【第1章】encounterー出会いと過去ー

第2話 交錯しだす運命


ある少女は言った。

 『私は妖怪と喋っていた。妖怪はこの世に存在する。』

 

 それを聞いていた少年、琴上人は思った。

 

 そんなのは知っている。

 お前がその世界にいることも俺は知っている。

 だが、なぜ話す?

 言ったらヒトに避けられるだけだろう。

 

 少年の疑問は続けて口を開いた少女に返答される。

 『妖怪は悪いものなんかじゃない。』


 少年は耳を疑った。

 それだけは少年には理解できなかったからだ。

 その少女、幌先鈴蘭は涙目で教室を見渡していた。

 

 この出来事があってから一ヶ月が経とうとしていた。

 病院に行ってから数日後、鈴蘭に何の変化が訪れたのか平穏に過ごすようになっていた。


 そんな様子を見守りつつジンには一つの疑問が残り続けていた。


 「妖怪は悪いもの・・・だろ?」


 休日の朝、修行を終えて自室で寝転がり一人呟く。

 ジンは考え込んでいた。


 どれだけの日数が経とうと、どれだけの朝を迎えようと鈴蘭の言葉の意味はジンには分からない。

 

 それは当然のことであった。

 

 琴上寺一族。

 それは古くから妖怪退治を裏で行ってきた一族。

 数百年以上も前からここ琴上寺を拠点として活動している霊能者の家系だ。


 その未来の当主候補として名前が上がっているのがジンである。

 

 そのためジンは妖怪は悪しきものとして教えこまされ成長してきたのだ。


 そして幾度なく妖怪を退治してきたのだ。

 

 そんな時に現れた鈴蘭という存在にジンは動揺するしかなかった。


 だが、一族の決まりで例外を除き他人に家の話をしてはならない、という決まりがあるためジンには疑問を解消する術はなかった。


 そして今日も疑問の答えは出ずジンはモヤモヤした気持ちで一日を終えるのであった。

 




 陽太に妖怪が取り憑いたあの日から一週間ぐらいがたっただろうか。


 鈴蘭は一歩踏み出す決心をした。


 意地を張って仲良くなることを放棄していたが最近はそこそこクラスに溶け込んできている。


 姿を現すようになった妖怪とも周りに気付かれないように接するようになった。


 どうやら鈴蘭の家の近辺には良くないものがあるらしく妖怪が集まりやすいそうだ。


 そのため日替わりで妖怪が家に出入りしていることを知る。


 ただ百年ほど前から住み着くようになった座敷童子だけは鈴蘭の家に住んでいる形だ。

 

 一定の距離を取りながらも鈴蘭は着々と妖怪と人との関係性を深めている。


 だが、そんな鈴蘭はある悩みを抱えていた。

 

 いくら妖怪と仲良くなろうとも高い霊力を持つ鈴蘭は妖怪に狙われやすい。


 退治しなくとも自分の身は守りたい。


 しかし鈴蘭には霊力の使い方や抑え方がまるで分からないのだ。


 月花や陽太に力の使い方を教えて欲しいと頼むものの鈴蘭はそもそも覚醒していないらしくそれでは力を使えないとのこと。


 月花曰く感情が起因して力が目覚めるものだという。

 

 「うーん・・・」


 「どうしたんだい、今日はよう項垂れているけど。」


 自室のベッドで左右を行き来しながら考え込んでいた鈴蘭に座敷童子は声をかける。


 「いやあ・・・力、目覚めないかなあーって」

 「月花とやらの話かい。」


 「そう。このまんまだったらいつか喰われちゃうよ。」

 「そうだな。私でも食べれそうだわ」


 怪しく嫌な笑顔を見せる座敷童子。


 「いや、笑えないから、その冗談」

 「フフッ、ホントに冗談かな」

 「いやホントに笑えないから」


 苦笑いしながら応答する鈴蘭。ため息が出る。


 「正統な霊能者いないかなあ」

 「なんだいそれ」


 「月花さん達は特殊な霊能者なんだって、生まれた時から素質があった訳じゃなくてちょっと事情があってチカラを手に入れただとか」


 「ほう?どんな事情だろうね」


 「しらないよ、霊力を手に入れる事情とかなんのメリットもない。」


 「そうとは限らんだろ。お前だって今欲しってるじゃないか」


 「確かに、あれば悪い妖怪に苦しめられたり奇妙な体験に出くわさないかもだけど、ないに越したことはないよ。なにも知らずに平凡な日常を過ごす人だっているんだから。力があればどちらにせよこちら側に寄り添わないといけない。」


