とりあえず、心配させないようにお嬢様っぽく上品に振る舞っておくか。
「さようですか?」
「ええ、お部屋では本ばかり読んでいるでしょう? こうして外の景色で見ているだけで、あの本のあの場面は、こんな景色だったのかな、と考えてしまいますの」
「なるほど、本……ばかりを……?」
あっ! マズった! 余計な事を言って、変なヤツだと思われてしまった。
「し、しかしながら……ユマ様はそれほど本を読んでいる様には思えないのですが……」
そう、俺は本を開いてる時間は少ない。でも、今も本を読んでいるんですよね……参照権プロンプターで!
コレはもう、魔法の先生以外にも瞬間記憶能力持ちだって通すしかないだろう。まぁ、似たようなモノ。
ピラリスになら教えても損は無い。
「あら!? わたくし図書室で本を記憶して、お部屋でずっと読んでいるんですよ?」
「え? 本を……記憶?」
「ええ、本の内容を取り敢えず全部記憶するんです。それでどんな内容だったかなと後でお部屋でじっくり読むようにしてるんです」
「ま、まさか何時も本をペラペラとめくってらっしゃるのは!?」
俺氏、本をペラペラめくるのが趣味の変人だと思われていた!?
魔法の先生は気付いていたよ。
黙っているようにお願いしたけどね。
「え、ええ……じつは私、読んだ本を全部を記憶してるのです」
「まさか、そんな事が……」
「そうで無くては三日前に決まった劇で、セリフを読み上げる事など出来ませんわ」
今度こそお側付きのピラリスは棒でも飲み込んだ様な顔をして後ずさった。
ピラリスは俺の傍に張り付いている。
本のペラペラは辞めたくないし、変人だとも思われたくはない。
と、言うかだ……むしろこの『設定』。匂わせていたので、なんとなく察していると勝手に思っていた。
図書室に行ったと思ったら本を高速でペラペラめくり、部屋に帰ればひたすらボーッとしてる。
うーん、こりゃーキチキチプリンセスだわ。
でもさ、ひ弱だから本を持ち上げるのも苦しいし、書架台で読むのも辛い。一度目に入れてから参照権で読めば寝っ転がっても、なんなら目を瞑っても読める。
この世界、スマホで読書の感覚で、ここまで本を読んでる奴は他に居ないんじゃないかな?
俺の身に何が起こるか解らない上に、健康体ともほど遠いなら知識ぐらいは欲しい。この読書方法がやめられないなら、速読の天才と思われた方がなんぼかマシだ。
異様な天才は妹様が居る。あの妹にして姉有りと思って貰えた方がむしろバランスは取れるんじゃないだろうか?
そういう意味でも妹セレナの存在は有り難い。転生者だと疑った事も何度もある。だが直感として違うとしか思えない、可愛すぎる。
ってか可愛いからセレナが何物でも構わない。殺されても良い、むしろ殺してほしい。
妹セレナの事を考えるとニヤニヤが止まらない。
「ユマ様が時折、何もない場面で突然微笑まれるのも、本の内容を読み直しているからなのですね」
いえ、それは碌でも無いことを考えているときです。
と訂正をしようと振り向いたその時だ、視界に蛙が映った。
なんだろう? 気にかかる。
この世界には不思議な生物が多いがその中でも取り分け気持ちが悪い。
「ねぇ、そこにいる蛙、毒は無いのかしら? 小さいけど赤くて棘が生えてて気持ちが悪いわ」
「蛙? どこかに居ますか?」
え? 割と近くに居る。俺は指もさしているし、見間違えるような距離じゃないはずだ。
じゃあ参照権見せる幻影?
でもこんな蛙の画像、俺は望んじゃいない。
しかも現実の岩の上にちょこんと座っている。
この蛙の記録は? 参照権に反応なし、正真正銘の初見の生き物だ。
「本当に見えませんか? そこの岩の上に小さくて赤くて気持ち悪い蛙が、あっ!」
――ポチャン
俺を嘲笑うように、蛙は湖の中に消えていった。
「いえ、そもそも棘が生えた蛙など、寡聞にして知りませんが……」
何度でも言う。ピラリスは物知りだ。
このあたりの生物は調べ上げて来ている感がある。なのに、棘の生えた蛙など知らないと言う。
……なんだろう気になる。
いや? なんで気になるんだ?
ただの蛙だぞ?
――ポチャン
不思議と、俺は、蛙を追いかける様に、湖に、入っていた……
「姫様? 行けません! 本当に毒がある蛙かもしれませんよ!」
――バチャバチャ
なんだろう?
俺はあの蛙を追いかけなくてはいけない。
『わー蛙だ―』
はしゃぐ少女の声が聞こえる?
遠くから。
いや、俺の? 声か? 俺が? しゃべったのか?
「姫様? その先は深くなっているので危ないですよ! 姫様!?」
『うふふふふふふ』
誰かの笑い声が聞こえた気がした。
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