二十九話 万屋【猫の手】


 『伊勢田動物病院』

 そこは小さな田舎の動物病院だ。

人のよさそうな白髪の大先生と、その息子の若先生が経営しているらしい。 

 俺は葛西先生に渡された紹介状を手に持ちながら、『伊勢田動物病院』のあった場所の目の前で立ち尽くしていた。


「こんなだったっけ?」


「ううん……もっと普通だったよ……」  


 木実ちゃんたちも困惑している。

 俺も困惑している。

 病院の前は何度も通ったことがある。 しかし、こんな建物ではなく、ごく普通の建物だったはずだ。 


「猫……」


 猫型の家。

 動物病院だし、猫型の家でもいいんだろうけど。 ちょっと不気味な三毛猫の姿をしたドーム型の家。 目は窓に、口は入口になっている。


「改装したのかなぁ……?」


 分からない。

とりあえず、入ってみるしかない。

 俺は警戒しながら、若干狭いドアを開けて入った。

 


「……」


 目に飛び込んできたのは物、物、物。


 やはり動物病院ではない。

どちらかと言えば雑貨屋だ。 しかも、レトロというか、複雑怪奇な品物が所狭しと置かれている。

 敵の姿は見えないので、木実ちゃんたちに入ってもいいと合図を送る。


「ええ?」


「あれっ、間違えちゃったかな??」


「雑貨屋……?」


 迷路のように置かれた背の高い棚。

狭い店の中を注意しながら奥へと進む。


「いらっしゃい。 人族」


「!」


 猫がいた。

椅子に腰を掛けて座る、大きな猫。

 帽子を被った猫が、話しかけてきた。


「驚いているね? そうだろう、そうだろう。 君たち人族にとってはまさに青天の霹靂。 しかし、ここは万屋【猫の手】。 安心してほしい、我々は君たちの味方だよ?」


「……」


 羨ましいほどに、流暢に喋る猫。

安心できそうもない微笑を向けてくる。


 アメショをそのまま大きくしたような、凛々しい顔立ちのハンサム猫さん。 獣人? もの凄く獣度の高い獣人だ。


「猫が喋った!?」


「着ぐるみ……?」


 葵の発言にギラリと視線が向く。

椅子から立ち上がった猫は、二足歩行で歩き出す。


「着ぐるみではないよ、お嬢さん? あまり失礼なことを言うと、その美味しそうな血肉を食らいたくなるから、気を付けてくれないかな?」


「「「「っ!?」」」」


 向けられた殺気。


 魚頭のバケモノよりも、より深く鋭い。

 鋭利な爪のような殺気に、汗が噴き出る。

 帽子を被った猫がその気なら、俺たちは一瞬で八つ裂きにされるだろう。 そう思ってしまうほどの殺気だった。


「あ、あぁ……」


 直接殺気を向けられた葵は、へたりとその場に座り込み震えている。 


「おやおや。 粗相はよしてくれよ。 臭いが染みついてしまうだろう?」


「うぅ……」


 猫の言葉に葵はフードを両手で下げ縮こまる。

 ニヤニヤしながら近づこうとする猫、その間に俺は割って入る。


「おっと、失礼したね。 ついね、からかってしまったよ。 許してくれないかな? 人族」


「……」


 ニヤリと笑う帽子を被った猫。

 そういえば俺のガチャで出てくる猫も帽子を被ってる。

あれは三毛猫。 ニヤリと笑いレバーを引くマスコット。


「我々は此度の祭りには不参加。 裏方として参加しているけどね。 そして万屋【猫の手】は人族の味方だよ? クフフ、血肉を喰らったりはしないから、安心してほしいね。 お嬢さん?」


 なんという怪しさ。

喋る人型猫は怪しすぎる笑みをみせる。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る