 「なるほどねえ。で?正統な霊能者を見つけてどうすんのさ」


 「力の使い方を聞く!どうやって、覚醒したのか知りたい!」


 「人によって違うかもだぞ?」


 「でもヒントにはなるはずなんだよね。」


 「まあそうだろうね。」


 「百年前からここにいるんでしょ?なにか知らない?この辺の霊能者!」


 「さあね。正統であればあるほど力を隠すものだからね。表社会で生き抜くためにさ」


 「そうなの?」


 「見つけられたら聞けばいいさ。」


 「ふーん。ホントは知ってるでしょ」


 唐突に話を終わらせようとした座敷童子に違和感を感じ、鈴蘭はすかさず突っ込む。


 「まあ、知らない訳では無いかな。アテはあるよ。」

 「ホント!?」


 飛び上がり目を大きく開き興奮する鈴蘭。


 「よく灯台もと暗しって言うだろ。足元照らしてごらんよ。」

 「わかった!」


 なにを思ったのか鈴蘭は小型のライトを取り出し自分の足元を照らす。


 「・・・そうじゃない」

 流石の座敷童子も困惑だ。


 「違うの!?わかりやすく言ってよ!」


 「はぁ。意外と自分の近くに存在してるかも知れないぞ。知り合いとか。」


 「え?私友達いないよ?」


 「知り合いぐらいいるだろ、クラスメイトとか近所の人とか」


 「え?ああそういうことね。」


 「まあ、がんばりなさいな。私はちょっと疲れたから消える。」


 「うん!ありがとう!」


 「お前に疲れたんだが感謝されると謎だな。」


 「え?どういうこと?」


 「あーもういい。じゃあな」


 質問攻めの鈴蘭に疲労したのか座敷童子は姿を消す。


 疲れ切った座敷童子とは真逆にやる気に満ち溢れた鈴蘭は明日から霊能者を探そうと意気込む。


 「よし!やってやるぞ!」

 自室で一人ガッツポーズを決める鈴蘭。


 「色んな意味で霊能者見つけてもらいたいものだ。」

 質問攻めにも困るし何より絵面が寂しすぎる。


 そんな思いで座敷童子は少しの間鈴蘭を離れたところで見守ることにしたのであった。





 

 翌日。

 「行動あるのみ!まずは観察からよね」


 すっかりその気になった鈴蘭。


 まるで探偵になったのではないかと言うような感じだ。

 やはりこの辺は小学生なのかもしれない。


 いや現状を受け入れて顔を覗かせた鈴蘭本来の性格なのかもしれない。


 どちらにしろ、以前のような悲しい素振りや苦しむ素振りは今の鈴蘭にはない。


 学校に着くと早速ジンに話しかけられる鈴蘭。


 「おっはよー!鈴蘭!今日も可愛いな!」


 「なにそれ、全く嬉しくないんだけど。」


 「なぬ!?友達になる魔法の言葉が効かない!?」


 「なんなのよ、くだらない。どーせ昨日テレビかなんかでやってたんでしょ」


 「お前・・・エスパーか!?」


 「いつも同じパターンだから分かっただけよ。で、私に話しかけてないで宿題やんなさいよ。」


 「な、なぜやってないとわかった!?」


 「それは俺でもわかるぞ、アホ」

 話を聞いていたのか海が声をかけてくる。


 「海だって俺とあんま変わんないだろ!」

 「こないだの小テスト俺の方が高かったし」

 「一点だろーがぁああああ!」

 「たかが一点。されど一点。」


 「相変わらず低レベルね。私の席の周りでやらないでもらえる?アホになりそう。」


 「うわっひでぇ!じゃあ鈴蘭は何点なんだよ!」

 「満点。当たり前でしょ?」

 「くわあっ!!参りましたー!」


 「はいはい、そろそろホントにやんないとまずいよ。茶番は終わり。さっさとやりなさい。」


 「へーい、終わったらまた構ってくれよな」


 そう言いながらジンは自席へと戻り宿題となっていたプリントを出す。


 解答を聞きに来ないあたり意外と真面目な側面が伺える。

 

