第12話 絶望

「町田さん。半券を見せてください」


 彼女は恭一をじっと見ると、「そうだった」と思い出したように言い、カバンを探り始めた。そして、「あった」と小さく言うと、恭一にそれを差し出した。確かに、チケットは半分に切られていた。本当に来てくれたのだと実感した。そして、その意味を考え、顔が赤くなっていった。


 かよ子は恭一を見つめながら、

「チケット渡されてからずっと考えてたの。ずーっと考えてたの。どうしよう。私、どうしたいんだろうって。でも、全然答えが出なくて」


「答えが…出なくて…?」

 嫌な予感がしてしまう。

「全然答えは出なかったんだけど、でも、とにかくライヴに行こうって」


 彼女がわからなくなってきた。来てくれたから、てっきり自分の気持ちを受け入れてもらったのだと思った。が、この流れはそうではないのではないか。


 恭一がかよ子に問いただそうとしたまさにその時、注文した品が来てしまった。


「ごゆっくりどうぞ」


 笑顔のウェイトレスが去って行く。恭一は息を吐き出すと、


「とりあえず、食べて下さい。終わってから話の続き、聞かせて下さい」

「え。そんな」

「どうぞ。食べて下さい。冷めちゃいますよ」

 その言葉が効いたのか、彼女は「じゃ、いただきます」と小さく言った後、食べ始めた。


 さっきまでの会話を忘れてしまったかのように、幸せそうな顔をして食べる。そして、それを見ている恭一も、ざわついていた心が穏やかになっていき、つい笑顔になる。不思議そうに見られて、表情を改めたが、


「矢田部くん。どうしたの?」

 訊かれて、返事に困る。


「何か、笑顔だったね。そんな顔されたら、見た人みんな、幸せになっちゃうよ」

「だって…」

 彼女が首を傾げて、「え?」と言った。


「だってね、町田さん。あなたが幸せそうな顔をしてたから、ついつられたんですよ。町田さんは、いつもそうやって、人を幸せにしてるんでしょうね」


 恭一の言葉に、

「だったらいいな。みんなが幸せ、か。そうなれるように頑張ろうっと」


 みんなを幸せにしているであろう、町田かよ子。そんな人が、自分の彼女になってくれるのか。なってくれるとして、そうなってもいいのか。そもそも、この人は自分のことを好きだと思ってくれているのか。


 恭一は、思わず天井を見た。その答えを想像して、軽く絶望していた。


「あれ? 矢田部くん?」


 恭一は視線を彼女に戻すと、

「えっと…すみません。ぼく、これで帰ります」

 ここにいることに耐えられなくなってきた。


「今日は来てくれて、ありがとうございました。じゃ、さようなら」


 胸が苦しかった。

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