五十話

 くそっ!


「ガルァッ!!」


 片手に持った槍で駄犬を躾ける。


「キャィ……」


>>>魂魄獲得 3ポイント


 もう片方の手は玉木さんを支え使用できない。

 【ブラックホーンリア】の飛行能力はすでに限界を超えた。 猫の万屋まではまだ距離がある。 襲い掛かる野犬を撃退しながら道を行くのだが、どうにもおかしい。


(……どうして一気に襲ってこない?)


 警戒しているのか、周りを取り囲んでいる。

 それに魂魄ポイントの獲得値が少し多い。

 野犬の見た目は変わっていないと思う。 ただ少し、突進の速度が速いかもしれない。


「……ひ……」


 抱き着いたままの玉木さんは震えている。

 

「ん?」


 赤黒の野犬。

 野犬を統率し隙を狙って一気に襲い掛かってくる厄介な相手だ。

しかし、その姿は前に見たものと異なっている。

 

「ヘッ、へッ、ヘッ、ヘッ」


 角。

 サーベルのような一本角が額から突き出ている。

 突進からアレを繰り出されたらかなり危険だろう。

 舌を出し涎を垂らしながらこちらを窺っている。


(別の種類、もしくは、進化している……?)


『ガウッ!!』


 赤黒の号令と共に野犬が襲い掛かる。

 全方位から一斉に。


「~~~~っ!?」


 俺は空を蹴り後方宙返り。

 【ブラックホーンリア】を一瞬だけ起動させ、一気に野犬たちの頭上を越えてみせる。 

 視界は急速反転。 体に掛かる負荷も半端ない。

 玉木さんが声にならない悲鳴を上げ、強く抱きしめてくる。

 けど少しだけ我慢してくれ。


「よし!」


 全力疾走!

 赤黒の怒声。

 野犬たちは雄叫びを上げ追いかけてくる。

【ブラックホーンリア】を装備した俺の方が僅かに速いのか、徐々に突き放していく。

 

 しかし包囲を突破して突っ走る俺に、紅蓮の炎が襲い掛かる。


「――っ!?」


 ゴオオ! と、追走する野犬ごと業火に包まれる。

 視界は紅に染まり、咄嗟に横に飛びのく。

 プスプスとタキシードから煙は上がる。

 炎のブレスの先、双頭の野犬は大口を開けていた。

  

「ガルァッ!!」


「――っ!?」


「――きゃぁッッ!?」


 ズン! と衝撃と激痛。

 玉木さんを抱え膝立ちになったところを狙われた。

 業火を突き抜けてきた赤黒に、その鋭い角を突き立てられた。


「痛っ……!?」


「グルルッ!!」


 背中に激痛。

 角はタキシードを貫通し、突進の勢いはそのまま俺たちを地面に転がした。 玉木さんの手は俺から離れてしまう。 地面に転がった彼女の体から、赤い血が流れていた。 鋭い角は彼女まで傷つけていた。

 

 その彼女に向かい赤黒は詰め寄る。


「させ、るかっ!」


 突き出した槍は空を切る。

 二度、三度。

 突きを繰り出す。


「ガルァッ!」


「シッ!!」


 地を這い槍を躱した赤黒は飛びかかる。

 血に濡れた角を突き出して。

 刺された背がピリリと痛む。

 けれど怯まず。

 右手で槍を短く持ち、左手を盾に赤黒を迎え撃った。

 

「ぐっ……」


「ガァッ!?」


 角は左手に突き刺さり、槍は喉元を貫く。

 力任せに槍を掲げ。 宙に浮いた赤黒をアスファルトの地面に叩きつけた。


>>>魂魄獲得 10ポイント


「うぅ、づ、あぁ……?」


 玉木さんに薄緑色の液体。 怪我用のポーションを掛ける。

 傷口は淡く光り治り始める。 しかしそれを見届ける暇な与えてもらえない。


「「ガアアアアアアアッ!!」」


「ああああああああッッ!!」

 

 二つの頭は雄叫びを上げ、筋肉質の体躯は地を蹴り迫る。

 双頭の野犬との距離は一気に狭まり、連撃が繰り出される。

 俺は咆哮を上げ迎え撃つ。

 

 左右への回避はダメだ。

 太い前足から爪が繰り出される。 爪を防げば二つの頭が噛みついてくるし手数で負ける。

 懐に入り双頭の間を槍で突き刺すしかない。

 圧力を押し返すしかない。


「くはっ、ははっ!」


 やるしかない。

 痛みと焦りに、俺は弾けたように笑いだす。


「はっははははははっ!!」


 やらなければ、玉木さんは守れない。



◇◆◇



 どうして?


「はっははははははっ!!」


 私なんて放って逃げてよ。

 掛けられた液体。 傷が治っていく。

 最初の炎で衣服は焼け焦げて穴だらけ。 

 もう一度あの炎をされたら、きっとシンク君も危険だわ。 


「っ……」


 少し離れた場所で周りを取り囲む犬たち。

 その赤い瞳には私が映っている。

 私だけを見つめている?


 私が《・・》、狙われているんだわ。


(……ああ、そっか)


 これは罰なんだ。

 自分だけのうのうと生き延びて、助かったことを喜んだ罰。

 私がしたことを隠して、彼に助けてもらおうなんて思ってしまった私の罰。

 だから仕方のないことなんだ。


 でもそんな罰に、シンク君を巻き込みたくないわ。


「ごめんなさい」


「ははっ――はあっっ!?」


 戦う彼から逃げるように、私は走り出した。

 怯えて逃げ出したどうしようもない奴が勝手に死んだ。 そんな風に彼が思ってくれたらいいな。

 そうすれば彼が傷つかなくてすむもの。


「っ……」


 走り出した私を追いかけて、犬たちは移動する。

 怖い。

 あんな数の犬に食い殺される。

 ブタ女と同じように。

 引き裂かれ貪られて骨も残さないんだわ。


「怖いよ……」


 無数の赤い瞳は揺れて。

 犬の荒い息遣いがすぐそこまで来ている。


「あっ……」


「「「グルルルッ!」」」


 簡単に回り込まれた。

 手足に犬たちが食らいつく。


「あぐっ、いっあ゛ぁああああああーー!!」


 犬たちは嬲って殺すみたいだ。

 唸り声を上げ、噛みついたまま頭を振るう。 

 ひと思いに殺してくれればいいのに。

 私を苦しめるようにじわじわと噛みつかれたわ。

 でもそんな犬たちの頭は、ひと思いに潰されたの。


「キャゥ――」


「……爆ぜろ」


 シンク君。

 傷だらけの彼は吠えた。


『――ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

 

 魂を震わす雄叫び。

 私を狙っていた犬たちは逃げ出していく。


「あぁ……」


 私を見下ろす彼の瞳は狼のようだった。

 でも、とても優しくて、綺麗な瞳をしていたわ。



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