 琴上人。


 この町にある寺の子供。容姿は平均的だが整った顔立ちをしている。そのためか女子からの人気も高い。またムードメーカーであり、みんながすき好むタイプの人間だろう。

 

 クラス内では野村海と仲が良く二人揃ってクラスのお調子者といった感じだ。海のほうは比較的真面目であるがジンといるとはしゃいでしまう傾向がある。ジンのことをとても大切に思っている少年だ。

 

 二人の分析を終える鈴蘭。


 まず二人は霊能者とは程遠いような気がした。


 ジンに関しては家柄やこの間発した妖怪への決めつけたような台詞から怪しんでいたが感情が起因する霊能者としては違うような気がしたのだ。


 喜怒哀楽が激しいというよりもひたすら純粋で子供というイメージが鈴蘭の中にあったからだ。


 だが、これはあくまで鈴蘭の先入観でしかないのだが鈴蘭は霊能者候補として二人を除外して考える。


 「それにしても最近お前変わったよな。」

 霊能者のことを考えていた鈴蘭に海はさりげなく言葉を発する。


 「そうかな。」


 「ああ。前はジンや俺の事を構う気なんてなかったろ。それにほかの連中にも接するようになってきた。良い変化だと思う。」


 「そう?ありがとう。」

 「ああ。まあ・・・よく思ってない奴も居るみたいだけどな。」


 海は一瞬モモコの方を見やる。


 つられて鈴蘭も視線を向けるとモモコはあからさまに視線を逸らす。頬を膨らませ気に入らないというような表情が伺える。


 「まあ私が撒いた種だし。なんとかしてみるよ。」


 「そうか。まあどちらにしろ、ジンとは仲良くしてやってくれ。あいつ、なんか・・・お前の事・・・なんだろうな、気に入ってる?みたいだからさ。」


 「う、うん。そうみたいね。」


 「あ、いやそういうんじゃないぞ?・・・たぶん。まあ仲良くしたがってるからさ」


 「野村くんはよく周りを見てるんだね。」


 「いやあ・・・なんかよく視線感じるってだけなんだけどな」


 「視線?」


 「あ、いや、なんでもねえ。じゃあそろそろ戻るわ。」


 そう言って鈴蘭に背を向ける。

 鈴蘭は少しその背中に違和感を覚える。

 

 「なんか・・・黒い」

 霊能者ではない。だが、なんだか嫌な予感がした瞬間であった。

 

 もしかしたら良くないものが取り憑いてるのかもしれない。


 一刻も早く霊能者を見つけ、覚醒しなければならない。

 そう鈴蘭は感じた。

 




 放課後。

 鈴蘭は周りを観察していたがそれらしい人間は見当たらなかった。


 「やっぱいないのかなあ」

 「誰か探してるの?」

 鈴蘭は声のした方へと目を向ける。


 鈴蘭に話しかけたのは意外な人物であったため目を疑う。


 「モモコ・・・ちゃん」

 「えっと・・・そんな顔しないでよ。いちおうクラスメイトなんだし。」


 前回のこともあるため鈴蘭は一瞬嫌な顔をしてしまったのだろう。モモコに指摘される。


 「そ、そうだよね。ごめん。えっとあの、私謝りたいことがあって・・・」


 前回のことは鈴蘭の態度も悪かった。それをずっと謝ろうとしていたのだ。向き合うために。


 「ううん。別に気にしてないよ。」


 まだなにも言っていないのに言葉を返される。鈴蘭は動揺するしかない。


 「え?」

 「ジンくんのことだよね。いいよ、もう私諦めたし。」


 「え?いや、そうじゃなくて」

 どうやらモモコはなにか勘違いしてるらしい。


 厄介な流れになる前に訂正したいところだ。

 「それよりさ、鈴蘭ちゃんに来てもらいたいところがあるんだ〜」


 だが訂正する前にモモコは切り出す。


 そしてモモコは強引に鈴蘭の手を引っ張る。

 「いたっ、ちょっとまってよ!」


 「いいからいいから。たぶんジンくんも来てると思うよ。妖怪がどうとかーって言ってたし。」


 「妖怪?」

 「鈴蘭ちゃん、そういうの詳しいでしょ。二人で何とかしてよ」


 「あ、いや私は」

 力なんて使えない。

 そう断ろうと思ったが鈴蘭にはどうしても引っかかることがあった。


 「ジンくんって妖怪のこと詳しいの?」

 「さあ?来たらわかるよ!」

 やはりジンは霊能者なのかもしれない。

 確かめなければ。

 

 鈴蘭の頭の中はそんなことでいっぱいだった。

 




 宮ノ森桃子。


 クラス内で発言力を強く持つ女子。


 妖怪や幽霊などは一切信じることは無くそれを信じる鈴蘭を気持ち悪いとまで吐き捨てる。


 顔立ちは特筆して良く、恵まれた身体能力、学力、社交性、財力を持ち合わせていて親からの信頼も厚く、先生方や大人の注目の的。頭が回る分悪行を叱ることが難しく陽太は手を焼いている様である。また親も大手企業に務めておりいわゆる高スペック女子。誰もが憧れる人間である。


 周囲の人間を動かしたり、虐めたり、影響力の高さはそのカリスマ性からきているものであろう。


 それ故に全てを手に入れたいという願望が彼女にはある。

 どんなこともそつなくこなし好きなものはなんでも手に入る。苦労したことも無い。挫折も屈辱も味わったことの無い彼女。誰よりもプライドが高い少女。その彼女を鈴蘭は唯一対抗出来る少女だったのだ。


 成績が高く見た目にも恵まれている鈴蘭。


 唯一モモコにとって天敵となりうる存在だったのだ。ただ、鈴蘭にはカリスマ性や社交性が欠落しており周囲と上手く馴染めなかった。ずっとモモコは鈴蘭を陥れようと考えていたのだ。


 そうして起きた鈴蘭の妖怪がいるという発言。

 モモコは好機だと感じた。そしてクラスから孤立させることに成功する。


 だが、それがさらにモモコを苦しめる結果となる。

 意中の相手であるずっと手に入れたいと思い続けていたジン。


 彼は鈴蘭に惹かれていた。

 

 モモコは鈴蘭に嫉妬した。全てに嫉妬した。そう自覚した瞬間だった、モモコは自分で自分を抑えられなくなった。

 

 幌先鈴蘭をこの世から消す。そんな復讐心を抱くようになったのだ。


 そう、モモコにとって鈴蘭は初めて味わう屈辱だったのだ。

 





 「ここは?」

 モモコに強引に連れてこられた場所はいかにも嫌な雰囲気のある使われていない家だった。


 「あれ?知らない?ここの家の人自殺してそれからずっと変なことが起きるんだって。」


 「変なこと?」


 「ここに近寄る人みんな心の病にかかるんだってさ。それも皆口々に誰かに復讐するって言うらしいよ。除霊してもらって治るらしいけど性格が変わるらしいの。普段表に出さない感情を隠せなくなる、とか。」


 「詳しいね。ジンくんから聞いたの?」


 「・・・・・・まあ、いいじゃん。入ろ、多分待ってるよ。」

 

 中に入ると寒さを感じる。


 まだ、覚醒していないとはいえ鈴蘭は嫌な気配を感じずにはいられなかった。


 「ここの奥の部屋行って何も起こらずに帰ってこれれば問題ないらしいよ。」


 「そうなんだ」


 歩みを進める。

 家具などはなにもない。比較的いい物件なのか綺麗にされている。


 「あんまり怖くないでしょ。」


 「うん、よくテレビで見るような廃墟にはなってないんだね。」


 「そりゃそうだよ。つい最近だもん。」

 「そう・・・なんだ。」

 なんだか物凄く嫌な感じはするが特になにも起きはしない。


 ただ隣にいるモモコの息が上がっているようなそんな気がしてならない。


 そう感じた時鈴蘭は確信する。

 この家にも嫌な気配はある。


 だが発生源は、このとてつもない嫌な感覚は、隣にいるモモコから発せられている。


 「はぁはぁ、もうダメ。」

 「え?」

 急にモモコは足を止める。奥の部屋は目の前だ。


 「早く、早く、やっちゃってよ!!」


 「何、言ってるの?」


 「アハハハハハハ!!!そうだ、私がやればいいんだ。」


 鈴蘭はモモコから一歩離れる。

 モモコの表情が酷く歪んだからだ。


 「モモコちゃん?」

 「ジンくんなんていないよ?」

 「え?」


 「あんたもジンくん好きなんでしょ?釣られてくれて助かったよ。」


 「私別にそういうつもりじゃ・・・」


 「うるさい!!あんたさえ居なければ、私のモノになるはずだったんだから!」


 「なに言ってるの!?落ち着いてよ!さっきからおかしいよ!取り憑かれたの!?」


 「フフッ、まだ妖怪ごっこ続けるの?まあいいよ。私も最近妖怪、信じるようになったから。」


 「どういう・・・」


 問いかける必要はなかった。


 モモコの影はもう人のそれではなかったのだ。


 「私アンタがずっと気に入らなかった。なにも出来ないクズが、私と同じレベルのことができるなんて。許されない。私が持ってないものを私が欲しいものを、ジンくんを奪うなんて!!」


 「ここの邪念がモモコちゃんに力を与えてるんだね。私にもわかる。奥の部屋には妖怪がいる。私騙されちゃったのか。」

 「そうよ、でも今更気付いても遅い。ここには不思議な力が働いていて中からは出られない。」


 「私仲直りしたかったんだけどね。やっぱりダメなのかな?」


 「アンタを殺す」


 そう言い放つとモモコの影は動き出し実体化する。

 鈴蘭の足元に複数の手のようなものが蠢きながら姿を現す。


 「なにこれ!?」


 その蠢く手は天井から床から家のあらゆる所から出現し鈴蘭に襲いかかり拘束する。


 「この手はね。私と同じ。同じように憎い人たちを呪う手なの。ここの妖怪と出会った人はね、皆内に秘めてる憎い人を呪うようになるの。この手はここに訪れた人の手。今でもこの世界に漂う邪念や憎しみの塊。やっと殺せる。鈴蘭、私のために死んでよ?」


 「こんなことしてもなにも変わらない。」


 「っ!?」


 「悪意のある妖怪と契約しちゃったんだね。よく思い出して、大事なこと忘れてない?」


 「・・・覚えてるわよ、この手の一部になる。構わない。」

 「ダメだよ、そんなの。」


 「くっ!!アンタ状況分かってんの!?私のこと心配してる場合じゃないでしょ!!」


 「・・・私はモモコちゃんともっと話したい。仲良くなりたい。」


 「・・・うるさい。うるさい!!!」

 モモコは怒鳴りながら泣きながら惨めに鈴蘭を殴り始める。


 「ああああああっ!!」

 声にならないどうしょうもない声で叫びながら殴り続ける。

 

 『つまらん、興醒めだ。人間。』

 

 「・・・え?」


 奥の部屋から声が聞こえた刹那。

 鈴蘭を拘束していた手はモモコに襲いかかり首を締め上げる。


 「あ、あぁ、あが!!」

 「我の一部となれ。それで終わりだ。安心しろ、そいつは私が殺す。」


 「いやだ・・・死にたくない!、くる、くるしい。」


 「やめて!!モモコちゃんを離して!」


 「す、ずら、ん、にげて、ごめ、ごめんな、さい」

 首を絞められ正気に戻ったのかモモコは何度もそう呟いた。


 「わた、しも、なかよく・・・なり、たかった、なあ」


 苦しそうな顔を見せながら微笑むモモコ。


 「私が、覚醒してれば、私が、わたしが、ごめん。」


 鈴蘭はその場に崩れ落ち謝ることしか出来なかった。

 「ホントつまらんな。人間。」


 そう言うとモモコを拘束していた手は離れる。


 「絶望が足りないんだよなあ」

 奥の部屋の扉が開かれ二人は絶句した。

 

 「その表情だよ、我が望むのは。」


 そこに現れた少年は紅く染まった瞳、黒く染ったオーラを纏いながら言う。


 「数年ぶりの肉体だ。素晴らしいな、なににも染まらない無の人間というのは。まあ味わいには欠けるがな。」


 「海くん・・・なの?」


 そうその場に現れたのは野村海。誰よりも周りのことを気にする少年。


 そして誰よりも周りからの邪念を集めやすい少年だった。


 「この人間は契約を上書きした。我に身体を譲渡することで二人を解放させる。モモコ助かったな。貴様が暴走していれば完全なバッドエンドだったんだがな。そら、帰れ。興醒めだ一日のみ見逃してやろう。」


 「な、なんで?なんで、海が・・・」


 モモコは困惑した様子で完全に停止している。


 逃げられる。とはいったもののこの状況。放っておけない。

 それが鈴蘭の考えだった。


 どうしてこうなったのか、全く鈴蘭には理解でないが海は今とても危険な状態にある、それだけは分かった。


 「ほう?娘、鈴蘭といったな。アイツの孫か」


 「私のこと知ってるの?」


 「我を助けた愚かな人間、織 詩歌。お前の祖母だ。」


 「どういうこと?おばあちゃんって霊能者なの?」


 「知らなかったのか?なるほど、宿命だけ背負わせたわけか。だが、どうする?お前にも力はあるようだが?止められるか。我を。」


 「力はまだ使えない。けど、きっとあなたとも分かり合える。」


 「ククッまたか。また我を侮辱するか。人間!!」


 手を前に出す海。鈴蘭は目に見えない力で吹き飛ばされ壁に衝突する。


 「気が変わった。我の復讐。第一号はお前だ。」

 「やめて!!海との契約はどうなるのよ!」

 「関係ないな。」


 すがりつくモモコを蹴り飛ばし力を使って鈴蘭を部屋のあちらこちらに吹き飛ばす。


 「凄まじい霊力だ。これだけ攻撃して死なないか。なら喰らってやろう、その霊力もらったぞ。」


 瞬時に鈴蘭の元に移動し頭を持ち上げる。


 「じゃあな。人間。」

 海から黒い影が溢れ出た刹那。


 家の扉が開かれる。

 「消えろ、妖怪。」

 そこには顔立ちの良い鈴蘭のよく知る少年が立っていた。

 そう、ジンである。


 その少年は二本指を前に出し海に向け、念を込める。

 「な、なんだ!?貴様!!」

 「耳障りだ。消えろ。」


 そう言うと二本指を妖怪から天井にスライドさせるような素振りをする。


 刹那。海はその場に倒れ意識を失う。

 天井に目を向けると無数の人間の悪意が形となり龍のような形になる。


 「好都合だ。オロチの一族か。」


 「貴様!!琴上寺のガキだな!!」


 「ああそうさ。消す前に質問だ。親玉は目覚めたか?」


 「知らないな。知っていても教える必要は無い!」


 龍のような影は奇妙な動きでジンを囲む。


 「改心してれば俺だって目を瞑ったのにな。父さんからの命令だ。もう消えるしかないぞ。おまえ。」


 「いくら、先代の龍を倒した一族とはいえ、ガキがなにほざいている!」


 「俺で十分ってことさ。」

 ニヤリと笑いジンは指を掲げ天を指す。

 すると妖怪は天井に上がる。

 「くがぁっ!?」


 「今のお前は人間の悪意と大した変わらない。落ちぶれたな。こりゃ世代交代出来ないわけだ。」


 「貴様に何がわかる!!」


 「わかるさ。俺は次の後継者候補だからな。」


 「なにっ!?」

 ジンは二本指で星を描き念を集中する。

 背負っていたカバンが勝手に開き中から小さな刀が出てくる。


 「それは!?」

 刹那。

 妖怪は姿を消していた。


 「なにが、起こったの?」

 モモコも鈴蘭も唖然とする。

 まったく何が起きたのか見えなかったのだ。

 見えたのは刀を鞘から抜き戻したこと。

 「さ、帰るぞ。」

 カバンの中に刀をしまうとジンはいつもの表情で笑いかける。

 

 海も目を覚ましその場を後にした。





 

 妖怪は退治した。だが、謎は残った。

 なぜ海が妖怪と契約したのか。

 

 それだけは疑問だった。


 歩きながらモモコは複雑そうな顔で切り出す。

 「私が何をしようとしてたのか知ってたんだね。海。」


 「まあな。最近はあんま話さなくなったけど俺とモモコは幼稚園から一緒だろ。なんつーか、わかったんだよ。きっとなにかやらかすってな。」


 「海はモモコ好きだもんなあ」

 「ぬわっ!?なななな何言ってんだよ!」

 「知ってるわよ。そんなの。」


 「はぁっ!?ちげーし。・・・ただ、なんとかしてやりたかったんだよ。」

 「なんとかって?」


 「最初の頃はモモコ、鈴蘭と仲良くしたがってたろ。勉強も運動も見た目も対等なのって鈴蘭ぐらいしかうちのクラス居ないもんな。まあ鈴蘭の方が上で気に食わなくなってきてそんで鈴蘭のあの態度だろ?二人ともどこか似てて仲良くなれるはずだったのに狂っちゃってな。」


 「そうだったんだ。モモコちゃん。ごめん。」

 「やめてよ。悪いのは私でしょ。私こそごめん。酷いこと沢山した。」


 「それはその、私にも悪いところあるし。」


 「なーら、お互い様だな。陽太もいつも言ってるしな!喧嘩はどっちも悪い!認めあってこーってな!」


 「ジンのくせにうまいまとめ方すんなよ、気持ちわりぃ」

 「んだよ!俺だっていいこと言うわ!」


 「で?お前のあの力なんだよ。」

 「それは言えない。」

 「なんでだよ。」

 「家の決まり的な?」

 「いや、オレら三人とも見ちゃってるし。」

 「何を?」

 「は?お前がなんか妖怪と戦ってるところだよ!」

 「妖怪?何言ってんのお前?妖怪なんているわけないじゃん。」


 「は?え?いやいや。じゃあ刀!銃刀法違反だろ!」

 「刀?マジ何言ってんの?」

 「おま、」

 刹那。モモコと海はその場に倒れる。


 「え?なにしたの?」

 「眠らせた。これで確証を持って俺に妖怪関連の話を聞けない。普通の人間として生きていける。」


 「どうしてわたしを眠らせないの?」


 「霊能者には隠す必要は無い。例外だからな。家の掟の。」


 「私は霊能者なんかじゃない。妖怪も人もまだ誰も救えてない。」


 「妖怪は害だ。救う必要なんてない。人間もそうだ。害を生む。あそこまでの邪念。あれがなければあの妖怪は悪行をしなかったかもしれない。人間にも妖怪にも救う価値はない。」


 「ならなんで力を使うの?」


 「そういう力だからだ。それだけだ。」

 「なにそれ。」


 「そういう家なんだよ。こればっかりはどうしょうもない。妖怪や霊能者を表沙汰にはしないようにする。それが家を守るため。悲願は大妖怪全てを消すこと。」


 「大妖怪?」


 「この世界全てのいや、日本だけかな。妖怪や人間の悪意を食い物にする妖怪の核。それらを消せば妖怪は全て消える。」

 「でも人間の悪意は消えない。」


 「知ったことか。人間の悪意が妖怪になるのならそれは人間の責任だ。今回は人間の悪意を取り込んだ妖怪が行ったことだから止めた。それだけだ。」


 「そんなの結局なんの解決にもならない。」


 「少しだけ、お前のこと分かったよ。きっと伝承にあった相反する家系ってやつだろうな。」


 「相反する家系?」


 「俺は俺でやる。お前はおまえでやれ。別に悪いことじゃないと思う。きっとお前が正しい。そんな気がする。」


 「でも私はそれをするだけの力がない!ねえ!教えてどうやったら目覚めるの?」


 「負の感情だ。」

 「負の感情?」


 「あんまりいいもんじゃない。その馬鹿みたいな霊力。それはお前の家系が背負ってきた悲しみだ。きっと悲しみや嘆きがお前を目覚めさせる。」


 「私は私に出来ること、したいことをする。ジンくんとももっと仲良くなれたらなって思う。」


 「俺もだ。家の掟とはいえ悪かった。お前のこと信じなくて。本当はお前が霊能者なんじゃないかって分かってた。ごめん。」


 そう言うと海とモモコに手のひらを向ける。


 すると二人はどこかに消えてしまう。


 「学校に飛ばした。あとは陽太がどうにかしてくれるさ。」

 「そうだね。」


 「まあ分かってるとおもうけどこの事は多言無用だ!」

 「他言無用でしょ。やっぱりアホね。」

 「はぁっ!?なんだよ!いい感じでカッコついたのに!」

 「ばーか。」

 その後もくだらない言い争いは続いた。




 

 これまで交わることのなかった二つの相反する家系。

 二人の運命は動き出した。


 どこか自分の家系に不満を感じるようになったジン。

 どうしてこんなにも悲しい力しか存在しないのか、そう感じた鈴蘭。


 二人の運命は交錯する。その先に何が待っているのか。

 まだ分からない。


 幸せか、不幸か、わからない。確定していない。

 なぜなら。


 道を切り開くのは今という新時代を歩む二人なのだから。

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